食器乾燥機内は雑然としています。
私は乾きやすいように横に並べて置くのですが
義母は上にどんどん重ねていきます。
だから下の物を取る時には引き出さねばなりません。

常に片付けず、使う時に引き出すため、その度に大きな音を立てています。
そんなことをしたら皿が割れるだろうに。
当然、よくヒビが入っています。
ストレスが溜まります。

私はやはり自分の皿を使いたい。
でも割られたら溜まったもんじゃない。
それにコップですら洗って乾燥させる場所も無い。

幸い、乾燥機の一番上の段はほとんど稼動していません。
常にざるやボウル、何らかの調理器具が色々と入りっぱなしです。
義母は背がとても低いのです。
私は思い切って言いました。

ここの一番上、私にもらえないかな?

すると義母は快く、言ってくれました。
一番上は私も届かへんし、日頃使ってないわ。
自分らの分はそこへ置いてや。

良かった~~。
これで気兼ね無く、というか普通に洗い物の片付けが出来る♪

それにしても『日頃使ってない。』って。
いつも山盛りやけど?

まぁ、いいや。
それにしても。
洗った食器はどこへ片付ける??


3段の大型食器乾燥機にはいつも使っているお皿やら何やらが
山のように入っていました。
どうやら義母は水屋にそれらをしまうことなく
乾燥機から出し入れしながらそのまま使っているようです。

私は毎朝、前日に洗った食器を水屋に片付けました。
そして使う時にはそこから出して来て皿に盛りました。
そうやって使っていくものだと思ったからです。

が、ある日、義母は言いました。
「いちいち片付けたら取りに行くのめんどくさいわ。」

だからこんなに散らかっているんでねぇの。
乾燥機は水屋とちゃうで~~。

義母はどの料理もほとんど同じ皿を使います。
明らかに小さ過ぎる場合はめちゃはみ出ているか
ぶつ切りにして盛りつけてしまいます。
乾燥機に入れっぱなしの皿だけで賄えるはずです。

でも私は料理にあったお皿を使いたいのです。
自分たちの分は今まで使っていた皿を使いたいと申し出ました。
すると義母はまた言いました。
「でもなぁ、水屋にはもう皿は入らへんし、良かったら私らの使ってや。」

おいっ!
だから水屋は全然使ってねぇだろっ!
水屋に放ったらかしの皿をちっとは捨ててくれよぅ!



私は家事の手伝いをすることにしました。
同居するからには近い将来、私が責任もってやらないといけないんだしね。
でも義母は
私らは身の廻りは自分でやるし、
息子は帰りも遅いんやから
私らに合わせんと
自分らの過ごしやすいようにやってな。
と言いました。

ありがたや、お義母さま。
私の周りには嫁の手助けを必要以上に求める姑も多いのに。

義母は私たちのごはんまで用意してくれました。
「私らは決まった時間に食事をするからついでやし、よかったら食べて!」
でもすごい山盛りです。
10代の男の子が食べるような量を盛ってくれます。
腹がはち切れんばかりになりました。
夜にこんだけ食べると胃がもたれてしょうがないな、と
思いながら自分の皿だけは片付けようと流しに行きました。

ふと見ると台所は物だらけでした。
以前、私が一緒に住んでいた頃は引き戸の中にしまっておいた小物が
すべて調理場に置かれていました。
炊飯ジャー、トースター、調味料ストッカー、フライパン、鍋‥‥。
調理場はL字で広く作ってあるはずが
本当に自分の肩幅くらいしかスペースがありません。
キッチンカウンターの半分が皿や何やかやで埋もれていて
かろうじてレンジのドアが開けられるくらいでした。

どうやって炊事をしているのかまったく解りません。


そうだ、私たちの住むフロアにあるクローゼットや押入れに
冬物や緊急に使わない物を入れていこう。

押入れを開けてみると全てに布団が入っていました。
収納棚、クローゼットの全てに私たちの部屋以上に物が入っていました。
天袋にも何かが入った箱や空き瓶等、ガラクタらしきガラクタが敷き詰められていました。
う、身動きが取れん。

オットが片付ける為に義母に色々と確認を取ろう、と提案してきたので、
義母にあのクローゼットに入っている物は必要か?と聞いたところ
「何が入ってんのか知らんわ。要らんもんはどんどん捨ててや。」と返ってきました。

知らん?

私たちが以前、転勤で出て行った時に全て空にしたはずなので
ここに物を入れたのは義母しかいないのですが。

まず私はここに入っている物が何なのか調べるところから着手しました。
山のようにある箱の中身は何なのか。
開けてみると半分はせともの類、残りの半分は空箱でした。
空箱はどれもホコリをかぶってボロボロでした。
「思い出したけど、そういや義母は箱を捨てない人でね。」とオット。

リサイクルショップの友達に処分してもらうから
ここの階は自分らの使い易いようにこの際、片付けてくれへん?
解らん物は聞いてくれたらいいけど、自分らに任せるわ。
布団も必要最低限にまとめといて。

おっしゃ~~。綺麗にしよう。この家を美しく使おう!
ありがとう、お義母さま。

この後、その友達には大型バンで2日かけて処分してもらい、
引越ダンボールを全て片付けると、冬もすっかり始まっていました。

あっという間に朝が来て、早々に引越トラックが到着しました。
私たちは早速、あのガラクタをとりあえず隅に寄せ
自分たちの家財が置けるように片付けていきました。

テキパキと作業を行う引越業者が荷物をどんどん運び始め、
またたく間に部屋はダンボールで埋もれていきました。
スキマをぬって移動しなければなりません。
義母は「すごい荷物やな。よぅ入ったなぁ。」と感心した様子。
だから言うたやないか~~。

予定以上に作業はかかり、業者が帰ったのは夕暮れ。
私たちは本当にヘトヘトでした。
でもオットはもう翌日から仕事です。
義母が用意してくれた食事を済ませ、早々に就寝しました。
相変わらずカーテンはビリビリ。
あぁ、みじめ。

翌日、オットは出勤。
専業主婦となった私はこのダンボールを一刻も早く片付けねばなりません。
でも部屋にほぼ95%埋まってしまったダンボールを
片付けようにももう何から手を付ければいいのか。
何処に寄せればいいのか。

誰か、助けてくれーーー (。>0<。)


着くと既に真夜中でした。
早寝の義父母はとうの昔に眠っています。
オットは家の鍵を持っていたので、自ら玄関のドアを開けました。

そこでまず目に飛び込んできたのは
玄関に“ただいま”状態で置かれた何足もの靴でした。
この家には義父母以外、誰か住んでる人がいるのか?
そして下駄箱の飾り棚には10個もの花瓶と造花、市松人形、寺の模型。
玄関はテーマに一貫性の無い、グループ個展会場と化していました。

何だ、ここは‥‥。

でも時間はありません。
早速、私たちは荷物を自分たちの部屋に持っていきました。
ドアを開けると何と私たちの部屋は3分の1、荷物が置いてありました。
ダンボールやスピーカー、ストーブなんかも数個ありました。
片付けとくと言ってなかったか?
私たちの荷物はもちろん、この家に元々在る家財と重なる物は
とりあえず自分たちの部屋に置こうと思っていたのですが、
とてもじゃないけど入り切らないと思いました。

どうしよう。

でももう真夜中だ。とりあえず風呂に入ってもう寝よう。
寝室に入るとビリビリに擦り切れたカーテンが吊ってありました。
ここは廃墟か。


引越前、私たちが以前住んでいた部屋を片付けとくわ、と連絡がありました。
私たちは転勤先でかなり家財を増やしていたので
快く迎えてくれていることを有難く思いました。
配置は前のような感じで、コレをココと入れ替えて、などとプランをたてました。

いや~、楽しみだね~♪

引越当日は真夏でさらに雨が降り、とても蒸し暑くなりました。
作業は半日以上かかり、外は少し陽が落ちてきていました。
家財トラックは翌朝に到着します。

暑さと疲れでもうヘトヘトでした。
私たちは転勤先を引き払い、栄養ドリンクを何本も飲みながら
マイカーで半日かけてその日の夜中に戻りました。


ただいま~ヾ(@^▽^@)ノ


転勤暮らしもすっかり慣れ、ずいぶん経った頃に仲良し(だった)の義父からメールがありました。
「インターネットを始めました。」

ほっほう。義父も気が若いね。

その日から日常のことなどを綴ったメールが何通も来るようになりました。
メールには定年後に行ってた嘱託の仕事をついに終えたこと、パソコン教室に通っていること、
趣味の時間が増えたこと、など色々書かれてありました。
毎日何かと忙しい、とありました。

趣味? 義父が? 何?

あんなに出不精で無趣味な父がリタイア後に
何を始めたのか皆目検討がつきませんでしたが、
元気でいる方が面倒にならなくていいや、と思いました。
一方、私たちは自分たちの生活を楽しんでいました。

この生活があの家に戻った時、もっと広がりを持てたら良いね。

両親の面倒を見ながら、これからは皆が暮らしやすいように創りかえていこうね。

変な妄想を膨らませていました。

そしてついに転勤の辞令がおりましたベル
私たちは早速、戻る準備を始めました。

2人きりの生活はとても自由で楽しいものでしたが
短所をあげるとなると、やはり金銭面です。

今まで家には多少お金を入れていましたが微々たるものでした。
なのに電気も水道も使いたい放題。
買い物に行かなくても台所に行けば何か食べられる安心感。
通信費や生命保険料はもちろん自分たちで支払いをしていましたが
それさえ済ましてしまえば残りは自由です。
何を食べるのも買うのも気の向くままに。生計は楽勝でした。
同居していた時には当たり前のことでした。

独立すると当然、使ったら使った分の請求が必ず来ます。
色々な会社からキッチリ来ます。
1回くらい「忘れてた~!」って言ってくれてもいいのに。
引越で家電からテーブル、小物まで基本的な物を揃えたことで
貯金は底を尽きました。
食べたい物も値段を考えて買わないとすぐに財布のお金は無くなります。
何度も何度も銀行に行って少しずつ引き出します。
考えて使わないと生活がすぐ苦しくなります。

もらった給料の中でやりくりをしないといけなくなりました。
家計簿も初めてつけてみました。
袋分け法なんかも試してみました。
ああ、世の主婦たちはこうやって生活を切り盛りしているんだなぁ、と
同居の良い面を改めて感じました。

私としては義母との台所の(一方的な)確執を終えられてとても嬉しかったです。

転勤先で2人きりの生活が始まりました。
結婚と同時に同居をした私は、ここで改めて新婚生活を味わいました。
2人で買い物に行くのがとても楽しかったです。
色々な所へ遊びに行きました。
リビングに似合いそうな雑貨を集めたり、キッチン用品を買いそろえてみたり。
自分の思うようにご飯を作ったり、お菓子づくりなんかも始めてみました。

空間を自分たちだけで創りあげていける歓びたるものや。

今までのアレはなんだったんだろう。
何の潤いも無い。こだわりも無い。
あんなの普通に生活するだけの箱に過ぎない。

家って自分の生き方を表現出来る空間ではありませんか。
だから皆、無理してでもマイホームを買うのではありませんか。

私たちは時間をかけて“私たちの家”というものを
最初から一つずつ積み上げていきました。