【回顧録】⑥転機。人生の恩人。 | 私は家族と生きる。~毒親育ちが母になった~

【回顧録】⑥転機。人生の恩人。



↓続きです。




私は退学までに1年間の猶予を与えられた。

この時のこの判断だけが

両親唯一のファインプレーかもしれない。


テレビに出ている芸能人を見て

こいつは◯◯大卒だとか、親が◯◯だとか

番組の内容なんかよりも

肩書きで優劣をつけ始める父の事だ。


せっかく不本意な金を出してるのに

「大学も出ていない娘を持つ俺」がみっともないとしか思っていなかったはずだが(父自身は無自覚)

※みっともないは父の口癖


奨学金を借りているとはいえ

行きもしない学校に1年間分の大金を払うのは

親としてはかなりの負担だっただろう。





ただ、父の思惑が実際はどうであれ

私は学校から逃げたかったわけじゃなかった。


私は何かを目指せるだけの熱量を持てない自分から逃げたかっただけで

中退したところで自分は自分に一生つきまとうし、そうなればもういよいよ何処にも行き場がなくなるのは明らかだった。


当時は気づけなかった。

幼さとは恐ろしい。





そうして学校に行かなくなった私は

一人暮らしの部屋で引きこもりに、、、、


は、ならなかった。


バイトして、遊んで、旅行して。

元々勉強は好きだったので資格の勉強もした。

知らない事を知るのは純粋に楽しい。

興味のある分野を掘り下げて行くのは面白い。



私はとんでもなく気分屋だったのだと知った。



自分がやりたくない事や

やる意味がわからない事は

どんなに頑張ろうと思っても

一向に頭も身体も、心も動かなかった。

0か100か思考で、その中間は一切なかった。


そりゃそうだ。

ずっと60くらいで動き続けられるような

器用な人間なら

中退騒動なんて起こしたりしない。




そうこうしているうちに資格試験の結果が出た。

かなりストイックに勉強した甲斐があって

見事合格。

というか単純に面白かったから毎日続けただけ。



挫折を繰り返して気力を失っていた私が

ほんの小さな一歩だとしても

自分で選んで行動して、結果を出した。


そして中退するつもりでいながらも

人生初の資格試験にと選んでいたのは

学科を卒業後、就職する時に使えそうなもの。


私は学校の環境に馴染めなかっただけで

今の学科の勉強が

本当は好きだったのだと思い出した。


習い事をやめて進路を変えるしかなかった時

世間知らずな高校生なりに一生懸命考えて

自分で選んだ。


やらされてるわけじゃない。

ちゃんと、やりたくて、選んだんだった。





そしてそのタイミングで

学科の友人からほぼ1年ぶりに連絡が入った。


年が明ける直前の事。


きっと、これが私の運命を大きく変えた電話。


この時彼女はなぜわざわざ私に電話をくれたのか。

覚えていないから

多分ちゃんとは聞かなかったんだと思う。

そしてその感謝も

私は彼女に伝え忘れてしまった。


もうずいぶん昔の話になってしまったけれど

歳をとればとるほど

今の自分が幸せだと思えば思うほど


彼女は私の恩人だと、強く思う。





↓続きます

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