2007年8月発行
↑より抜粋
国家という「仮想の牢獄」にみなさん
もうそろそろ気づいてください。
1990年代は、カナダと日本を頻繁に往復していました。
カナダが生活の拠点であり
仕事をするのはもっぱら日本というスタイルだったのです。
私(エハン)は、アナーキストではありませんが
国家という制度はまったく必要ないものだと思っています。
国家は仮想の存在であって、裸の王様です。
国家というブランドを国民1人1人がもたされてしまい
大きな勘違いをしているだけです。
国家の必要が無くなれば、納税制度も必然的に崩れていく。
なぜなら、納税は居住(レジデンス)している場所だけで
仕事をすることが前提の制度だからです。
アメリカ人ならば
アメリカで一生仕事をし続けるということになっている。
しかし
インターネットを使って世界中で仕事をするようになれば
いったい税金はどうなるんでしょうか。
この盲点にいち早く気づいていたのは
何よりお金を持った人たちです。
金持ちは、税金の制度を勉強しているから詳しく知っている。
たとえば、春はヒマラヤで瞑想、夏はカナダで生活
秋は日本で仕事、冬はパナマで休暇。
そんな生活をしている人を、政府はコントロールできません。
1ヵ国に所属せず、フリーな生活を楽しむということを
実際に一部の人たちはやってきたのです。
「一国の納税制度に縛られる必要はない」という
エリートたちが秘密裏に実行してきた
ライフスタイルを教えてくれたのが
「ザ・ソブリン・インディビジュアル」
(自分で自分を治める、独立個人)という本でした。
イギリスの超エリートが書いたから
アメリカの内国歳入庁も下手に邪魔できない。
だから、このきわめて3次元的な世界の話でありながら
読んだ時は、とても衝撃を受けました。
実際に私(エハン)も試しました。
カリブ海の銀行口座を開いて
自分の居住区をカナダにしました。
カナダでは申告しませんが、全部合法です。
日本語で「脱税」という言葉がありますが
申告段階で、数字をごまかすのは明らかに違法であり、逮捕されます。
申告するという行動が何を意味するかといえば
国家と契約するということと同義です。
これをラテン語で言うと
「アサムシット・コントラクト」直訳すれば
「契約のようにみえる、推測される」
といった意味です。
重大な契約であるのに
内容を知らされないまま一方的に結ばれる。
いったん署名したら最後、その瞬間に
国家という仮想の牢獄に組み込まれていくのです。
署名さえしなければ、契約したことになりませんから
国家は何もできません。
私は住居はカナダに構えていましたが
仕事は日本でしていたので
カナダでは申告をしませんでした。
どこで仕事をしても、カナダで申告しなければいけないと
みんな思っているわけです。
カナダ人の99%は申告しなければいけない
違法だと思い込んでいる、いや、思わされているんです。
そうは言っても、私がカナダのパスポートを持っていたので
いずれカナダ政府と闘いが起こる事は、想定していました。
案の定、カナダの不動産を売却した時に税務署から
7枚の封筒が届きました。
私の家内は見た瞬間に震えましたが
「これは単なる封筒にすぎない。税務署はこれが狙いなんだ」
と、妻を叱りました。
税務署からの手紙を読んでみると、署名がありません。
署名がないということは、法的には意味をなさない。
つまり、暴力団の脅しと同じです。
99%のカナダ人はそれを分かってないから
読んだ瞬間にビビッてしまうんです。
署名して申告すると、そこから契約が発生してしまう。
だから税務署はその署名を求めているのです。
税務署としては、署名がないと何も始まらない。
その手紙には、こう書いてありました。
①あなたは次の場合であるならば、申告しなければなりません。
②もし還付金を求めるのであれば、申告しなければなりません。
③税金を払わなければいけない場合は、申告しなければなりません。
①の文章は、絶対的にやらなければいけないとは書いていない。
「If(イフ)」(もし)という言葉があるので
それは特定の条件下に限られるわけです。
「イフ」という言葉のパワーはすごい。
②については
還付金を貰うつもりは無いから、申告の義務はないという事。
③は、まったく無意味。
当初から関係がないのだから、申告する義務もない。
税務署の手紙は、100%無意味な文章だと分かりました。
しかし99%の人間は、そうは考えない。
疑問さえ持たない。
これは署名のない、単なる脅しの手紙だったのです。
私はすぐにカナダの財務大臣宛に内容証明で手紙を出しました。
「コラ!お前!」というくらいの気迫で綴りました。
「署名もしない脅かし屋様。
私が申告しない理由は、これこれの理由です。
もしこの主張が間違っているならば
3週間以内に私を逮捕してください。
逮捕しないのであれば、私の主張が正しいという結論になります。」
はたして、その結果どうだったのか。
大臣から何も返事は来なかったし、逮捕もされませんでした。
国家の牢獄から解放された記念すべき瞬間でした。
私は「独立個人」になったのです。
タックス・ヘイブン(租税回避地)もそうですが
かなり勉強しないと、そこにはたどり着けません。
自分のパワーに気づいた人間は
ものすごくパワフルになれる。
誰もが無限の力を持っているのですが
それに気づかず封印しているだけなんです。
アメリカが一番豊かだった19世紀末には
所得税はありませんでした。
あったのはガソリン税だけ。
街の小さなパン屋さんだって、家を買う事ができたし
馬車を買う事ができた。
10人子供を抱えても豊かに暮らす事ができました。
現在はどうでしょう。
2人の子供を抱えるだけでも暮らしていくには大変な時代です。
当時と何が違うのか。
それはFRB(連邦準備制度)と
日本の税務署にあたるIRS(内国歳入庁)ができた事です。
IRSは政府機関ではなく、あくまで民間の「会社」です。
さらに、IRSは、アメリカ国内には登録されていません。
カリブ海のプエルトリコに登録されているのです。
FRBとIRS
その名前は、政府の公的機関のような印象を与えますが
とんでもありません。
世界中の経済ジャーナリストもすっかり洗脳されてしまって
本当の事にたどり着けないありさまですが
これらの組織はアメリカ政府とはいっさい関係なく
ロックフェラーなどの大富豪の家族、モルガン財閥や
シティバンクなどが集まってできたものです。
私的な団体が、世界の基軸通貨を発行している。
そんなはずはないと皆思いますが、これは真実です。
1913年にジキル島という所に支配エリートたち
10人ぐらいが集まって秘密会議を開いて
そういうカラクリを作り上げた。
勝手に紙幣を刷って、どんどん利子を付けていく。
アメリカだけでなく、日本銀行も同じ事です。
日本銀行は、ナスダックに上場されていますが
誰もその株券を買う事ができないそうです。
米国に中央銀行を設立する陰謀は、過去にもありました。
まず、トーマス・ジェファーソンが1812年に
米国ファースト・バンクの設立許可の更新を
拒否した史実があります。
英国銀行に支配される英国が
米国に対して2度目の宣戦布告をしたのはそのためです。
その戦闘中、英国軍を決定的に破ったのが
アンドリュー・ジャクソン将軍を一躍有名にした
ニュー・オリンズの戦いです。
その後、ジャクソンは大統領となりましたが
大統領任期中、銀行家たちが
ロスチャイルドのコネを使ってセカンド・バンクという
第2の中央銀行を米国に設立していた事が露呈しました。
この銀行は政府の金を使って機能し
その資本もすべて政府からの預金でした。
それを知ったジャクソン大統領が
即座にその金を銀行から引き出してしまったため
その銀行はただちに潰れてしまいました。
こうして2度におよぶ中央銀行設立の試みは
2人の米国の英雄によって失敗しましたが
この2人の真の偉大さについては、米国民は何も知りません。
その理由は
歴史の教科書は銀行家の支配下にあるため
この2人の偉業、つまり銀行家に対する勝利については
触れようとしないのです。
トーマスやアンドリューは
無知で成功しなかったなどと書かれていますが
彼らの大統領としての業績は素晴らしいものです。
何と言っても、銀行家に勝ったのですから。
そのために銀行家は、今だに彼らを憎んでいる。
このような2度にわたる中央銀行構想の挫折にもかかわらず
国際銀行家は決してあきらめようとはしませんでした。
1913年11月に
ジョージア州のジキル島に密かに集まった銀行家たちは
ロスチャイルド家の米国代表である
ポール・ウォーバーグが書いた草案を承認しました。
FRBは3回目の実験だったんです。
そして「Federal:フェデラル(連邦)」
という言葉で国民を騙したのです。
「連邦」と言われれば
なんとなく政府機関のような感じがするでしょう。
「フェデラル」は、マジックワードです。
アメリカの豊かさは1913年で終焉しました。
本当の世界経済を誰も知らない。
天文学的な巨額の赤字は誰が作ったのか。
税金もまた義務だと思わされているんです。
道路を作ったのは、政治家ではありません。
道路を作ったのは、建設会社。
ビルを建てるのも政府ではなく、みんな個人が作るのです。
管理するためには政府が必要だと思うのは
そういう思想を植え付けられたからです。
これらの事実は陰謀論でも何でもない。
きちんと説明すれば、誰もが納得する事です。
聖書に不思議な言葉があります。
「持っている人は、さらに与えられて豊かになるが
持っていない人は、持っている物までも取り上げられる」
一見、デモクラシーの論理に反する不公平な言葉です。
しかし、誠実な言葉でもあるんです。
自分のパワーに気づいた人は、パワーがますます増していく。
しかし、その3次元世界のフォースにはめられた人は
全部取られてしまうという事です。
すべての人間が無限のパワーを持っている。
だから独立個人とは、中丸先生の表現を使えば
「すべての人間は神の子である」
というのと、大きくは同じ事です。
おわり
2007年8月発行
↑より抜粋
宇宙の大きなサイクルのもと
ダークマター&ダークエネルギーから
強烈な光のフォトンがやってくると
普通の人々が覚醒を体験して
望む望まざるにかかわらず世界が変容するのです。
神界と霊界とこの世界が
ガラガラポンで混じり合って
もう1つ上の宇宙のサイクルへと飛翔を遂げるのです。
そのことを知って準備した人と
3次元の密度の中で、相変わらず
低い次元の肉体と魂を携(たずさ)えている人たちとは
大きな違いがあると日月神示は言っています。
死ぬ時の想念が、そのまま続くのであるから
その想念のままの世界に住むのであるぞ。
この世を天国として暮らす人、天国へ行くぞ。
地獄の想念、地獄生むぞ。
真理を知れば良くなるぞ。
﹅(ちょん)を忘れるなよ。
世を捨て、肉を離れて天国近しとするは邪教であるぞ。
合わせ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ。
そなたはまだ方便をつかっているが
方便の世は済んでいるのぞ。
方便の教とは横の教、いろはの教、平面の教のことぞ。
仏教もキリスト教も回教も、皆方便ではないか
教は皆方便ぢゃ。教ではどうにもならん。
ぎりぎりの世となっているのぞ。
理でなくてはならん。
変わらぬ太道でなくてはならんぞ
方便の世は済んでほうべんの世となり
そのほうべんの世もやがて終るぞと知らしてあろうが。
理とは三界を貫く道のことぞ。
宇宙に満ち充つキのあり方ぞ。
法則ぞ。秩序ぞ。神の息吹きぞ。弥栄ぞ。喜びぞ。
判りたか。
世変わりたら生命長くなるぞ。
今まで上にあがりて楽していた守護神は大峠、越せん事になるぞ。
肉体あるうちに改心しておかんと
霊になってからの改心なかなかぞ。
悪も御苦労の御役。此の方について御座れ。
手引いて助けてやると申してあろが。
悪の改心、善悪ない世を光の世と申す。
日本の国の乱れて来たのは
来られんものを来らしたからぞ。
三千年の昔に返すぞ
三万年の昔に返すぞ
三十万年の昔に返さなならんかも知れんぞ。
家内和合出来ん様では、この道の取次ぎとは申されんぞ
和が元ざと申してあろが、和合出来ぬのはトラとシシぞ
どちらもメグリあるからざ。
神の世と申すのは
今の臣民の思うているような世ではないぞ
金は要らぬのざぞ、お土からあがりたものが光りて来るのざぞ
衣類、食べ物、家倉まで変るのざぞ。
草木も喜ぶ政治と申してあろうがな
誰でもそれぞれに先きの分る様になるのぞ。
お日様もお月様も海も山も野も光り輝いて水晶の様になるのぞ。
悪はどこにもかくれること出来ん様になるのぞ
ばくち、しょうぎは無く致すぞ。
雨も要るだけ降らしてやるぞ
風もよきように吹かしてやるぞ
神をたたえる声が天地に満ち充ちて
うれしうれしの世となるのざぞ。
太陽は十の星を従えるぞ
原子も同様であるぞ。物質が変るのであるぞ
人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ
二二と申すのは天照大神殿の十種の神宝に﹅を入れることであるぞ
これが一厘の仕組。ニニとなるであろう
これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組
なりなりあまるナルトの仕組。
富士(不二)と鳴門(成答)の仕組いよいよぞ
これが判りたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ。
一方的に一神でものを生むこと出来るのであるが
それでは終りは完(まっと)う出来ん
九分九厘でリンドマリぞ
神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな
卍(ほとけ)も十(キリスト)も
すっかり助けると申してあろうがな
助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。
用意はよいか。このこと大切ごと、気つけおくぞ。
なりなりて十とひらき、二十二となるぞ
富士(普字)晴れるぞ、大真理世に出るぞ
新しき太陽が生まれるのであるぞ
悪は霊力が利かん様になったから
最後のあがきしているのざぞ。
人助けておれば、その人は神助けるぞ。
神界と現界の事、この神示よく分けて読みて下されよ。
これからいよいよの御用あるぞ。皆の者も同様ぞ。
如何(いか)なる天国も自分でつくるのぞ。
そろばん捨てよと申してあらうがな。
よろこびは理ぞ。数ぞ。言ぞ。真理ぞ。愛善ぞ。
生命のイキと言うこと判るであらう。
天国と申すのは一人の大きな人間であるぞ。
天国は霊人のみの住む所でないぞ。
そなた達も今住んでいるでないか。
霊人も現界に住んでいるでないか。
現界を離れて天国はないのであるぞ。
故(ゆえ)にこそ、現界で天国を生み出し
天国に住めん者が、死んで天国に住める道理ないのぢゃ。
アメツチと申してあらう。この道理よくわきまえよ。
善とか悪とか真とか偽とか愛とか憎とか申すのは
相対の天国で、まことの天国には
喜びのみが生きているのであるぞ。
喜び食し、喜び着、喜び呼吸し
喜び語り合って嬉し嬉しとなるのぞ。
いらんものは形が変って来る。
新しき生命湧き出るのであるぞ。
善と悪と、真と偽と変った時は死となるぞ。
その死は新しき別の生命と現れて
新しき形の、新しき世界の善となり真となるのぞ。
善も悪もないのざと申してあろう。
善悪はあるが無いのざと申してあること判りたか。
人間の死後
自分の命の最も相応しい状態におかれるのであるぞ。
悪好きなら悪の、善好きなら善の状態におかれるのであるぞ。
皆々、極楽行きぢゃ。極楽にもピンからキリまであるぞ。
神の旨に添う極楽を天国と言い
添わぬ極楽を幽界と申すのぢゃ。
心の世界を整理せよ。
そこには無限のものが、無限になるのであるぞ。
神の理が判れば判っただけ自分が判る。
総(すべ)て神界のこと、霊界のことは
現界から見れば妙なことであるなれど
それでちゃんと道にはまっているのであるぞ。
一ヒネリしてあるのぢゃ、天と地の間に
大きレンズがあると思えば段々に判りてくるぞ。
神界の事は人間には見当取れんのであるぞ
学で幾ら極めようとてわかりはせんのざぞ
学も無くてはならぬが囚(とら)われると悪となるのざぞ
しもの神々様には現界の事はわかりはせんのざぞ
わからぬ神々に使われている肉体
気の毒なから身魂(みたま)磨け磨けと、くどう申しているのざぞ。
今の科学は科学のことは判るがそれより上のことは判らん。
今の科学はあるものがあると言うことだけしか判らんのぢゃ。
宇宙のすべてがつながりであるぞ。
石でも水でも草でも木でも動物でもすべてがつながりぢゃ。
手と頭のようなもんぢゃ。
拝み合えよ。親しみ合えよ。和せよ。
和すと自分となるのぢゃぞ。
自分大きく、明るくなるのぢゃ。
豊かにうれしうれしぢゃ。
赤いものの中にいると赤くなって行く。
理に向かっていると、いつの間にか神の気いただくぞ。
神の光がいただけるのぢゃ。
二度三度、話聞いたり、おろがんだりくらいで理は判らん。
神は解らん。体験せねばならん。
一方的では何事も成就せん。
もちつもたれつであると申してあろう。
人民をほめることよいことぢゃ。
ほめて、その非をさとらせよ。
罪ゆるすことぢゃ。もの生かすことぢゃ。
生かして使うことぢゃ。神示ひろめることぢゃ。
やって見なされ。必ずうれしうれしとなるぞ。
栄えるぞ。
嬉しくなかったら神はこの世に居らんぞよ。
念じつつやれ。神の為と念じつつやれば神のためとなる。
小さい行為でも霊的には大き働きするのぢゃ。
自分ということが強くなるから発展ないのぢゃ。
行き止まるのぢゃ。われよしとなるのぢゃ。
調和が神の現われであるぞ。
霊と調和せよ。肉体と調和せよ。
人と調和せよ。食物、住居と調和せよ。
世界と調和せよ。うれしうれしぞ。
一生かかってもよいぞ。遅くないのぢゃ。
自分の中のケダモノのため直しにかからねばならん。
悪いくせ直さねばならん。
これが第一歩。土台ぢゃぞよ。
喜び神ぢゃ。
タテには神と神界と和し
ヨコには人と環境と大和して行くところにこそ
生の生命のうれしうれしあるのであるぞ。
捧げるからこそ頂けるのぢゃ。
頂けたら捧げると今の人民申しているが
それがウラハラと申すもの。
衣類も家も土地も、皆神から頂いたのでないぞ。
預けられているのであるぞ。
人民に与えられているものは食物だけぢゃ。
日のめぐみ、月のめぐみ、地のめぐみだけぢゃぞ。
その食物節してこそ、捧げてこそ運ひらけるのぢゃ。
病治るのぢゃ。人民ひぼしにはならん。心配無用。
食物、今の半分で足りると申してあろうが。
遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。
運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。
そんなこと位で、病治ったり、運ひらける位なら
人民はこんなに苦しまんと申すがそれが理屈と申すもの。
理屈悪と申してあるもの。
低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。
理屈捨てよ。捨ててやって見なされ。
皆々気つかん理、気つかん病になっているぞ。
ツキモノがたらふく食べていることに気づかんのか。
食物節すればツキモノ改心するぞ。
先ず百日を目当てに、百日過ぎたら1年を
3年続けたら開運間違いなし。
病無くなってうれしうれしとなるぞ。
3年目、5年目、7年目ぞ、めでたいナァ。
天から神々様降りなされるぞ
地から御神々様おのぼりなされるぞ
天の御神、地の御神、手を取りて
うれしうれしの御歌うたわれるぞ。
日の本の国は神の国、神の肉体ぞ
汚してはならんとこぞ。
仕組通りに出て来るのざが
大難を小難にすること出来るのざぞ。
神も泥海じゃ真っ平ぞ
臣民喜ぶほど神うれしきことないのざぞ
曇りて居れど、元は神の息入れた臣民ぞ
うづであるのぞ。
洗濯できた臣民から手柄立てさして
うれしうれしの世に致すから
神が臣民にお礼申すから、一切ごもく捨てて
早う神の申すこと聞いてくれよ。
悪神の仕組はこの方には判りているから
一度に潰す事は易いなれど
それでは天の大神様にすまんなり
悪殺して終うのではなく、悪改心さして
五六七(ミロク)のうれしうれしの世にするのが
神の願いざから、この道理忘れるでないぞ。
神の国には、政治も経済も軍事も無いのざぞ。
まつりがあるだけぞ。まつらうことによって
何もかもうれしうれしになるのざぞ。
これは政治ぞ、これは経済ぞと申しているから
「鰻(うなぎ)つかみ」になるのぞ
分ければ分けるほど
わからなくなって手におえぬことになるぞ。
人、神とまつわればうれしうれしぞ
まつわれば神となるのぞ、それが誠の神の世ぞ
神は人にまつわるのざぞ、Θと申してあろが。
神をたたえる声が天地に満ち充ちて
うれしうれしの世となるのざぞ。
つづく
2007年8月発行
↑より抜粋
「日月神示」にあります。
悪心の計画に、もうほとんど世界が失われかけた時
ミロクの世、光の世に、ぐれんと
ひっくり返すという予言があるんです。
霊的書物として注目しているこの日月神示が
ノストラダムスよりも具体的ですごいですよ。
そこには
今度の戦は神力と学力の、とどめの戦ぞ。
神力が九分九厘(くぶくりん)まで負けた様になった時に
まことの神力出して、ぐれんと引っくり返して
神の世にして、日本のてんし様が世界まるめて
知ろし召す世と致して、天地神神様にお目にかけるぞ。
てんし様の光りが、世界の隅々まで行き渡る仕組が
三四五(みよいづ)の仕組ぞ、岩戸開きぞ
とあります。
この神示では「日本」とあっても
3次元の、この日本の事とは限っていません。
日本は「ひのもと」とも読みます。
「霊の元」と書いて「ひのもと」
つまり、世界中の誰にでも分け隔てなく
伝えられたメッセージなのです。
日月神示には、世界の悪神の計画に九分九厘
蹂躙(じゅうりん)されたその瞬間
一厘の仕組みで、一気に光り輝く善の世に
建て替えるということが予言されています。
天は数だと申してあろう、地はいろはであるぞ。
判らん者が上に立つこととなるぞ。
大グレンの目の前、日本のみのことでないぞ。
世界中のことであるぞ。
今度は三千世界が変わるであるから
今までのようなタテカへではないのであるぞ。
何も彼も鏡にうつるのであるぞ。
鏡が御神体であるぞ
何もうつらん御神体のカガミは何もならんぞ。
悪とはカゲのことであるぞ。
斜めに光を頂くから影ができるのぢゃ。
影は主人でないぞ。絶対は何と申しても絶対ぞ。
相対から神を求めると、相対の神が顕(あらわ)れるぞ。
相対で神の道に導くこと中々ぢゃ。
必ず後戻り、判りはせんぞ。
この神示、腹に入ったらグルンと変りて来るぞ。
早う腹に入れて下されよ。間に合わん。
天の声は内から聞こえて来る。
人間の言葉は外から聞こえて来る。
霊耳と申すのは内からぞ。
耳ふさいでも聞こえて来るのぢゃ。
悪霊自身は自身を悪と思うてないぞ。
仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあるのぢゃ。
そこに一厘の仕組み、火水の仕組、富士と鳴門(なると)の仕組
結構結構大切致してあるのぢゃ。
仕組変り変りて人民には判らんなり、よき世と致すのぢゃ。
いくら智あっても人間心では出来ん仕組ぞ。
智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組ぢゃ。
と云うて、人間世界の智いるのぢゃ。
智でない智を神が与えるぞ、神人共にと申してあろがな。
神がこの世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬ筈ぞ
と申す者沢山あるが、神には人の言う善も悪も無いものぞ。
よく心に考えて見よ、何もかも分りて来るぞ。
表の裏は裏、裏の表は表ぞと申してあろうが
一枚の紙にも裏表、ちと誤れば分からんことになるぞ。
神心になれば何もかもハッキリ映りて来るのざ
そこの道理分からずに理屈ばかり申しているが
理屈のない世に、神の世にして見せるぞ。
言挙(ことあ)げせぬ国とはその事で、理屈は外国のやり方
神の臣民(しんみん)言挙げずに
理屈なくして何もかも分かるぞ、それが神の真の民ぞ。
足許(あしもと)から鳥が立つぞ
十理(とり)たちてあわてても何にもならんぞ
用意なされよ、上下にグルンと引っくり返るぞ。
上の者下に、落ちぶれた民上になるぞ、岩戸開けるぞ
夜明け近づいたから、早う身魂(みたま)の洗濯してくれよ。
加実(かみ)の申すこと千に一つも違わんぞ。
上、中、下の三段に身魂をより分けてあるから
神の世となりたら何事もきちりきちりと面白い様に出来て行くぞ。
神の世とは神の心のままの世ぞ。
今でも臣民神ごころになりたら、何でも思う通りになるぞ。
臣民近欲(ちかよく)なから、心曇りているから分らんのぞ。
いくら学力強いと申しても百日の雨降らすこと出来まいがな。
百日雨降ると、どんなことになるか、臣民には分るまい
百日と申しても、神から云えば瞬(まばた)きの間ぞ。
悪の世であるから悪の臣民世に出てござるぞ。
善の世にグレンと引っくり返ると申すのは
善の臣民の世になることぞ。
今は悪が栄えているのざが
この世では人間の世界が一番遅れているのざぞ
草木はそれぞれに、神のみことのまにまになっているぞ。
一本の大根でも一粒の米でも何でも貴(とうと)くなったであろが
一筋の糸でも光出て来たであろがな
臣民が本当のつとめしたなら
どんなに尊いか、今の臣民には見当とれまいがな
神が御礼申すほどに尊い仕事出来る身魂ぞ
ことに神の国の臣民みな、まことの光あらわしたなら
天地が輝いて悪の身魂は、目あいておれんことになるぞ。
結構な血筋に生まれていながら、今の姿は何事ぞ
神はいつまでも待てんから、いつ気の毒出来るか知れんぞ。
戦恐れているが臣民の戦位、何が恐いのぞ、それより
己の心に巣くうてる悪のみたまが恐いぞ。
あちこちに臣民の肉体借りて予言する神が沢山出ているなれど
九分九厘は分りて居(お)れども、とどめの最期は分からんから
この方に従いて御用せよと申しているのぞ。
砂糖にたかる蟻となるなよ。
百人千人の改心なれば、どんなにでも出来るなれど
今度は世界中、神神様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も
三千世界の大洗濯ざから、そんなチョロコイ事ではないのざぞ
ぶち壊し出来ても建て直し分るまいがな。
火と水で岩戸開くぞ。知恵や学でやると
グレンと引っくり返ると申しておいたが
さう言えば智恵や学は要らんと臣民早合点するが
智恵や学も要るのざぞ。
悪も御役(おやく)であるぞ
この道理よく腹に入れて下されよ。
天は天の神、国は国の神が治(し)らすのであるぞ
お手伝いはあるなれど、秋の空のすがすがしさが
グレンと変わるぞ、地獄に住むもの地獄がよいのぞ
天国ざぞ、逆様はもう長うは続かんぞ
無理通らぬ時世が来たぞ
いざとなりたら残らずの活神様、御総出ざぞ。
岩戸あけたり日本晴れ富士ひかるぞ。
この巻役員読むものぞ。
世の元と申すものは火であるぞ水であるぞ。
雲出て国となったぞ。出雲とはこの地の事ぞ。
スサナルの神はこの世の大神様ぞ。
はじめはウズであるなり、うごいて月となり地となりたのざぞ。
アはヒツキクニの神様なり、ヨは月の神様ぞ
クニの神様はスサナルの神様ぞ。
この事ははじめに心に入れれば掃除タワイないぞ。
グルンとは上下かえる事と申してあろうがな
云うてはならぬ事ぞ。
この道の役員、吾は苦労して人助けるのざぞ
その心でないと我出して吾のこと思うているとグレンざぞ。
仏もキリストも何も彼もスカリと救はねばならんのざ
殺して救うのと、生かして御用に使うのとあるぞ
今度はハッキリ区別するのざぞ
昔からの因縁ざぞ。
この方のもとに参りて、昔からの因縁。
三千年の昔に返すと申してあらうがな。
よい御用いたす身霊ほど苦労さしてあるのぢゃ。
他から見れば、わからんなれど、苦労に苦労さして
生き変り、鍛えに鍛えてあるのぢゃぞ。
肉体の苦労も霊の苦労も、どちらの苦労にも
負けん人民臣民でないと、眼先きのことで
グレングレンと引っくり返りて
あわてふためく様なことでは、どんな事であっても
びくともせんミタマでないと、御用六ケ敷(むつかし)いぞ。
つづく
2007年8月発行
↑より抜粋
日月神示は、天界の争いがこの世に反映していると言います。
ノストラダムスが伝えた未来というのも結局は
天使的宇宙人と悪魔的宇宙人の争いと
この世界との関係性のことなのです。
シュメール文書に二ビルという惑星と
その住人たるアヌンナキのことが詳細に記されています。
この神と呼ばれた存在は、人類を生み出す一方で
これを奴隷として支配する悪魔的宇宙人です。
デーヴィッド・アイクはこのアヌンナキこそ
レプティリアン(爬虫類人)だと言います。
そして、人類を救うべく対抗している天使的宇宙人が
ノルディックだと言います。
金髪碧眼 (へきがん)の人間型、北欧人タイプの宇宙人です。
彼らはいったんレプティリアンを地球外に追い出し
9次元のシードルを作って地球内部にも閉じ込めた。
この事は「エメラルドタブレット」にも記されています。
しかし、完全ではなかった。
低層4次元のアトラス界に身を潜め
人間に憑依することで、人間奴隷化に邁進(まいしん)
しているレプティリアンがいるというのです。
(ロンドンシティの中心部に飾られた紋章。
英王室、ロスチャイルドのものと酷似。
そして、日本の天皇家に伝わる紋章もまた酷似している。
しかし、日本のものには明らかな違いがある。
左のライオンは、レプティリアンにきわめてよく使われる符号。
右のユニコーン(角のある馬)は
金髪碧眼のノルディックの象徴だが、しっかりと鎖につながれている。
これには悪魔的宇宙人アヌンナキ(レプティリアン)が
天使的宇宙人(ノルディック)を支配するという意味が込められている。
2頭の中心、上部にある王冠にもライオン像があることに注目。
ライオンの優位が表されている。

ノーマン・マクレオドが
約130年前に書きとらせていた皇室に伝わる紋章。
左右には、ユニコーンとライオンが配置されている。
ユニコーンは鎖につながれておらず
中央上の王冠は、天皇がかぶるものと同じだが
そこにはユニコーンが堂々と鎮座している。)
孝明天皇の冕冠(べんかん)

日月神示によると
三千世界(多次元宇宙)に限りない神の領域と
我々の領域に近い霊界と、この3次元世界が存在します。
そして、もう1つ幽界が存在します。
幽界は、人間世界の歪んだ想念が形作っています。
これがレプティリアンの住む低層4次元と酷似しています。
恐怖をはじめとする
人間のさまざまな歪んだ想念を得ることが彼らの目的で
それこそが彼らを存在させるエネルギーなのです。
日月神示は、神界霊界の半分と3次元世界の半分を一緒にする。
そして、幽界は無くす、とはっきり言っています。
しかし、幽界につながる魂も改心すれば存続を許し
できるかぎり救うと言っているのです。
エハンさんは
キリストは一度死んで肉体を持って復活して
イベント・ホライゾンを前にして再臨(さいりん)すると
おっしゃいましたが、日月神示にもそう書かれています。
ただし、キリストのように死んで息を吹き返すのは
特別な人ではなく、神がかれるように
身魂(みたま)の磨けたすべての人です。
そして大峠を越える前に、かなりの厳しい状況が訪れ
これを切り抜けなければならないようです。
大掃除はげしくなると
世界の人民皆、仮死状態となるのぢゃ
掃除終わってから因縁のミタマのみを
神がつまみあげて息吹き返してミクロの世の人民と致すのぢゃ。
因縁のミタマはΘのしるしがつけてあるぞ
仏教による者のみ救われると思ってはならんぞ
キリストによる者のみ救われると思ってはならん
神道による者のみ救われると思ってはならん
アラーの神による者のみ救われるのでないぞ
その他諸々の神、それぞれの神による者のみ
救われるのではないぞ、何も彼も皆救われるのぢゃ。
生かすことが救う事になる場合と
殺すことが救う事になる場合はあるなれど。
今に大き呼吸(いき)
も出来ん事になると知らせてあろうが。
その時来たぞ。
岩戸がひらけると言うことは
半分のところは天界となることぢゃ。
天界の半分は地となることぢゃ。
今の肉体、今の想念、今の宗教
今の科学のままでは岩戸はひらけんぞ。
今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ
一度は仮死状態にして
魂も肉体も半分のところは入れかえて
ミクロの世の人民としてよみがえらす仕組み、心得なされよ。
神様でさへ、この事判らん御方あるぞ
大地も転位、天も転位するぞ。
月は赤くなるぞ、日(太陽)は黒くなるぞ
空はちの色となるぞ、流れもちぢゃ
人民四つん這いやら、逆立ちやら
ノタウチに一時はなるのであるぞ
大地震、ヒの雨降らしての大洗濯であるから
一人のがれようとて、神でものがれることは出来んぞ
天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ。
死んで生きる人と、生きながら死んだ人と出来るぞ。
神のまにまに神の御用してくれよ。
殺さなならん臣民、どこまで逃げても殺さなならんし
生かす臣民、どこにいても生かさなならんぞ。
まだまだ悪魔はえらい仕組しているぞ
神の国千切りと申してあるが、たとえではないぞ
いよいよとなりたら神が神力出して
上下引っくり返して神代に致すぞ、とわの神代に致すぞ
細かく説いてやりたいなれど
細かく説かねば分らん様では神国の民とは云われんぞ。
外国人には細かく説かねば分らんが
神の臣民には説かないでも分かる身魂(みたま)授けてあるぞ
それで身魂みがいてくれと申してあるのぞ。
日月神示は
「ミタマの磨けた相当に読める」
「八通りに読める」とありますので
ただこれは、多重・複合的な予言書なので
外国とあっても幽界(人間の歪んだ想念が集まって作る世界)
をガイコクと読ませたり
「我はあってはならず、なくてもならず」といった具合で
相互に矛盾するような言い回しが多くあります。
人間の単眼的な物の見方を崩して
複眼的な見方に移行させるように
工夫があちこちに凝らしてあります。
なにせ神界、霊界、現界にわたる三千世界
多次元宇宙に同時に起こるイベントのことなのですから
一筋縄でいかないのは当たり前でしょう。
日月神示の観点からは
こうしたパラドックスが見られるところには
むしろ大切なメッセージが隠されているということになります。
「半霊半物質の世界への移行」
私(中丸)が日月神示を評価するようになったきっかけは
この言葉があったからです。
これほど的確に5次元世界への移行を表現する言葉は
他には見つかりません。
マコトでもって洗濯すれば霊化される。
半霊半物質の世界に移行するのであるから
半霊半物質の肉体とならねばならん
今のやり方ではどうにもならなくなるぞ
今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ
灰になる肉体であってはならん
原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ
今の物質でつくった何物にも影響されない
新しき生命が生まれつつあるのぞ。
岩戸ひらきとはこのことであるぞ
少し位は人民つらいであろうなれど
勇んでやりて下されよ、大弥栄の仕組み。
地上界に山や川があるから霊界に山や川があるのではない
霊界の山川がマコトぞ、地上はそのマコトの写しであり
コトであるぞ、マが霊界ぢゃ
地上人は、半分は霊界で思想し
霊人は地上界を足場としている
互いに入れかわって交わっているのぞ
このこと判れば来るべき世界が半霊半物質
四次元の高度の、影ない、うれしうれしの世であるから
人民も浄化せねばならん、大元の道にかえり歩まねばならん
今までのような物質でない物質の世となるのであるぞ。
もとの昔に返すのざぞ、つくりかための終りの仕組ぞ
終りは始(はじめ)ぞ、始は霊ぞ
富士都となるのざぞ、幽界行きは外国行きぞ。
神の国光りて目をあけて見れんことになるのざぞ
臣民の身体からも光が出るのざぞ
その光によりてその御役位、分るのざから
ミロクの世となりたら何もかも、ハッキリして
うれしうれしの世となるのぞ
今の文明無くなるのでないぞ
たま入れていよいよ光りて来るのぞ
手握りて草木も四つ足も皆唱うこととなるのぞ
み光に皆集まりて来るのざぞ
てんし様の御光は神の光であるのざぞ。
無限世界とは
物と霊との大調和した限りなき光の世界ぞ。
真理を知ることが、無限を得ること。
まことの神をつかむことぞ。
神の国、霊の国と、この世とは
合せ鏡であるから、この世に映って来るのざぞ。
八方的地上から十方的地上となるのであるから
総(すべ)ての位置が転ずるのであるから
物質も念も総てが変わるのであるぞ。
これが元の元の元の大神の御神策ぞ
今までは時が来なかったから
知らすことが出来んことでありたなれど
いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。
百年も前からそら洗濯ぢゃ、掃除ぢゃと申してありたが
今日の為であるぞ、岩戸ひらきの為であるぞ。
今までの岩戸ひらきと同様でない
末代に一度の大岩戸(言答)ひらきぢゃ。
つづく















