【テーマ・りか】


昨年のあさがおが遺した種子を
子どもたちと一緒に植えました

昨日のことです

昨年していたように
写真に撮って記事に載せようと
漠然と思っていました

けれども
写真を撮ることはおろか
昨日のうちは記事にすることも
できないままに

今日になりました


それは
わたしのなかに
あってはならないことへの
恐れがあったからです

楽しそうに土をたがやし
ひとつぶひとつぶ吟味して
植える種子を選び抜く子どもたち

「種子のおへそを上にして
埋めるんだよ、ママ」

「あとで間引きするんだよ、ママ」

息子の講釈に感心する横で
わたしはたぶん笑顔を保ちながら

起こりうる幾通りもの未来から
もっとも起こっては欲しくない
もっとも見たくはない情景を
鮮明に思い描いていたのです


それは
彼らの誰も
芽吹かない世界

昨年思いつくままに
植えたあさがおの種子は
大小合わせて20粒ほどでした

鉢の用意も土の用意もなく
窓辺で水栽培していましたが
ある朝芽吹いた双葉ごと
水栽培の箱はひっくり返っていて

そのときの光景が
どうしてもどうしても
わたしのなかに
よみがえってくるのでした


新たなみどりの息吹に
期待を寄せれば寄せるほど

浮かれたわたしの足許を
不安の影がすくいに来ます


芽は出ないかもしれないよ
育たないかもしれないよ

不安の影のもたらす声は
無邪気にはしゃぐ子どもたちを横目に
わたしから事実を見つめる勇気を奪います

わたしは昨日
不安の影に呑まれて
植えつけのすんだあさがおの
写真を撮ることをためらいました

けれども

わたしとわたしの子どもたちは
たとえ万にひとつ
種子の芽吹かぬ未来があるとしても

今年もあのあさがおの
花の咲くのを望んでいた

希望をもって
期待をもって

あさがおの種子を植えたのです

その事実は疑いのない
ほんとうの出来事であったはずです


わたしは
まだ起こってもいない未来に
不安を覚えるばっかりに

いま起こっている出来事に
集中することができないのです


芽吹かない未来も
必ずあるでしょう

もしもその未来が選択されたら
わたしはそのとき必ず
「わかっていた」などと誤魔化すことなく

こころの底から悲しもう

だからいまは
土のなかで変化する
種子のことだけ考えよう


そう思って
今年もあさがおの
観察日記

綴ることに決めました





【テーマ・どうとく】


いまでもときどき
見た夢のことを書きたくなります

目覚めたときに
かすかにのこる夢の余韻を
何はともあれ反芻するのが
わたしの日課です

それはほとんどクセのようで
いまとなっては
夢を反芻することに
なんの目的もなく
なんの手段でもなく

ただ自分がいま
どんな世界にいたのかを
ぼんやりと振り返ることが

おもむろに目覚めたからだを
背中を伸ばしながら覚醒させる間の
習慣になっています


いまとなっては、と言うことですから
以前は少し違いました

おぞましい悪夢のときには
なぜそんな夢を見たのか

しあわせな夢のときには
なぜ目覚めてしまったのか

見た夢にどんな意味があるのか

現実に覚醒した時間を費やして
現実に覚醒すべき身体を駆使して
起きながら夢を見るかのごとく

夢に囚われることが
少し以前までわたしの
当たり前の慣習でした


夢判断や夢占いというのが
あるくらいですから
人間が自分の夢に関心を払い
夢を大事にすること自体は
ふつうのことですよね

むしろ気になる夢をないがしろにして
無理に現実から夢を閉め出すことのほうが
こころの作用としては不自然に思います

眠れば夢を見るのは
ひとの仕組みであるようですから
(これは、りか編になるかな?)

夢にまつわることを考え出すと
たくさんの思いが我先にと
あふれてくるので
なかなかうまくまとまらないのです

夢という現象があって

それを見る仕組みを思えば
理科的なアプローチですし

それの及ぼす身体への影響を思えば
体育のお勉強ですし

それの及ぼす思考への影響を思えば
社会や道徳のお勉強ですし

それを表現しようとすれば
国語や図工のお勉強ですし

夢という現象は
なんとも応用自在な
優れた教材であるわけですね


ほんとうは見た夢を分析したり
夢の意図を探ってみたり
してみたいと願っているのでしょうけど

それをするにはわたしの精神は
あまりにも未熟でありすぎて

いまはまだ
藪から棒に現れた
夢という現象を

ただ夢として受け止めて
ただ夢として反芻し
こころのどこかに留め置く

それくらいが
ちょうどよいと思っています


かつて悪夢に惑わされ
向き合うふりをして逃げ回った
その教訓をひとつだけ
活かそうとするならば

夢というのは
わたしが未だ使いこなせない身体の機能や
わたしが未だ意識できないこころの領域を

未熟なわたしが理解可能な範囲で
意識の浅い部分にある
経験や記憶を頼りにして

わたしにわかりやすく具象化された
オーダーメイドの翻訳物なのだから

どんなおぞましい悪夢であっても
どんなにしあわせな夢であっても

わずかばかりの人生経験や
わずかばかりの既得知識をもってして

意味を上塗りして満足したり
意味をねじ曲げて恐れたりするのは

愚かなことだと
いうことでしょう



いまでもときどき
見た夢のことを書きたくなります

その衝動を抑える理由もありません

だからたまには
ここで夢談義

してみようかなと
思っています









【テーマ・そうさく】


それからぼくは
どれくらいのあいだ
薄明かりのなかにいたのだろう。

たとえばぼくの
まばたきの何回分とか
たとえばぼくの
心臓の鼓動の何回分とか

せっかくからだを意識していたのに
ぼくは数えておくべきだったんだ。

いったいぼくは
どれくらいのあいだ
ここにこうしているんだろう。

ここが薄明かりのなかでなく
あの静かな暗がりのなかならば
ぼくは決してそんなことは
考えたりはしないだろう。

ぼくの目が見えているかも
ぼくの耳が聴こえているかも
ぼくのからだがあるかどうかも
問題にならないあの暗がりのなかならば

ぼくはぼくが時の刻みのなかに
いるかどうかさえも気にせずに
ただ漂うだけの術を知っていた。

薄明かりのなかではぼくは
暗がりのなかより無知なのか。

いや、そうじゃない。

五感の識別の方法を
知らないぶんだけ
暗がりのなかのほうが無知なのか。

いや、そうじゃない。

なにかを知らないことが
無知なんじゃない。

なにかを知ることで
知らなかったときのことを

無知だと知ってしまうだけだ。

なにかを知らないでいるあいだは
知ってしまうことの不自由さえ
知らずにいられることを

なにかを知ったあとに
懐かしく思ったりしてしまう。

薄明かりのなかのぼくは
暗がりのなかの無知なぼくを

暗がりのなかのぼくは
薄明かりのなかの無知なぼくを

お互いに懐かしく
お互いに羨ましく

感じているような気がする。

そう感じられるのも
ぼくが薄明かりのなかに
いるあいだだけなのか。

それとも…




「この24時間であなたの指先は
およそ0.152877ミリメートル伸びました。」

ああ、どうしてもぼくは
突然の声に驚いてしまう。

ぼくの右隣の席には
ぶかぶかの白衣を羽織った
背の低い男の人が座っていた。

「ちなみにあなたの髪の毛は
この24時間でおよそ
0.095822756144ミリメートル
伸びていると思われます。

このケースの試算の場合
予想される誤差は
1年を365日で測るときに生じる誤差のおよそ125795325分の1にあたり
空間にバクテリアの発生する確率の
およそ8722655547838倍にあたり
特定の精子と特定の卵子の受精する確率の
およそ9742507521455636954125倍です。」

ぼくはちゃんと
白衣の男の人のはなしを
聴いていたのだけれど

ぼくはちゃんと
白衣の男の人がぼくの爪や髪のことを
説明してくれているとわかったけれど

ぼくはほんとうは
この男の人のはなしは
ぼくにとっても
男の人にとっても

どうでもいいことのように
思っていたんだ。

ぼくがこの薄明かりのなかに
どれくらいのあいだ
いたのかということを

ぼくの指先で死んでいく組織や
ぼくの五感の届かない髪の先で
測ってほしくなかったんだ。

まばたきや鼓動を感じても
爪先や髪の先を感じられないことを

ぼくは知りたくなかったんだ。


「このあと24時間で
あなたの爪の先の伸びる距離は
予想される誤差の範囲を
特定の酸素分子が同じ肺胞に戻る確率を
求める場合に生じる誤差のおよそ
1352478.57568566倍に想定した場合では……」


ぼくはあれから
どれくらいのあいだ
薄明かりのなかにいたのだろう。

たとえぼくが
ぼくの爪の先を
ぼんやりした明かりのなかで
必死に見つめていたとしても

ぼくにはぼくの
組織が死んで白くなるのに
気づくことなど出来たろうか。

薄明かりのなかのぼくは
いったいなにを
知っているというんだろう。

ぼくはそのあと
ぼんやりして

薄明かりのなかから消えたのが
白衣の男の人だったのか
それともぼくのほうだったのか

それすら

知ることができなかったみたいだった。