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電波整体士

とある医業類似行為者の混沌とした生命論。


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「いのちの輝き フルフォード博士が語る自然治癒力/ロバート・C・フルフォード&ジーン・ストーン著/アンドルー・ワイル序文/上野圭一訳/翔泳社」


日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、オステオパシーというアメリカ発祥の手技療法があります。オステオパシーは極めてソフトなタッチで身体に触れ、脳脊髄液や、呼吸器、消化器などの循環を促し、ヒトが本来持っている治癒力を引き出す方法なのです。結果的にカラダの痛みや不快感を改善していくというもの。


「いのちの輝き」の著者フルフォード博士はオステオパシーの達人。97年の段階で92歳だったそうだから現在ご存命かどうかは解りません。


私がフルフォード博士の存在を知ったのはアンドルー・ワイル氏の「癒す心、治る力」という著書を読んだ時です。その本の中にフルフォード博士が登場するのですが、多くを語らず寡黙な老人で柔らかく触れるだけで多くの人々をバンバン癒しちゃう訳です。世の中にはこんな凄い人がいるんだな~と感慨に耽っていました。


私はオステオパシーを習得してはいませんが、フルフォード博士は癒しという分野においては数少ない憧れの達人なのです。


手技には数多くの流派、流儀、種類がありますが、目的地はたった一つ。不快を取り省き、癒された世界を目指すこと。


そしてそれは決して一人では成し得ない世界でもあるのです。


痛みがとれればはい終了!それでいいというものでもないんですなあこれが。個人のレベルで見れば癒されたという人々は数多くいると思いますが、大きく人類というレベルで見ると、未だ到達していない未開の地でもある訳ですね。普段の施術においては勿論、目の前の方に集中するだけですが。


実際現場においてはどっちが癒されているか、分からなくなってくることがあります。私は今まで多くの方の施術を受けてきたことになるのです。私が触れるとき相手の方も私に触れているわけだから。手はカラダの一部であり、カラダは手の一部ですよね。縫い目無く繋がってますね。手!とか足!とか背骨!とか筋肉!とか神経!とか言語化したがゆえに分離された感がありますけどね。


そんな訳でフルフォード博士は、全部一つだろーが!カラダも魂も宇宙も!そこに気づきなさいよ!ってえそんな一施術者を超えた熱く尊い語りを本の中で展開しているのです。


自ら大学で現代医学を学びながらも、それに盲信せずひたすら個人の持つ独自の自然の生命力を信じた。何故なら一つのルール(医学や栄養学、運動生理学など)を万人に当てはめることなどできるわけがない、という信念があったから。そして実証してきた。


技術についても何枚も重ねた紙の下にある髪の毛一本を見分けられる位には、指先の訓練を怠ってはいかんというようなことも語っています。施術者は小手先の技に惑わされず、須らく本質的鍛錬を怠るなかれ!エラソーなこと言ってる俺は最近アンモラル気味だっ!ううっ。ハゲない程度に髪の毛使おう。



自然治癒力というと何だか優しそうな、頼りなさそうな、そんな風に聞こえますが実はこのカラダの本筋であり、真っさらなんですね。故に怪しい危険な思想とも結びつきやすいかもしれません。一つの方法に拘るのはヤバイです。私たちはもっと知る必要があるかもしれません。社会が不安定になると、健康意識が高まるとも言われています。今がそうかもしれません。友人が勝手に独自にアレンジした健康法でアトピーが改善したと嬉しそうに語っていました。


”消費される健康”とナイーブな人達もおりますが、私は勿論この健康癒し産業界にはお世話になりっぱなしなので比較的楽観的です。されどやはりその部分は完全無視するわけにはいきませんね。健康は消費ではなく高めていくのが本当だと思うから。


楽しみながら健やかになれたら・・・!


フルフォード博士の「いのちの輝き」にはまさにいのちを輝かせる、そんな方法が沢山あります!

























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気温が体温に近くなって参りました。


汗を大量にかきます。これは私たちのカラダが体温を常に一定に保とうとする、恒常性維持機能が働くからです。体温が一定でないと生きていけない。やっぱり我々は哺乳類なのです。超人ではないのです。


この時期、我々の静脈に流れる血液は恐らく、赤みを増していると思います。


体温という熱を上げ、一定にするには酸素が必要ですが、気温が高いせいでその必要があまりありません。


冬に比べて夏場は酸素がそんなに必要ではないのですね。だから代謝も落ちるのだと思う。で、


酸素を運ぶのは血液の中にあるヘモグロビン。赤い血ですね。呼吸して動脈に乗っかってる内はまだまだ赤い。各臓器、組織に酸素を無事届けたあとは消費したので赤みもだいぶ減っている。そして静脈に切り替えて回収しなくてはならん。リサイクルしなくては。


静脈は基本的に使いまわした血液を回収するルートですが、酸素があまり必要でないこの暑い時期は静脈の中にもまだまだ赤いヘモグロビンが残ってるという訳です。


こんな仕組みを発見したのが!19世紀のドイツ人科学者J・ロベルト・マイヤーですね!私ではありません。


マイヤーはオランダ船の船医として東インド諸島あたりでこの現象を発見したらしい。


仕事と熱量の関係をです。仕事をするには熱が必要だがこのあっちー南洋ではそんなに熱がいらんのではないか。船員の血液はさみー地域に比べ、真っ赤かで酸素あんまし使ってねーみたいだし・・・。と。船員が怠けていたのかは知るよしもありませんが。


マイヤーは、人間は酸素を使って熱を生み出してるなあ、じっとしてる時は熱だけ生み出してるが、動けばその熱は仕事に変換されるなあ・・・ひょっとして熱と仕事量は同じなんじゃね?と機械使ったり馬使ったりと色々研究を進め、ついに


”どのエネルギーも別のかたちへと変わることができるが、エネルギーの総量はつねにかわらない”


”エネルギーは一度存在すれば、消滅することはない。ただそのかたちをかえるだけである”


と”エネルギー保存の法則(熱力学第一法則)”を発見したのです。


マイヤー以外にもジュールやヘルムホルツといった人物がこの法則の確立者となっています。


ちなみにマイヤーは最初エネルギーが保存されるという説が全くオカルト扱いされて認められず、あげく精神病院までいってしまったらしいが、晩年になって認められ、今やエネルギー保存則に反する事例は見つかっていない、ということになってます。まあ宇宙の果てや次元の違う所ではわからないけれど。


ヒトは飲まず食わずですんごい仕事をこなすヒトもいますしね。冷え性でも頑張ってますね。


自然の一部を切り取ってみれば確かにそうなっているが、では、なんでそうなってるかは悟りでも開いたヒト以外誰も答えられないだろうし、宇宙の9割は未だ闇。これはネガティブなことではなく、私のようなアホにも思考する余地が死ぬまで残されてるということです。


言い出したらキリがありませんし、そんなことよりも今日や明日食うパンの方が気になります。


されど我々のカラダは宇宙に対して開放系。内と外が繋がっている。酸素も栄養も日光も排泄も必要で、エネルギーを耐えず循環、熱を生み出し、細胞の造り替えを行い生活し、体温ではっきりと表示されるこのカラダを保存している訳だ。


そして気温や気圧、重力、電磁波といった目には見えない微かなエネルギーに見事に反応し熱を調節している。


質量があろうとなかろうとこのカラダは等価として扱っているのです。


全て熱に変えている。


エネルギーという観方は健康を保つ上では外しちゃならない基本です。


この壺や書には凄い成功エネルギーがこもってます!ぜひっ!100万で。と怪しいヒトから勧められても、絶対零度ではないからエネルギーがあるのは当然だ!絶対零度でもエネルギーはあるっちゃあるんだ!まるっとお見通しだ!と意味不明な発言で追い払ってください。


で、冷たいものは基本的にいけないが、たまにこの法律を破って見せる。体温を下げる毒の代表であるが如き冷えたプレミアム・モルツを熱エネルギーに変えていくのです。これ旨いですねえ。


健康はどこにあるか。


単純な熱エネルギーだけでなく、ヒト同士の歓喜というのも大切な熱エネルギーの交換なのだ。

 
























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”幸せだから笑っているのではない。笑うから幸せなのだ”


と垂れたのは”幸福論”のアラン。


なるほど。馬鹿な私にも解りやすい。


といっても本当に解ってるかというと甚だ自信がない。


それは、そんなこと言っても笑えない時もあるだろうと自分に言い訳をしてしまうからです。


笑えないという、それが出来ない理由をついつい探してしまうのですよ。これが情動に流されっぱなしの本当の意思薄弱というものでしょう!


笑えない理由を見つけ、合理化していく。そうするとどんな結末がまっているか・・・。想像するだけで笑えない!つまらん!最低の映画に授与されるゴールデンラズベリー賞の方がまだウケるではないか!と思ってしまうわけです。


見よ!満員電車の中にひしめくあの虚ろな目の大群をッ!週末の駅のホームに撒き散らかしたあの内容物をッ!ダメージを紛らわす為に微笑を浮かべるタイのキックボクサーをっ!


上機嫌でいるということはやはり意思の力なのでしょう。


アランは常に微笑むことを薦めています。ほんのすこしだけ口角筋を、表情筋を鍛えることを。


頭で考えて変えるのではなく、肉体面から積極的に変えていくわけです。そうして幸せを勝ち取りにいくのです。ヒトを見抜いたり、アフィリエイトしたり、六本木ヒルズの最上階に住んだりすることを薦めてはいません。


ただ、ほほ笑んでるヒトが最幸で、最強だから。


ほほ笑みは礼儀にも叶い、健康にも良い。周りも笑顔にしてしまう。笑みの誘爆を引き起こす。


ほほ笑むヒトは自分に打ち克ったのです。フランスの哲学教師は特に。


仕事柄たまにほほ笑みの塊のような人物に遭遇する時があります。


しかし肩や首が超固いわけです。


これはほほ笑みなのだろうか?


意思の力かもしれません。ほほ笑むことを選択したのでしょう。善悪はありません。


ほほ笑みは意思の力であり、積極的な精神活動であるとするならば、それに通ずる肉体が怠けているはずがありませんものね。


ほほ笑みは、世の中笑えねーというある闇から生まれた鉄の意思でしょうか。ほほ笑みは柔らかさの中に乾坤貫く鋼鉄の背骨が内在しているのでしょう。


ほほ笑みは前に進む力。進撃のほほ笑み!


幸せは日常系の中に、この体の中にあるのか。


己にとってほほ笑みとは何なのか。


身体を離れた幸せなど有り得ない。


私はほほ笑むことを選ぶ。




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