1959(昭和34)年発刊。

 

どの作家が一番好きかと聞かれたら、安部公房、と答えています。蟻地獄から脱出すべくもがき苦しんでも抜け出せません、という不条理ストーリーが理由もなく好きなのです。加えて、安部氏のリケダン(理系男子)らしい論理的思考が心地よいのです。高校時代は全く歯が立ちませんでしたが、遅まきながら今はしっくりきています。

 

本作は代表作『砂の女』、『箱男』・・・に匹敵する傑作だと思います。想像を超えたストーリー展開、不条理すぎる大どんでん返しを堪能させていただきました。

 

●裏表紙から抜粋:

現在にとって未来とは何か?文明の行きつく先にあらわれる未来は天国か地獄か?万能の電子頭脳に平凡な中年男の未来を予言させようとしたことに端を発して事態は急転直下、つぎつぎと意外な方向へ展開してゆき、やがて機械は人類の苛酷な未来を語りだすのであった……。薔薇色の未来を盲信して現在に安住しているものを痛烈に告発し、衝撃へと投げやる異色のSF長編。

 

 

意外にも、現在の地球は氷河期にあります。氷河期には、氷期→間氷期→氷期というリズムがあります。現在は約1万年前から続く間氷期なのです。氷期~間氷期は約10万年サイクルで繰り返されていましたが、現在の地球温暖化がこのサイクルに影響を及ぼしている可能性はかなり高いと考えられています。

 

作中では、温暖化の原因として、温室効果ガスに加えて、海底火山の噴火による火山ガス(≑水蒸気)によって海水が爆発的に増加するという仮説が語られます。前の第三間氷期には海面は100m上昇したのですが、今回は1,000m上昇すると云います。高山の頂上だけがぽつんと小島で残る、「日本沈没」状態。勿論、世界中が。

 

その第四間氷期において、国家機関である二つの研究所で、それぞれ研究が進行しているのです。

 

①    「電子頭脳」:今で云うAI

②    「水棲人間」:エラで呼吸し、水中に棲む人類

 

電子頭脳

別名「予言機械」。アルゴリズム(という言葉は本作には使われていませんが)に基づき、機械にあらゆる情報を覚え込ませる作業が紹介されます。コンテンツを自動生成するのは同レベルだとしても、「予言機械」は現在の生成AIを超えています。

 

抜粋:

予言機械を使いこなす為には、質問者の能力が問題になってくる。

令和のAI論議そのままなのにびっくりです。

 

ところが、個人の未来を予測しようとした段階から、研究はいらぬ方向に進んでいきます。脳や心臓が止まっても、神経は3日間生きていける。予言機械は脳神経から会話を生成し、生前の記憶を映像化し、死者の声を生成する・・・・・。

 

 

水棲人間

エラ呼吸し、水中で生きる人類。地球が水に沈む時代に生き残っているのは水棲人間だけです。彼らは海底に都市を建設し、現代の地上人と同じような社会を形成しているのです。人類が水中生活できるようになったプロセスは余りにグロテスクですので、割愛します。そして世代が進めば、立派な水棲人間に成長していくのです。

 

浮力で浮いている水棲人間は、もはや重力への耐性がなくなり、地上では指一本を上げることができません。また、声帯も退化していて、歯ぎしりが意思疎通の手段(言葉)なのです。肺と横隔膜も退化していますから、笑うこともできません。涙腺も唾液腺もなくなります。

 

陸上ではアーバン熊が問題になっていますが、海中にはクジラ、シャチ、サメ・・・と天敵がうじゃうじゃしていると思います。水質汚濁もそうです。本作では触れられていませんが、「海中植民地」は天敵の侵入や公害は阻止できているのでしょう。

 

 

まったく無関係に見える↑二つの研究は、実は密接に連関しているのです。

 

環境変化に適応するため、海底植民地を建設し、人間は水中で生活できる「水棲人間」へと進化していく、と予言機械が予言します。そして、予言された未来が現在を支配してしまうのです。予言を知ると、人々の行動を変化させます。予言機械は政治判断に繋がる、危険な道具なのです。

 

---- ---- ---- ----

人類にとって、これほどの皮肉はないでしょう。陸に上がって哺乳類となった「進化」とは真逆のプロセスを辿るのですから。しかもそれが退化ではなく、環境変化に対応した積極的な選択なのです。

 

1959(昭和34)年にはAI=人工知能という言葉はなく、故に「電子頭脳」なのでしょうが、言葉は別にして、一般家庭にエアコン、テレビ、自家用車がまだ高嶺の花だった時代に、「電子頭脳」の仕組みを考えている人って、すごくないですか?

---- ---- ---- ----

物語では、「電子頭脳」研究者の行動が第三者から既に予知されていて、当初は見えぬ敵と戦う姿勢だったのですが、第三者が実は未来の彼自身だと判明した時点で、彼が八方塞がりに陥る様が描かれます(不条理です)。「予言機械」が人間を支配していく怖さ。人間は奴隷と化します。

 

 

地球温暖化も当時は今ほど切実ではなかっただろうと推測されます。公房先生の先見の明には敬服いたします。因みに小松左京『日本沈没』は1973(昭和48)年です。

 

現在、米中が宇宙開発を競い合っています。宇宙ステーションを元にして、将来は人間が移住できる宇宙都市が完成するのでしょう。本作は言います。変化を受け入れるか、受け入れないか。変化した未来を受け入れるなら、未来はユートピアでもディストピアでもなく、人間が意図的に積極的に作り上げるものであって、変化を受け入れられない人は、死すべし、と。

 

The survival of the fittest.

適者生存、あるいは最適者生存。適応力のある人間が生き残る。

 

アメリカでは、進化論を否定し、旧約聖書「創世記」----神が人間をつくった----を信じる創造論者がかなりの数、います。人工中絶、同性婚もそうです。そういったキリスト教原理主義を支持層に持つのが共和党。政治目的の議論は本質にあらず。地球温暖化を認めず、EVを否定し、パリ協定から脱退する今のアメリカ為政者に、本作を読ませたい。安部公房から学べ、と。

 

作者による「あとがき」から抜粋:

読者に、未来の残酷さとの対決をせまり、苦悩と緊張を呼び覚まし、内部の対話を誘発することができれば、それでこの小説の目的は一応は果たされたのだ。

 

(写真は表紙から引用)