【テーマ・そうさく】
それからぼくは
どれくらいのあいだ
薄明かりのなかにいたのだろう。
たとえばぼくの
まばたきの何回分とか
たとえばぼくの
心臓の鼓動の何回分とか
せっかくからだを意識していたのに
ぼくは数えておくべきだったんだ。
いったいぼくは
どれくらいのあいだ
ここにこうしているんだろう。
ここが薄明かりのなかでなく
あの静かな暗がりのなかならば
ぼくは決してそんなことは
考えたりはしないだろう。
ぼくの目が見えているかも
ぼくの耳が聴こえているかも
ぼくのからだがあるかどうかも
問題にならないあの暗がりのなかならば
ぼくはぼくが時の刻みのなかに
いるかどうかさえも気にせずに
ただ漂うだけの術を知っていた。
薄明かりのなかではぼくは
暗がりのなかより無知なのか。
いや、そうじゃない。
五感の識別の方法を
知らないぶんだけ
暗がりのなかのほうが無知なのか。
いや、そうじゃない。
なにかを知らないことが
無知なんじゃない。
なにかを知ることで
知らなかったときのことを
無知だと知ってしまうだけだ。
なにかを知らないでいるあいだは
知ってしまうことの不自由さえ
知らずにいられることを
なにかを知ったあとに
懐かしく思ったりしてしまう。
薄明かりのなかのぼくは
暗がりのなかの無知なぼくを
暗がりのなかのぼくは
薄明かりのなかの無知なぼくを
お互いに懐かしく
お互いに羨ましく
感じているような気がする。
そう感じられるのも
ぼくが薄明かりのなかに
いるあいだだけなのか。
それとも…
「この24時間であなたの指先は
およそ0.152877ミリメートル伸びました。」
ああ、どうしてもぼくは
突然の声に驚いてしまう。
ぼくの右隣の席には
ぶかぶかの白衣を羽織った
背の低い男の人が座っていた。
「ちなみにあなたの髪の毛は
この24時間でおよそ
0.095822756144ミリメートル
伸びていると思われます。
このケースの試算の場合
予想される誤差は
1年を365日で測るときに生じる誤差のおよそ125795325分の1にあたり
空間にバクテリアの発生する確率の
およそ8722655547838倍にあたり
特定の精子と特定の卵子の受精する確率の
およそ9742507521455636954125倍です。」
ぼくはちゃんと
白衣の男の人のはなしを
聴いていたのだけれど
ぼくはちゃんと
白衣の男の人がぼくの爪や髪のことを
説明してくれているとわかったけれど
ぼくはほんとうは
この男の人のはなしは
ぼくにとっても
男の人にとっても
どうでもいいことのように
思っていたんだ。
ぼくがこの薄明かりのなかに
どれくらいのあいだ
いたのかということを
ぼくの指先で死んでいく組織や
ぼくの五感の届かない髪の先で
測ってほしくなかったんだ。
まばたきや鼓動を感じても
爪先や髪の先を感じられないことを
ぼくは知りたくなかったんだ。
「このあと24時間で
あなたの爪の先の伸びる距離は
予想される誤差の範囲を
特定の酸素分子が同じ肺胞に戻る確率を
求める場合に生じる誤差のおよそ
1352478.57568566倍に想定した場合では……」
ぼくはあれから
どれくらいのあいだ
薄明かりのなかにいたのだろう。
たとえぼくが
ぼくの爪の先を
ぼんやりした明かりのなかで
必死に見つめていたとしても
ぼくにはぼくの
組織が死んで白くなるのに
気づくことなど出来たろうか。
薄明かりのなかのぼくは
いったいなにを
知っているというんだろう。
ぼくはそのあと
ぼんやりして
薄明かりのなかから消えたのが
白衣の男の人だったのか
それともぼくのほうだったのか
それすら
知ることができなかったみたいだった。
それからぼくは
どれくらいのあいだ
薄明かりのなかにいたのだろう。
たとえばぼくの
まばたきの何回分とか
たとえばぼくの
心臓の鼓動の何回分とか
せっかくからだを意識していたのに
ぼくは数えておくべきだったんだ。
いったいぼくは
どれくらいのあいだ
ここにこうしているんだろう。
ここが薄明かりのなかでなく
あの静かな暗がりのなかならば
ぼくは決してそんなことは
考えたりはしないだろう。
ぼくの目が見えているかも
ぼくの耳が聴こえているかも
ぼくのからだがあるかどうかも
問題にならないあの暗がりのなかならば
ぼくはぼくが時の刻みのなかに
いるかどうかさえも気にせずに
ただ漂うだけの術を知っていた。
薄明かりのなかではぼくは
暗がりのなかより無知なのか。
いや、そうじゃない。
五感の識別の方法を
知らないぶんだけ
暗がりのなかのほうが無知なのか。
いや、そうじゃない。
なにかを知らないことが
無知なんじゃない。
なにかを知ることで
知らなかったときのことを
無知だと知ってしまうだけだ。
なにかを知らないでいるあいだは
知ってしまうことの不自由さえ
知らずにいられることを
なにかを知ったあとに
懐かしく思ったりしてしまう。
薄明かりのなかのぼくは
暗がりのなかの無知なぼくを
暗がりのなかのぼくは
薄明かりのなかの無知なぼくを
お互いに懐かしく
お互いに羨ましく
感じているような気がする。
そう感じられるのも
ぼくが薄明かりのなかに
いるあいだだけなのか。
それとも…
「この24時間であなたの指先は
およそ0.152877ミリメートル伸びました。」
ああ、どうしてもぼくは
突然の声に驚いてしまう。
ぼくの右隣の席には
ぶかぶかの白衣を羽織った
背の低い男の人が座っていた。
「ちなみにあなたの髪の毛は
この24時間でおよそ
0.095822756144ミリメートル
伸びていると思われます。
このケースの試算の場合
予想される誤差は
1年を365日で測るときに生じる誤差のおよそ125795325分の1にあたり
空間にバクテリアの発生する確率の
およそ8722655547838倍にあたり
特定の精子と特定の卵子の受精する確率の
およそ9742507521455636954125倍です。」
ぼくはちゃんと
白衣の男の人のはなしを
聴いていたのだけれど
ぼくはちゃんと
白衣の男の人がぼくの爪や髪のことを
説明してくれているとわかったけれど
ぼくはほんとうは
この男の人のはなしは
ぼくにとっても
男の人にとっても
どうでもいいことのように
思っていたんだ。
ぼくがこの薄明かりのなかに
どれくらいのあいだ
いたのかということを
ぼくの指先で死んでいく組織や
ぼくの五感の届かない髪の先で
測ってほしくなかったんだ。
まばたきや鼓動を感じても
爪先や髪の先を感じられないことを
ぼくは知りたくなかったんだ。
「このあと24時間で
あなたの爪の先の伸びる距離は
予想される誤差の範囲を
特定の酸素分子が同じ肺胞に戻る確率を
求める場合に生じる誤差のおよそ
1352478.57568566倍に想定した場合では……」
ぼくはあれから
どれくらいのあいだ
薄明かりのなかにいたのだろう。
たとえぼくが
ぼくの爪の先を
ぼんやりした明かりのなかで
必死に見つめていたとしても
ぼくにはぼくの
組織が死んで白くなるのに
気づくことなど出来たろうか。
薄明かりのなかのぼくは
いったいなにを
知っているというんだろう。
ぼくはそのあと
ぼんやりして
薄明かりのなかから消えたのが
白衣の男の人だったのか
それともぼくのほうだったのか
それすら
知ることができなかったみたいだった。