モラトリアムな日々 -15ページ目

モラトリアムな日々

隙あらば壁に張りつき、酒あらば飲んでしまう。そんな日常です。

一日丸まる休んだことにより、体の疲労はだいぶ抜けたように思え

た。膝の痛みもサポーターを付けていればほとんど気にならない。

首と肩の凝りも治まっている。

最大の難所を越えるのに、ふさわしいコンディションと言えた。

空には星が瞬き、少なくとも昼過ぎまでは雨が降ることはないと確

信させてくれた。


走り始めてわずか20分ほどで、道は緩やかに上り始めた。

この頃から僕とは切っても切れない縁になったもの、それは「上り

坂車線」の標識である。こいつを見つけると、ああ、峠のお出ましだ

、と言うことになり、覚悟を決めるのである。


最初の峠は箱根山の脇を通る「通岡峠」である。上り、下りとも急坂

注意の標識があり、かなり角度がある。ギアを軽くし、一つ一つ地道

に漕いで距離を稼ぐ。速度は早足に歩く人程度である・・・・・。

おそらく気温は10度以下で、僕は半そでに7分丈のスポーツパンツ

という超薄着であるにもかかわらず、汗が吹き出た。

なぜか、車が通ることは滅多にない。10分に1台程度である。

それ故、僕はこの旅始まって以来のスポーツ感覚で、この峠越えを

楽しむことが出来た。

辛いと分かっていれば、多少の事にはへこたれない。そして辛い一

日になるのだから、ゆっくり進めばいい、という考えに至り逆に余裕

が出てくるのであった。Sさんに散々脅された成果と言ってもいい(笑)

何分漕いだか分からない。しかしいつしか上り坂車線は姿を消し、僕

は峠のてっぺんに立っていたのである。


今日はなんてスポーティーなんだ(笑)


車のない下り坂は、爽快でスリリングで、この上なく楽しいもの

であった。時速は最高54キロに達した。およそ4キロの間、一度

もペダルを漕ぐことなく僕は大船渡に到着した。


今日は何とかなるぞ、そう思った。


仙台付近で、膝の痛みや暑さやパンクや悪路や大型トラックや

インチキ工事と戦っているよりは、今日の方がよっぽどやりやす

い。峠と僕の、フェアな戦いだ。乗り切ってやろうじゃないか。

そして、きっと宮古にたどり着いてやる・・・・・・。


僕は一人興奮していた。

町を二つ越えると、再び峠の上りである。出ました「上り坂車線」。

Sさんが言っていたキツイ二つ目の峠、その名も「大峠」。

さすがにこれはキツイ。やはり一個目の疲労が足に溜まっている

模様。疲労は蓄積されていくんだよな、と今更ながら実感する。

しかしひたすら漕ぎ続け、頂上と思えるトンネルに到着。あまりの

交通量の少なさに、大胆な一枚。



    313

     この道ホント車来ない・・・・・


下り始めてすぐのところに道の駅「さんりく」があったので、一休

みする事に。今までの僕ならきっと「まだ行ける」とか言って通過

していたんだろうな。今日は長いのだ。のんびり行こう。


この頃から僕は、ゆとりを持って旅をする、という事を覚え始めた。

道中の写真も増えていく。

Sさんの話によれば、以前僕のような自転車旅をする大学生が、この

ユースホステルを訪れたことがあったそうだ。

しかも彼はママチャリ。おまけに相当貧乏旅行。Sさん、ママチャリで

はここから先の峠ラッシュを乗り切るのは不可能と考えたらしく、彼と

自転車を車に乗せ、50キロ先の釜石まで乗せて行ってあげたそうだ。

その時大学生が言ったセリフが


「峠いくつあったか数え切れませんね」


であったという。彼は数日後に、北海道最北端である宗谷岬に無事到

着し(立派ですね)、このユースホステルに一報入れた。そして最後に

こう言ったという


「次からは電車で旅します」


Sさんは笑い話としてこのエピソードを話してくれたが、僕にはあまり笑

えるものではなかった。なぜなら、僕が明日走るルートは、


「ママチャリで最北端に到達した豪傑が、回避したルート」


と言う事になるからだ・・・・・。Sさん、


「つらいぞ~、明日は(笑)

 特に一個目と二個目の峠がつらい(笑)

 釜石まで行けばなんとかなるような・・・・・

 いやその後も辛いけど(笑)」


と、酒の酔いも手伝ってか(笑)を散りばめて話していたが僕は内

心不安を募らせていた。

不安が募るもう一つの理由に、この岩手のリアス式海岸を通って

北に向かったという記録を見たことが無かった事もある。多くの人

はのっぺりした日本海側を通っていくようだ。さらに僕の心の支え

である自転車漂流講座にまで、三陸のリアス式海岸を名指しでキ

ツイ地形にあげている。


午前4時、目を覚ますと少し酒が残っていた。まあ水を飲んで1時

間も走れば汗とともに抜けるだろう・・・・。

他の部屋で寝静まる人たちを起こさぬよう、静かに荷物を運び出

し暗闇の中懐中電灯を使いパッキングする。自販機でお茶を買い

一気に飲み干すと、陸前高田ユースホステルに別れをつげ、暗闇

の中を走り出した。


今日は辛い一日になるだろう・・・・・・。

軒先に行くと、Sさんがビール飲むか?と僕に聞いて、冷蔵庫まで

取 りに行ってくれた。もこみちは


「Sさんのおごりだよ」


と言っていた。まじっすか?嬉しすぎる・・・・・・・。

この頃には、もこみちと僕は完全にタメ口で話すようになっていた。

と言うより、もこみちはだいぶ年配であるSさんにもタメ口で話して

い た。まあその是非はあるかもしれないが、別に嫌味なところもな

く、 みんなの距離がそれで縮まっているような気もしたし、何よりそ

ういう 感覚は僕には全くかけている部分なので、少しは見習いたい

ものだ とすら思ってしまった。


炭が熾ると、Sさんはイカとホタテとサンマを持って来て、


「焼いて食え」


と言ってくれた。さ、サイコ~~~・・・・・・・・・(涙)。

Sさんの心配りには頭が下がるばかりである。早速ホタテとイカを

焼 かせてもらう。暗闇に食堂の蛍光灯の光と、焼けた炭の赤い色

。数 分経つと、イカが炭の熱でパチンと音をたて、少し丸くなる。ホ

タテは 貝が開き、ホタテ自体のエキスでぐつぐつ煮立っている。そ

んな光景 を見ながら、ビールを飲む。


耳を澄ませば、波の音が聞こえてくる・・・。


焼きあがったホタテとイカは絶品であった。特にホタテは昼間食べ

た ものと同じくらい大きく、美味かった。このあたりから買ってきた

日本 酒を飲みだした。(ビールは結局3本頂いた・・・・)


      445

          そのままでも美味いイカ焼き


Sさんともこみちと僕は、何となくしんみりした空気になり、将来の事

な ど語り始めた。もこみちは医者に(すげえな)僕は調理師に。就

職すれ ば忙しい日々を送る事になるのだろうが・・・・・。その時には、

こんな自 由気ままな自転車旅が大きな財産になるのだろう・・・・。

また時間を見つけてここに遊びに来る事を誓ったのであった。


午後8時過ぎ、ユースホステルには、新たに2人の客が到着した。

一人は還暦間近の男性、一人は20才前後の女子大生。男性の方

は 毎年フルマラソンをこなしているらしく、60近いとは思えない。


Sさん、もこみち、僕、男性、女子大生の5人は即席の宴会をはじめ

た。 新客のために、まだ火の残る七輪に新たに炭を加え、ホタテを

焼く。 ビールに、もこみちの日本酒、僕が買ってきた刺身、焼きさん

まなどが テーブルに乗り、結構豪勢であった。


5人は、大いに盛り上がった。男性は昔からユースホステルの常連

らし く、振る舞いが自然なものであった。その昔バイク旅をしたこと

があると 言う事で、野宿の大変さや日焼けの話題で話が弾んだ。

女子大生は秘密主義であったが、今サークルの合宿解散後に一人

旅 を楽しんでいるということと、東北の地理にやたら詳しいことは確

かであ った。家は埼玉という。地理サークルか?


盛り上がる中、僕は一人スーパーで買った刺身の美味さに感動し

てい た。マグロの赤身は新鮮なのか歯ざわりがよく、臭みが全くな

い。はっ きり言って気仙沼で食べたマグロ丼のものより遥かに美味

かった。 白身魚、甘エビも新鮮そのもの。これで390円とは・・・・。

イカの刺身は大きなイカが丸々1杯ぶん。しっかりした歯ざわりに、

ねっ とりした甘味。ぜ、絶品・・・・・・。東京でよく食べるイカ刺しは、

噛むとす ぐにドロッとしてしまうが、こちらのイカはそのバランスが絶

妙であった。 これが190円。Sさんに


「こっちはスーパーでこんなに美味い刺身が食えるんですね。しかも

格 安で」


と誉めると


「え、どこもこんなもんでないの?」


と言っていた。その後みんなで刺身を食べ、やはりかなりのお買い

得 品と判明。Sさん、陸前高田はいいとこですね。

明日も早いと言うのに、かなり酒を飲んでしまった。もう11時近い。

まだまだ盛り上がっていたが、一足先に上がらせてもらう事にした。

風 呂に入って、ベッドに寝転ぶ。




今日は楽しかったなぁ・・・・・・・・・。


また時間を見つけて、必ず来よう。


明日はこの旅最大の難所だ。頑張ろう。




酒の酔いもあってか、すぐに眠る事が出来た。

ホテルへ戻ると、もこみちと僕はSさんの用意してくれた竿を手

にホテルから2分ほど歩いたところにある防波堤に向かった。

しかし竿の先には、着いているべき錘と浮きはなく、替わりに星

野仙一のマスコット人形と招き猫がぶら下がっていたのだった。

Sさん、海辺育ちのはずなのに、釣りは全く分からないらしい。

マスコットが浮きと錘の役割するべ!と言ってはいたが・・・・。

この竿も仲いい人の竿だとか・・・。いいんですか勝手に使って?


しかし一方で思っていた。別に釣れないでもいいや、と。

もこみちと喋っていれば、それはそれで有意義な時間になるだ

ろう。魚はむしろおまけである。っていうかこんな仕掛けで釣ら

れるバカな魚がいるならお目に掛ってみたい。


1時間ほど粘ったが、案の定魚は連れなかった。魚のいる気配

すらなかった。しかし思っていた通り、釣りをしていた時間はこ

の旅の貴重な思い出の一つに数えられるものであった。

雨がポツポツ降ってきたのでホテルに戻る事にした。


もこみちは日本酒が好きらしく、ホテルに戻るなり


「美味い日本酒を探してくる」


と言い残し、町のほうへ出かけていった。

僕は洗濯機を借り、洗濯を済ませると、必要な物を買い足すべ

く同じく陸前高田の町へ向かった。国道45号線沿いには大型

スーパーや100円ショップがあり、とてもありがたかった。

100円ショップでバスタオルとボンカレーを購入。次に入った大

型スーパーでは、海鮮物と肉の値段の安さに驚かされた。

新鮮そうな刺身の3種盛合わせが390円、イカの刺身が190円

。どちらも迷わず購入。あまりに美味そうで、ホテルに帰る前に

しょう油をかけて食べてしまいたい衝動に襲われ困った。

肉も安い。東京では最近あまり見る事のない「ホルモン」の類が

格安で並べられてある。


焼いて食いて~~~・・・・・。


強く思った。ビールとやれば、もう言う事はない・・・・・・・。

しかしこれは断念。僕の一生のうちで、一番美味しくホルモンを

食べられる瞬間があるとするなら、それは間違いなくこの時で

あったろう・・・・・。

隣の酒屋で岩手の日本酒(名前忘れた・・・・)320ミリの瓶を一

本買って、ホテルに帰ることにした。

部屋に荷物を置き軒先を見ると、もこみちとSさんが炭を起こし

ながらビールを飲んで何か話している。


いいねいいね、そういうの。最高。俺も仲間に入れて~~。


楽しい1日はまだ続く模様である。

ラーメンを食べに行くという11時までまだ少し時間があったので

洗面所で歯を磨くことにした。こうして洗面所でゆっくり歯を磨ける

というのは、幸せなことなんだなぁ・・・・・・、としみじみしていると、

「もう一人泊まっている大学生」が現れた。簡単に挨拶をする。

彼は恐らく自分でも意識しているのだろうが、速水もこみちによく似

ている。特に目元とか髪形とか。なのでここでは「もこみち」と呼ば

せてもらう事にしよう。もこみちは


「じゃ、下でお茶飲んでますから」


と言って階段を下りていった。

歯ブラシをしまい荷物を少し整理すると、僕も下に降りていった。

もこみちはガランとした食堂でお茶をいれ飲んでいた。僕が行くと、

もう一つお茶を入れてくれた。いい人だ。

話によると彼は医大生で、夏休みを利用して東北方面を18切符

で旅しているらしい。昨日このユースホステルに来る前は岩手に

いたというので、色々話を聞いたり携帯写真を見せてもらったりし

ていた。

少し経つと、マネージャーのSさんがやって来て、車でラーメンを

食べに連れ出してくれた。


外は、なぜか快晴であった。


車内の会話

もこみち 「今日大雨って言ってたのに超晴れてますね」


Sさん   「これから降るんでないの?夕方も50%だって」


僕     「いやいや僕が来る時は土砂降りだったんですよ!!

       何で今晴れてるんだろう?」


もこみち、Sさん「ハハハハハハ!!!」


車で10分も走ると、小さな定食屋についた。ラーメン屋という訳

ではなさそうだ。11時過ぎなのに、店内は結構込み合っている。

客層も観光客よりは地元の人のほうが多そうだ。こりゃ期待でき

るな。

この店はホタテの養殖業者がはじめた店らしく、ホタテのメニュ

ーが豊富で、店の隣ではホタテを水槽に入れて売っている。

注文したのはSさんお勧めの、磯ラーメン450円、ホタテ焼き55

0円。Sさんはこれを1000円セットと言っていた。確かに・・・。

しばらくすると磯ラーメンが登場した。


     67rb

         これが磯ラーメンだ!!


なるほど、海草が磯っぽい。ここにも大ぶりのホタテが一つ乗って

いる。お腹も減っているし、早速一口。

うん、美味い美味い。なんと言うか、背伸びしていない味である。

ヘタに色んな手を加えてない。少しコクが足りない気もするが、あ

っさりした塩味のスープでは、その分海草とホタテから出た繊細な

旨味が味わえて、逆に好感が持てる。

定食屋のラーメンとしては充分すぎる程ではないか?おまけに量

も多く値段は450円。海草もコリコリして美味い。素晴らしい。

食べ終える頃、ホタテ焼きが来た。ホタテが2つ・・・・ん?


でかっ!!!


      82

        出ました巨大ホタテ!!!


直径6センチオーバー、厚さ3センチ!!圧巻である。こんなにデ

カいホタテお目にかかったこともない。アツアツのホタテにかぶり

つく。


うまっ!!!


身の締まりといい甘味といい、完璧!!おお、キングオブホタテ。

陸前高田は恐ろしく美味いホタテを育ててしまった・・・・・。

肝まで頂き、ホタテでお腹一杯になるという初めての経験をした僕

は大満足でホテルへ戻ったのである。

帰りの車では


「午後は釣りでもするかぁ」


などと、かつてないほど呑気な会話が繰り広げられていた。

土砂降りのなか、陸前高田ユースホステルに移動したのは間違い

じゃなかった、素直にそう思えた。