天然記録 -21ページ目

 

 

1998年2月発行

↑より抜粋
 

万物万象は、瞬時も停止することなく循環を続けている。
私たちも神理(しんり)に従って輪廻転生を繰り返し
現在はたまたまこの地上界に生まれて
魂の修行をしているわけである。

輪廻転生については、仏教では言及されている。
「日々の生活修行の中で、心を調和させることにより
神理を悟り、自分の輪廻転生の過去を知ることができる」
という内容が、華厳経十地品(けごんぎょうじゅうじぼん)
の中に記されている。

輪廻転生のことが記されていないとされる聖書だが
そこにも元来、輪廻転生の記述があったという説が有力だ。
聖書から輪廻転生の記述を取り除いたのは
ビザンチン帝国の皇帝ユスティニアヌス一世
(在位527~565年)といわれている。
イタリアのラベンナ・サン・ピターレ教会の北側にある
モザイク画で有名な皇帝だ。

 


彼の統治はキリスト教ローマ帝国の理念によって貫かれており
宗教統制には特に力を入れていた。
そのため、教皇や神学者(しんがくしゃ)としばしば対立。
異端への弾圧も容赦なく行っている。

輪廻転生が真実となると、一人ひとりの人生の

すべての責任は、その本人にあるということになり
教皇や国家に頼る必要はなくなってしまう。

そこで聖書も大幅に改ざんされ
輪廻転生の記述が削除されたのである。
たしかに「魂の自由」を説く輪廻転生の部分は
専制支配を行おうとする為政者(いせいしゃ)

にとっては都合の悪いものであろう。

私たちの魂は「生き通し」なのである。
信じる信じないは別にして
魂は輪廻転生していることは確かなのだ。

人は誰でも
宇宙と波動をぴったり合わせることができさえすれば
潜在意識の蓋がとれて、過去の記憶を思い出す事ができるのである。

私たちが今生活している3次元世界の心の奥底には
4次元以上の高次元の世界が存在している。
そこでの天使と悪魔の戦いとも言えるような状況が
この3次元に反映されているとするならば
意識改革によって4次元以上の世界を変えることで
問題は根本的に解決できるのではないだろうか。

考えてみれば、イラクはアメリカの同盟国だった。
サダム・フセインはイランを敵に回し
8年間も戦争を続けたことになる。
それなのに、終結後に発した次のたった一言によって
彼は一転、とんでもない悪玉に仕立て上げられてしまった。

「OPECが決めた生産割当量があるにもかかわらず
クウェートをはじめとする加盟国が
規則を守らず過剰生産をしている。
おかげで価格が下落してだぶついてしまった。
生産量を減らして値上げしないとまずいことになる。」

すかさず、石油メジャーを支配下に置く陰の政府は
攻撃の矛先をフセイン大統領に向けてきた。

「我々は少し武器を売りすぎたようだ。
今やフセインはイスラエルにとっても
大多数のアメリカ国民にとっても脅威の人物だ」

イラン・イラク戦争が終わってみると
たしかにイラクの軍事力は突出し
強くなりすぎていた。

ドイツなどから化学兵器を買い込んだうえ
化学兵器使用をほのめかす
イスラエルに対するイカク発言なども
飛び出したりした。

さらには
核関連物資や技術製品の調達による核兵器開発疑惑。
こうした数々の疑惑が
周辺諸国の危機意識や不安感をつのらせていたと言われる。

しかし一方で、フセイン大統領が
軍事資金の捻出に頭を悩ませていたことも事実である。
イラン・イラク戦争当時
サウジアラビアやクウェートなど
周辺諸国からの借金は相当額にのぼっていた。

その上、頼みの綱である石油収入は
原油価格のだぶつきで、負債の返済どころか
軍備の増強さえままならない。
こうしてフセインの口からポロっと出た本音が
彼の命取りになってしまったのである。

そうは言ってもフセインは
それまでアメリカの同盟国として
命運を供にしてきた人物である。

ところがその彼の何気ない「ひと言」に乗じて
ニューズ・ウィークをはじめとする
アメリカのマスコミ各社が
手のひらを返したように一斉に攻撃を開始し
またたく間に彼を「悪魔」に
仕立て上げてしまったことだけとっても
何とも異常である。

やがて、1990年8月2日
イラクのクウェート侵攻(しんこう)を機に
中東諸国は湾岸戦争へと巻き込まれていくことになる。

こうして見てくると、すべては
巧妙なシナリオに基づいてなされたこと
であることがわかってくる。

それにしても気の毒なのは
何も知らない湾岸諸国やアメリカの兵士たちである。
彼らはこの悪意と謀略(ぼうりゃく)

に満ちたシナリオに躍らされ
自らの尊い命を無意味に捧げていくことを
余儀なくされたわけである。

戦争は自然発生するものではない。
ほとんど必ず仕掛ける側と

仕掛けられる側があってこそ起きるのである。
そしてその仕掛け人は常に、戦争の当事国の者ではなく
まったく関係のない第三者なのだ。

少なくとも近代に起きた戦争や紛争で
この第三者に仕掛けられなかったものは
ほとんど一つとしてないのだ。

では、その第三者とは誰か。
言うまでもなく、「闇の世界権力構造」であり
別名「多国籍企業」の名を借りた
「軍産複合体」と呼ばれるグループである。

ここで具体例として、アフリカの紛争を見てみよう。
私たちも新聞やテレビのニュースで
アフリカで、たえず紛争が起きていることは知っている。
しかし、その原因やプロセスなど細部に至っては
専門家でも知らない部分が多い。

周知のとおりアフリカでは今でも
ソマリア、スーダン、ルワンダ、アンゴラなどで
激しい内紛が続いている。

これらは公式には
部族的対立、宗教対立が原因だといわれているが
すべての背後には「闇の勢力」の影が見え隠れする。
「冷戦構造」「大国政治の思惑」という覆面をかぶって
陰から巧みに操っているのである。

米ソや国連の介入を受けた
ソマリア、アンゴラはもちろん
スーダンやルワンダの紛争も
すべて大国の政治の影響が大きく影を落としている。

すなわち、どの紛争もその背景に
部族対立を抱えているわけだが
この部族対立こそは17世紀以降の
「ヨーロッパの植民地支配」と
「人為的な分割統治」が生んだ「国境」が
発端となっているということである。

一国内に複数の部族が押し込まれたり
逆に一部族が、いくつかの国家に
分断されたりした歴史的悲劇が
これらの紛争の根底には存在しているのだ。

繰り返すが、すべての悲劇は
「ヨーロッパの植民地支配」から始まっている。
そして後述のアンゴラの例でもわかるとおり
国連は人類の平和のためには
いっさい機能していないのである。

ロンドンの「シティ」といえば
国際金融の中心地として有名な金融街であり
金1グラムの値段が毎朝シティにある
ロスチャイルドの事務所で決められている。


このシティの中でも、プロ中のプロと言われる
金融に非常に詳しい人物と出会う機会があった。
その人が私に、驚くべき話をしてくれたのである。

「今、国連の大使と称する方が
アメリカの軍用機で、このシティに来ています。
(彼はベルギー人であることが判明している)
その方は世界に紛争が起こると毎回
巨額の現金をかばんに詰め
戦争や紛争の当地国に出向いて行くのです。」

彼が言うには
そのお金で紛争当事国の国債を購入し
国債と引き換えに渡したそのお金で
アメリカから武器を買わせるといった「闇取引」
をするためだ、とのことである。

その時の目的は、紛争中のアンゴラに出向き
日本円にして5千億円もの現金を見せ
これで貴国の国債を買ってあげるから
その代金を、武器購入資金に当てるようにと
交渉するために出かけたという。

当時アンゴラは、国内で市街戦があったりと
暴動が絶えず、不穏な状況が続いていた。
そのような国の国債を買うということは
紙くずを買うことと同然である。
そう、真の目的は国債購入であるのではなく
まさに武器を買わせる事にあったわけである。

こうやって世界に紛争が起こる時は
必ずその陰でいつも
覆面をかぶった人たちがうごめいている。

彼らは双方に紛争の種をまいておきながら
さまざまな名目をつくって、平気で当事国を訪れ
言葉巧みに武器を売りつけているのだ。

その時、アンゴラに持ち込んだ5千億円のお金の出所は
何も知らないアメリカ国民から搾り取った血税である。

それは、当時のブッシュ政権最後の年の
会期末までに、軍事機密費の予算を
消化してしまわなければならないという
「口実」でなされたことであった。

アメリカは、ニクソン大統領時代の
ドルショック以来、金(きん)の支えがないまま
ドル紙幣の輪転機を回すという体制が出来上がってしまった。

その結果
ドルを握る者が世界を思いのままに動かす
という体制が、好むと好まざるとにかかわらず
出来上がってしまったのである。

戦争を起こす仕組みと
国連の陰でマッチ・ポンプを行って
お金のためには平気で大量の人殺しをする。
「闇の権力構造」を目のあたりにした時
私はこうした真実を
偽らずに全世界に伝えていく事を決意したのだった。

私がアンゴラの
ドスサントス大統領にお目にかかった時の話を
ご紹介したいと思う。

アンゴラの特使が
わざわざ私の元に連絡してきたのは
1990年5月の事であった。
「アンゴラ政府としては、日本に大使館を開きたいと思っています。
そしてアフリカや日本とも経済交流をしていきたいのです。
民主的な選挙もやっていきます。
ドスサントス大統領がお会いしたいと申しておりますので
すぐにでも来ていただけないでしょうか。
ご相談したいことがあります。」

招待を受けた前月には、UNITA(ウニタ)が
首都ルアンダ以外の地域で戦闘中止を発表し
にわかに和平ムードが高まっている所だった。
(略称UNITA:アンゴラ全面独立民族同盟)

大統領はいったいこの私に何をお話したいというのだろうか。

「3日間だけ考える余裕をいただけませんか?」

シェイクスピアの「オセロ」を思わせるような
存在感のある特使にそう伝えた。

3日の猶予期間が明けると
彼は私の事務所に再びやって来て、こう言うのであった。

「大統領は48時間空けて待っていると申しております。
申し訳ございませんが、すぐに私と同行願えませんでしょうか」

「48時間……」

私は急遽、他の仕事をキャンセルし
それらの仕事の段取りをつけてから、取るものも取り合えず
ニューヨーク発のコンコルドに飛び乗った。

大統領は、テレビ撮影の用意をして待っていた。
私たちの会見はその後、現地のテレビニュースで流され
翌日の朝刊は一面トップでこれを報じた。

「日本に大使館を開きたいのです」
「日本の経済人の代表団を派遣してほしい」
「アンゴラを民主化し、民主的な選挙も実現させたい」

大統領はたて続けに
彼の抱負と願望を私に語るのだった。
そんな彼の顔を私はじっと見つめながら

「どのような方法が取れるだろうか」と

日本に帰ってから
取るべき行動について思いをめぐらせていた。

アンゴラには
三井、三菱、伊藤忠など、大手の商社マンが駐在している。

彼らは、大統領と私の会見をマスコミ報道で知るや
すぐに本社に報告したらしい。
翌日、赤坂の私の事務所では
秘書が電話で応対におおわらわだったようだ。

「経済人の代表団を組んで何かする時は
ぜひ私どもの会社も仲間に入れてください。」

日本の商社は、とにかく対応が早かった。

帰国後まもなく、私は総理のもとを訪ねた。
しかし総理は

「アンゴラですか。反政府勢力をアメリカが支援していますね。
まだ内戦状態でしょ。日本としては
内戦が終わらないと、何もできないと思いますが。」

と消極的な発言を繰り返すばかりであった。

噂通り、日本はアメリカが動かないと何もできないし
しようともしないのだ。

それならばと、私はすぐにホワイトハウスへと飛んだ。

ブッシュ大統領の側近、そしてベーカー国務長官
外交委員会の委員長と、私はたて続けに要人たちに会っていった。

「冷戦構造も終わり、アンゴラの大統領も
民主化に取り組みたいと言っています。
政策を変えてはいかがですか。聞くところによると
反体制側に、8千万ドルの予算をつけて議会を通したばかりだとか。」

「調べてみます。」

という返事が返ってきた。

調査が進むにつれて、アメリカ議会の議員たちは驚いた。
8千万ドルの、かなりの部分がめぐりめぐって
米国内のロビイストのポケットに
入ってしまっていることがわかったのである。
ワシントン・ポストは、これを大々的に報じた。
以後、アンゴラに対するアメリカの政策が変わり始めた。

その年の暮れ、アンゴラから外務大臣がやって来た。

「話し合いにさえ持ち込めれば、後はどうということはない。
後は自分たちでやってください。」

その後、アンゴラに関する国際会議が3度開催され
91年5月31日には、ポルトガルのリスボンで
アンゴラ政府と、UNITAとの間の和平協定が結ばれた。
現在、アメリカ議会は、反体制側に1ドルの援助もしていない。

アンゴラの話は一例に過ぎないが
どのような情勢にあろうとも、正しい事は正しいこと
改めるべきことは改めるべき事として
是非を明確にしていくことこそが大切なのではなかろうか。

たしかに一個人の力など取るに足らないかもしれない。
しかし、その小さな力の中に
時として世界の政治を動かす人々の意識を

変えるような力も潜んでいるのである。
 

つづく

この世界は感情を体験するためだと薄々思っているけど

生れる前に自分で設定してきたとしても

そうだとしても、もうこのゲームはこりごりだ

魂が永遠とは、それほど退屈という事なんだろうか?

 

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