7月末頃、義母から電話がありました。
この時期に連絡ということは毎年恒例、お坊さんを呼んで合同の法事ということで。
連休やし、用事あったら無理はええよ、と義母ならではのゆるゆる勧誘でしたが
やはり私はこの辺のところはきっちりしたいので行く旨伝えました。
さて当日。
今までは特に何もしなかったのですが、外へ出た身。
お供えのお菓子やら手土産やら買い込んで伺いました。
メンバーはいつもの通り全部で十数名。
法事は滞りなく終わりました。
オットは実家なのに落ち着かない様子で早よ出よう早よ行こうという感じ。
終わってすぐさいなら、というのもどうかと思ったのでしばし歓談。
姪っ子がどこを受験するだの、○○さんがこないだ亡くなっただの、
近所に何が出来た何が潰れた、などと取るに足らない話。
まぁ、つまらない時間ではあります。
端に座り何気に観察していますとキッチンは片づけた様子ではありますが
洗い物をしたので食器乾燥機を開くと何と、水屋化していました。
こうやって私たちが戻ってきた状態に徐々に戻っていくのでありましょう。
山盛りの皿がぶち込んであったのですぐに閉め、トレーを出して洗い物を別に並べました。
そこに歯ぶらしが入っていたかどうかはもう見ませんでした。
今更、オエッとなりたくはないもので。
さてやはり義父は一番いい場所を陣取り、たまに人が集まったので超ゴキゲンな様子。
高校野球を見て一人、騒いでいました。
油で汚れたテーブルの上には使った爪楊枝を数本置きっぱなしで、
常に使うものを身の回りに全て、置いている感じ。
そして孫が持っていたスマートフォンについて物欲しそうにしていました。
もしかしたら近々、買い替える気なのかもしれません。
そしてお盆の送り火を前に、被災地の松の一件について
「そんなもん、わざわざ送ってもらったりせんでもえーのや。」と語り始めました。
でもせっかくやし、燃やして弔ってあげても良かったのにねぇ、と
親戚のおばさま方は何だか気の毒な結果になって残念だ、みたいなことを言ってたのですが
何かあったらどないすんねん、と嫌な顔。
場が変な空気になりました。
時間も少しばかり過ぎたので、いよいよオットも「帰ります!」と立って発言。
となると帰らないわけにはいきません。
このまま居たってダーラダラなのでいいタイミングです。
ささっとお暇しました。
帰り、私は松に関して「てっきり別にかまへん、と平然と言う人だと思っていたわ。」と言うと
オットは、そんなワケないやん!と高笑い。
直接、役場に文句の電話をかけないまでも、まさにああいうことを言うタイプやで、と。
そうやって人の気持ちを踏みにじってきたんやから。
ほぅ~、やっぱり子供の立場から親を冷静に見てるんだなぁ。
私なんか想像もしなかったわ。
何だか哀しくも感じました。
改めて何があってもあのクソジジイは独りで生きていくといいわ、と思ったお盆でした。