スモーク | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 月に一度、私の会社の経理をお願いしている会計事務所のKさんと会い、経理の報告を受けたり領収書を渡したり、はたまた税金の相談をしている。会社といっても私一人の個人経営だが、れっきとした会社は会社で、素人では経理も税務も太刀打ちがいかず、長年お世話になっている。

 

 いつも新宿の某喫茶店で会う。

 だが、4月と5月は感染拡大の真っ最中だったので、郵便で領収書のやり取りだけして会わなかった。今月初めに「そろそろいいですかね」という事になり、3ヶ月ぶりにいつもの喫茶店で待ち合わせした。

 すると。

 3月までは一階が喫煙席、地階が禁煙席に分かれていたものが、店内全て禁煙になっている。4月1日から、都の要請により多くの店がそうしているらしい。タバコは吸えないんですか?と尋ねると、「地階に喫煙ブースを設けましたので、済みませんがそちらでお願いします」との事だった。

 Kさんもタバコを吸う。彼は勤める会計事務所が禁煙なので、いつも私と会うのを楽しみにしている。おおぴらっにスパスパ吸えるからだ。

 が……。

 二人で地階に降り、席について久しぶりの経理の話を始めてみると、どうも落ち着かない。

 Kさんが言った。

「タバコのブースって、あれの事ですかね」

 Kさんの視線の先を見ると、落ち着いた照明の一角に、昔の電話ボックスを一回り小さくしたようなアクリル版で覆われた「ボックス」ができていた。扉は小さな観音開きで、閉めても完全に密閉はされないのだが、かなり狭い。

「そうみたいですね……」

 私はその小さなボックスまたはブースを眺めながら続けた。

「喫茶店の『喫』って、長年『喫煙』の事かと思ってたんですけど、よく考えたら『茶を喫する』ってことなんですよね。喫茶店なのにタバコが吸えないないて、っていろんな人に言ってましたけど、本来は『茶を喫する店』なんだと……」

 Kさんが、まだブースを見つめたまま言った。

「それにしても……あんな狭いトコに入って吸うんですか……」

「みたいですね」

「十川さん、先に行ってみてくれませんか」

「ああ、じゃあ、ちょっと」

 私はブースに向った。

 

 中に入ると、見た目以上にさらに圧迫感があり、何やらコールドリープのカプセルに押し込められたような気分になる(コールドスリープした事がないので本当のところはわからないが)。

 そしてブース内に普通に立つと、顔からわずか50㎝くらいの距離に、上の写真の表示があった。

『こちらに向かって煙を吐いてください』

 やってみた。

 裏側にあるらしき吸引ファンが立ち上がり、轟音が轟いた。レース車のエンジンのようなかなりの騒音である。

「参ったな……」

 ゴーッというけたたましい音を聞き、煙が射的の的のような穴に吸い込まれていくのを眺めながら、早々に吸い終えて席に戻った。

 私が中の様子を報告するより早く、Kさんが驚いた様子で言った。

「ものすごい音です!」

「え?そんなに?中でもかなりのもんだったけど……」

 Kさんが真顔で言った。

「私、吸ってきますね。ちょっと聞いててください」

 Kさんがブースに向い、私は席でオレンジジュースを飲みながら待った。

 

 もの凄い音なのである!

 ビックリマークが必要なほどの轟音で、中にいた時の何倍もうるさい。

「なんと……」

 Kさんが戻ってくるのを待ち、私は言った。

「これは……とんでもない音ですね……」

「でしょ?」

 とKさん。「しかも」と言い、Kサンのビックリマーク付きの言葉が続く。

「一回に一人しか入れないから、トイレを待つのと同じでタイミングを見計らわないといけない。こ、これは……」

 その後、まるで脚本の台詞のように二人の言葉がかぶった。

「……大変な事になった……」

 

 もともとその喫茶店は、静かは静かだが他のお客さんの会話も適度に満ちていて、遠慮なく打ち合わせができるので気に入って使っていたものだ。最近の喫茶店やファミレスではガラスに覆われた喫煙室がよくあるが、あれはたいてい一人でタバコを吸っている人が多く、よってほとんど会話というものがない。その中で、いくら二人ともタバコを吸いたいからと言って経理の(つまり収入やらお金の)話をするのはどうもはばかられる。

 その点、この喫茶店は実にほどがよかったのだが、誰かが喫煙ブースを使っている間は、まるで「F1か?」というようなファンの轟音が店内に轟いてしまい(大袈裟でなくほんとにそれくらいうるさい)、テーブルの向かいの相手の声がしばし聞き取りにくくなるほどなのだ。

 よって、いつものように二人でスパスパ吸う事はできず、いちいち打ち合わせを中断し、「じゃ、私ちょっと吸いに行ってきます」というのも時間の無駄だし、それ以上に轟音が気になるしで、私たちは早めに打ち合わせを切り上げて店を出た。

(それにこの時は二人ともマスクをしたまま打ち合わせをしたので、飲み物を飲む度にマスクをあごまでずり下げねばならず、それも面倒だった)

 

 店の外に出ると、ほとんど人通りのない景色を眺めながら、Kさんに言った。

「駅前の喫煙所も閉鎖されちゃったんですよ」

「え!マジすか!」

「困りましたね、どうも」

 そう言ってKさんとは別れた。

 

 受動喫煙の問題があるし、私は都の施策に反対はしていない。タバコを吸う以上マナーは守らなければならない、とも思っている。

 しかし、店によって対応は様々らしいが、それにしてもこの徹底した「禁煙施策」は、私たちのような喫煙者にとってはかなり悩ましい問題になっている。当面は、出掛ける前に家で吸えるだけ吸いダメして、「よし、行くぞ」とまるで素潜りでもするかのように目的地に行き、用事が済んだら息を詰めて帰宅し、「ぷはーっ!」とタバコを吸うしかないらしい。

 

 ウイルス対策のみならず、他の面でも「新しい生活様式」はスタートしている。

 

 ああ、悩ましい。