丘の中腹にある例の場所で寝転んで空を見ていた。木陰だった その場所も浅い眠りの間にお天道様が覗き込んでいた。 施設からラジオ放送が、聴こえている。13時10分からの番組 「あなたの選んだ歌謡曲」だったと記憶している。 体をクルンと回転させて木陰へと身体をくねらす。滲み出た汗を右腕で払いのけながら 呆けた顔が目を開ける。いつも眺めている景色を何の感動も無く当たり前のように心の中にあるフィルム倉庫にストックした。 海が反射している空の青は今日も夏バージョン。その隙間に島原半島と湯島がくっきりと存在している。入道雲の白具合と鮮明な島の映像。間もなく入道雲は 頭上にやってくる。「次のリクエスト曲はサザンオールスターズの新曲チャコの海岸物語です。」しっとりとした口調でアナウンサーが夏を紹介した。 クラスメートの初恋の娘をイメージしながら過去から未来へと現在が通り過ぎていく。 水筒の水で喉の渇きと空腹を少しだけ満たして愛読書の地獄絵図鑑のページを開く。地獄についての詳細と身の毛もよだつ程のリアルな描写にいつもの如く怯える。今でこそ地獄とは現世にのみ存在するものと認識してるが当時は死んだら俺は地獄へ行くと信じ込んでいたので聖書のようにこの本を身に付けていた。 もうすぐシャワーの時間だ。ビニールバッグに水筒と本とタオルを押し込んで帰り支度を整える。街までの帰り道 火照った身体を冷ますには夕立のシャワーを浴びるに限る。痩せた両足を大地に突き刺すように急勾配の獣道から国道へと一直線に駆け下り今日もトボトボと街へ帰る。その背後から雨雲が追いかけてくる。海岸沿いのルートがお気に入りのコースだ。波の音が変わった。シャワーの時間が始まった。夏空は表情をかえていた。
昭和55年夏 街から歩いて一時間位の場所に当時の俺の隠れ家が在った。天気がいい日は朝からランドセルを牛乳倉庫の建物裏に放り投げて その大好きだった場所へ行くのが習いとなっていた。天草海上レジャーランドという名称の施設で海沿いの丘の上にホテルがあり階段を降りていくとレストランや土産売り場があってイルカショーや海底水族館もあった。メインの売りは海上ロープウェイで海を挟んで対面した丘までを定期的に運行していた。その対面した丘の中腹が俺の隠れ家。ロープウェイを使わずとも 麓からの獣道を利用すれば辿り着く事が出来た。1日の大半を探検に費やしていたので街中のあらゆる盲点を把握していた。自分の居場所を探し続けるのが第一の目的でありただそれだけの理由の為に毎日放浪していた。小学校へは理由があって行かなかった。いや、行きたくなかった。
突き抜けるように青い空の西には まるで この街に襲いかからんばかりの表情をした入道雲。 目を右側にそらせば、お天道様のパワーを全身で受け止め大地に根を張る緑色が生命をアピールしている。その空間の中に死に場所を見つけた無数の蝉たちが まるで快楽を求めるが如く終わることの無い鎮魂歌を唸り続けている。そんな昼下がりに油断してると決まっていたかのように必ず雨が降る。アスファルトに染み込んだ雨が夏の始まりを告げる匂いを辺り一面に巻き散らかす。 夏 到来 今日、病院の外に出たら突然の夏空の青に不覚にも戸惑ってしまった。 昭和55年夏。天草の本渡市(現在天草市)から俺物語のスタートを開始いや回想する事にした。