朝にちょっと変な返事をしたあと、

人は急に

「何事もなかった人」になろうとすることがある。

こっちは内心、

さっきの一言を少し気にしている。

でも、気にしていない感じは出したい。

できれば自然に。

できれば、いつも通りに。


ところが、こういうときの“いつも通り”は、

だいたい少し不自然だ。

次のひと言が、妙に丁寧になる。

動きがちょっと静かになる。

いらない笑顔が一枚のる。

たぶん誰もそこまで見ていないのに、

自分の中だけ

“ここから挽回できます感”が出る。


朝のほんの小さいズレなのに、

急にそのあと数分の演出が始まる。

引きずっていません、みたいな顔で、

いちばん引きずっている。

あれは少し可笑しい。

相手はたぶん、

そこまで気にしていない。

もしかしたら、もう忘れている。

でもこっちは、

さっきの一言を消したくて、

次の一言に期待しすぎる。

自然に返そうとして、ちょっと考える。

考えるから、さらに少し不自然になる。


そして心の中だけ、

まだ最初の場面をやっている。

たぶん人って、

失敗そのものより

失敗をなかったことにしようとする自分のほうが

少しぎこちない。

前は、ここでよく余計なことをしていた。

取り返そうとする。

ちゃんとして見せようとする。

感じよくしようとする。

結果、朝の小さい失敗に

昼前まで主役をやらせる。

出世が早い。


でも最近は、

朝の小さいズレほど

無理に名誉回復しないほうがいいのかもしれない、

と思うようになった。

ちょっと変だったかもしれない。

少しズレたかもしれない。

それはそれで、そこで止めておく。

次の一言に、

朝の自分の名誉まで背負わせない。

そのほうが、

案外ふつうに薄くなっていく。

引きずらないって、

きれいに切り替えることじゃなくて、

引きずってないふりを大げさにしないことなのかもしれない。


失敗のあとほど、

人は少しだけ演技派になる。

でも、その演技が大きいほど、

たぶんまだ気にしている。

そう思うと、

ちょっと笑えるし、

少しだけ力が抜ける。

朝の小さい失敗は、

その日の代表にしなくていい。

数秒ズレた。

それだけのことに、

一日ぜんぶを付き合わせなくていい。


今日の問い

小さい失敗のあとほど、「平気です」みたいな顔をしてしまうことってある?