neo | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 EUのエアバス社が作った、エアバスA320という旅客機がある。短・中距離用で比較的小ぶりな機体だが、初就航の1988年以来、今なお現役で世界中の空を飛び回っているベストセラー機。日本のLCC(格安航空)であるピーチ・エア(機体の半分がピンク色のど派手なあれ)で使われているし、映画「ハドソン川の奇跡」でトム・ハンクス機長が操縦し、奇跡の不時着水をしたあの機体も、A320である。

 このA320、就航から30年以上が経ち古くなり、近頃では強力かつエコな新型エンジンに換装され、エアバスA320neoという名前で生まれ変わり、続々と世界の空港に就航している(ピーチはまだ旧型のままだが)。

 A320に限らず、旅客機はこうしたマイナーチェンジを繰り返し、見た目にはあまり変わらずとも、刻々と変化する時代のニーズに合わせて日夜その性能を上げているのだ。

 

 緊急事態宣言が解除され、少しずつ日常が戻りつつある。

 第二波がやってきていて予断は許さないが、ずっと生活をフリーズさせている訳にもいかず、このあたりが見切り時だったのかなとも思う。 そんな中、いつの頃からか「新型ウイルスとの共生」とか「新しい生活」という言葉が言われるようになった。

 ワクチンの開発にはまだ時間がかかり、今なお感染のリスクはある。その上で、私たちはやむを得ずこのウイルスと共存していかなければならない、との道を選択した。ゆえに、ウイルス禍以前の生活に完全に戻る事はできず、「新しい生活」に一歩踏み出したという訳だ。

 さて、我が家の「新しい生活」はどうか。

 

 私は、なにせ「一年中テレワーク」のような職業なので、外出自粛期間も全くこれまで通りに過ごしていた。今でもそうである。もともと「自粛してください」と言われるまでもなく外出が好きではないので、その面は何ら苦にならない。

 ただ。

 緊急事態だったとはいえ、長年続いてきたアニメの脚本会議が、突如、当たり前のようにZOOMのリモート会議に切り替わったのには驚いた。いや、あのような場合当然の措置なのだが、生来の出不精ゆえに長年、「最近はスカイプなんかもあるんだから、テレビ会議(表現が昭和)にすればいいのに」と折りに触れ主張していた身としては、「なんだ、こんなに簡単に切り替えられるんだ」と驚いたのだ。いざ切り替えてみると会議に何ら支障はないし、今まで何度主張しても「いや十川さん、会議はやっぱりみんなで集まってやらないとね」と言われ続けてきたその根拠は、ほぼなかったという事が明らかになった。

 今後事態が落ち着いてきた場合、果たしてリモートを継続するのか、以前のように直接集まる形式に戻すのか定かではないのだが、いずれにせよ、これは業界としては大きな変化である。

 まだある。

 4月から放送していた、あるいはその前から続いていたテレビアニメが、アフレコ時に3密が避けられない事からしばし放送を中断した。当面は再放送でしのぎ、その間に感染が抑えられるのを待ちつつ、3密回避のアフレコ方法を模索。現在の現場はその方法も編み出されて作業は再開し始めている。

 この場合、当初の予定より放送時期がズレてしまったために、いわゆるクールの切れ目の問題が出て来た。予定通りの最終回スケジュールに合わせて脚本の本数を減らすか、はたまたクールを無視して次のクールまでいっそ延長するのか。作品によって様々なケースが出てくると思うが、少なくとも、各局の対応はかなり柔軟で、つまり、これまで業界がかたくなに守ってきた「クール」という概念が崩れつつある。通常、「この内容だと1クールには入りきらない」とか、「いや、足りない。オリジナルで何か足さないと」とか、最初からクールの計算ありきでそこに内容を合わせていたから、たまに苦労したのだが、このクールの概念が「どうでもいいんじゃないですか?」と変化すると、今後の作業はかなり違ったものになる。ストーリーの自由度が増すし、新人ライターを投入した場合の育成も、「育成用スケジュール」が組みやすいのでこれまでよりスムーズにいくはずだ。

 そう簡単にクールが消滅する事はないものの、これも業界が経験した大きな変化である。

 

 一転、同居女子だが。

 前々から仕事のストレスが多い人で、機会があれば転職したいと言っていたのだが、今回の自粛の間に色々考えたらしく、近頃は思い切って転職に舵を切る事にし、その準備で毎日忙しそうにマスクをしては出掛けていく。

「感染に気をつけてね」

 玄関に見送りに立つ私がそう言うと、

「はい!」

 と元気よく返事をする。

 ウイルス禍以前は現状の仕事に不満がありながらも何となく続けていた彼女だったが、「そうね、この機会にわたしは転職するんだわ」と思い切ったお陰で何かが吹っ切れたらしく、最近は声が弾んでいて力強い。

 人間、心持ちで声の張りも変わってくるようだ。

 

 つまり。

 エアバスA320がエンジンを新型にしてneoに生まれ変わるのに似ているような気がするのだ。

 もともとアニメ業界は、日々配信が主流になる中、しかし最初の発信源がテレビであるが故に、「配信に対応するにはどうすればいいか?」という問題で悶々としていた。今回の自粛で「配信でアニメを楽しむお客さん」が飛躍的に増えた以上、今後は古い考えを捨てねばならず、一朝一夕にはいかずとも、ひとまずテレビのクール自体を考えなおすというような細かい事から始めていくしかない。そうでなければ、時代の変化に対応できないからだ。リモート会議にしても、直接集まらずともちゃんと会議が成立すると判明した以上、これを捨ててしまうのは勿体ない。

 出来上がる作品がアニメである事には変わりがないから、見た目にはさほど変化はないだろう。しかし、作り方やお客さんとの向き合い方が変わるという事は、新型エンジンにするのと同じである。いや、こうした新型エンジンの換装によって、作品の質そのものも変化していくかもしれない。

 同居女子は転職すれば仕事内容が変わるから見た目も変わる訳だが、それとて、玄関先の元気のいい「はい!」を聞くにつけ、「ああ、新型エンジンだな」と感じる。同居人が生き生きとしているのはいい事で、見ている私も気分がいい。

 

 そう、アニメ業界も、我が家の同居女子も、「neo」になったのである。

 

 まだまだウイルスに関して予想外の事態は続くだろうし、油断はならない。新しい生活とて、皆が皆暗中模索しているから、今はまだどんな変化が見られるかはわからない。

 だが少なくとも、世界の様々な局面で、「neo」はスタートしているのだと思う。

 

 良い事ではないでしょうか。