モラトリアムな日々 -17ページ目

モラトリアムな日々

隙あらば壁に張りつき、酒あらば飲んでしまう。そんな日常です。

石巻から20キロほど、国道45号線は川沿いを辿る事になる。

昨日に比べ、道路の状態はだいぶ良くなっているように思える。

川の音を聞きながら、まだ暗く交通量の少ない道を飛ばしてい

く。車の増える午前6時までにどれだけ距離を稼げるかという

のが、この旅の重要なポイントになっていた。


塗り薬が効いたのか、あるいは僕のフォームが良くなったのか

首の痛みは嘘のように消えていた。膝もサポーターでカバーさ

れ、心配していたほどの痛みは無かった。助かった・・・と思った。


国道45号線は柳津という町から東に折れ、峠一つ越えて再び

海沿いに伸び、八戸まで続いている。当分の間付き合うことに

なりそうだ。


出発してから2時間ほど進むと、この旅最初の「峠越え」である。

横山峠、130メートルほどの登りらしい。見える限り緩い登りが

ずっと続いている。ギアを思い切り軽くし、立ち漕ぎの状態にな

る。一つ一つ、リズミカルに漕いでいく。腕の力もフルに活用す

る。押して、引いて、押して、引いて・・・・・・・。永遠この繰り返し

である。全身の力を使って登るので、一箇所に負担がかかる事

も無く、思っていたよりも楽なものだった。

20分ほど登り、もう終わりかな、と思ったところにセブンイレブン

があった。峠の頂上に作るなんて、なかなかイカしてる。

朝食を購入し、駐車場で食べる。

この日のメニュー・・・・スパゲティミートソース、メンチカツパン、

こしあんドーナツ、小岩井コーヒー。


    t8b6

       峠の頂上にあった道路標識。

    ここには確か気仙沼の文字が・・・・・・


日差しは結構強いが、日陰に座っていると空気がひんやり冷た

い。東北にいる事を実感する。この峠を越えたことで今日の難所

も終わりだ、と思い少しホッとした。


峠の下りはすこぶる快適なものであった。3キロほど一度も漕が

ずに移動できるのだ。メーターは最高速度45キロを記録した。

もう楽しいのなんのって。峠はいいものだ・・・・・。

下り坂が終りそうなムードが漂ってきた時、海が見えた。

ここからは海岸線を辿り、あと30キロほどで目的地に着く。ゆっ

くり進んでも10時前後には到着するだろう。そう思い、海を眺め

ながらちんたら走る事にした。

この付近はもうリアス式海岸なのかな?海岸線はギザギザで、

道もそれに合わせてくねくね曲がっている。天気も良いし、いい

眺めだ。


2時間ほどで気仙沼市に入った。あとは野宿ポイントを見つけるだ

けである。公園、河原などを物色しながら自転車をこいでいく。

しばらく漕いでいると、国道45号線の高架下に川が流れ、その下

にいい感じのスペースがあるを発見した。雨もしのげるし、人気も

少ない。


よし、今日はここに決めたっ!!


     8mhji

         この橋の下に野宿するか。



     7t78iohmn

           荷物を置いて、と。



今日は野宿ポイントがパッと見つかったことが嬉しかった。僕の目

もだいぶ鍛えられてるのかもしれない(笑)

荷物を置くとブルーシートで包み、早速気仙沼の町へ繰り出す事

にした。今日はゆっくり風呂探しが出来る。洗濯もしたいな。気仙

沼はマグロが美味いんだっけ?お昼に食べに行こう。まだ10時を

少し過ぎたばかり。


昨日が辛かっただけに、順調に進めた今日の喜びはとても大きい

ものであった。



外の騒がしさで目を覚ました。時計を見ると午前1時。

今日は、回りにバカ学生もインド人もいないはずである。

しゃべっている言葉は日本語ではない。ましてインドの陽気な

音楽でもない。


猫語である。


テントの通風口から外を覗くと、数匹の猫がテントを囲み、何か

話し合いをしている。あれはいわゆる鳴き声とは違い、明らかに

何かのコミニュケーションを取っていた。

何を話し合っていたのか?


「ニャニャ(このテントどうしましょうか)」


「ナオ~ン。ナ~(ガソリンかけて火ィ付けてやるんだよ)」


「フぅ~~!!(そいつぁ面白いや!!)」


僕は猫が好きだから、その声を聞きながらまたウトウト眠ってし

まった。午前三時に目を覚ました時には、猫はどこかに行って

しまっていた。一緒に朝飯食べようと思っていたのに・・・・。

テントから顔を出すと、一面の星空。こっちは空気が綺麗なん

だな・・・・。

やはり昨日の疲れはあったものの、膝はサポーターでカバーし

ているし、塗り薬のおかげもあってか、何とか体は動きそうであ

った。


今日は気仙沼まで行ったら、明日も1日そこでゆっくりしよう。

そうして疲れをとってから、また進めばいい。


午前4時、東京に比べだいぶひんやりした空気の中を、国道45

号線を目指し僕は走り始めた。

バイクショップで自転車を直してもらい、復活した僕はその後

20キロほどの悪路を走りきり、何とか松島に辿り着く事が出来

たのである。テントを張り、ようやく一息ついた・・・・・。


と書きたいところであるが、そうは問屋がおろさなかった。

必死こいて松島に到着したのは事実である。


松島は美しいところであった。海岸の岩肌に張り出した松の木

が、青い海に栄える。日本有数の景観と言うが、それも納得で

ある。よく整備された石畳の歩道。土産屋が立ち並び、観光客

で溢れかえっている。かの松尾芭蕉が松島のあまりの美しさに

言葉が出ず


「松島や ああ松島や 松島や」


という俳句を読んだのは、あまりにも有名である。(間違ってたら

大恥)バイトの子が教えてくれた芝生の公園も、芝が丁寧に刈り

込まれ、海を見渡せるベンチなどが設置してある。


うん、いいね。いいとこだけど・・・・・・・


やっぱりな・・・・・・。


注意書きにはキャンプ禁止の文字。150メートル先には公

園管理局まである模様。ここは諦めよう・・・・・・。

その後30分程ブラブラして分かった。ここは、完全に観光

客の為に作りこまれた町である。コンビニもスーパーも近く

にない。何と言うか、生活臭がしないのだ。生活臭の無い

ところで、野宿は出来ない・・・・・・。


仕方ない。もう20キロ先の石巻を目指そう・・・・。


これが旅の重さなのね・・・・。

(4度目)


あとは完全に気力だけで自転車を漕いだ。松島までの道の

りに比べると、多少交通量が減ったのが救いであった。

午後3時、ようやく石巻に到着。走り出して実に11時間が

経過していた。走った距離は120キロ。よくもこれだけ悪い

条件で頑張ったもんだ。

精神的にも肉体的にも過酷な1日であった。

大型スーパーに入り、米2キロ、ボンカレー、カップヌードル

を、横にあったドラッグストアーで、膝サポーター、かみそり、

プロナイドメタシンゲル(バンテリン見たいな塗り薬)を購入

した。

その後レジのおばさんに教えてもらった、大型銭湯に入り

4日ぶりに髭をそった。風呂にゆっくりつかり、マッサージし

てやる。


・・・・・明日の目的地に着いたら、そこで停滞しよう。


・・・・・このままじゃ膝が壊れる・・・・・・。


風呂を出た僕が目指したのは日和山公園。今日は何とし

もここで野宿をする。もう移動はありえない。

日和山公園はかなりの高台にあり、30度くらいの坂を10

分ほど登った場所にあった。展望台からは街並と海が見

渡せる。松尾芭蕉(?)の俳句の石碑があったりして、由

緒正しき公園である模様。あまり野宿する雰囲気ではな

いが・・・・・・、仕方あるまい。人気の少ない隅のほうにテ

ントを建て、荷物ごとポックリ潜り込んでしまった。こうすれ

ば人目が気になることもない。

ラジオを聞きながら米を炊いていると、黒猫が遊びに来た。


    7tht

          遊びに来たの?


可愛いやっちゃ。アルフォートを一つ、ポンと投げてやる。

これがどういう意味を持ったのか、僕のテントは夜中猫に

囲まれる事になる・・・・・・。


7時には食事を終え、プロナイドメタシンゲルを疲労箇所に

塗ると、早々に眠りに落ちた。台風の接近のニュースが気

になる。

旅の重さ
\500
株式会社レントラックジャパン

パンクが直らず、いよいよ絶望的な気分に襲われた。

俺の旅もここまでか・・・・・・。しかし現実問題、ここから帰る

手間だって半端じゃないな。パンクで帰ってきたなんて情けな

くて言えやしない・・・・・。

とりあえず最寄の町まで進み、自転車屋を見つけよう。

何キロ離れているか分からないけど、今日中には辿り着けるだ

ろう。命まで奪われる訳じゃないんだ・・・・・・。


自転車を引きずりながら30分程歩いていると、バイクショップ

が目に入った。ふと思った、バイクのパンクも自転車のパンク

も、似たようなものじゃないか。

もしかしたら直してもらえるかもしれない。

ためらいつつ、店内に入った。冷房が効いて、お洒落なヘルメ

ットやグッズがガラスのショーケースに飾られている。

汗とオイルにまみれた僕には、不釣合いな場所に思えた。

受付のお姉さんに事情を話すと少し驚いていたが、修理工の

人に相談してくれるという。

5分ほど経つと、福山雅治似のお兄さんが現れ


「ホントは自転車はやってないんですけどね。

 初めてだけど、やってみましょう」


と言ってくれた。

た、助かった~~・・・・(涙)。あんた格好良すぎるよ・・・・。

店の外で30分程も待っていると、福山似のお兄さんが自転車を持

ってきて来てくれた。後輪と触ってみるとタイヤは以前のように頼も

しい固さを取り戻してたのであった。

値段は1500円でいいとの事。バイクの半額だったのだろう。


「北海道まで?頑張ってくださ~い」


と爽やかに応援までしてくれた。

店の名前は「南海部品仙台店」。


     499

      旅の恩人、南海部品仙台店。感謝。



完走した今、こう思う。

この店が無かったら、果たして旅は続けられていただろうか?

旅の恩人である。感謝感謝。皆さん、どうか御ひいきを(笑)


九死に一生を得た僕は、膝の痛みを引きずりつつも、残り20

ロの松島への道を漕ぎ出した。旅を続けられる事の有り難

さを噛み締めつつ・・・・。


旅の重さ
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株式会社レントラックジャパン

見事にパンクした我が自転車の後輪を見つめ、やはり僕はこ

う呟いた。


これが旅の重さなのね・・・・。


悪い事は重なるものである。しかしパンクに関しては、覚

ていた部分もあったので、そこまでショックは大きくな

かった。


問題は、一人で直せるかということである。

(それ肝心じゃん)


300メートルほど自転車を引きずり、車の来ない道路の

早速修理をはじめる。パンク修理をしたことは、ない。

出発前日にダイクマで500円の修理キットを買っただけ

る。

まず荷物を全部降ろし、自転車を逆さにする。

次はタイヤを外す。小さなレバーで、チビチビ外していく。

ようやくタイヤが外れる。ここまで30分。

照りつける太陽とチェーンのオイルまみれの体・・・・・。

次はチューブに空気を入れ、パンク箇所を探す。本当は水

つけ空気漏れを探すようだが、そんなものあるわけない。

しかし空気を入れてパンパンにしてみても、漏れている気

無い。

その場合、栓の虫ゴムが傷んでいる可能性があるとの事。

水で濡らすと付け替えやすいって・・・・・・そんなもの・・・。


唾液があるじゃん。




さあ、やれる事はやった。

ミニポンプで100回ほど空気を入れ(超大変)自転車を立て

荷物をパッキングする。

出発だ!!と自転車に跨り漕ぎ出す。


しかし哀しい事に弾力性ゼロ。

降りて確かめるまでもない。自転車のパンクは直っていなか

った・・・・・・。


旅の重さ
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