徒然なるままに・・・・・・
オー ディオブック制作開始五周年
オーディオブックの制作を始めてから丸五年経ちました。何年やろうとか、どの程度やろうとか、全くノープランでスタートしました。
五年も続けてこられた大きな理由は正直言って「儲かる」からです。
ただし、儲かると言ってもおそらく皆さんの「儲かる」というイメージとは違うでしょう。
オーディオブックの制作を「仕事」と考え、制作時間や販売価格に対するコストを計算したら、時給はおそらくとんでもなく低い数字になるでしょう。
私はオーディオブックの制作を「仕事」と考えたことはありません。
自分の好きな本、読みたい本を、暇な時、自由な時間に読むのですから、これは「趣味」と変わりありません。
編集や製本(というのかな?)はもともと波形編集をやっていてやり方はわかっていたので、全く苦にはなりませんでした。
これも続けてこられた理由でしょう。
それにしても丸五年。
その間に出したオーディオブックは300タイトルを超えました。
私のオーディオブック聴ける図書館もいくつかあります。
私が死んでもしばらくは声はこの世に残るわけです。
そして収益を生み出してくれます。
よく聞かれるのが、オーディオブックを始めたきっかけです。
ランサーズか何かでオーディオブックのナレーターを募集していました。
応募して採用されたのですが、クラウド系ではまあまあなギャラでした。
それで、これはぜんぶ自分でやったら相当儲かるぞ、と思ったのがきっかけです。
それから五年。
「相当」は儲ってませんけどね(笑)
㊗️五周年は今月いっぱい続けて、大好きなビールをどんどん飲ませてあげようと思います。
朗読会に行った
今年はなるべく朗読会を聴きに行こうと思っています。
調べてみると札幌でも結構な頻度で朗読会が開かれています。
朗読スクール出身者やサークル主催の朗読会が中心ですが、稀にサークル主催でない「朗読家」の朗読会もあります。
今日はサークル主催の朗読会ですが、珍しい朗読会でした。
何が珍しいのか。
それは、朗読者四人全員が男性なのです。
五月は端午の節句があるので「男性朗読者だけの朗読会」にしたという事です。
札幌で朗読活動をしている男性の朗読を初めて聴きました。
札幌圏ではステージに立って朗読する男性朗読者は10人程度かと思います。
男性の皆さんは果たしてどのくらいのレベルの読みをするのかできるのか、興味津々で客席に座りました。
朗読会で聴く、という事はすごく勉強になります。
今日もたくさん収穫がありました。
基本的な声の出し方、滑舌歯切れの問題、文頭の一拍目の声の出しかた、間の取り方溜めかた、最後の一文の読みかた等等等。
これらが上手くできていないと、普通の音読、読み上げで終わってしまいます。
自分が朗読する時は今日の朗読者の皆さんにあったような課題をできるだけ出さないよう、目立たせないように心がけなくてはと誓った次第です。
自分はコンテスト以外のステージでは読むつもりはありませんが、、、、
断捨離
もともとケチな性分なのか、断捨離が苦手です。
必要があって、手に入れたものをなんでわざわざ捨てなくちゃいけないのだ。
いつかまた必要な時が来たらどうするんだ。
そんな典型的なケチの自分が何とか捨てようと思っているものが2つあります。
ただ、これは形に見えるものではないので、物理的に捨てることはできないのですが。
捨てようと思っているもの。
それは高校の同窓会と大学の校友会。
大学の校友会。
これはあっさり捨てます。
半世紀も前に卒業した大学は寄付を要求してくる連絡ばかりなので、もう縁もゆかりもありません。
高校の同窓会はちょっと微妙ですが、しばらく時間をおこうと思います。
同窓会に出てもいつも同じような昔話ばっかり。
いや、昔の懐かしい話ならまだしも、病気の話ばかりで、帰るときには暗い気持ちになってしまいます。
今の自分にはやりたいことがたくさんありすぎる。
同窓会や校友会に出ても、自分の心にプラスになるような話がほとんどない会にはもう行きたくない。
と、思っているわけです。
二胡のこと
久しぶりで引っ張り出した。
誘われて二胡のミニコンサート(と言っても朗読が主のようだが)に行くのと、たまたま二胡のオープンマイクに誘われたからだ。
オープンマイクは最初は見に行くだけのつもりが、楽器を持ってらっしゃい、なんなら枠が一つあるからキラキラ星でもやって見て下さいと言うのでやってみる事にした。
朗読もそうだが、こういうのは人前でやるとぐんと上達するという。
朗読も二胡も、昔はその「人前」がなかった。
今回はたまたま見つけた二胡と朗読の「オープンマイク」。
こういうチャンスは積極的に掴みに行こう。
朗読コンテスト
北原白秋朗読コンクールで読んできました。
収穫の多い大会でした。
私は「お行儀のいい」読みをしたいと思ってますが、その読みではこの人を絶対抜けないと兜を脱いだ読みをされた方が三人おられました。
もう朗読やめようかな、と考えたほど素晴らしい読みでした。
ところが結果は3人とも 入賞できませんでした。
そうか。
この大会は「コンテスト」ではなく「コンクール」なんだと気づいたのは審査員の講評を聞いてからでした。
入賞者の読みは器用な朗読者だったら多分できます。
「筑後川」を「ちっこ川」と読むだけでゲスト審査員に絶賛される読みは誰でもできます。
さらに、審査員の皆様のツボを教えていただければ、コンテストに出ているほとんどの方はできます。
私もできるように、追いかけます。
今年のやる事やりたい事
以前は正月になると、今年の目標として「今年やりたいこと」をいくつか手帳に書いていた。
一昨年、「富士登山」を書いて実行し、大満足だったが、「体重減少」が全く達成できず、結局、去年の年頭には何も書かなかった。
予定管理はスマホのカレンダーに書くようになり、手帳を使う頻度が減ったのも大きい。
今年は書く。
①朗読コンテストがんばる
②YouTube始める
③オーディオブック50本出す
④NHK杯で生徒を全国に連れていく
さて、いくつできるかな
ガードナーベルト
ご存知ですか?
テレビCMでやってる「おぉぉぉ!」ってやつ
買ってしまった人、ごめんなさい
ここからスルーして下さい
体型と姿勢を選ぶと思います
CMのように立っている状態で締めると「おぉっ」となりますが、歩いたりかがんだり座ったりすると胸の方に上がってきます
上がらないように締め付けると呼吸が浅くなり健康に良くありません
まずはCMをガンガン打って儲けよう、という戦略の商品です
昔のハズキルーペ、今のスケッチャーズと同類ですね
私の予想利益率は85パーセント
こんな事書いたらメーカーさんに怒られるかな?
読者はヒトケタだろうから、ま、いいか
怪物の元へ
年末恒例の里帰りです
田舎では97歳の母がひとり暮らしをしています
この街は、、、、
信号機はひとつ
商店もコンビニもありません
醤油が切れたら車で往復30分かけて買いに行きます
窓から外を見ると近所の住宅が目に入るので景色がいいわけではありません
要するに、人情以外に魅力のない街です
こんな街ですから、老人たちは肩を寄せ合って生きています
先日の母の誕生日にはババ仲間が集まってケーキやプレゼントを持ち寄り、パーティを開いてくれたそうです
都会では考えられません
でも、私はまだ、こんな街には暮らせません
こんな刺激のない街に暮らしていると三日でボケてしまうでしょう
こんな所でボケない母は怪物です
太宰治からのヒント
太宰治「津軽」
読書人の評価は高いようです。
皆さん褒め称えます。絶賛します。
これを「退屈」とかんじた私はまだまだ修業が足りないと恥入りました。
恥を忍んで書きます。
太宰の「手抜き作品」と感じました。
「津軽」は自分の中から「書こう」と思って生まれた作品ではなく、「描いてみないか(原稿料あげるから←想像)」言われて原稿用紙を埋めたように感じました。
引用が多いです。
郷土史などをそのまま書き写しています。
甚しきは、自分の作品から六箇所も引用しています。
私には枡目を埋める手段にしか感じられませんでした。
井伏鱒二に対する世間の評価にも言及しています。
こんな形で井伏鱒二に嫉妬するのはみっともないと感じました。
途中の「紀行」も中途半端でした。
旧友たちとの、酒を真ん中に置いての交流会は面白かったです。
この辺りの話を、ユーモア小説として描いて欲しいなぁ。
最後の「たけ」との再会は「ええ話や」でした。
実際に会ったときの二人の様子は、なんてことはどーでもいいんです。
「津軽」の中でのこのシーンは、退屈で終わるまであと何ページと我慢して読んでいた私には、とても新鮮に感じられました。
こんな状態で制作中のオーディオブックですが、そんなんでいいもんができるわけがない、とお思いでしょう。
コレがいい感じで読めているんです。
たぶん、作品に必要以上に入り込まず、冷ややかに活字に接したのが良かったのかもしれません。
逆に自分が共感できた作品で心を込めて読んだ作品は、後から後から聴くとあまり良くありません。
オーディオブックの読み方に、新たなヒントを発見させてくれた、太宰治「津軽」に感謝です。