1996年から、約30年間、第一線の作家として活躍してきた森博嗣。

そんな彼が公式サイトの更新終了に伴い、引退を表明しました。

今回は、私が初めて読んだ森博嗣作品、前回、押井守監督の映画も紹介しました、「スカイ・クロラ」の小説版を紹介しようと思います。



あらすじ

戦争がショーとして成立する世界で、永遠に大人にならない子供たち「キルドレ」は、戦闘機に乗り戦争を請け負っていた。

新たに基地へ配属されたパイロット、カンナミ・ユーイチは、上司のクサナギ・スイトと出会う。

彼には過去の記憶がなく、自分が何者なのかも分からないまま、空での戦いを繰り返す。

やがて同僚の死や自身の記憶を通じて、キルドレたちが置かれた運命の輪郭が浮かび上がる。

終わらない生と戦争のなかで、ユーイチは自分たちの運命を変えるため、ある決意をする。




森博嗣の「スカイ・クロラ」を初めて読んだ時、抱いた感想は、まず、文章の余白とリズムが洗練されている、という印象でした。

無駄な修飾はなく、ただ事実を淡々と書き連ねていく、非常にドライな文体は、主人公がキルドレであることを自覚したときの感覚と重なります。その余白こそ、今後続いてゆく物語のための、いわば、

「語らずして、語る。」の実践系であるとも言えそうです。


大筋は映画と同じですが、決定的に異なるのは、ラストシーンです。


映画では、函南は草薙を撃ち殺そうとしますが留まり、草薙に、「何かを変えられるまで生きろ」と言い、自らはティーチャーに挑み戦死します。

函南は死に、草薙は生き残るわけです。


しかし、森博嗣の原作はそうではありません。

函南は草薙を撃ち殺します。 

その後、病院のような施設に移され、モノローグで物語は終わります。


どちらが優れたエンディングなのか、評価は分かれるところですが、映画と小説という異なる構造を持つ作品上、一概には言えません。


敢えて言うのであれば、原作は、小説という形式をとっているという性質上、閉ざされた構造の美しさが特徴です。


構造美の小説と、前へ進む映画。


森博嗣と押井守は、同じ哲学的な要素を持ち合わせながらも、真反対の道を進んだのでした。