懐かしい夢だった。 あの映像は十代後半の時代だろうか? もう20と数年前にもなるのか。眩しい位に輝いていた青春を駆け抜けた街の景色だった。夜の熊本Cityのメインストリートの上通りの直線からスクランブル交差点を渡って下通りの当時ポレ一ルという大きなおもちゃ屋までの緩やかなカーブを描いたアーケ一ド街付近まで覚えているけど誰と何をしていたのかが思いだせない。目覚めた時はヒヤリとした部屋にも関わらず たくさんの汗をかいていた。それから朝までの長い時は毎度お馴染みの瞑想タイム。そう、この街界隈は小学校3年生にデビューして以来沢山の俺物語の舞台となった。退院日が6月30日と決定した今。その日までの夜のおかずが 是にて誕生した。俺の人生のタイムスリップを楽しんでみようと思う。
あっさりと手術後2日目の朝に尿道の管と背中の管が取り外れた。 痛みも徐々に薄れている。回復に向かっている。今朝は心地よい雨のリズムと不快な鈍痛のコラボで4時に目覚めた。掟破りの空腹時の鎮痛剤の代償として本日は至福の二度寝をゲットした。 (雨の日曜日。) このフレーズだけで何故だか 心がワクワクしてくる。何かが始まる予感で胸がドキドキしてくるああ……こんな場所で寝ている場合ではない。 素敵な空想に一切の迷いなどない。 一人よがりの日記も是にて終了。自分が記して自身が笑う。さて今日は何処に寄り道していこうか。完。
いやはや本当に驚いた。個人病院の手術 主治医の院長先生は頭にバンダナ巻いて助手を注意してるし(頭の向きが逆だったらしい。早く覚えなさい!と怒鳴っていた) その側で足の爪がカラフルで耳朶に幾つもの飾り玉を着けた准看護師たちがそんな状況を醒めた笑顔で演出している。 最近はこんな情景が当たり前なのかも知れない。と自分を慰め、全身麻酔を受け入れ意識が無くなっていく。 見事なまでの他力本願。我が意志介入率完全に0%。覚悟を決めていたはずなのに 意識がとぶ瞬間ある種の恐怖心に襲われた。寺山氏の映像のイメージ。 意識が戻った時には部屋のベッドの上。 あれほど違和感のあった尿道の管は完全に肉体の一部となって機能していたのが一番驚いた。人間は進化するって事の前提には恐らくこの順応性の働きがあるんだろう それにしても痛い。痛い。何か手術失敗している気がする。