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電波整体士

とある医業類似行為者の混沌とした生命論。


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スタジオジブリ、宮崎駿監督最新作の「風立ちぬ」を観ました。


時代背景は大正から昭和にかけて。関東大震災や貧困、病気、戦争という時代。主人公は堀越二郎という実在したゼロ戦の設計者。それに同時代の文学者、堀辰雄のエッセンスを加えたもので、激動の時代を生きる若者たちの夢と希望とラブストーリー。キャッチコピーは「生きねば。」


鑑賞後は、「一体何だったのか・・・」というのが正直な感想です。


まさに風のような時間でした。


子供やファミリーで楽しめるような甘い太刀筋ではない!という情報は聞いていたのですが、一体、これは・・・。


そうか!だから難解なエヴァンゲリオンの庵野監督を主人公の声に起用したのか!元弟子というのもあるし!棒読みもシュールだ!でも観てる内にクセになりそう。棒読みブームくるか。


って違いますか。


「風立ちぬ」はテーマが重いです。戦争や結核という病、貧困など個人の力だけではどうにもならない背景に夢や希望を持って生きよというメッセージですから、もう棒読みして淡々と描いていくしかなかったのでしょう。宮崎監督の自伝的な物語という風にも言われてますし。


下手な感情表現は省いて棒読み。夢も希望も戦争も病も貧困も純愛も棒読み。シンプルに本質だけ描いていくそのスタンスはまさに風。否、宮崎監督は年齢的にももはや空を悟ったのか・・・。一人だけいってしまったのか・・・。シータとパズーを放置して。


面白いとか面白くないとかではなくて「風立ちぬ」は宮崎駿なのだろう・・・というそんな印象でした。


男とは、女とは、人間とはこうあるべきものという古風なシーンもありますが棒読みだからさらっと説教くさくなく観れました。あ、さっきから棒読みにこだわってますけど棒読みの庵野監督で正解だと思いました。


人は矛盾を抱えながら生きていくというシーンもありますが、そんな胸中でも棒読みで淡々とひたすらになに言われようと後悔なく己の意志で生きていくことが大事なのでしょうね。但し、ありがとうという他人に対する気持ちは忘れずに。


作中タバコを旨そうに吸う場面も沢山でてきますが、清濁併せ呑まなきゃ夢や希望なんざただの戯言といわんばかりに。観ていて私も吸いたくなりましたが、映画館は禁煙ファシズムで即死刑になるので夢や希望はとりあえずそのときは我慢しました。喫煙可能な寛大な劇場できないかな。人に迷惑かけないで生きるって嘘だよな~。(棒読み)


「風立ちぬ」は正解のない作品だと思いました。見方を変えれば色んな評価ができるのでしょう。堀越二郎氏の夢想なのか宮崎駿監督の夢想なのかわけわからん所もありますが、エンディングに流れるユーミンの曲で我に還っても尚なんかこの曲浮いてる感じがするって気もするんですが、それも棒読みだったから!シンプルが故に感じたのかもしれません・・・。


「風立ちぬ」を観た方々はきっとその日に”シベリア”が食べたくなるでしょう。大正時代から存在する菓子パンらしく当時のはよく知りませんが、羊羹とスポンジケーキをサンドした旨いとも不味いともいえないネーミングも珍妙なお菓子が今もスーパーに売ってありました。


なんでシベリアなんだろう?(棒読み)


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久しぶりに友人と秋葉原へ行って参りました。


数ヶ月まえに職場の仲間から「メイドカフェに連れて行ってくれ」と打診を受けて一緒に行った以来ですかね。メイドカフェではメイドさんがサービスとしてドリンクや食べ物に有難い魔法をかけてくれますから一緒にやらなくてはならないのです。その場の雰囲気を楽しむ!というのも健やかなる技の一つなのです!つかメイドカフェ2回めだったけど。


で、最近のアキバは自動販売機が「魔法少女まどか☆マギカ」になってました。


10月には「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語」が公開されるらしく楽しみですねえ。


友人はアキバ系統で独立して飯を食べてるので凄いなあと思うのですが、聞くところによると表現も規制がどんどんかかって自由度が減ってるらしいですね。健全な社会を創る為だと国はいうのでしょう。


難しいところではあるけれど。自由は難しい!


話を聞いてるとちょっと前に流行ったタバコ狩りを彷彿とさせてしまいます。タバコの次は表現の分野で駆逐が開始されているのです。健康な社会を創るために・・・。


友人は喫茶店でアイスコーヒーをがぶ飲みしながら、戦う意志を熱く語りました。自由は、戦って勝ち取れ!


自由の為には己と戦え!


ちなみに伝統医学やら各種手技療法など代替医療が脚光を浴び始めたのが1960年代半ば、米国でのカウンターカルチャー(対抗文化)の出現時期と重なると言われています。近代合理主義に対するアンチテーゼとして、代替医療陣も戦った訳ですね。今は統合というカタチが試みられていますが、理想郷にはまだ遠いですね・・・。


私も戦いたくなりました。今回はゲームで!そして「メタルギアライジング リベンジェンス」を購入しました。


これはイケメンのサイボーグニンジャが刀で敵を滅多斬りにしていくというゲームです。


このゲーム、徳川将軍家の兵法指南役で新陰流の柳生宗矩が「兵法家伝書」の中で説いた、一人の悪を殺し万人を救うという”活人剣”の思想もちょっと入ってるらしいんですが、一人の悪どころかめっちゃ斬りまくってるんですよねえ。ま、まあたかがアクションゲームっすから。映像は映画並でした。


秋葉原には東洋と西洋の武器のレプリカを扱っているお店もあり、そこの店員さんが斬馬刀という持ち歩いていたら絶対にニュースになるであろう巨大な刀に対しての熱い語りを聞かせてくれました。



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祖母の骨を拾いに宮崎へ帰りました。


95歳という大往生でした。


実家から祖母が病院であと1週間もたんかも、という連絡を受けどうしようかと思いましたが、連絡を受けた翌日に仕事を休み帰郷しました。


しかし間に合いませんでした。宮崎空港に到着し、バスで病院の前に着いた瞬間、祖母は息を引き取りました。


僅か5分の出来事でした。


祖母と最後に会話らしい会話をしたのは2年くらい前でした。施設で夕飯が出た時に、施設の夕飯を珍しがってる私に「お前も食わんか」と一緒に食べたのを思い出しますね。私がふざけて祖母にスカジャン着せたりタバコくわえさせて写真を撮ったりしましたがそれもできなくなりました。


最期の瞬間に立ち会う事は出来なかったけれど、祖母は体温を残してくれました。


バイタルサインが消え、医学的な死を迎えても、人はすぐには死にません。


祖母は12時間位は温かったですね。病院から葬儀場に連れていったのが深夜で、両親も親戚も疲れて眠りこけてましたが私は気が昂って眠るに寝られず、ずっと仏様の前で寝ている祖母を触りまくってましたから。


死んでも触りまくってくる孫を祖母がどう思っていたかはもはや知るよしもありませんが・・・。


なんだか未練もありました。ひょっとしたら生き返るんじゃないか・・・?そんな温かみを残していました。まあそんなことがあったら一族全員心臓麻痺で逝ってしまったかもしれませんがっ!


人に魂があるとすればそれは体温にあるのでしょう。


徐々に肉体から抜けていって天地自然、虚空へと還っていくのでしょう。


人は生きてる内に会わなければ意味がありませんね。死んでからでは遅いのです。


荼毘に付された祖母からは偉大なる教えを受けました。


人の一生は蛍の光の如く。温かみを持って今を大事に悔いなく生きなさいと。


祖母は私の記憶の中で今も生き続けているのです。


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