”痛み”とはなんでしょうか?
痛いから痛いのだ!理由なんかないっ!
でもいいけれど。
我々のカラダに基本的な機能として備わった痛み。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは痛みをまさに苦痛や快楽と同じ「情動」と考えていたらしい。
時代が経って17世紀フランスの哲学者デカルトは痛みを温かいとか冷たいとかの「感覚」と捉えていたらしい。
私はアリストテレスやデカルトが痛み以外に何に思いふけっていたのかをよく知りませんが・・・。
痛みとは複雑。一時的なものもあれば、長いものもある。情動も感覚もミックスされている。
とても、複雑。そんな訳で1973年に創設された国際疼痛学会は痛みを
”実際の、あるいは潜在的な組織の障害を伴った不快な感覚的、情緒的経験”
と定義しています。
ならばヒト科の動物”人間”には感覚的にも、情緒的にも快いどちらのアプローチも必要だということですね。
組織の障害がなくても痛みが残るというケースもありますしね。そして超主観的。本人にしか解らない世界。
思いやり。そんな月並みな言葉が頭をよぎりますが、これは大事ですよね。
私は思いやりに自信がない!と思っている時点で、思いやっているのかもしれません。
痛みは生物的に生命を脅かすシグナルと同時にもっと大切にしてほしい。というメッセージなのでしょうか。
痛みは骨折とか綾波レイみたいに包帯グルグル巻だったら分かりやすいけれど、往々にして目に見えません。あんたは何も解ってない!と私は何度も言われていますし、悪魔だ!と言われたこともあります・・・。俺はヒトを泣かす方が得意なのかと轟沈しそうになったことも何度もありますが、その度にああそうだあの方も今の自分と同じ気持ちなのだと!ここで共に轟沈してはならぬ。傾斜復元、船体起こせ急浮上を繰り返す日々ですよ~。
解り合えないから、解り合える。解り合えないことを解り合えるから、本当に解り合えるのだ!
と、世の中なめきってる訳です。
で、痛みは目という感覚器官では中々難しいのです。
痛みとは内に閉じこもってしまう感覚であり情動なのだけど、外にも開かれているんですね。伝染するものでもあるかもしれません。
たまに脚をぶつけて痛い!ごめんなさ~い!と一人で悶絶してるヒトがいますけど、私はそこに光明を見た気がします!
痛みとはなんでしょうか。
正しい方向への道筋か安らぎへの第一歩か。涙のようでもあり、欲求でもあり、承認でもあり、試練でもあるかもしれません。
ヒトには何故か”痛気持ちいい”という感覚と情動もあります。
これがま~た複雑にしてるわけです!




