2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

米国の著名な古典学者、R・P・オリバー博士は
1980年に発表された「ユダヤはキリスト教を愛す」
という論文の中で

「キリスト教の教義は、3つの相矛盾(あいむじゅん)する要素
ゾロアスター教、仏教、ユダヤ教を無理矢理結合したものであるが
その三者のうち、ゾロアスター教がもっとも重要である」

としている。

ゾロアスター教は、世界(宇宙)は善神と悪神
2つの神が勝利を争う戦場である、という。

オリバー博士は続ける。

「かくして、ゾロアスター教-キリスト教体制は
人類史上、もっとも有害な思想というべきもの
悪を撲滅するための聖なる戦いを生み出した。

この体制の下では
全国民は周期的な精神異常の発作に見舞われる。
発狂した大群は悪神の極悪非道な手先どもを虐殺し
全滅させるために、自分たちを善神(ヤハウェとその息子たち)
によって選ばれたと夢想する。

我々(白人、アーリア人)の文明は
繰り返し滅亡の淵へともたらされ
我々のもっとも偉大な国家の幾つかは
実際にそうした独尊的な殺人狂の発作の中で滅亡した。」

ユダヤ人は
この「善」と「悪」の、死に物狂いの殺し合いを
背後で演出し、高見の見物という。

「プロテスタントの宗教改革は、宗教戦争の勃発を促進した。
この戦争のうちの、たった一つの戦争において
当時のドイツの人口の3分の2が殺されたのである。」

と、オリバー博士は述べている。

ちなみにそれは、ユダヤ人によって火をつけられ
煽動されたものである。

英国の天文学者ロバート・テンプルは
「ザ・シリウス・ミステリー」を書いた。

「地球の文明はシリウスから来た」という。

これは明確な断定である。

初版は1976年、第4版増補版が1998年に出ており
邦訳(ほうやく)は、この第4版を根底にしているという。

私は並木伸一郎訳を手に入れて読んだあとで、英語原書を入手した。

ところが、この英語原本と邦訳を比較すると
ひと目で、邦訳が原書の全訳でなく
抄訳(しょうやく)であることが分かる。分量が2分の1。

「初版出版の直後、著者テンプルに対する15年に渡る
強力な諜報(ちょうほう)機関の迫害が開始された。

なぜ、世界の秘密諜報機関の頂点に位置するそれらの組織が
テンプルの調査を葬り去ろうとして、かくも莫大な力を傾注したのか
それは推測するしかない。しかし彼らの企画は失敗した。」

とある。

その事実が、邦訳には紹介されていない。

本文は、著者がどのように米CIAその他の各国諜報機関の
敵意ある妨害をこうむったか、その事実を記述している。
ところがここの部分が、並木訳には、そっくり省略されている。

この邦訳関係者の態度は
日本の読者をミスリードするものではないのか。

「文明はシリウスから来た」という歴史的事実を
現代の一般大衆に知らせることを、世界権力は欲しない。

しかし他方では、デーヴィッド・アイクによれば
イルミナティ世界権力陣営内部の一員と評価される
ゼカリア・シッチンは、大々的に
太陽系第12番の惑星二ビル星人による地球植民地化と
地球原人の家畜人化を基礎とする説を大宣伝している。

シッチンが、CIAをはじめとする
世界諜報機関の妨害を受けたという話は聞いていない。

ちなみに、シッチンは「二ビル(NIBIRU)」を
太陽系第12番の惑星と仮定するが
テンプルによれば、マルドゥク50の名前の一つ
ネビル(NEBIRU)は木星。

これを古代エジプト語のNEB(支配者)
HERU(太陽)から派生した単語と考えると
「支配者たる太陽」。

そして、シュメール=アッカドの創造叙事記
「エヌマ・エリシュ」には
NEBIRUは、天と地の交点を支配する、とある。

テンプルは
ネビルは「木星」というよりも「太陽」であろうという。

しかし、テンプル説であれ、シッチン説であれ
「太古の昔、異星人が地球に飛来して
その当時とすれば、超高度の科学技術文明を地球上に建設した。
それが、エジプト、シュメール、その他の古代文明の源泉である。」

とする、この点では一致する。

テンプルは、サンスクリット、古代オリエントの歴史
天文学に通じていて、50年ほど前に

「アフリカのドゴンという原始部族が
シリウス星系について、当時の西洋文明世界よりも
はるかに正確な天文知識を継承している。」

との人類学的研究が公表された。

これに基づき、1976年に
英国で前述の著作の第一版を出した。

ところが、同じ1976年に
シッチンは、シリウス系ではなく

「太陽系の第12番の未知の惑星
二ビルから古代の時代に異星人が地球にやって来た。」

との仮説を提出した。

のみならず、その後20余年の間に
計8冊の著作を続々と刊行して
西洋欧米世界では、大ベストセラーとなったのである。

シッチン説によれば、二ビルは
太陽のまわりを、3千6百年の周期で回転するという。
従って、二ビル惑星の1年は地球の3千6百年に相当する。

恒星シリウスは実在するが
惑星二ビルはその実在を確認されていない。

いずれにしても、これら両系統の説は
古代シュメールの膨大な考古学研究に基づいて立てられる。

とりわけ、この100年の間に
欧米諸国の国家政府の支援を受けた専門家集団によって
数百万点のシュメール粘土版文書が発掘され
主として、米英仏の大学、博物館に収納管理される。

そして、これらの欧米諸国に、シュメール学が形成される。

「欧米では、古代史の謎解きがブームになっているが
日本では翻訳されている本はまだまだ少ない。」

と、1997年11月、アンドルー・コリンズ著
「天使の灰の中から」の邦訳者はあとがきに書いている。

ここで訳者は、「古代史の謎解き」という枠組みを設定するが
もちろんこんな見方は、問題外で子供じみている。

「古代史の謎解き」などという問題ではない。

西洋文明に深く浸透している一神教の「神」と「悪魔」
の起源および、その正体そのものが問題とされている。

つまり一見、「古代史の謎解き」であるかのように
見えるとしても、それは、すぐれて現在および
近未来に直接関連する問題なのだ。

唯一の残された問題は、ドゴン族の神話の伝えるように
この異星人が、太古のある時点で、地球を去って
故郷の星(シリウス)に帰ってしまったのか
(シッチン説も異星人は何千年か前、二ビル星に帰還したという)

それとも、デーヴィッド・アイクの説の如く
姿を隠し、姿を変え(変身し)て、現在に至るまで
極秘のうちに地球を支配管理してきたのか
ということのようなのだ。

カージー・グレイヴス著
「世界の16人の十字架にかけられた救い主たち」
注目すべき140年前の著作によれば

イエス・キリストが十字架にかけられて殺され復活
云々というお話の前に、世界中に16人の
ほとんど全く同様のストーリーの救世主が存在したという。

ここで、もっとも興味深く、重要と思われる人物(神)は
BC1700年、エジプトのツーリスである。

19世紀末から20世紀初頭にかけて
ヨーロッパに出現した秘密結社「ツーレ協会」の名称は
「ツーレ島」に由来する。

通俗的には、ツーレは「世界の果て、極北の地の国」
と解されている。

しかし、カージー・グレイヴスの説明は明らかにそれと異なる。

「神々の正統な子孫たちの
広大な帝国の究極の境界をなしている島としてのツーレ」

ツーリスは、この島からエジプトにやって来た、という。

そして「十字架にかけられ、激しい苦痛ののちに死んだ彼は
埋葬され、それから復活し、天上の国に上り
そこで、死者を裁くものとなった。」という。

「彼は、天国から地上に降りて来て、人類に恩恵を与えた。
そして彼は、恩寵と真理に充ちた者と言われるようになった。」
ともいう。

グレイヴスの叙述の範囲では
ツーリス、BC1700年、エジプト、というこの伝説は
もっとも古い日付けであり、問題のBC2000年の
大変動にもっとも近い。

BC1200年。カルデアのクリト。
「カルデア人の聖書には、十字架にかけられて殺された神として
クリトの名が記されており、彼はまた
ザ・リディーマー(救世主、キリストのこと)

(リディームは、買い戻す、請け出す、救い出す
リディーマーは、買い戻す人、身請人)

とも呼ばれ、永遠に祝福された神の息子、救い主
怒れる神に対して償いを提供する者などと言われる。」

この記述もきわめて興味深く、重要だ。

カルデアとは、バビロニア王国の南部ペルシャ湾岸地方。
カルデア人には、占星術、呪術師の意味もある。

怒れる神に対して、十字架上の自分自身の死によって
償いを提供するとは何のことか。

もちろんこの物語は
キリスト教の教義(神学)とそっくり同じである。

神は誰に対して
そして何について、何のために、怒っているのか。

それが説明されないと、このお話は全く意味が通じない。

にもかかわらず、それは、いわゆる「西洋文明」の根幹である。
そしてその根幹部分が日本には全く存在しない。
つまり、根、という前に、その種子がない。
何もないものは想像することすら出来ない。

日本人にとって、理解も想像も絶する
その異様にして、奇怪な存在の正体は、太古の昔
地球に飛来し、侵入して来た高度文明異星人であった。

しかし、「地球に」といっても
地球の全域ではなくて、その局地である。

1945年に没したアメリカの透視能力者
エドガー・ケイシーは
エジプト、ギザのピラミッドの設計が
BC10400年ごろには始まっていたと直観し
20世紀最後の20年の間に、アトランティスに関する
失われた記録が「隠された部屋」で発見されるだろうと予言した。

正直いって、ケイシーの透視能力には怖いものを感じている。

なぜなら、ちょうど20世紀最後の
20年が終わりかけている1990年代に
その「隠された部屋」が発見されつつあるからだという。

 

つづく

 

2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

「永遠の審判」というおぞましい見世物

歴史家エドワード・ギボン著
「ローマ帝国衰亡史」に次の一文がある。

「キリストの誕生または死去の後に
執拗に悪魔どもの礼拝を固守した人々は
神の激怒の審判から免除される資格もなければ
見込みもないと、原始キリスト教会の万人一致で断定した。」

ここのところを、我々日本人は熟読して
よく記憶する必要がある。

さらに、こう続く。

「汝らは見世物を愛好する
すべての見物の中で、もっとも偉大なもの
すなわち宇宙の最後の永遠の審判を待ち望むがよい。

幾百千年の驕慢(きょうまん)なる君主帝王と
思いあがった神々とが、暗黒な無間の奈落に呻吟(しんぎん)し
主の名を迫害した幾百千の司政長官らが
キリスト教徒に対して、かつて彼らが燃やした火よりも
さらに一層強大な猛火の中に溶け去り

幾百千の賢明な哲学者らがその瞞着(まんちゃく)された
学徒とともに、炎の中に赤熟し、幾百千の名声赫々(かくかく)たる
詩人らがミノスならぬキリストの審判の座に身ぶるいし

幾百年の悲劇役者が、かれら自身の苦痛の表情に
最大の伎両(ぎりょう)を発揮し幾百千の舞妓が
このような光景を自分が目撃する時
自分の賞賛はどんなであろう、自分の笑いはどうであろう
自分の歓喜は、自分の欣喜雀躍(きんきじゃくやく)は……」

 

すべての見世物の中で、もっとも偉大なもの
すなわち宇宙の最後の永遠の審判、という。

「最後の審判」であるのみならず「永遠の審判」という
もっとも偉大なる見世物。

キリスト教の出現以後も、キリストを信じることを拒否し
悪魔の礼拝に固執した者たちを、神は激しく怒り
これらの者を地獄に監禁して永遠の責め苦を与えるという。

このように、恐ろしい最後の審判を主宰するのは誰か。
それは「神」であり、同時に「キリスト」であるという。
もちろんこの「神」は英語では「God」

その本来の意味は、唯一絶対至上全知全能
宇宙の万物を創造した「造物主(つくりぬし)」であるという。

そして何と、キリスト教会の二ケア公会議で決定された
いわゆる二ケア信条によれば、この唯一絶対の「造物主」を
父なる神とし、そのたったひとりの息子たるイエス・キリストもまた
全知全能にして天地の造物主(ザ・クリエイター)であると信じる。

このお方だけを、自分の救い主として
受け入れる者を「キリスト教徒」と呼ぶ。

イエスを信じるキリスト教徒は、最後の審判の時
異端者、異教徒、不信者が強大な猛火の中で
赤熱(せきねつ)し、溶け去るありさま(見世物)を
特等の観覧席で、心ゆくまで見物することが出来る。

「ああ、何と幸福なことか!」という。

ここには、キリスト教とキリスト教会と称するしろものの
本音と本質が、赤裸々に、率直に、全的に
何の遠慮もなく吐露されている。

「聖書」は人類を滅亡に導くための計画書

終末の時、「イエスを信じる者は救われる」という。
それは本当か?

「第6、第7モーゼ書」の中味は次のように要約される。

1・神とは自然法則である。

2・神には2つの位相(いそう)がある。

3・すなわち、一つは「白い神」。自然の摂理。人間はそれに従属する。

4・もう一つは「黒い神」。これは人間の欲望に従属する神。

5・「白い神」は、人間の文明の発達を欲しない。
なぜなら、人類文明の発達は、自然支配の強化となるからである。
かくして「白い神」は、人類絶滅を計画するに至る。

6・これに反して、「黒い神」は
人間に文明を与え、人類の自然征服を援助する。

7・人類にとって理想的な国家指導体制は
一般大衆には「白い神」を信じさせ、国家エリートは
「黒い神」を召喚(しょうかん)して使役(しえき)する。
そして、モーゼの時代に、このかたちは
萌芽(ほうが)的に出現したものの、モーゼのあと断絶した。

8・人類が「白い神」の計画または、陰謀謀略によって
絶滅させられようとしている現在、モーゼのかつての水準を取り戻し
「黒い神」の力を使って、人間の自然征服を徹底させる他ない、と。

この第6,7モーゼ書が現在、西洋欧米社会で発行禁止処分
厳重な禁書扱いとされる、との事実は、とりあえずまず興味深い。

在来のユダヤ教、キリスト教の神学理論体系では(おそらくイスラムも)
「黒い神」は、疑いもなく、悪魔、サタン、ルシファーに照応する。
この「黒い神」を召喚して、人間の欲望を満足させるために利用し
使役する、という行為。

これは、まぎれもなく、キリスト教会の公式教義の文脈では
悪魔主義の実践以外の何ものでもない。

禁書とされてきた「モーゼ書」は
「神を常に、下位神の立場へと追い込め」と忠告している。

自然を完全に支配し、我々を、あるいは我々の文明を
「神聖にして侵(おか)すべからざる」存在にしろと教えている。

それを可能にする法術こそが「召喚神術」なのである。
アブラハムからモーゼに至るユダヤ人の歴史は
神を召喚し、これを支配するに至るまでのプロセスであった。
と記しているという。

下位神とは「黒い神」とも呼ばれ、その正体は
人類文明によって統御(とうぎょ)され、支配され
人間の奴隷とされた自然法則である、という。

「黒い神」すなわち、下位神
および自然界を完全に人類の統制下に置くことの出来る者
それこそ人類が必要とする真の救世主であるが
その救世主とは実は「ヨハネの黙示録」では
獣(けもの)と呼ばれる忌まわしき存在
すなわち反キリストである、とも述べている。

人類は「白い神」によって絶滅させられようとしている。
なぜなら、自然界は人類文明の発達と相容れないからである。
「自然法則」は、人類を破滅させて、この地上から一掃するように働く。

「もしも、「自然の法則が絶対的な力を持って
異分子たる人類を滅ぼそうとするなら
逆に人類は、自然の法則を追い落としてしまえばよい。

人類が万物(ばんぶつ)に君臨する「神」になればいい。

神によって滅ぼされるか、滅亡したくなければ
今こそ我々は立ち上がり、神々を我々の前に
平伏させなければならないのではないか。」
(モーゼ書)

これは、俗耳(ぞくじ)には分かりやすい構図だ。

自然=白い神⇒人類を滅亡させるべく着々と行動しつつある。

人類は自然(白い神)に滅ぼされるか
人類が神(自然)を打ちのめし
神を人間に平伏(へいふく)させ、神を人間の奴隷
(つまり黒い神)となし、人間自身が
万物に君臨する神となるか、2つに1つ、と整理できる。

「第6、第7モーゼ書」は
西暦313年、ローマ皇帝コンスタンティヌスが
キリスト教を公認すると同時に「絶対禁書」に指定された。

それは現在、ローマ法王庁
バチカン図書館の禁書庫で厳重に管理されており
ローマ法王の許可がなければ閲覧することはできない。

つまり、この書は
ユダヤ教・キリスト教の精神をことごとく否定する。

この件は、超重大な意味を持つ。
これは安易に見過ごす事はできないし
ありきたりの一過性情報として消費されるべきものでもない。

コンスタンティヌス帝から
テオドシウス帝(ローマ帝国末期の皇帝)の間に
キリスト教に何が起きたか。
けれども、その中で、もっとも重大な事は

第一、ローマ帝国とローマ・カトリックキリスト教会は
「ニケア信条(クレド)」を決定して
それに違反するものを殺戮した。

第二、キリスト教の聖職者・神学者、ヒエロニムスによって
「ラテン語版公式聖書」が編纂(へんさん)された。

第三、「エノク書」をはじめとする、異星人の介入
異星人こそ「神」の正体であることを証明する
あらゆる文献と文章を削除し、かつ禁書とした。

第四、プフェッテンバッハ伯爵が述べているように
「第6、第7モーセ書」を禁書とした。

以上、4点に集約出来るであろう。

「二ケア信条」とは、父なる神と
息子神イエスと聖霊のいわゆる「三位一体説」である。

二ケア(現在トルコ領)という都会で
キリスト教の公会議が開かれ
そこで決定されたので「二ケア信条」という。

この「三位一体説」に対する反対派の
最大なるものが、アリウス派である。

アリウスとアリウスの支持者たちは
人の子たるイエスが、天にまします父なる神
全知全能にして、宇宙万物の造物主(つくりぬし)
と同格の神性を有する、という説を認めることに頑強に抵抗した。

二ケア公会議後、アリウス派がどのように残虐に
ローマ教会と、ローマ帝国によって殺害されたか。

プフェッテンバッハ伯爵は、ロマノフ家
(ロシア帝国を統治していた帝室)から問題の
「第6、第7モーゼ書」を与えられ、それを解読した。

彼は、フィンランドにおいて、キリスト教神学関係の専門誌に
学術論文として発表しようとして、編集者と話し合った。

するとその編集者は、「第6、第7モーゼ書」という
見出しを見ただけで、ブルブルと震え出し
「私は何も見なかった……」
などと、意味不明の事を言いながら逃げ出してしまった、という。

西洋のキリスト教界(ユダヤ教もおそらく)では
その書の存在と、それが長い間、ローマ法王庁によって
絶対禁書とされている事実そのものは
ある程度、知られているのであろう。
従って、その事を口にすること、論じる事すらはばかれる。

こうして見ると、異星人の介入に関する禁忌(タブー)については
この百年来、かなり事情が異なってきた、という事実に私は気づいた。

その一つは、千数百年間禁書とされてきた「エノク書」が
19世紀末から20世紀初頭にかけて
相次いで「発見」され、英語に翻訳され
「学術本」として、一般公開されたことである。

(第一エノクは、エチオピアから
第二エノクはスラブ、第三エノクはヘブライ語)

ただし、「エノク書」は、コンスタンティヌス帝以降
キリスト教会の一般信者および神父聖職者の
ほとんど全部に対しては禁書であるが
キリスト教会内の秘密の中枢部に対しては、そうでない。

この秘密結社に加担した、ごく少数の
キリスト教会上層部にとっては、よく知られた常識であったという。

二つ目は、イルミナティ、三百人委員会の有力な謀略団体
かの有名な「神智学協会」である。

この「神智学協会」は、古代エジプトの神話
および宗教を復活公然化させた。

もちろんこれも、キリスト教会の極微(ごくび)の
中枢部結社員には、周知の常識であり続けたのであろう。

しかし、この種の知識の一部が「神智学協会」
その他の多彩なオカルト神秘主義組織を通じて
一般世間に公開され始めたのが19世紀後半~末のことである。

さらに重要な事実。
それは、ヨーロッパの「ユダヤ・キリスト教国」が
19世紀に入って、イスラム圏を勢力圏に収め
逐次(ちくじ)イスラムの主力オスマン・トルコ帝国の解体と
植民地化を進めてゆく。

それとともに、古代エジプト語の解読に基づく
「エジプト学」、次に19世紀末以降
西洋列強の主導下でのメソポタミアの考古学的発掘に着手。
かくして、膨大なシュメール語粘土板文書の収集解読に乗り出す。

やがて、闇の中に隠されていたシュメール文明が姿を現す。
そして「旧約聖書」、特にその「創世記」は、実は
「シュメール神話」シュメールの歴史からの借用、ないし
その盗作的偽造、最大限に甘く見ても
その圧縮された要約である、という結論が疑い得ない事実として
学問的に立証されるに至った。

この過程が、自然発生的で偶然の成り行きであるとは
到底考えられない。

英国の著述家デーヴィッド・アイク曰く

「古代エジプトの時代から5千年後
アメリカ・フリーメーソンの最高評議会総指揮官
(グランド・コマンダー)アルバート・パイクは
この秘密結社を、次のように説明するであろう。

世界の大部分には知らされない
そして、象徴、紋章、アレゴリー(寓意物語)
のかたちに保存された伝統の中断されることなき流れによって
代々、伝えられてきたところの偉大な哲学的宗教的真理の管理人。
というふうに。」

パイクは、イルミナティの最終目標
世界人間牧場の完成、達成のために
三つの世界大戦を計画演出する、と述べている。

米国フリーメーソン本部図書館に保管されている
パイク未公刊の原稿は膨大であり、そこには

古代アーリア人の信仰と崇拝
イラン系アーリア人の神学と教義
アーリアについての講義
「リグ・ヴェーダ」の翻訳

などが含まれる。
それにしても、なぜアーリア人なのか。

ヨーロッパ勢力は、中近東そしてインドをおおい
ヨーロッパの言語学者はそれらの地域の言語をも調査した。

すると、驚くべきことに、インドの公式言語としての
サンスクリット語は、ヨーロッパ学のすべての言語と
全く同系である事が発見された。

ここに、「インド=ヨーロッパ系言語」という学問的概念が生まれ
そしてこのいわゆる印欧語の祖型は数千年前に出現した
アーリア人の言語である、との学説が立てられた。

さらに、アーリア語のもっとも重要な古典は
古代インドの叙事詩「リグ・ヴェーダ」であるという事になった。

パイクが、アーリア問題の研究調査を
主題の一つとする十分な理由が存在する。

「我々ヨーロッパ人は、どれほど混血していようとも
すべて、アーリア人種である。
我々は、自然的本性においてアーリア人種であり
インド・ヨーロッパ人種であって、セム人種ではない。
ヨーロッパ系言語には、セム系言語は一切混入していない」

つまりここでは、パイクは、ヨーロッパ人は
アーリア人種であって、セム人種ではないという命題を強調する。

この問題は、一筋縄ではいかないであろう。

して見ると、ユダヤのセム主義、セム人種、セム系世界観と
パイクのいうアーリア的世界観とは
果たして、どのように折り合いをつけているのであろうか。

フリーメーソンの本体はユダヤであり
フリーメーソン会員は人工的ユダヤであるといわれる事もある。

ところが、世界のフリーメーソンの頂点に立つ
アルバート・パイクは、ユダヤ人でもないし
ユダヤ教徒でもない、セム系でなくて
自分たちはアーリア人である、という。

この矛盾は、ひどくこんがらかっていて
とても解けそうにない。

 

つづく

ハーフB どうせなら2種類食べたかったけど量が多かった
開店時の数十年前に行った時は値段が高いなと思っていたけど
今は、レトルトな味だなという感想
でも混んでいた。レトルト感なら安いサイゼでいいかも

 

 

 

 

 

 

 

この敷地内にあったのでおやつに寄った

 

 

 

 

 
チョココッペパン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次のパンデで政府に助けを求めない準備を

政府の狙いは次のの緊急事態の命令と思うので改憲に反対を