訳者あとがきから抜粋します。
翻訳者のこんな激白は実にめずらしい!
●辛くて投げ出したくなることがあった。本をではなく、一緒に歩いているブコウスキーを、である。(中略)汚らしい言葉にムカムカして、彼に向かってどなりちらした事もある。(中略)じゃあな、チャールズ、当分あんたの顔は見たくないよ。
(本作には、不適切な言葉が数多く使用されております。訳者が「ムカムカする」と罵倒するレベルです。レビューに当たり、極力そのような言葉は避けるようにしますが、止む無く使用することをお断り致します)
ブコウスキーは、
「酔っ払うことが私の仕事だった」という、自身の回想が有名です。そのくらい、放浪生活、アナーキー、飲んだくれ・酔いどれ、ろくでなし、無頼、いい加減、女たらし、クレイジー、ギャンブラー・・・と形容を思い描くとキリがない、どうしようもないダメ男です。
「無頼」といえば太宰治や坂口安吾が頭に浮かびますが、ブコウスキーはその何倍も上を行っています。少し近いのが、『月と六ペンス』のモデルとなったゴーギャン。彼の「うせろ」には凄みがあります。それでも、ブコウスキーには敵いません。
日本でもブコウスキー崇拝者は多いですよね。アナーキーさが受けるのでしょう。シド・ヴィシャスとかと同類?脈絡ありませんが。
冒頭から散々コケ降ろしましたが、これらは全てブコウスキーにとっては賛辞であって、thank you, babe.といわれそうです。Don’t mention it. 褒め言葉です。
そんなブコウスキーの作品をなぜ今回手に取ったかというと、「新潮社が選ぶおすすめ文学作品 40冊」というサイトで堂々のランクイン、しかも、「これだけは押さえておきたい海外作品」10冊にノミネートされています。
他の9冊を列記してみましょう。
若きウェルテルの悩み/ゲーテ
欲望という名の電車/ウィリアムズ
変身/カフカ
異邦人/カミュ
ティファニーで朝食を/カポーティ
ハムレット/シェイクスピア
罪と罰/ドストエフスキー
ツァラトゥストラはかく語りき/ニーチェ
レ・ミゼラブル/ユゴー
なんとまあ、文豪中の文豪、蒼々たる顔ぶれです。
そんな中に、酔っ払いのろくでなしが1冊、混じっているのです。
であれば、読まないという選択肢はありません。
ところで、ブコウスキーは1920年ドイツで生まれ、3歳で米国LAに移住した移民。父親が荒れていた事もあって、家庭環境は芳しくなかったそうです。19歳で大学中退してから、実に30年間の放蕩生活を送ります。皿洗い、トラック運転手、ガソリンスタンド店員・・・と転々と職を変えます。40歳あたりから詩作に入り、50歳で漸く認められたという苦労人なのですね。
『町でいちばんの美女』は1983年、63歳時の刊行です。
まあ、本作1冊を通して、女性を強引に口説く、性描写、痴話喧嘩、大酒、暴力シーン・・・と、とてもリスペクトできる内容ではないのですが、臆面もないストレートな表現は、敢えて好意的にみれば、自分を飾らない正直者なのであって、実はブコウスキーは憎めない存在なのでは?と読者(私)は寛容になってしまうのです。
●彼女はふらっと入ってきて隣に腰掛けた。私が町でいちばんの醜男だったことと無関係ではなかったようだ
「町でいちばんの美女」が「町で一番の醜男」に近づいてきたのです(今どき容姿を言及するのはNGですが、敢えて記載します)。美女は、美しいがゆえに寄ってくる男たちにうんざりしているのです。
●醜いほうがどれだけ幸せか、あんたはわかってないの?だって、あんたが誰かに好かれたら、好かれた理由が(顔以外の)他にあることがわかるもの
「紅の豚」みたいです。
顔に関係なく、モテる男はモテます。
彼女には自傷癖があり、20年の短い生涯を閉じます。
●彼女の不安はあらわれていた。だというのに私は、全く感じとろうとしなかった。だらしがなさすぎた。私には生きる値打ちはなかった。
抜粋3箇所で充分にわかりますが、ブコウスキーの文章は実に平易で、複雑なロジックは一切ないので、速読というか、文字をす~っと流していっても問題なく読めます。原文読んでいませんのでわかりませんが、翻訳者のお陰かもしれません。
★失敗ほど効果的なものはないんだよ★
ブコウスキーの残した名言のなかで、これが一番好きです。失敗したら、それを教訓として、次に活かすくらいの図太さが必要なのですね。
頻出する放送禁止用語をも素直に日本語にしている翻訳者もある意味スゴいし、翻訳版を出版している新潮社も冒険心あって拍手を贈りたいと思います。
メリークリスマス。
(写真は表紙から引用)

