ケガレ忌避から生まれる差別 | 天然記録

プロビデンスの目
キリスト教で用いられるプロビデンスの目のデザインでは左目です。

この図章のルーツはエジプト神話にあるホルスの目にあるといいます。
中世からルネサンスにかけては三位一体の象徴としてデザインが用いられました。

ホルスの目は古代エジプトのシンボルで

エジプト神話のホルス神はハヤブサの頭部を持つ太陽と天空の神で

その右目は太陽を、その左目は月を象徴していました。

 

これは古事記に通じる所がある

 

そして左の御目を洗った時、成った神の名は

天照大御神《あまてらすおほみかみ》

次に、右の御目を洗った時に成った神の名は

月読命《つくよみのみこと》

 

そもそも世界中の神話は名前を変えた同じような物語らしいし

世界の神話の神様は自分本位で嫌いだ

プロビデンスの目は左目なら

日本で言う清い存在のはずのアマテラス?

ABEちゃんもアマテラス信仰だったらしい

 

 

過去参照

 

 

 

 

↑より抜粋

 

さて、日本には「消された文明」が他にもあると言ったら

読者は驚かれるだろうか?

実はその存在は遺跡や遺物ではなく

歴史学者が信奉してやまない文献によって証明出来るのである。

その文献とは日本民族の古典「古事記」

そしてキリスト教の聖典「新約聖書」である。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」といえば

世界の名画だが、この最後の晩餐のメニューは何かご存知だろうか?

実はこの点でダ・ヴィンチの絵は正確ではない。

この絵にあるような豪華なものではなかった。

メニューはパンと赤ワインなのである。

(血にたとえているから白ワインではない)

しかしイエスは、この「パンと赤ワイン」を

「自分の体(肉体)と血」にたとえているのである。

つまり「肉と血」はキリスト教において、きわめて神聖なものなのだ。

要するに、イエスを生み出したユダヤ民族は

もともと遊牧の民であったからだろう。

遊牧民族は日常的に動物を殺し、その肉を喰らい皮を身にまとう。

もっとも根本的な食糧である肉も

その肉を得るとき必ず流される血も

不浄なものであってはならない。

それが不浄なものであるとか

そもそも動物を殺すのは罪であるなどと考えていたら

遊牧民族は一日たりとも生きていけないからだ。

だからこそ彼らは、動物を

「神が与えてくれた食料」と考えるようになったのだろう。

 

そして、その考えは、ユダヤ民族のように遊牧を捨てて

農耕に励むようになってからも続いた。

考えてみれば、パンは小麦で、ワインはブドウで作られている。

これは両方とも農作物だ。

農業で得られる食料であって牧畜で得られる食料ではない。

にもかかわらずそれをあえて

「肉と血」にたとえるのが、彼らの文明なのだろう。

 

そして、この「肉と血」を尊重するという点では基本的にイスラム教も同じだ。

「豚肉はケガレている」というアッラーの言葉に基づくタブーはあるが

それ以外の肉は「神からの贈り物」として罪悪感なしに食べている。

また、インダス文明というよりもヒンズー教の世界と言ったほうがいいが

ここでは逆に「牛は神聖なものである」から

人間はそれを食べてはならないというタブーが存在する。

しかし、他の肉なら問題ない。

中国文明は肉食に関してはタブーはまったく無いと言ってよく

場合によってはライバルを殺してその肉、つまり人肉も食べたりする。

孔子の弟子の子路(しろ)が「肉の塩漬け(もちろん食べ物)」

にされたのは有名な話である。

では、日本はどうか?

 

日本にもじつは「新約聖書」

いやそれよりはるかに古く天地の成り立ちなどを記した

「旧約聖書」に比すべき古典がある。

「古事記」である。

 

そこに語られているのは

現在我々日本人が神道と呼んでいるもののもっとも古い形だが

その神道の最高神である天照大神

(アマテラスオオミカミ、太陽の女神)

がいかにして生まれたか、日本人は意外に知らない。

アマテラスの父親はイザナギノミコトであり、

その妻はイザナミノミコトであることは割と知られているが

多くの日本人はイザナギとイザナミが

「まぐわい」をした結果アマテラスがこの世に誕生したと思っている。

実はそうではないのだ、それは「古事記」に明記してある。

 

イザナギとイザナミが「まぐわい」をして

多くの神をこの世に誕生させたのは事実である。

しかしイザナミはアマテラス誕生以前にこの世を去ってしまった。

イザナギと「まぐわい」で火の神カグツチを孕んだのだが

分娩の時にカグツチの炎で陰部に大ヤケドを負って死んでしまったのだ。

死んだといっても肉体が消滅するわけではない。

古代信仰では死者はそのまま地下の黄泉国(よみこく)に行く。

そこで、愛妻イザナミのことが忘れられないイザナギは

彼女を連れ帰るために地下へ降りていった。

しかしイザナミは黄泉国で暮らすうちに

肉代にはウジがわき二目と見られぬ姿であった。

愛情がいっぺんに冷めたイザナギは

執拗なイザナミの追跡をかわし

やっとの思いで明るい地上に逃げて来る。

 

そこでイザナギはまず何をしたか?

 

「私は、なんとも醜い醜い、穢れた国に行っていたものだ。

だから、私は禊《みそぎ》をして、体を洗い清めよう」
 

ミソギをしたのである。

ミソギとは神道のもっとも重要な宗教儀礼の一つであり

具体的には清らかな水の中に身を浸(ひた)して

ケガレを「水に流す」ことである。

そしてその最中に重大な事件が起こった。

 

「そして左の御目を洗った時、成った神の名は

天照大御神《あまてらすおほみかみ》

次に、右の御目を洗った時に成った神の名は

月読命《つくよみのみこと》

御鼻(みはな)を洗った時に成った神の名は

建速須佐之男命《たけはやすさのおのみこと》」

 

おわかりだろう、神道の最高神アマテラスは

「もっともケガレのない清浄な状態」

からこの世に誕生したのである。

 

お気付きだろうか?

この「神道文化」は「遊牧(牧畜)文明」の対極にあるということを。

「動物食料文明」の常識を念頭に置いて

アマテラスの誕生を考えると

まずアマテラスは「まぐわい」とは

まったく無縁の隔絶された存在であることがわかる。

イエス・キリストも処女マリアから生まれたとされているから

「まぐわい」とは隔絶された存在であると思う向きもあるかもしれないが

それでもイエスはマリアという人間つまり

「動物の一種」の胎内から生まれていることをお忘れなく。

当然、イエスは母親の血にまみれてこの世に生まれて来たはずだが

そのこと自体はまったく問題にされていない。

一方、アマテラスはイザナギがミソギで

すべてのケガレを水に流したところで生まれている。

 

古代において日本ほど頻繁に首都(天皇の宮殿)を移転した民族はいない。

逆に、天皇一代ごとに首都を移転することは

経済的に見ても非効率きわまりないはずである。

では、その理由は何か?

それは宗教に基づく行為であることが多い。

この謎に対する答えを言えば

「日本の神道には、死穢(しえ)が諸悪の根源であるという

信仰があったからだ」ということになる。

これがまさに典型であるが、現代の専門の歴史学者の書く歴史は

宗教というものをほとんど無視しているので日本史の特徴が目に入らず

そもそも「なぜ首都を頻繁に移転したのか」という

謎の「抽出」が出来ない。

 

そもそもなぜ部落民たちは差別されたのか、その根源の理由である。

ここであえて近代以前に彼らは何と呼ばれたか

日本史の真理を追究するために述べておく。

「穢多(えた)」である。

大和言葉で言えば「ケガレ多し」

つまりこれが差別の理由であろう。

では、現実的に彼らはどういう仕事をしていたかと言えば

典型的なのは皮革(ひかく)業で

「動物を殺し血に触れる」職業である。

だから彼らの居住区は

差別する側の人々の居住区の「川向こう」にあった。

間に「流れる水」があればミソギ作用が働きケガレは伝染しない。

ただし橋をかけてしまってはその効果がなくなるから

一般的に見て「部落」は「橋のない川」の

向こうにあるということになるわけだ。

 

しかしここで改めて考えてみると

彼らの職業は「動物食料文明」圏においては

当たり前どころか必要不可欠なものであって

まったく差別されるいわれはないということに気が付くはずだ。

しかも日本史いや日本列島史を考えてみると

この地で最初に文明を築き上げた縄文人は

「動物食料文化」に所属する狩猟民族だということにも気が付く。

つまり部落差別とは、ちょうどインダス文明において

アーリア人が先住民族のドラビダ族を征服し被差別民としたように

先住民縄文人のいる日本列島に後から侵入した

「動物食料文明」とは対極の文明を持つ人々が

縄文人に対して行なった差別ではないかという解答が推定出来るわけである。

 

動物を殺すこと、その肉を食べることをタブーとしない

先住民の縄文人がいるところに肉など食べていかなくても

生きていける稲作民族である弥生人が

優秀な武器(青銅器や鉄器)を持って侵入し

縄文人を征服支配し、隷従させたために生じた差別と考えれば

この差別の根深さも納得がいく。

 

世界においてもっとも根深い差別のひとつであるユダヤ人差別も

キリスト教に基づいているから始末が悪い。

宗教に根を持つ差別はなかなか無くならないのである。

だからこそ、その弥生文明の頂点に立つ天皇家の宗教儀礼に

大嘗祭(だいしょうさい)など稲作に関するものはあっても

「血と肉」に関するものはまるでないのだろう。

 

また、部落差別は一般的に東へ行けば行くほどゆるくなる。

関西地方の人には信じられないかもしれないが

東北地方、とくに岩手県あたりでは

「部落」という言葉は差別語ではない。

それどころか一般的に山間部の集落のことをその住人が部落と呼ぶ。

これは本当の話である。

 

その理由は、弥生人は天皇家の神話に語られているように

九州あたりから縄文人のテリトリーに侵入し

西日本一帯をとりあえず征服したからだろう。

それゆえ、これらの地方では差別は厳しく実行された。

そうした「異教徒」たちを征服支配するために

平安京を建都した桓武(かんむ)天皇が創設したのが

征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)なのだろう。

 

遷都を繰り返したのがようやく収まったのが

桓武天皇による平安京建都である。

その頃には大和朝廷の支配は一応確立し

蘇我氏などのライバルと血で血を洗う抗争は無くなった。

中大兄皇子:なかのおおえのおうじ(天智(てんじ)天皇)

のように、自ら剣をとって

蘇我入鹿の首を斬り飛ばさなくてもよくなったのである。

桓武天皇が征夷大将軍坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)

に軍事の指揮官を委託したのがその始まりと言うべきだが

天皇や平安貴族は時代が下がるに従って軍事警察から一切手を引いた。

 

この時代の国家の仕組みを形成する律令(りつりょう)制度は

もともと中国から輸入したものだから

軍事部門も警察部門もある。

この時代世界中どこの国でも国家反逆罪は死刑だが

その罪に問われた伴善男(とものよしお)も

菅原道真も死刑にはならなかった。

菅原道真は無罪の罪だが、一度は国家反逆罪の判決が下ったのだから

中国ならば一族郎党皆殺しにされていただろう。

だが平安時代には実質的に死刑は廃止されていた。

人権思想があったからではない。

国家に担当者が死の穢れに触れたくなかっただけの話である。

罪とケガレを「水に流す(流罪)」という形で処理したのだ。

 

だが、軍隊も警察も無いのでは治安は大いに乱れる。

京では食っていくためには「ケガレ仕事」でも引き受けるという

中級貴族を検非違使(けびいし)という特別警察に任じて

なんとかしのいだのだが、地方の乱れはいかんともし難い。

そこで、とくに関東にいた縄文人の末裔たちが

京から関東へ土着した元貴族たちを頭に頂き

自分の生命財産は自分の手で守るという集団を形成した。

これが武士団つまりサムライである。

彼らは元々「肉食系」だからケガレを恐れない。

戦争は得意中の得意だ。

そういうことで「手を汚したくない」天皇や貴族たちが

彼らを最初はガードマンとして

そして次第に国家の治安を担当する者として

政治の実権を委ねるようになった。

 

こうした中、最初に武士として殿上人(てんじょうびと)

つまり貴族の仲間入りをした平忠盛(たいらのただもり)

(清盛の父)に与えられた役職はどんなものかもうおわかりだろう。

そう刑部卿(ぎょうぶきょう)である。

 

現在と違って昔は

軍事権を掌握していなければどんな権力も没落する。

それが世界の常識だ。

日本の天皇家及び朝廷もこの例外ではなく「ケガレ忌避」

という宗教によって日本の統治者の座から転落した。

だが、ただひとつ世界のあらゆる権力と違うのは

政治の実権は武士の集団である幕府に奪われたが

天皇家の権威は保持され滅ぼされることなく続いたということである。

それは天皇家は神の子孫であり

どんな家系も取って代わることは許されないということの他に

やはり日本人にとってもっとも神聖なものは

「ケガレ」からもっとも遠い天皇家である

という信仰が確立していたからである。

 

日本には米を尊ぶという信仰がある。

子供の頃、父親や母親に

「お米はお百姓さんが丹精込めて作ってくれたものだから

一粒もおろそかにしてはいけないよ」と言われた人も

年配者の中には少なからずいるだろう。

しかし、そういう日本人も

お肉はそれを処理する人が丹精込めてしてくれたのだから

おろそかにしてはいけないよ」とは決して言わない。

新鮮な肉とは、「殺し立て」ですぐに「血抜き」をしたものである。

そういう処理をしなければ美味しい肉にはならない。

そういうことをしてくれる人の努力があってこそ

美味しい肉が頂けるのだが

日本人は食肉処理の担当者にはまったく感謝しない。

これが差別ということなのだが、食肉処理には必ず「動物の死」

という死穢(しえ)に触れる過程があるからである。

 

日本を一歩出ればキリスト教圏もイスラム教圏も

中国文明圏も、すべて肉食OKの世界である。

人口比で言うならば世界の5分の4がそうだ。

ところが世界の大文明圏で肉食がまったくダメなところが一つだけある。

言うまでもなく仏教圏で、肉食はダメだという理由は全然違うのだが

(仏教は生物に対する慈悲のため、神道は死穢に触れるのを避けるため)

禁止されているものが同じため、相性がよかった。

逆に仏教が生まれたインドでまったく滅んでしまったのは

肉食否定があの気候風土では

受け入れるのが難しかったことも理由の一つかもしれない。

仏教の教えを完全に実行するのは

弥生文化のように肉を食べなくても

生きていける豊かな農業社会がなければならないからだ。

 

一方、日本列島の先住民である縄文人にとっては

この神道+仏教の強力タッグは

ますます彼らに対する差別を助長させたと言える。

そもそも「肉食する人間は死穢にまみれている」という

弥生人からの強力な差別があるところに

「動物を殺すことは悪である」という教えが入って来たのだから。

 

 

それを縄文人の末裔に対しても適用するよう日本化したのが

鎌倉仏教の祖師たち、とくに親鸞(しんらん)であろう。

仏教はあくまでエスタブリッシュである弥生人のもので

非差別階級である縄文人のものではなかった。

そこで、縄文人の文化を引き継ぐ存在である武士が天下を取った鎌倉時代に

祖師たちは仏教を彼ら向きのものに変えたのである。

とくに親鸞は動物や魚介を日常的に殺している猟師や漁師たち

人間を日常的に殺している武士たち

これら縄文文化の末裔たちも救済の対象とした。

それまでは神道においても仏教においても

彼らは救われぬ人々であった。

しかし、彼らは社会の多数派でもある。

だからこそ彼らを救済の対象とした本願寺は

強大な力を持つことが出来たのだ。

 

ものすごく略

 

医療と葬儀は僧侶の担当なのである。

医者は出家した「ガイジン」だから

ケガレを超越しているのである。

これは僧侶も同じで、だからこそ彼らは

天皇や公家のいる宮中に参内(さんだい)

することが出来るのである。

なぜ仏教は日本に定着したのか、それどころか神道と合体して

神仏混淆(しんぶつこんこう)までしたのか?

ひと事で言えば、神道と相性がよかったからである。

 

つづく