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きっと地球に遊びに来たんだよね!

「私は誰なのか? なぜ生まれてきたんだろう?」忘れてしまっている大切なことを、思い出したい人へ…

わたしたちの楽しみでドキドキのチャレンジ「友達の輪」へようこそ!

 

「普通の毎日を生きる面白い人たち」をクローズアップして、その生き様をご紹介させていただきます。そして、その人から、また別の方へ……ざまざまな個性と魅力に富んだ方々と出会えることを楽しみにしています。



 

第15回目のゲストは、西久保美千代さん‼︎

 

常磐未央子さんからのご紹介です。



 

 



 

(まり)お名前と今どんなことをしているかを教えてください。

 

(美千代)西久保美千代と申します。フォトグラファーです。

 

(まり)写真家さんなんですか?

 

(美千代)写真家です。

 

(まり)どんな写真を撮られているんですか?

 

(美千代)主に人物写真なんで、いままだ副業なんですけど、いずれは100%にしたいなと思いつつ、3年くらい前から始めました。

 

(まり)すごーい! 場所は東京をメインに活動されているんですか?

 

(美千代)そうです。私自身はどこでも行こうと思っているんですけど、今は東京に住んでいるのでここで。

 

(まり)そうなんですね。3年くらい前に始めたということですが、何かきっかけはあるんですか?

 

(美千代)旅が好きなので一人旅もしていて、風景とか、ここ8年くらい趣味でずっと撮っていたんです。私、昔から何か自分の好きなことで食べていきたいと20代の頃からずっと思っていて。それがなかなかできなくて、30年くらいたっちゃったみたいな、そんな感じだったんですが、3年前にふと、やるのは今しかないと思ったときに、好きなことって仕事になるのかなって、あまり考えずに写真やろうと思って、そこからです。

 

(まり)写真は趣味で撮っていて、独学で撮られていたんですか?

 

(美千代)そうです。

 

(まり)前回のゲストの未央子さんのプロフィール写真を美千代さんが撮ってくれたということで。

 

(美千代)そうそう。

 

(まり)未央子さんから教えてもらったのが、サンチャゴの巡礼の本を出されているということを伺いました。

 

(美千代)Kindleのね。そうです。

 

(まり)サンチャゴの話のことも聴きたいんですけど。

 

(美千代)もちろん!

 

(まり)私もずっと前から行ってみたくて、若い頃に読んだ「星の巡礼」とかシャーリー・マクレーンの「カミーノ」を読んで、すごく惹かれて。

 

(美千代)私も読みました。

 

(まり)最高ですよね! 美千代さんは2回くらい行かれたと聞いたんですけど。

 

(美千代)真夏と真冬と行きました。真冬の方が2回目で1年半後かな。Kindleの書籍にしたのは、その冬の方。巡礼者もいないという。

 

(まり)冬はいないの? どんな状態なんですか?

 

(美千代)雪が降ったりするんですよね。

 

(まり)山小屋に泊まるんですか?

 

(美千代)山小屋というか、巡礼宿があるんですよ。アルベルゲていう巡礼者用の。夏は巡礼者が多いから解放している泊まれるアルベルゲが多いんですね。いっぱい、いろんな国からいろいろな人たちが来るし、寂しい思いをすることもなく、次から次へといろんなと出会って、本当に楽しいんですよ。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)だけど、冬はみんな来ない。

 

(まり)アハハハ!

 

(美千代)歩きにこない、あたりまえなんですけど(笑) でもそのなかでも、チラホラいるんですよね。冬にしか来れないとか、農夫とか。仕事の関係でいましかできないとか。いまだから来たとか。でもそういう人たちも少数で、アルベルゲもあんまり開いてなかったりするんですよ。

 

(まり)わー、そうなんですね。

 

(美千代)1年中オープンって書いてあるけど、冬だから閉まっちゃってる。夏とはぜんぜん状況が違うんですよね。

 

(まり)冬も行ってみたいと思ったんですか?

 

(美千代)夏はもう知っちゃったから、だけどもう1回ちゃんと歩きたいと思って。2回目に行く前も、いろいろ悩んでいたんですよね。私、悩むと外に出たくなるんですよ。旅に出たくなるの。一人旅とか。それで歩きたいと思って、じっくり自分のことを考える時間がある冬。人がいないだろうから冬がいいだろうと思って行ったら、見事に人がいなくて、村の人たちしか会わなくて。最初ちょっと怖かったんですよね。でも歩いているとだんだん冬の方がいいかもと思い始めて。

 

(まり)へぇー!

 

(美千代)景色も夏もちろんいいんですよ。だけど冬の方がなんか手付かずの自然みたいな感じで、雪景色とか本当に素敵で、人もいないから独り占めだし、空っ風吹いて寒くて大変なんですけど、それ以上のものがあると思った。だから冬のことを書籍にしたんですよね。

 

(まり)人にもよるんでしょうけど、何日くらいかかるんですか?

 

(美千代)最初、何日かかるんだろうと思って、インターネットでいっぱい調べたんですよ。800キロあるから女性だと平均で40日くらいかかるとあって。それくらいかかるんだーと10キロくらいのバックパック担いで、1日平均20キロ歩く。私はその頃、20キロ歩くこともマラソンとかもしたことなくて。今はマラソンしているから分かるんですけど。したことがなかったから、20キロを10キロ担いで歩くってどういうことなんだろうって。だから平均の40日プラスちょっと余裕持って飛行機の券も取ってた。あとマメができるとか、いろんなことが書いてあって、腰が痛くなって途中で帰っちゃう人が結構いるとか。どうしようどうしようと思いながら、それで行ったんですけど。ぐるナビとかでも、ここが美味しいとか、美味しくないとか、人それぞれのあるじゃないですか。そういうのって私、いつも結構あてはまらないんですよ。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)人がまずいまずい、ここは良くないと思っても、私はここ好きとか。あんまりイヤだったとかも特になく。巡礼は初めてでわからなかったけど、行ったら案の定、大好きになっちゃって。そしたら40日歩くっていう意味というのは、1日20キロ以内の人、あるいは1日中休み取った人とかそういうリズムで歩く人の感じで。私は歩く速度は遅いんですよ。誰からも抜かされるみたいな。だけど1日中歩いてるんですよ。朝から晩まで。



 

 



 

(まり)へぇー。

 

(美千代)だから結局、歩く距離が1日長くて、結局は26日で終わったんです。

 

(まり)すごい!

 

(美千代)平均30キロ歩いてました。

 

(まり)ほぉー!すごい!

 

(美千代)歩くのが楽しくてしょうがなくて。夏は午後のスペインってめちゃくちゃ暑いんですよ。乾いてて。夏は午後1時くらいになるとみんなアルベルゲに入っちゃうんですね。

 

(まり)どれぐらいの気温になるんですか?

 

(美千代)35度とか。日本の夏と違って湿気がないから、そのへんの暑さの感じ方はそれぞれ違うかもしれないんですけど。私は湿気があるよりカラッカラの、例えばエジプトで50度とかあっても元気で、日本の30度の湿気があると全然ダメなんですよ。すぐに熱中症になっちゃうとか、人によってあるけど、私はカラッと暑い40度近くになっても平気で歩けるんです。

 

(まり)へぇー!

 

(美千代)午後になると人が少なくなるんですよ。みんなもうアルベルゲに入っちゃうから。そっからがよくって、太陽と私だけ大平原みたいな。ドMなんですよね私(笑)

 

(まり)アハハハ! 何時くらいまで歩くんですか?

 

(美千代)夏は日本よりも上でサマータイムとかあるから、21~22時まで明るいんですよね。いつまでたっても太陽が沈まなくて、太陽が沈む前まで歩いていた時もあるし、でもいい加減、18時くらいになると夕飯の時間になっちゃうから。アルベルゲって夕飯を提供してくれるんだけど、それを食べたいから、やっぱりそれくらいまでかな。友達と歩いちゃうと20時とか。結局歩くのが好き。歩く速度とかもないし本当、人それぞれの旅。

 

(まり)その旅でハプニングとか印象に残っていることありますか?

 

(美千代)Kindleをぜひ読んでいただきたいんですけど。

 

(まり)はい!ですよね!

 

(美千代)私、ワインが好きなんですね。巡礼とはいえ毎晩飲むんですよ。巡礼者もヨーロッパの人が多くて、スペインの人が50%やっぱり地元だから。イタリア、ドイツ、フランスとかヨーロッパの人で70%くらい占めるのかも。

 

(まり)じゃあ日本人やアジア人はかなり少ないんですか?

 

(美千代)少ない。たまーに会ったりする。日本人にもたまに会ったりする。夏の巡礼者の多い時でさえ、しかもずっと歩いているわけじゃないから、5人以下とか。冬は1人だけでしたね。

 

(まり)いたんだ。

 

(美千代)うん。ヨーロッパって下戸の人がいないんですって。体質的に。

 

(まり)へぇー!ビックリ。

 

(美千代)ヨーロッパの人って誰でも飲むんですよ。巡礼とはいえ、ワインて宗教的な意味もあって、神父さんもキリストの血と言ってミサのときとか口に含んだりするし。悪いイメージないというか、だから毎晩酒盛り(笑)

 

(まり)へぇー!いいですねー。

 

(美千代)バックパックの横に、前の晩、飲みきれなかったワインのボトルをさしてよく歩いていました。巡礼者のメニューは、水かワインが選べて、同じ値段でワインが出てくるんですよ。水はそのへんで買えばいいから、絶対ワインくださいって。

 

(まり)そうなりますよねー(笑)

 

(美千代)昼間から飲んでねそれがガソリンになって午後ずっと歩けるみたいな。すっごい楽しいですよ。

 

(まり)素敵! 昼から飲んでいることがあるってことですか?

 

(美千代)そうそう。ヨーロッパの人たちって、みんな昼から飲むから。

 

(まり)それだったら私も歩けそうな気がする(笑)

 

(美千代)私、ワインが好きだから、だからといってへべれけになるまで飲むとかそういうことじゃなくて。楽しく飲みたいんですよ。いい気分になるくらいで。だからゆっくり飲むし、バックパックにさして、時々、飲みたいときに飲んだりするし、もちろん水もちゃんと飲みますよ。そういう感じが楽しかったりとか。人との出会いが楽しかったりとか。冬は人にはあまり会わないんですけど、犬によくあうんですよね。

 

(まり)あーーー私、シャーリーの本でも「星の巡礼」でも犬が怖くて行けないんですよ。

 

(美千代)大丈夫です。私ですら行っているから。

 

(まり)本当?



 

 



 

(美千代)たしかに野良犬いっぱいいるんですけど。私ね、その前に30代の頃、足かけ10年メキシコに住んでいて。その時、一回犬に噛まれているんですよ。たまたま高級住宅街を歩いていたら、ドアが開いた所から番犬が出てきて噛まれて100針塗ったという大怪我をしたんですよ。

 

(まり)えーーー⁉︎ 100針⁉︎ どこを噛まれたんですか。

 

(美千代)足首だったんですけど。それがあったからスペインでも犬が怖くて怖くて。

 

(まり)うんうん、そりゃあそうですよね。

 

(美千代)シャーリー・マクレーンさんの本を夏と冬の間に読んだのかな。夏はまだお互い前後したりして人がいっぱい歩いているからいいけど、冬にどうしよう、もしひとりのときに犬が来たらと思って。そういう怖い思いをしながら。そういう時に限ってたくさん犬にあうんですよね。

 

(まり)やっぱりね。そういうことですよねー。

 

(美千代)そういうこといっぱいKindleに書いてあります。巡礼というよりもワインと犬の話しか書いていないんで(笑)

 

(まり)読ませていただきます! 

 

(美千代)でも両方とも完歩できて。

 

(まり)それがすごいなー。それをきっかけに何か変化がありましたか?

 

(美千代)物が少なくても人間は生きていけるんだと。バックパックだけじゃないですか、それだけで村から村へ行く。最初は心配だからいろんな荷物を持って行っちゃうんですね。でも最初に峠を歩くから重くて仕方なくて、2、3日でだんだん気づいてくるんですよ。これいらないから置いていこうとか、人にあげようとか。そうすると『あれ、人間って結構ここにあるものだけで何とかなるんだな』と。そうなると物質じゃなくて精神的なものにいくんですよね。こうやって人と出会うのがいいなーとか、この人といると楽しいなとか、ワイン美味しいとか、怪我なく歩けることが嬉しいとか。そういうことにシフトしていくというか。それが一番大きかった。だから冬も行っちゃったのかもしれない。もう一度それを味わいたくて。

 

(まり)へぇー!いいなー。そこで写真もたくさん撮ったり。

 

(美千代)そうですね。その時はまだ一眼レフをきちんと持っていなかったから、デジカメで撮っていたけど、写真やアート関係はもともと好きなんで。巡礼って風景がすごく綺麗だし、人がとても楽しいし、いま考えるといろんなことが絡み合っているんですよね。私、わがままだから、もともと好きなことしかできないんですよ。

 

(まり)うんうん、そうなんですね。好きなことしかできないって最高ですよね。

 

(美千代)興味ないことは本当に興味ないからすぐ忘れちゃうし、見向きもしないというか、見向きどころか忘れてるみたいな。

 

(まり)目に入らないんですよね。

 

(美千代)そうそう(笑)

 

(まり)巡礼もひとつになると思うんですけど、人生のターニングポイントって、美千代さんにとって、どのタイミングですか?

 

(美千代)やっぱりメキシコに行ったときかな。28歳。

 

(まり)なぜメキシコだったんですか?

 

(美千代)結局そこから足かけ10年居たんですけど。なぜメキシコかというと、JICAで派遣されたのがメキシコだったんです。

 

(まり)メキシコのどのあたりなんですか?

 

(美千代)メキシコシティですね。そこで日本語教師というか、小学校なんですけどラテンアメリカで一番でっかい日本語教育をしている小学校から高校までの大きな学校があるんですね。そこに派遣されて、小学生の担当をしていたんですよ。その契約が2年半で終わって、日本に帰ってきたんですけど、やっぱり好きでまた行っちゃったみたいな。

 

(まり)それはメキシコに行きたいということで?

 

(美千代)そう、メキシコ。

 

(まり)そこでは何をされていたんですか?

 

(美千代)日系企業で。日本語教育にそこまで興味がなかったのかもしれない。メキシコに行くきっかけにはなったけど。それで日系企業で OLをしていたんですけど、同僚がメキシコ人なので、そういうメキシコ社会にどっぷり浸かってた。私、結婚もしていたので。

 

(まり)メキシコの方とですか?

 

(美千代)そうです。その人とはJICAの時代に出会っていて、私がJICAが終わったときに一緒に日本に帰ってきて、日本のやり方で結婚して、しばらく居たんですけど、やっぱりメキシコの方が住みやすいということで、結局メキシコに。それから普通にメキシコで主婦兼、働いて税金払って。在住ですよ。その間に別居とか離婚とかあり、その後もまだ2年くらい居たからね(笑)

 

(まり)へぇー! それくらいメキシコが好きってことですか?

 

(美千代)そうです。

 

(まり)メキシコのどんなところに惹かれたんですか?

 

(美千代)私にたぶん合っていたんだと思うんですよ。メキシコの人、大好きだし、メキシコ料理美味しいし。旅が好きなんだけど、メキシコって日本の5倍あるから、いろんな亜熱帯から高地の方まであるし、さまざまな部族の方がいるし、楽しい国ですよ。

 

(まり)メキシコというと、マヤのピラミッドとか。

 

(美千代)ピラミッド大好き。

 

(まり)実際行ってみると、ジャングルの中にピラミッドってどんな感じですか?

 

(美千代)私、大好きでパワーをもらえる。何て言えばいいんだろう。昔からの遺跡とか。日本でもそうなんですよ。神社仏閣とか大好きだし、古いものが好きで、それと同じ感覚なんでしょうね。



 

 



 

(まり)うんうん、未央子さんが美千代さんのことを『魂の声に従って生きている人。宇宙と交信しながら生きているような人』と言われていたんですけど。

 

(美千代)アハハハ!

 

(まり)そういう話を聴きたいと思って。

 

(美千代)あっちゃこっちゃで、いろんなことしていて。メキシコ行く前にアメリカに1年間居たことあって。私、短大卒なんですね。大学4年もいいかなと思ったんですけど、早く社会に出てお金貯めて海外に行きたいと高校の頃から思っていて。自分のお金で好きなことをやりたいと思っていたから、入社の日から3年で辞めると決めていたんですよ。

 

(まり)アハハハ!

 

(美千代)OLも楽しいんだけど、この仕事どうなんだろうと思いつつ、でも早く目標があったから。3年で辞めるという。結局2年9ヶ月で辞めて、その頃はまだスペイン語とかメキシコとか全然頭になくて。アメリカの英語と思っていたから、それで24歳の時に社員を辞めて、アメリカに行きますって行ってみたら、見事に私の英語が通じないんですよね。あんなに好きで勉強していたのに、長文読解だったらできるけど発音通じない、分かってもらえない、私の言っていること誰も分かってくれない。その頃にヒスパニック系のスペイン語を話す人たちがアメリカに多いから、その人たちと知り合いになったりしたときに、私、スペイン語の方が肌に合っている気がすると思って。

 

(まり)へぇー!うんうん。

 

(美千代)その頃からスペイン語に興味を持ち始めて。もともと外国に住みたいとか、外国の方にすごく興味があったんです。外国人に日本語を教える日本語教育の勉強もしていて。その試験に3年目でやっと受かって。

 

(まり)それは日本で勉強していたんですか?

 

(美千代)前々からそういうの知っていたんだけど、ずっと長引いちゃっていて。アメリカに1年いたけど、スペイン語に興味あるなと思って、アメリカから帰ったら、またどこかへ行こうと思ったんですよ。今度はアメリカじゃなくて。でもどこに行ったらいいかも分からないし、とにかく日本語教育の試験を受けて、それをきっかけに行こうと思ったんです。1年、2年目は落ちたんですけど、3年目で受かってすぐにJICAに申し込んでスペイン語圏に行きたいって言ったらメキシコになって。それから今度はスペイン語は長文読解ではなくて、人と話して覚えようと思って。それでも私、耳のセンスがよくないので上手くはならないんですけど、人とコミュニケーションとるのはすごく楽しいなと。

 

(まり)言葉というよりも人に興味があるんですね。

 

(美千代)そうそう、そうです。

 

(まり)人とコミュニケーションをとることが喜びなんですね。

 

(美千代)そうです。それがたぶん写真にも繋がっていて、写真も景色よりも人物写真を撮るのが好きで、コミュニケーションとりながら撮ると、写真って全然違ってくるから。

 

(まり)それって、その人のことを知るのが楽しいんですか?

 

(美千代)話しているだけでも楽しいです。いま真理さんと話しているじゃないですか。私がインタビューをされている側なので、私が真理さんのことをどんどん聴くという形ではないですが、私は相互でこうやって話すのがすごく好き。「真理さんはどうなんですか?」って、人のことを知るのって、1時間しゃべると本一冊読むのと同じくらいのものなんですって。

 

(まり)わー、鳥肌が立つ。

 

(美千代)人の人生を知るというのは本を読むのと同じことだって。

 

(まり)あー、でも分かる。私はこのインタビューをやりはじめたんですけど。まさにその方たちの自叙伝を一冊読んでいる感じというのがすっごく分かります。美千代さんは人に興味があるのは昔からなんですか?

 

(美千代)興味はあったけど、中学高校までは人見知りが。

 

(まり)えーーー、ぜんぜんそんな感じがしない。

 

(美千代)人見知りなんだけど、自分の中ではすごく話したいというのがあるから、自分の中で戦っている感じがあって、ストレスがたまるんですよ。

 

(まり)ドキドキするのと好奇心と。

 

(美千代)飛び出したいのに飛び出せないみたいな。今はもうめっちゃ大人というか、人と話すのはドキドキとかしなくなったけど、あの頃はそんな感じで。19歳の時に一ヶ月間だけ、アメリカに行ったんですよ。日本のことを嫌いとかそんなんじゃないけれど、ただなんとなくちっちゃい頃から日本ですごく生きづらさを感じていたんです。狭い感じがあったのかな。だから英語に興味があったんだと思います。語学そのものじゃなくて、英語が話せたら、世界の人と話せるんだって、多分どこかで思ったんですよね。



 

 



 

(まり)なるほどー。

 

(美千代)だから英語を頑張っていたんだと思います。

 

(まり)自分の世界を広げたいという感じだったのかな?

 

(美千代)たぶん。日本島国で一民族、一言語っていうところよりも人類のるつぼみたいなね、そういう所いいなーって。私はアジア人だとか日本人だとか意識して生きていきたいというのは昔からあった。

 

(まり)へぇー、面白い。

 

(美千代)日本にいると日本人だってことをすぐ忘れちゃう。

 

(まり)はぁー面白い!

 

(美千代)それがたぶん私にとっても楽しんですよね。ウキウキするというかワクワクする。

 

(まり)自分が日本人だって意識があると何が違うんでしょうか?

 

(美千代)なんだろう。外国に住むのが楽しんだと思う。マイノリティであるていうことが、私にとってはすごくワクワクすること。

 

(まり)逆にそれが自分のコンプレックスになる人もいるじゃないですか。でも美千代さんにとってはアイデンティティになるんですね。

 

(美千代)日本にいると「私、あんなに上手くできないし」とかそういう風にすぐに考えちゃうんですよ。ただ外国に行くと「私は私だし」という覚悟ができるというか。そこが昔からそういうのがあって、言葉で説明できないんですよ。

 

(まり)日本にいるよりも外国人としての自分の方が生きやすい。

 

(美千代)うん、自由を感じられる。

 

(まり)へぇー、面白い。

 

(美千代)あんまり細かいことも気にしないし、ラテンの世界なんて本当みんな細かいこと気にしていないから、逆に楽なんですよね。日本の方が秩序正しくみたいな、満員電車に乗るために列に並ぶとか息苦しくてしょうがないんです。いまだにそうなんですけど。

 

(まり)今、日本に戻ってきて何年くらいですか?

 

(美千代)10年くらい。

 

(まり)これからも日本に住むんですか?

 

(美千代)10年前に帰ってきたんですね。その時は日本に帰りたくなかったんだけど、帰らなきゃいけないと思って日本に留学するつもりで帰ってきたんですよ。なぜかと言うと、もともとドMだから(笑)

 

(まり)アハハハ!

 

(美千代)楽しすぎちゃうとそこにいちゃダメなんじゃないかとすぐに思っちゃうんですよ。成長がないと思っちゃうんです。メキシコはもう慣れきっちゃって、ラテンの世界すごく楽しくて、日本はもう遠い国になっちゃってて、日本人なのに日本のことを忘れている。冠婚葬祭ってなんだっけ?とか。そういうのが焦りになってきちゃって、いま日本に帰ったら私、日本で生活していけないわって思っちゃって。日本人なら日本のことをちゃんと中庸な目でみないとダメだって思っちゃったんです。

 

(まり)へぇー、そうなんですね。

 

(美千代)その頃、訳が分からなくなっちゃったから、どうしようどうしようっなって、でも日本に帰りたくないして思ったときに、1回目の巡礼をメキシコから行ったんですよ。

 

(まり)そうだったんですね。

 

(美千代)歩こうと思って。ヨーロッパはその頃、知らなかったから、歩いて何か考えようと思ったら、考えるどころか、人との出会いが楽しくって、何も考えないで帰ってきちゃったんです。その時にピースボートも申し込んでいたんですよね。ピースボートの試験を受けたら落ちたと思っていたんですよ。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)メキシコで受けたんですよ。何かこう探っていたんですよね。メキシコにこのまま居てもいいんだけど楽しすぎるから、仕事も一応辞めて違うことがしたいと思って、休憩の時間を取っていたんです。そのときピースボートの記事を見て世界一周してみようと思って。日本の事務局があるしね。

 

(まり)面白い(笑)



 

 



 

(美千代)スペイン語の通訳ボランティアを申し込んで、電話面接をしていただいたんです。それが全然ダメで、受話器置いた瞬間「あーもうダメだ」ってボロボロひとりで泣いて。これ絶対行けないムリムリと思って、どうしよう甘かったなーって。じゃあスペインの巡礼にいま行ってみようと思って、とっとと行っちゃったんですよ、2週間後ぐらいに。

 

(まり)すごーい(笑)

 

(美千代)そしたらスペインで最初歩き始めた頃、インターネットを繋げたらピースボートの事務局からメールが入ってたんだけど全部文字化けしていて。でもコングラチュレーションて書いてあったので、なんだろうとスペインのバルから事務局に電話したら、受かっていて。「すいません。いま巡礼しているんですけど」って言ったら、船が出るまでに時間があるから、巡礼が終わってから日本に来て研修を受ければいいよって言ってくださったので、両方できたんです。そのピースボートで未央子ちゃんに出会ったんです。

 

(まり)そうだったんですね。

 

(美千代)未央子ちゃんもスペイン語できるから、すっごく助けてくれて。未央子ちゃんがよくしてくれて、本当に助かってそこからの出会いなんです。

 

(まり)素敵な出会いですねー。

 

(美千代)それでその時に、世界一周している間に考えようと思ったんだけど、毎日が本当に楽しくて、日本がドンドン近づいてくるときに、もしかしたらいま私は日本に帰るべきなんじゃないかな、このままメキシコに居ても同じだろうなって思って、10年振りの日本に帰ってきたんです。ピースボート終わってからメキシコに荷物取りに帰って、日本に定着したのが今から10年前。

 

(まり)へぇー、そうなんですね。

 

(美千代)それから2年間、日本の社会に復帰できず。

 

(まり)アハハハ!

 

(美千代)もうムリ、日本ムリですみたいな(笑)日本怖いーって。ラテンの雰囲気に慣れているから、みんなちゃんと並んでいるとか、大人しいとか、空港が病院みたいに感じたりとか、すっごく静かって思ったりとか、一人だけ冬でも色が黒いし、2年間就職活動ができなくて。会社に縛られたくないみたいな。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)まだその頃、終身雇用じゃないけど、なんとなくそういうね。昔から好きなことを仕事にしたいって頭のなかにあったから、私は一生ここで働くていうのがなかなかできない。満員電車とか本当ムリと思って。

 

(まり)2年間、何をしていたんですか。

 

(美千代)バイトです。ポスティングのバイト。歩くのは好きだから、巡礼やっているくらいだから半日歩くってなんてことないんですよ。でも歩いて考えるだけじゃなんの解決にもならないんですよ。

 

(まり)あーなるほど。

 

(美千代)結局1年半くらい頑張って歩いてポスティングしてたんですけど、給料も少ないからどんどん貯金もなくなっていくし、それでもうヤバイと思って、巡礼が恋しくなっちゃって。真冬の巡礼に行って、そこで考えようって。

 

(まり)それで行ったんですね。

 

(美千代)ひとりの時間がもてるだろうと。それが甘いのか、なんなのか分からないんですよ、私。人には、なんで冬にそんな厳しいところに行くの?と言われたんだけど、私は自分は甘ちゃんだなって思ったから行ったの。巡礼で考えるということ自体も甘いんじゃないのかなと思ったんだけど。それしか方法がなかったんですよ。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)何も考えられないから行ってくるって、真冬に行って、Kindleに書いてあるんだけど、スペインに住みたいと思っていたんだけど、その時に思ったのはスペインであれ日本であれメキシコであれ、人は土地じゃないんだって思って。

 

(まり)ほぉー。

 

(美千代)どこであっても楽しく、自信を持って生きていけるんだったら、どこに居てもいいんだなって。だからいまスペインに住んだら、また同じことになると思ったんですよ。外国好きだから楽しくなるのはあたりまえなんです。もちろんそこの生活に慣れるまでは大変な思いってするじゃないですか。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)でも私にとっては日本の方が寂しくなっちゃったりするから、いまこそ日本に帰って日本でちゃんと自信をつけたら、また海外に住んでもいいやって思ったんです。冬の巡礼の終わる頃にやっとその結論になったんです。言っちゃったKindleの内容を(笑)

 

(まり)あっ(笑) あとでアドレスくださいね。載せたいので!

 

(美千代)みんな、面白いって言ってもらえるので(笑)こんな内容だったんだって。

 

(まり)お知らせで載せたいです!

 

(美千代)私は悩んでいたから巡礼だったんです。

 

(まり)じゃあ、終わった時にはスッキリして日本に帰ったんですか?

 

(美千代)逆に怖い感じでした。

 

(まり)覚悟なのかな。

 

(美千代)そう覚悟。成田に「おかえりなさい」て書いてあるじゃないですか。私、あれを受け取れないんですよ。「おかえりなさい」じゃないんですよ。またすぐ行っちゃうから(笑)

 

(まり)アハハハ!

 

(美千代)そういうのを日本の友達とか、家族にも言ってない。言ってもみんな分かってくれないから。ちょっとね、診療内科に行こうかなと思った時期もあったんですよ。

 

(まり)えっ?本当に?

 

(美千代)はい。

 

(まり)それくらい自分の中では思い悩むテーマだったんですね。

 

(美千代)言ってみたりもしたんだけど、みんなやっぱり、なんで?って言われて。こういうのって分かってもらえないんだなって。あの頃、こういうことも含めて私が日本で突破していかなきゃいけないものがあるんだなって。

 

(まり)はぁー、そうだったんですね。

 

(美千代)そこから就職活動もちゃんとして就職をして、休みのときにはひとり旅をして。今度は日本の1道1都2府43県、全部潰そうと思って。外国だけじゃダメだと思って。

 

(まり)アハハハ!すごーい!

 

(美千代)私は日本人だから日本を知らないとダメだと思って、その頃にちょうど通訳案内士をしようとしていて、スペイン語で。日本に来た外国の方をガイドする。

 

(まり)へぇー。

 

(美千代)それって日本のことを学ぶんですよ。自分が日本のことを説明しないとできないじゃないですか。私は10年間海外に居たから、やっぱり日本のことがうやむやになっちゃって分かっていないんですよ。



 

 



 

(まり)うんうん。

 

(美千代)日本のことを外国の目で見てるんですよ。日本の文化が嫌いとかそういうことじゃないんです。ただ外国人の目で見ているから日本はクールみたいな。日本の食事美味しいしみたいな。

 

(まり)はぁー。うんうん。

 

(美千代)そういう感じだから勉強が楽しくて仕方なくて。そしたらもともと旅が好きだから1道1都2府43県、その土地土地で代表的な食べ物ってあるじゃないですか。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)これ食べたい!と思って。試験はありがたく合格いただいて、その頃に行ってない県、全部行こうと思ったんです。

 

(まり)へぇー、うんうん。

 

(美千代)ちっちゃい頃から行った県を塗りつぶしていったら、13県行ってない所があったんです。ただ通るだけじゃなくて、泊まって温泉に入るなり、何かそこでしたと思い出せるものを除いたら、13県。その頃から私ランニングも始めたんです。

 

(まり)すごいなー、アクティブ。

 

(美千代)身体動かずことが好きで、人と話すことも好きだから、部活っぽいものにね。そこのランニングチームに入ったときに、最初は42キロとかマラソンとか走れないわけですよ。

 

(まり)うんうん、そうですよね。

 

(美千代)でも巡礼では40キロとか何回か歩いているから、身体では40キロという距離は分かっているんです。ただ私、みなさんみたいに速く走れないから。マラソンがある県で、行っていない県を検索すると出てくるんですよ。

 

(まり)すごーい、面白い(笑)

 

(美千代)なになにマラソンと言うのが出てくるんですね。山形のさくらんぼマラソンとか、鹿児島の菜の花マラソンとか、そこに行くんです。

 

(まり)すごーい!

 

(美千代)ひとりで行って、ひとりで走って、でも日本のどこかしらに友達がいるから。夜はご飯を食べる人がいて、久々の友達に会えたり。昼間は勝手にマラソンを走り、とにかく完走して、お酒も好きだからお酒も飲んで、みたいな。そういうことしているうちに、3年くらいたって全部制覇して。

 

(まり)全部?もう全部?

 

(美千代)全部、制覇している。

 

(まり)行ってない県がないってことですか?

 

(美千代)はい。

 

(まり)すごーい。

 

(美千代)日本って本当に奥深い。単純に県庁所在地だけ行っても、全然そこを知っているわけじゃなくって。もっといろんな所あるし、電車に乗るのも長距離バスに乗るのも大好きだから。その間に一眼レフを買ったし。

 

(まり)へぇー。

 

(美千代)マラソンは5本の指の5番目くらいなんですよ。

 

(まり)1番は何ですか?

 

(美千代)写真かお酒かな(笑)

 

(まり)アハハハ!

 

(美千代)とにかく撮れればいい。飲めればいい。あとは友達に会う。その3つが一番。マラソンは口実みたいな感じ。

 

(まり)面白ーい!じゃあ人生のターニングポイントって、メキシコに行った時と日本に帰ってきたのもひとつになるんですかね?

 

(美千代)そうですね。結局そういうことです。日本に帰ってきたということの方が私にとっては結構大きいかもしれない。私の成長という意味では。

 

(まり)お話の中で成長という言葉が何度か出てくるけど、成長したいという欲求があるんですね。

 

(美千代)あるんでしょうね。ちっちゃい頃から自己肯定感が低くて、私はダメだとずっと思い続けていて。だから成長しなきゃいけない、頑張らなきゃいけないというのが、ずっと今まであって。でも成長するって曖昧じゃないですか。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)何をしたら成長なのかも分かんないし。自分が今までできなかったことができることが成長になるという風に思っていたのかもしれない。だから日本で楽しいと思える私になれたら成長できるんだなって思ったのかな。

 

(まり)そうかもしれないですね。

 

(美千代)今は大丈夫なんですよ。だいぶバランスが取れたから。

 

(まり)なんでバランス取れるようになったんですか?

 

(美千代)自己肯定感の低さは、最近までずっとあったんです。人からは気が強そうとか楽しそうで、自己肯定感が低いようには全然見えないって言われて、それを聞いてまたびっくりなんだけど。日本で生活しても、まだ私、OLやってる。OLの仕事を下に見ているっていうことじゃなくて、私自身にこれでいいのか、これが合っているのかというのが、ずっと昔からあったのに。いまなんとかしないと、ずっと自己肯定感が低いまま…というときに本田健さんの本を読んで、そこのプログラムに行き始めたのが3年前です。そこで人間関係やお金のことや人生とか、いろんな方面から学校で習わなかったことを学んで。健さんのコミュニティの人たちもたくさんいて。そこで好きなことを仕事にするってどういうことなんだろうということも。人生って一度だから、やるかやらないかなんですよね。

 

(まり)うんうん、本当よね。

 

(美千代)趣味を仕事にするって馬鹿げているじゃないですか。ハッキリいったら。でもその裏返しで、やるかやらないかで、やらないんだったら私はもうこのまま楽しく働いて、健康をいただいて、なんとなく幸せに。あれもやりたかったけど、やれなかったって。でもやるんだったら、野垂れ死にしようがやるってことをやってみる。成功するとかしないとかじゃなくて。どっちを選ぶってなったら、ちょっと一回やってみようと思って。写真を仕事にしたらどうなるんだろうと思ったのが2年前か3年前。

 

(まり)へぇー。

 

(美千代)その頃ってちょうど、いままでいたサラリーマンの人たちの世界とはまた違う、起業されている方とか独立されている方とかもたくさんいて、若くてもそういう志を持っている。そういう人たちが写真を撮ってくださいって。やっぱりそういう人たちってひとりで何かされる時、自分を売り込む時に写真ってやっぱり重要で。

 

(まり)うん、そうだね。

 

(美千代)そういう方たちに写真を撮ってくださいって言われることがすごく多くなって、こういう状況にビックリして。



 

 



 

(まり)すごいね!

 

(美千代)だって私まだ全然ね。写真は好きで旅で撮ってきたけど、仕事としてやってきたことはないから。取り始めた頃の写真はヘタ(笑)

 

(まり)そっかー。

 

(美千代)今でも全然まだ伸びしろがあるというか、上手くなりたいし。

 

(まり)それ最高ですね。

 

(美千代)上手くなれると思っているし。

 

(まり)うんうん、それ最高。

 

(美千代)私の努力次第なんですけど、2年前はまだ全然わかんなくてやっていて。そこから撮る機会に恵まれて、いまもう300人近い。

 

(まり)すごーい! すごい!

 

(美千代)セッションとしては200セッション近くはやってた。こういう機会に恵まれたということだけでもみなさんに感謝なんですけど。私、ひとりじゃできない。

 

(まり)だけど魂の道筋というか自分の魂の目的は、そっちだよって、いろんな人を介してそうなっているんでしょうね。

 

(美千代)そうですね。ありがたいことに。今でも全然悩んでいる時っていっぱいあって、こんなんじゃ甘いなという思いもあるんですけど。みなさんが「この人が写真撮ってるから」って言ってくれて、そういう機会を受けさせていただいていて。写真って撮れば撮るほどいろんなことが分かってくるんです。

 

(まり)写真を撮るときに美千代さんが大事にしていることってどんなことですか?

 

(美千代)やっぱり人とのコミュニケーション。その人が楽しんでくれるかどうか。

 

(まり)撮られながら?

 

(美千代)そう。私もそうだったんだけど、写真って撮られるのが苦手な人って多いんですよ。だけど楽しんでると本当にその人の自然な笑顔って出てくるんですよね。

 

(まり)うんうん。

 

(美千代)作り笑顔じゃないっていうのは私でも分かる。それは作ってるとか、目が笑ってないとか、笑い慣れてる人もいる。職業柄なのかな。でも本当の自然な笑顔って、みんな無防備なんですよ。

 

(まり)だよねー。

 

(美千代)写真を撮ってない時の方が全然無防備な笑顔。そういう顔を本人も知らない。

 

(まり)そっかー。

 

(美千代)みんな、自分の顔って鏡でしか見ないから。

 

(まり)作った顔ですもんね。

 

(美千代)だから無防備な笑顔を撮れたときに私が嬉しくなっちゃうんですよ。構えているふりして結構撮ってなかったりするんですよ。撮って撮って撮って、はい終わるよーって言ったときに、ハァーってした時にまたカシャって撮るんですよ。

 

(まり)アハハハ!

 

(美千代)そういう時の顔の方がすごくいい顔する。

 

(まり)人って構えている顔の方がいいと思って構えるけど、構えていない素の方がその人の魅力ってことですよね。

 

(美千代)そういう写真を納品するじゃないですか、するとみんな「私、こういう顔してるんだ」って驚くんですよ。「そうだよ、こういう顔をしているんだよ。みんな、こういう顔を見ているんだよ」という風に伝えてあげられる役目ができたときにすごく嬉しいです。

 

(まり)写真を撮るというのと同時に、ひとつのカウンセリングみたいな感じですね。

 

(美千代)そういう風に皆さんからその言葉を言われたのが最近なんですよ。それを聞いて

とんでもない!私はセッションをいつも受ける側で、私がするなんてありえないていう風に言ったんですけど。

 

(まり)お話を聞いてて、その役目というかそれが才能として美千代さんにあるんだなというのを感じました。

 

(美千代)ありがとうございます。何人かから言われたことがあって。

 

(まり)きっとそうなんですよ。

 

(美千代)私はどっちかというと写真を撮ることそのものが好きだし、人と楽しく過ごすのが好きだから、私の楽しい時間になっちゃうんですよね。もちろん相手のことを考えているし、考えなきゃいけないんと思っているんですけど、撮ってて自分が勝手に舞い上がっちゃって(笑)

 

(まり)だから相手も楽しくなるんですよね。引き出されてしまうんでしょうね。知らず知らずにカウンセリングみたいなことをしてしまっているんじゃないですか。

 

(美千代)してたら、それが役に立ってたらいいなーと思うけど。

 

(まり)最高だと思う。



 

 



 

(美千代)私が楽しい時間をもらっちゃってる。いつもありがとうって思ってるんですけど。

 

(まり)それ最高の仕事ですよね。最高の働きと役割でね。これからはもっともっと写真を極めていったり、たくさんの人を撮りたいと思っているんですか?

 

(美千代)思いますね。そのうちまた自然と人間を融合したものテーマも大きくしたいとも思うし、人物はずっと撮っていきたいなと。人と関わることって一生、どの人も離れられることじゃないし。むしろ離れたくないというか。人との結びつきとかね。いろんなところでお世話になっているし、人がいてはじめて私も楽しいと思えたりするから。そういう人間っていうものを撮りたいです。

 

(まり)美千代さんは写真においても大事にしているのはコミュニケーションって、さっきおっしゃったんですけど、人生のなかで大事にしているのも人との繋がりですか?

 

(美千代)そうそう、人との繋がり。写真ってそれができるんですよ。自然を撮る時も自然とのコミュニケーションなんですね。

 

(まり)その時、自分はどんな状態でいたいと思いますか?

 

(美千代)ピュアな感じ、前にあるものに感動しきっているというか。惚れてるというか。だから撮っているときは、その人の笑顔は男性でも女性でも年配の方でも小さな子供でも、かわいい!と思って他のこと忘れちゃうんです。

 

(まり)へぇー。

 

(美千代)普段の私はいろんなことで思い悩んだりするんだけど、写真を撮るときは目の前のことに集中できるというか、他のことを考えないんですよ。私、いろんなことに煩わされちゃって、だからよく落ち込んだりしているんですけど、誰もいない大自然が相手だと私がひとり占めできるから。もう惚れてる私と太陽だけとか。

 

(まり)これからの人生で叶えてみたいことはありますか?

 

(美千代)写真はずっと付き合っていきたい、写真を通して他人も自分の幸せになっていく、大きく言えばね。

 

(まり)そっかー。

 

(美千代)その人を幸せにできたら私も幸せになっているし。大きいことかもしれないけど、みんながいい気分になって、みんながいい世の中を作っていくとき、そこに貢献できるとしたら私は写真を通してなのかなと思う。日本にもお世話になって、日本でも楽しくできるようになったから、これから海外にどんどん出ていきたいなと思うし。日本と海外を行き来したい。

 

(まり)最初の方で美千代さんが言った言葉がすごく印象深くって。2回目の冬の巡礼の時に気づいた、場所じゃないってこと。場所じゃなくて、自分がそこでどう生きるか、自分次第だって気づいたというのが心にきました。

 

(美千代)それに気づかせてくれたこの世がすごいと思って?

 

(まり)本当ですね! では、次のお友達をご紹介していただけますか。

 

(美千代)はい、見上歌奈子さんです。彼女はパティシエさんでいまメキシコで自分のお店を持ってやってます。彼女は本当すごい!私は憧れる。なぜかというと綺麗なのにファイトがあるし、頭いいし、ケーキのデザインのセンスいいし。メキシコ人の旦那さんと可愛い子供が一人いて、彼女が帰ってきた時、必ず会うんだけど、友人もすごく大事にする人だし。大好きな友人です。



 

(まり)次回は、メキシコ在住の見上歌奈子さんです。

 

西久保美代子さん、どうもありがとうございました。

 

 

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わたしたちの楽しみでドキドキのチャレンジ「友達の輪」へようこそ!

 

「普通の毎日を生きる面白い人たち」をクローズアップして、その生き様をご紹介させていただきます。そして、その人から、また別の方へ……ざまざまな個性と魅力に富んだ方々と出会えることを楽しみにしています。


 

第14回目のゲストは、常盤未央子さん‼︎

 

仲村渠 夏江(なかんだかり なつえ)さんからのご紹介です。

 

 



 

(まり)お名前と、いまどんなことをされているかを教えてください

 

(みおこ)常磐未央子です。いまはですね、無職です。というのも、8月の半ばにですね、13年ほど勤めた会社を退職しまして。旅行業だったんですけど、世界一周の船旅のピースボートの各寄港地で、ツアーを企画する担当の部署にいたんですね。なんですけど、コロナの影響で旅行業は全然動かなくて、クルーズ船も4月くらいからずっとキャンセルで。というのもあって、8月に退職をして、これから失業保険をもらおうと思っているところです。早く行かなきゃなーと思っているところです。

 

(まり)アハハハ!

 

(みおこ)4月くらいから仕事は全然してないんですよね。退職は8月だったんですけど。休みは13年に間に溜まっていた分を消化していたというのもあって、日々、試験を受けようと思って、試験勉強をしています。

 

(まり)どんな試験を受けるんですか?

 

(みおこ)8月に受けたのは、通訳案内士というやつで、日本に来たお客さまの通訳とかガイドが出来る資格です。先週は、また別の旅行業の資格の試験を受けたんですけど、結果は、どうかな?って感じです(笑)

 

(まり)いまどちらに住んでいるんですか?

 

(みおこ)東京にいます

 

(まり)ピースボートに乗っていたときというのは、日本にいる期間とか、家にいる期間とか、どんな感じだったんですか?

 

(みおこ)長いときは1年の内、半分以上は海外出張で、ほとんど日本にはいたような気はしなかったです

 

(まり)一回船に乗ると、どれくらい旅に出てしまうんですか?

 

(みおこ)わたしの部署の場合は飛行機で船が到着する国に1週間とか10日くらい先に行って、船が来るのを待っている。その間に現地の手配を整えて待っているという感じなんです

 

(まり)クルーズ船は、いろんな所に停まりますよね。それを先回りして全部ですか?

 

(みおこ)そうなんです。1回のクルーズが、世界一周3ヶ月100日くらいなんですけど、そのなかで3~4ヶ所くらい行く感じで。担当の場所がずっと続いてしまうこともあるんですけど、空いている場合は1週間いて、日本に帰ってきて、また入ったりというパターンもあったり、いろいろです

 

(まり)それを13年間されていたんですか?

 

(みおこ)そうなんです

 

(まり)それが終わりってなったときの気持ちって、どうでしたか?

 

(みおこ)まだ振り返りができていない感じで、ちょうど時間ができたので、13年間分を振り返ろうと思っていたんですけど。先に試験勉強の方が入ってしまったので、なかなかできないなと思っていたところ、この話をいただいて、いま振り返り中です(笑)

 

(まり)タイミングとしては、合っていたのかもしれないですね。ありがたいです

 

(みおこ)一昨年くらいから、ちょっと体調を崩したりして、スケジュールが厳しいのと、やっぱり年齢もだんだん上がってきて、体力も気力もなくなってきて。海外に出張している間に、ちょっと病気になって、熱が出て体が動かなくなってしまって。それをきっかけに、出張を入れるのを少し控えよう、もっと休もうと思って。今年くらいから、出張の頻度もだいぶ減らして、もっと自分を大切にする生活に少しずつシフトして、そろそろ辞めようかなという感じで少しずつ時間が過ぎていったなかの、コロナだったので。辞めようかなとは思っていたけど、なかなか辞めれなかったところを、ポンと背中を押してもらった感じです、いま

 

(まり)未央子さんにとっては、まさかな出来事ではなくて、なるようになっているという感じなんですね

 

(みおこ)言い方はあれかもしれないんですけど。ありがたかったかなと思っています

 

(まり)いま人生の節目の状態なんですね

 

(みおこ)そうですね

 

(まり)夏江さん(前回のゲスト)から、未央子さんは世界何周もしているくらい、世界を飛び回っている方だと聞いたんですけど。若いときからずっと海外とか旅しているんですか?



 

 



 

(みおこ)小さい頃から、異文化に興味があって、外国語を勉強したいなというのがあったので。大学でスペイン語を勉強して、大学出てから南米のチリに留学したんですね。大学出てから結構長く、海外には全部で6年くらい居たのかな

 

(まり)ピースボートに乗ったきっかけは?

 

(みおこ)海外の生活が終わって、日本に帰ってきて、実家に2、3年かな。ウズウズしてきて外に出たいけど、なんか面白いことないかなと思っていたんです。一度チリに居たときにピースボートの船が寄港していたんですよね。そこで見学をさせてもらったことがあって、知ってはいたんですけど、そのあと全然思い出すことがなかったんです。でもどこか行きたいと思って、探していたときに、思い出してですね。調べてみたらボランティア通訳というので「ただで乗れるじゃん」って(笑) それに応募したんですね。それが最初のきっかけです

 

(まり)そこからピースボートとの縁が深くなっていくのは、何か感銘を受けたことがあったんですか?

 

(みおこ)自分の知らない世界をたくさん見ることができて、知らなかったことを学べたのと、船内のお客様って、ほとんど日本人だったんですが、船の乗組員はいろんな国の方で。お客様の世代もいろいろなんですね。小さい子供もいたし、年配の方も100歳とか

 

(まり)へぇー‼︎

 

(みおこ)世代間の交流が、3ヶ月一緒にいるので、なかなか刺激的な空間だったんですよね。なので、新しいことを学べる場所という意味では、楽しかったです

 

(まり)異文化に触れることとか、様々な年齢層とか職種の人たちに出会うことが、人生のなかで大きなポイントなんでしょうか?

 

(みおこ)小さい頃から異文化に興味があったというのは、たぶん自分と違うものとか、自分と違う人とか、考え方とかにすごく興味があって、常に聞きたいなというのがあったんですね



 

 



 

(まり)へぇー! そうなんですね

 

(みおこ)船内だと、お客様とか乗り組み員ですけど、寄港地に行くとその国の人たちと短い時間ですけど、交流ができたりして。社会問題を学んだり、観光を普通にしたり、ご飯を食べたりとか、新しいことというのが、すごく楽しかった

 

(まり)新しいことに触れるのが、大事な要素なんですね。いままで行った国で、一番印象に残っている国はどこですか? 異文化だ!と思った国とか

 

(みおこ)中東のイエメンという国。いまは戦争状態、内戦で行けないんですけど。あそこは本当にビックリしましたね。一番印象に残っているんですけど、バリバリの中東の国なんですよね。外に出てる人が男性しかいなくて、女性をほとんど見なかったんです。たぶん女性がいたとしても、黒いヒジャブをつけてて真っ黒だったと思うんですけど、たぶんいなかったですね

 

(まり)えー⁈ なんで?

 

(みおこ)たぶん、外に出ちゃいけないのか。イスラム教のすごく厳しい国で。市場とかに行くと男性ばっかりで。男性の腰に小さな剣がついてて

 

(まり)みんなですか?

 

(みおこ)ついている人もいたんですね。その剣の大きさで、権力とか富を表しているみたいなんです。アラビアンナイトみたいって思って(笑) わたしは当時、お客様を連れていく添乗員の役割と通訳も兼ねていたんです。普通は英語から日本語にする通訳で、イエメンの英語ができる人を頼むんですけど、わたしの場合はスペイン語の方ができたので、スペイン語ができるガイドさんを頼んでくれていたんです。その人がどこでスペイン語を学んだかというと、キューバに行って学んできたというイエメンの人で。いまどうなっているか分からないんですが、イエメンも北と南に分かれていて、社会主義のところもあって、キューバと仲良かったという。それで、歴史背景のある国に行って、そういう人たちと出会うのが、すごく面白かったですね

 

(まり)社会主義の国って、日本と全然違うでしょ?

 

(みおこ)そうですね。とはいえ観光で行ったので、そんな詳しいところまでは分からなかったんですけど。わたしたちが行った直後くらいから、テロがひどくなって、いまはまったく行けなくなっちゃった。だからこそ余計に印象深いというか

 

(まり)いまは行けない国なんですか?

 

(みおこ)行けないですね。危なくて行っちゃいけないっていう感じだと思います

 

(まり)いろんな国へ行って、考えさせられたこととかありますか?

 

(みおこ)日本はすごく恵まれた国なんだなということを比べて思いますね。食料もたくさんあるし、社会福祉も充実しているし。海外と比べると、実はわたしたち、自分の国のことをあまり知らないなってことにまず気づく。「あなたの国ではどうなの?」「宗教は?」と聞かれても、すぐに答えられないというのはありましたね。いまでも答えられないんですけどね

 

(まり)他の国の人たちは、もっと違う感じですか?

 

(みおこ)人によるとは思いますけど、自分の国のことをよく分かっていて、説明もできて、そしてちゃんと考えていて。こうあるべきだとか、こうした方がいいとか、考えがきちんとあるなと思います



 

 



 

(まり)日本人は、自分の国のことを聞かれても、答えられないというのは聞きますね。あと自分の意見がないという

 

(みおこ)そう、そうですね。考える習慣、そしてそれを言葉で発信する習慣がないのかなと思いました

 

(まり)いろんな国のお客様を連れて行くとなると、すごく責任も出てくるでしょう。印象に残っているハプニングとかありますか?

 

(みおこ)そうですね。お客様を巻き込んだハプニングは、たくさんあります。あんまり言えないですけど(笑)

 

(まり)そっか、そっか。そうですね(笑)

 

(みおこ)わたし自身の小さなハプニングは、旅行中たくさんあって。たとえば飛行機に乗ることが多かったので、飛行機にちゃんと乗れるかという。あまりにも慣れてくると、日本出発のときもギリギリになってしまって。成田が多かったんですけど、電車で移動中に人身事故で止まってしまって、空港に遅れそうになるとか。余裕で空港に行って、チェックインもして、あとは搭乗口に行くだけなのに、買い物したくなって(笑) 時計が欲しくて免税店で時計を買って、満足して、さて搭乗口に行こうと思ったら、向こうから係員の方が走って、わたしの名前を言われたんですよ。わたしが最後で、もう待っていたと。「走って下さい」と言われたので猛ダッシュで走って行って「気をつけて下さいね」って(笑)

 

(まり)アハハハ!乗れなかったことはないんですか?

 

(みおこ)乗れなかったこともあります。その時は搭乗口にはいたんですけど、音楽を聴きながらパソコンで仕事をしていたんです。集中していたんですよね。そしたらなんと搭乗口が変わっていて、周りの人がいなくなったなとは思っていたんだけど、あまり気づいていなくて、さて乗ろうと思ったら誰もいなくて、搭乗口が変わった上に、出発30分前にもう出発していたんです

 

(まり)アハハハ! それはどこの国ですか?

 

(みおこ)それはマイアミの空港からベリーズていう国に行く途中でした

 

(まり)日本だと30分前に出発することないですよね

 

(みおこ)日本はね、一回だけあったんです。今はどうなっているか分からないんですけど、成田のトルコ航空。成田空港の中で一番遅い便で、だから定刻よりも30分くらい早く習慣的に出ちゃうみたいで、それにも乗り遅れそうになって。カウンターに行ったときにもう「ここから猛ダッシュで搭乗口まで行かないと間に合いません」って言われて。係員の方がリレーで、わたしは走りっぱなし、出国のところも立ち止まらずに全部走って。トルコ航空はそうでしたね

 

(まり)へぇーそれは大変だ(笑) さっきの乗り遅れたときはどうしたんですか?

 

(みおこ)その日は便がもうないから「次の日の便で席が空いていたら乗せてく下さい」ということで、その日はホテルを自腹で取って一泊しました(笑)

 

(まり)そうですよね(笑) お仕事は間に合ったんですか?

 

(みおこ)間に会いました

 

(まり)よかった(笑) コーディネーターがいないとなると大変ですよね。お客様に接するときやコーディネートをする上で、みおこさんが大事にしていることやこだわりはありますか?

 

(みおこ)他の方よりも、わたしの立場では長く滞在できて、いろんな話を聴いたり学んだりできます。お客さんはだいたい寄港が1日しかないんですよね。朝着いて、短いときは数時間で出てしまうし、だいたい1日で夕方には出てしまうとか、夜には出港しちゃうので、あまり滞在する時間がないから、なるべくわたしが知り得た情報で役に立ちそうなことがあったら、みなさんにも伝わるようにとは気をつけてましたね

 

(まり)そっか滞在時間が短いんですもんね。出会ったなかで、印象に残っている人っていますか?

 

(みおこ)人ね、そうですね……。キューバに行ったときに、もう亡くなっていますが、フィデル・カストロに会うことができました

 

(まり)えっーーーーー⁈ すごい、聴きたーい‼︎

 

(みおこ)ピースボートがキューバに行くときは、キューバの外務省というか、政府と直接やり取りをしていたので、会いたいというラブコールは送っていたんです。あるときですね、たぶん日本の広島か長崎の被爆者の方を連れて行ったときだと思うんですけど「こういう方もいらしているので、ぜひ会えるようにお願いしたい」と言ったら「一人や二人を受け入れるんじゃなくて、ピースボートで来てる全員受け入れるから全員連れてこい」みたいなことになって

 

(まり)すごいー!



 

 



 

(みおこ)それが決まったのが寄港する前日の夕方くらいで、その夜にバタバタと準備をして、船の方にも連絡して「何人行きたいか、だいたいの人数でいいので、行きたい人の人数を教えて下さい」って聞いて、バスの手配とか、その日の夜にスケジュールをバーッと変えて、大きな会議場に翌日みんなで10台くらいのバスで乗りつけて行きました

 

(まり)すごい‼︎

 

(みおこ)会場にフィデル首相がいらっしゃいました

 

(まり)どうでした?

 

(みおこ)そのとき、おいくつだったんだろう。70歳は超えてらっしゃったと思うんですけど、お元気でジャージ着ていらして、上下

 

(まり)ジャージ?

 

(みおこ)ジャージ(笑) 3時間くらい話してましたね

 

(まり)すごーい‼︎

 

(みおこ)核兵器の話からだんだん火星の話になったりして

 

(まり)火星?

 

(みおこ)なんで火星だったのかは、ちょっと覚えていないんですけど。ずっと話してましたよ。すごいエネルギッシュな方で

 

(まり)記憶に残っている話ってありますか?

 

(みおこ)火星が出てきたことくらいしか覚えていないですね。なんだったんだろう。核兵器の廃絶の話と関係があったと思うんですけど。キューバもミサイル危機といって、冷戦の時代にアメリカとソ連の間に入って、キューバの島に核兵器が装備されて、ミサイルがアメリカに打ち込まれるか打ち込まれないか、さーどうするかという核戦争の瀬戸際まで行った経験をしているので、なので核兵器廃絶というのは訴えていました

 

(まり)うーん、そっか。みおこさんから見て、どんな人柄というか、どんな人に見えましたか?

 

(みおこ)やっぱりカリスマがあって、その話を聴きに行ったときはもちろん現地のキューバの方もたくさんいたんですけど、本当にみんな熱心に聴き入っていて、そのカリスマ性とインパクトのある話の仕方というか。歴史に名を残す人はこういう人なんだなーと思いました

 

(まり)みおこさんから見て、キューバの人たちは、自分たちのリーダーを愛している感じでしたか?

 

(みおこ)わたしが会った人たちはそうですね。なかには暮らしが厳しいといって、政府というか社会主義のなかで生活していくのは苦しいとこぼす人もいたんですけど。助けてほしいとか、食料を送ってほしいとかね。でもわたしが会う人たちは、みんな、キューバ革命を続けていこうという感じでしたね

 

(まり)そうなんですね。すごいなー、すごい人に会ってますね。ゾクゾクします。まさかその名前が出てくるなんて思いもしませんでした。みおこさんが心動かされたことってありますか?

 

(みおこ)たくさんあると思うんですけど。景色は本当に綺麗なところにたくさん行ってるので、どこだろう。いま思い出すのは、仕事が厳しくて、辛すぎて、なのに綺麗な景色を見ているのに、綺麗って思えないような、ちょっとムリだなと思っていた情景が浮かんできちゃったですね。それを思った翌日に、ちょうど船が来る日だったんですけど、岸壁という船が着くところで、わたしタクシーにひかれたんですよ



 

(まり)えっ⁈

 

(みおこ)美しい言葉とか、心動かされたことはあったと思うんですけど、なんだかそっちの方が浮かんできちゃった。本当に辛すぎてその事故を呼んだんだろうなと思って。たしかに見ていた風景は美しかったんですけど、美しいと思えなくて

 

(まり)タクシーにひかれどうなったんですか?大丈夫だったんですか?

 

(みおこ)バックしてきたタクシーで、わたしも後ろを向いていたんです。速度は遅かったんですが、背中にボーン!と当たって、バタンと倒れて、左手が脱臼まではいかなかったんですが、すぐに病院に行って、1ヶ月くらいは手を吊って動かなかったという。だから「ちょっと休みなさいよ」というサインだったと思うんだけど、自分ではなかなか止められなかったんですね

 

(まり)そうだったんですね。なんか最初の話と似ているなと思って。心のなかでは休みたいとか、もう終わりかなと思っても、なかなか踏ん切りがつかないときに、そういう出来事が起きて背中を押されるってことがあるんですね

 

(みおこ)そうなんですよね


 

 


 

(まり)やっぱりこういうことか!みたいなね。みおこさんの人生のターニングポイントを教えてもらえますか?

 

(みおこ)ピースポートと出会ったのは、すごく大きかったですね

 

(まり)それは何歳の頃ですか?

 

(みおこ)30歳すぎてから、31歳ですね

 

(まり)海外に留学していたときは、お勉強だけですか?

 

(みおこ)最初の1年は勉強していたんですけど、その後は現地で仕事にみつけて3年くらいですかね

 

(まり)それはチリでですか?

 

(みおこ)チリで。なのでターニングポイントは、その31歳かな。世界がもっと広がったという意味で。そして今もターニングポイント(笑)

 

(まり)今もそうですよね。ここからどういう方向に進んで行くのか、何かヴィジョンはあるんですか?

 

(みおこ)今はまず過去を振り返りつつ、休みつつ、やりたいことをやっている感じなんですけど。勉強もそうですし、緑を育てたり

 

(まり)緑を育てたり?

 

(みおこ)今まではサボテンも殺しちゃうくらいの、緑も育てられない生活だったんですけど。今は観葉植物がドンドン育っていく様子を見て、日々嬉しく思っています

 

(まり)ゆったり過ごせている感じなんですね

 

(みおこ)そうですね。読書したり韓流ドラマ観たりしていますね

 

(まり)自分の時間を楽しめているんですね

 

(みおこ)この先は、家はもともと農家なんですけど

 

(まり)ご実家はどちらなんですか?

 

(みおこ)長野県です

 

(まり)いいところですねー

 

(みおこ)小さい頃から畑に慣れ親しんでいたというか、畑に穴を掘って遊んでいたりしていたので、やっぱり土の香りとか手触りていうのがすごく恋しい。なので農業やりたいなと思っているんですけど。これもまたなかなかやらないので、誰か背中を押してくれたら始められるかなー(笑)

 

(まり)なんかいくらでもありそうですね。みおこさんが農業と異文化の今まで自分が培ってきた交流のこととか知恵とか、そんなのをミックスして面白そうなことができそうですね

 

(みおこ)そうですね。思いつきそうな気はしています

 

(まり)どこでやってみたいとか、場所はここがいいなとかあるんですか?

 

(みおこ)やっぱり長野県が好きなので、実家のあたりかなー

 

(まり)じゃあ海外を飛び回る生活は終わりになりそうなんですか?

 

(みおこ)なりそうと思います。業務委託契約というのをしていて、同じ仕事で。なのでまた春に船が動き始めたら、声はかかるかもしれないんですけど、やるかどうかはまだ分からない

 

(まり)本当に今、わからないですもんね。海外旅行がどの程度スムーズにできるようになるのかね。もしこれで農業の方に移行したら、本当に自分のための楽しい旅行をするような海外旅行になるのかもしれませんね

 

(みおこ)そうですね。そういうのをしたいですね。自分のための

 

(まり)自分のためだったら、どこに行ってみたいですか?

 

(みおこ)実は海外じゃなくて、日本国内に興味がわいていて。日本も全然行ったことない所がたくさんあるので。四国も行ったことないし、東北もないし、日本国内に行きたいです

 

(まり)日本国内を旅したいんですね。日本国内でも異文化ですもんね。言葉も違うし

 

(みおこ)そうですね、場所が違ったら食べものも違うし

 

(まり)本を読むのが好きってさっき言ってましたけど、みおこさんの人生って本も書けそうじゃないですか?

 

(みおこ)日記みたいなのは書いているんですけど、誰かに読んでもらうというほどのものではないんですけどね

 

(まり)いろんなことを目撃していそう

 

(みおこ)面白いネタはありますけどね。あまり言えない話が(笑)

 

(まり)そっかー、そうなんですね(笑) 一番リピートしている国ってどこなんですか?

 

(みおこ)スペインかな

 

(まり)好きな国は?

 

(みおこ)スペイン好きですね

 

(まり)スペインのどんなところが好きですか?

 

(みおこ)国が丸い感じで。たぶんみなさんスペインのイメージがあると思うんですけど。太陽とかひまわりとか闘牛とか。ですが地方毎で実はまったく特色が違っていて。森があるところもあるし、風景も人も違うし、言葉も食べものも違っていて、ひとつの国でいろんなものが見られるという楽しさかな。歴史も深いし

 

(まり)このインタビューで、立て続けに何人もの方がスペインの話をされています

 

(みおこ)そうなんですか?

 

(まり)スペインが好きでお店にスペイン語の名前を付けてらっしゃったり、スペインに実際に住んでいらっしゃる方に飛んで、とずっとスペインが続いています

 

(みおこ)そうなんですか、不思議ー!

 

(まり)オススメしたい国ってありますか? ここは行ったらいいよーっていう国

 

(みおこ)キューバは行った方がいいかもしれないですね。アメリカと一時期、国交回復したけれどもトランプになってまたちょっとイジメられている感じはあって。ですが街の様子は雰囲気がある

 

(まり)色とか車とかね。海も綺麗でしょう?

 

(みおこ)海、綺麗ですね。なのでぜひぜひ

 

(まり)みおこさんが人生で大切にしていることはありますか? 考え方でも生き方でも

 

(みおこ)日々、悔いのない時間を過ごすという。一日一日をって思ってましたね、昔から



 



 

(まり)そうなんですね

 

(みおこ)なのでこの瞬間を逃してはいけないとか、そういった感じはあります

 

(まり)若い頃からずっと精一杯生きてこられたんでしょうね

 

(みおこ)やりたいことしかやってないみたいな感じで、決めたらそっちに行っちゃうっていう(笑)

 

(まり)シンプルなんですか? 閃いたり思ったらそっちへ行ける感じですか?

 

(みおこ)結構そうですね。思いついたら、これ面白いと思ったらすぐやる感じです

 

(まり)あまり悩んだり保留にしたりではなくて、動きたくなるタイプですか?

 

(みおこ)そうですね。これって決めたらやりたくなっちゃう。あきやすいというのもあります

 

(まり)でも13年もお仕事、続きましたしね

 

(みおこ)そうですね

 

(まり)まったく違う生き方にこれから入るかもしれないですね。農業とか始めたらね

 

(みおこ)そうですね。でもぜんぜん違和感はないですね

 

(まり)農業するとか、この場所ですることになったとか絶対教えてくださいね

 

(みおこ)もちろんですー(笑)

 

(まり)わたしは日本が好きで、日本の山とか水源とか土地を守りたいなーという想いがあって。こんなに水がたくさんある島というのも貴重なので、長野県もすごく好きで、食べもの美味しいし、日本酒美味しいし(笑) だから嬉しいです。それでは、次にご紹介していただく方を教えてもらえますか?

 

(みおこ)はい、西久保美千代さんという方で、ピースボートで出会ったんです。わたしが旅行会社の社員で、彼女はそのときスペイン語のボランティア通訳だったんですよね。その後、頻繁に会って、話したり…というわけではなかったんですけど、たまたま縁があって、お話をしたときにノリが合うというか、わたしのツボにはまった人。すごく面白い方で宇宙と交信しているような。魂の声に従って生きているような感じの方で、これまたスペインにいっちゃうんですけど。スペインの巡礼を2回ほど歩いていて、写真も撮る方で、写真と文章で本にして出してるんですよ。文章もすっと情景が浮かんでくるし、感情も伝わってくるような素敵な本で。とても面白い方です

 

(まり)次回は、東京在住の西久保美千代さんです。

 

常盤未央子さん、どうもありがとうございました!!

 

わたしたちの楽しみでドキドキのチャレンジ「友達の輪」へようこそ!

 

「普通の毎日を生きる面白い人たち」をクローズアップして、その生き様をご紹介させていただきます。そして、その人から、また別の方へ……ざまざまな個性と魅力に富んだ方々と出会えることを楽しみにしています。



 

第13回目のゲストは、仲村渠 夏江(なかんだかり なつえ)さん‼︎

 

永井愛弓さんからのご紹介です。

 

ピースボートで出会った子で、日系ペルー人です。子どものときに家族で日本に来て、スペイン語が母国語なんですけど、ほんとにパワフルで、あたたかいエネルギーに溢れていて、いまペルー料理のレストランを東京でやっています。



 

 



 

(まり)お名前といまどんなことをされているかを教えてください

 

(なつえ)仲村渠夏江(なかんだかりなつえ)です。主人と共同経営者の友人と3人で、ペルー料理レストランを経営しています。そこでソムリエとバーテンをやっています

 

(まり)お酒の担当なんですか?

 

(なつえ)そうですね。フロアのスタッフの管理とバーの管理をしています

 

(まり)ペルー料理をされているということなんですが、どんなこだわりがあって始められたんですか?

 

(なつえ)ペルー料理って、すごく美味しいんだけど、日本ではまだまだ知られていないんです。主人もわたしもペルー出身の日系三世で、昔からの友人の共同経営者と3人でやっているんですけど、、、みんなぜんぜん違う畑にいたのを脱サラして、ペルー料理屋を始めました。こだわりと言えば、本格的な美味しいペルー料理を日本で広めたいというのがコンセプトですね。あと本物にはこだわっているんですけど、日本の旬の素材とか日本ならではの品質の高い食材を使って、本格的なペルー料理を作るのがコンセプトです

 

(まり)料理はどなたが作っているんですか?

 

(なつえ)主人がシェフです

 

(まり)夏江さんは、いつまでペルーにいらっしゃったんですか?

 

(なつえ)わたしは10歳から日本に来たんですけど、両親と一緒に日本に来て、小学校4年生から日本ですね。主人は17歳くらいで日本に来ています

 

(まり)夏江さんにとって故郷の味となったらペルーの食事ですか?

 

(なつえ)そうですね。日本に来てからも家庭のなかでは母親はペルー料理を作ることが多かったので、故郷の味ですね

 

(まり)ご主人との出会いのお話とか聞いてもいいですか?

 

(なつえ)ひとつ上の兄がいるんですけど、もともとは兄と主人が友達だったんです。日本にいる日系ペルー人が集まってできた会があって、それでうちの兄と主人が出会って。その繋がりで、最初はずっと友人関係でした

 

(まり)そうなんですね。出会ってから長いんですか?

 

(なつえ)長いですよ。結婚して12年になるんですけど、その前も6年くらいは友達でしたね

 

(まり)出会って長いですね

 

(なつえ)恋愛関係になったのは、入籍する10ヶ月前ぐらい

 

(まり)わー!お友達から恋人になって、すぐ結婚‼︎ おふたりともペルー料理のレストランをしたいという思いがあったんですか?

 

(なつえ)主人の方がそういう思いを長いこと持っていたみたいで。2人とも食べるのがすごく好きで、主人はIT関係の仕事をしていたんですけど、自分たちが自信を持って、納得いく、日本人の友達にも紹介できるペルー料理屋が、東京ではすごく少なかったんですよ。だから作っちゃったって感じですね

 

(まり)そういう流れなんですね

 

(なつえ)きっかけとしては、わたしの両親は2012年ごろに退職したんですね。老後はペルーで過ごそうという計画がずっとあったので、2012年に両親はペルーに完全に帰国しまして、そのときにわたしと主人も一緒に行ったんです。現地で見たペルー料理の進化というか、いまペルー料理って、日本ではまだまだ遅いんですけど、20年ほど前から世界ではグルメの人たちには、知られるペルー料理ブームというのが起こっているんです。ロンドンとかアメリカのニューヨーク、ロサンゼルスとか世界の主要都市ではペルー料理屋さんが、どんどんできているところなんですけど。ペルー現地でもレストランシーンというのが、すごく進化していて、ペルーは国をあげて自分たちの料理文化に誇りを持っているというムーブメントが起こっているときで。2012年に久しぶりにペルーに帰ってそれを見て、日本でも早くやらなきゃいけない!となって。前から思っていたものが現地で見て触発され、その旅から戻ってすぐに開業の準備をしました

 

(まり)へぇー‼︎ 2012年ぐらいにオープン?

 

(なつえ)2012年ペルーに行って、帰ってから主人はすぐに会社に退職届けを出して、2ヶ月後には仕事を辞めて、場所探しからですよね。2013年の3月にオープンしました

 

(まり)ご主人は、それまで料理はされていたんですか?

 

(なつえ)プロとしては、日本ではなかったんですけど。ペルーでは主人の実家がずっとレストランをやっていたというのもあって。主人は日本ではずっと全然関係ない仕事をしてたんですけどね。でもやっぱり美味しいペルー料理を紹介したいという思いで、食べることも好きだし、実家はずっとレストランを経営していたし……というのもあって、踏み込んだ感じです



 

 



 

(まり)そういう流れなんですね

 

(なつえ)最初は経験のあるシェフをペルーから連れてきたんですよ。ビザとかも取得して。2年くらいでそれが色々うまくいかなくなって、シェフはペルーに帰ることになって、代わりを探そうと思ったんですけど、主人ができちゃうじゃんということで。主人がメインシェフになってからは、軌道にも乗って、色々と改善されて。自分たちの思い通りにできるし、すごく器用なので今もオーナーシェフとしてやっています

 

(まり)お店のこだわりとしては本物ですか?

 

(なつえ)そうですね。プレゼンテーションにもすごくこだわっているので、目でも楽しんでいただけるような盛り付けもしているんですけど。ペルーのどのレストランと比べても劣らないくらいの、それ以上に綺麗だと思います

 

(まり)凄い‼

 

(なつえ)ちょっと洗練された形を見せると、お客様から、日本人向けにアレンジしているのか?とか、日本人の口や好みに合わせてるのか?という質問を受けるのですが、それに対する答えはいつも同じで、味を合わせていることは一切なくて、ペルー人のお客様に来てもらっても、故郷の味を感じてもらうのが一番の前提ですと

 

(まり)へぇー!

 

(なつえ)そこにさらに日本の旬の食材とか品質の良い、例えばペルーでは絶対使えない和牛を使ったりだとか。調理法とか味付けは現地そのままというのでやっています

 

(まり)ペルーに行ったことないんですよ。ペルーに行ってきた友達から話を聞いたことがあるくらいで。食べ物っていったら、豆とかをたくさん使うイメージで

 

(なつえ)そうそうそう(笑) 豆とか芋のイメージなんですよね

 

(まり)そう、イメージなんですよね

 

(なつえ)ペルーって、特に都市部、首都がリマもそうなんですけど。太平洋に面しているんですね。なので魚介類もすごく豊富だし、豆というのは食べるんですけど、そんな日常的な食べ物ではなくて、週に1回出てくるか出てこないかぐらいの。主食はお米ですし、お肉は何食べるのって聞かれるんですけど、なんでもあるよっていう。魚介類も太平洋の寒流と暖流の交わるところにちょうどあるので、魚介類の豊富さでいえば、日本以上にいろんな種類のものがとれるんですよ

 

(まり)そうなんですねー

 

(なつえ)タコも食べますし、貝類も食べますし、ウニも食べますし。肉といえば、豚、牛、鶏だけではなくて、山羊肉があったりだとか、地域によっては鴨も食べますし。わたしたちはリマ出身で、結構都会っ子なんですけど(笑) ペルーも地形に富んでいるので、アマゾンに行けば、ペルー人でも未知の食材がたくさんあるし、アンデスの方に行くとスーパーフードが沢山あります。食材が豊富というところから、ペルー料理の文化がすごく発達しているというのもあるので、そういうところがちょっと面白いかなと思います

 

(まり)食べてみたい

 

(なつえ)豆だけじゃないんです(笑)



 

 



 

(まり)ほんとそうですね。全然知らないだけなんですよね。ペルー料理、わたしは食べたことないのかもしれない

 

(なつえ)8年目ですが、やっぱりいまでもペルー料理って想像できなかったけど、こんなに何でもあるんですねって、口に合うという感想がすごく多くて、そこで日本人に合わせているのかという質問になるんですけど。日本人が食べて美味しいと思うだけじゃなくて、どこの国の人が食べても、親しみやすい味で美味しいと感じると思うんですよね

 

(まり)うんうん

 

(なつえ)とくにすごくスパイスの癖が強いというのもなくて、スパイスもコリアンダーもふんだんに使うんですけど、偏りがないというか、バランスが取れている。いろんな味が中和されて、それが多分どこの国の人が食べても美味しいっていう結果に繋がっていると思います

 

(まり)食べてみたい‼︎

 

(なつえ)ぜひ‼︎ 真理さんは、どこに住んでいるんですか?

 

(まり)宮崎なんです

 

(なつえ)宮崎県。ペルー料理はちょっとあれですかね

 

(まり)うん、宮崎にはないような気がする。都会に行かないと(笑)

 

(なつえ)機会あったらぜひ‼︎

 

(まり)行きたい! 東京のどちらにお店はあるんですか?

 

(なつえ)原宿です。原宿というよりも神宮前というところなんですけど。裏原宿とか神宮前って言われている場所ですね



 

 



 

(まり)夏江さんと愛弓さん(前回のゲスト)はピースボートで出会ったと聞いたんですけど、夏江さんも旅が好きなんですか

 

(なつえ)そうですね。旅好きです。お店をやってからは、なかなか海外へ行く機会は減ったんですけど。ピースボートでも3ヶ月間かけて20ヶ国くらいまわったこともありますし、あとはピースボート以前には、旅行の専門学校に行ったんですけど

 

(まり)旅行の専門学校?

 

(なつえ)ホテル科と旅行学科の専門学校を卒業して、最初に勤めたのが旅行会社でした。手配旅行をやる会社で。すごく面白かったんですけど。JTBとかH.I.Sみたいな大きな会社の最初からパッケージ旅行があってそれに申し込みをするのではなく、専門旅行をやっているちっちゃな会社だったんですよ

 

(まり)うんうん

 

(なつえ)例えば、おもちゃ産業の人たちが、こういう視察旅行を作ってほしいと言われたら、ヨーロッパでおもちゃ業界の企業を視察する旅を作ったりとか。酪農研修でニュージーランドを訪れたりとか。専門旅行をやっているところで、その旅行会社時代から海外に行く機会は多かったですね

 

(まり)どこの国が印象的でしたか?



 

 



 

(なつえ)全部でたぶん40ヶ国くらい行っているのですが、キューバに2回行ってるんです。1回目は仕事でその旅行会社時代で、2回目は新婚旅行でキューバに行ったんですよ

 

(まり)へぇー! 新婚旅行でキューバ

 

(なつえ)キューバで、衝撃的というのはやっぱり社会主義のレベルが全然違うのと、同じ母国語、スペイン語なので言葉が通じるのに、ここまでカルチャーショックを受けることがあるんだっていうところが面白かったです

 

(まり)どんなカルチャーショックがありました? ビックリしたこと

 

(なつえ)みんな働いても同じ給料しかもらえないから全然頑張らない(笑)

 

(まり)アハハハ!

 

(なつえ)サービス業という概念がない。レストランとかホテルに行ったら、それはサービス業の一部なんだろうけど、そういう概念自体が違うんですね

 

(まり)新婚旅行にキューバを選んだ理由は?

 

(なつえ)主人もわたしもキューバ音楽とキューバの踊りが好きでよくラテンクラブに踊りに行っていたんですよ。ラテンアメリカ文化を見てもキューバだけは個性的な面白さ、時が止まっている部分と、社会主義がね、歴史がまったく異なるっていうところにも興味惹かれて行きました

 

(まり)逆にいうと、頑張らなくても生きていけるんですもんね

 

(なつえ)そうですね。だから職業なにをやっているかっていうとミュージシャンがやたら多い

 

(まり)アハハハ! 自分の好きなことをやってる

 

(なつえ)うーん、でもそのなかでも現地に行くと、やっぱり本音を話せないんですよ。一部、洗脳されている部分もあれば、政府に対して不満を言うこと自体がタブーとされているので。そのなかでの頑張らなくても生きていけるというのが本当に幸せなのかなって思わされたりとか、いろんな複雑な思いを持って帰ってきましたね。一回目も二回目も

 

(まり)そっかー

 

(なつえ)はじめて行ったときはお客さんを連れて行って、泊まっていたホテルのなかのシェフと話す機会があったんですよ。お客さんが食事に飽きたら、日本のお米を持ってて、おにぎりを作ってあげたりとか、蕎麦を振る舞ったりとかそういうことをやる旅行会社だったので

 

(まり)へぇー!親切

 

(なつえ)お客さんは旅の5日目くらいで日本食が恋しくなるから、いつも米と炊飯器を持参で旅に行ってたんです。夜食にお蕎麦を振る舞おうとして、ホテルのキッチンで準備していたら、シェフが余った蕎麦を欲しいって言うのであげました。やっぱりものが自由に買えないみたいで。「うちの子供はグルテンアレルギーだし、小麦粉を使っていないんだったら、この麺を食べさせたいんだ」って。すごい目をキラキラさせながら「こんなのキューバにはないし、グルテンが食べられたとしても、配給所から買えるものが限定されているから、家ではそんなに麺類を食べられないんだよ」って。会話はすべてスペイン語で、そのときは周りに気になる人がいなかったので、いまだと思い「あなたはキューバに住んでて幸せ?」とか「カストロ政府のこと、どう思うんだ?」とか聞いたんです。そしたらすごくキョロキョロしはじめて「それは、それは言えないよ。そんなこと聞かれても困るよ!」って。

 

(まり)へぇーーーー、ザワザワする。ふー衝撃的だ

 

(なつえ)だから結構、そういう意味では衝撃的だったんです

 

(まり)夏江さんは、どんなことを大事にしてますか?

 

(なつえ)自分の理想ですが、いま大事にしているのは、スタッフの教育?教育という言葉は使いたくないんですけど、一緒に働いている仲間、全員がより豊かな人生を送れるようになればいいな、って思います。一緒に仕事していくなかで、お互いに成長して、働く楽しさとか。生きていることの幸せを感じれるような職場環境を作りたいです。もちろんペルー料理を広げたいんですけど、一番の目的はそれですかね

 

(まり)うんうん



 

 



 

(なつえ)一緒に働いた人たちが、一生うちで働くわけではないから、いずれは去っていくんですけど。去っていくときに、ここで働けて自分の人生はより豊かになったなとか、良い出会いがあったなと思ってほしいです

 

(まり)夏江さんにとっての人生の豊かさとか、働く喜びってどんなときに感じますか?

 

(なつえ)やっぱり家族と、家族のような近い感覚の友達と一緒にいるときですかね

 

(まり)あー人なんだね

 

(なつえ)そうです。人です。一緒に働いてる人たちが、主人や、春子やわたしと関わることで、幸せだなって感じてくれたら、わたしも幸せです。

わたしは夏江で、一緒に経営している友達は、はるこというんですけど

 

(まり)夏と春!

 

(なつえ)そうなんです。主人と春子がもともとサルサをやっている頃の友達という長い付き合いで、いまは一緒に経営しているんです。彼女は、もともとわたしたちの友達だった、日系ペルー人と結婚して、いま2歳の娘がいるんですけど、その2歳の子は、わたしがゴッドマザーで、主人がゴッドファザーなんですよ。かわいくてしょうがないんです

 

(まり)わー!うんうん、かわいい

 

(なつえ)幸せとか、よかったなーと思うのは、やっぱり大事な人たちと楽しいことをしているときですね。毎日それは思います

 

(まり)自分だけが楽しくなることよりも、周りの人たちと一緒にそれを感じたいというのが夏江さんのなかでは大きいんですね

 

(なつえ)日常のなかでは毎日そういう場面はたくさんあって、あとはお酒飲んでいるときですかね(笑)

 

(まり)うんうん、お酒はなにが好きですか?

 

(なつえ)なんでも好きですけど、焼酎だけはあまり飲まないですね。ソムリエ試験に向けていっぱい勉強したのもきっかけでワインを一番飲むんですけど。あとは音楽聴いているときとか踊っているとき、歌っているときも幸せですね

 

(まり)踊ってるとき、歌っているとき、お酒! うんうん楽しいね。人生の豊かさや楽しさには必須ですよね。音楽とお酒

 

(なつえ)そうです!でもそれをひとりでやっててもしょうがないんですよ。やっぱり人がいてですね

 

(まり)うんうん、そうですね。夏江さんの人生のターニングポイントはいつですか?

 

(なつえ)ターニングポイントはいっぱいあるんですけど。一番最近でいうと店をオープンしたときです

 

(まり)2013年

 

(なつえ)そうですね。大きいターニングポイントでいうと、日本に来たときとピースボートに乗ったときと、あと結婚したときと、最近では店をオープンしたときですかね。やっぱり安定が約束された生活から一変して

 

(まり)そのときってどうでした? 怖くなかったんですか?

 

(なつえ)もともと怖いもの知らずな性格があるから、最初は怖いとは思わずに。自分の旦那が仕事を辞めてこれをやりたいんだって言ったら、奥さんが止めたりすることもたくさんあると思うんですけど、わたしは「早くやればいいじゃない!」って言って

 

(まり)アハハハ!



 

 



 

(なつえ)逆にさっさとやればいいって押してましたね。自分にそのとき安定した仕事があったというのもあるんですけど。わたしはタイミングがいいんです。天に守られているというのは昔から感じていて。すごいピンチになったりはするんですけど、ピンチのときにタイミングよく、なんか降ってくるっていうか。お店の方を集中してやりたいなと思っているときに、わたしの仕事は外資系の仕事ですごく安定していたはずなのに、日本支社をなくすから一斉リストラみたいなのになったんです。本来は自分の都合で辞めようと思ったときに、有給休暇が普通に消化できる条件と、プラス退職金が出たりとか、そういうタイミングにいままで多々ありましたね

 

(まり)ほんとにそっちへ行きなさい、そっちへ行きなさいという感じの祝福がくるんですね

 

(なつえ)はじめるときは、そんなに怖くなかったんですけど、やっぱりオープンして自営業の厳しさというのが。2年くらいは色々きつかったですね。でも潰れることなくやってこれたので、幸せですね

 

(まり)その厳しい状況のときは、どうやってそれに向き合うんですか? 乗り切り方というか

 

(なつえ)必死でしたけど。いま思えば、やっぱり家族の絆。すごい喧嘩して、もうやっていけないってなることもあるんですが。最後にやっぱり頑張らなきゃってなるのは、夫婦としての愛情があるというのと、もうひとりの共同経営者。普通だったら一緒にそんなビジネスなんてやっていけない!ということなんて、いっぱいあるんですよ。お金も絡んでくるし。でも家族としての強い絆があるから、喧嘩しながらも波乱万丈いろいろあったとしても、結局は戻って分かり合えるのだと思います

 

(まり)うんうん。そのときにいっぱい話すんですか?

 

(なつえ)話しますよ

 

(まり)それぞれが、思っていることを

 

(なつえ)そうですね。わたしも主人もそういう面では、あまり日本人ぽくないというか。愛弓が言ってた情熱(笑) 思ったことは黙ってられないタイプなんで。ワーーー!!!ってラテンのメロドラマみたいな喧嘩もします(笑)

 

(まり)それで乗り切ってきたんですね(笑) ターニングポイントのひとつとして、小学校のときにペルーから日本に来たというのは、大きな出来事だと思うんですよね。最初どうでした? ペルーと日本、まったく違うでしょう?

 

(なつえ)そうですね。わたし、他の人に比べて、日本に来る以前の記憶があんまりないんですよ

 

(まり)ペルーにいた頃の記憶が?

 

(なつえ)うん、家ではスペイン語を話すことが多かったので、言葉は忘れていないですけど、出来事とか学校がこうだったとか、あんまり覚えてない。というのは、たぶんその変化が著しすぎて、ついていくというのに必死で、余計な記憶はどっかにしまわれちゃったんですかね

 

(まり)うんうん

 

(なつえ)ペルーでは、カトリック教の女子校に行ってたんですよ

 

(まり)ペルーって、カトリックなんですか?

 

(なつえ)ラテンアメリカは、カトリックが多いんです。スペインの植民地だったので。ラテンアメリカは社会階級がはっきりしているので、本当にはっきり貧困層と中流階級と、中流階級のなかでも下と上があって、すごいハイクラスな人たちがいるんですけど。ペルーは公立の教育は日本ほど発達していなくて、やっぱり中流階級の下でもなると、私立の学校に行くんです。教育の選択肢が日本よりすごく幅広いと思うんですね。なので、うちも金持ちではなかったんですけど、私立のカトリックの女子校に行ってたんです。日本に来て、小学校4年生で、私服を着て、服装は自由なのに、なんでカバンはみんな一緒じゃなきゃいけないんだ。なんだこのランドセルはってのは思ってましたね。いまでも思うんですけど(笑)

 

(まり)あー、うんうん、そうですよね

 

(なつえ)よく分からないことがいっぱいありましたね。前の席の女の子が隣の男の子に、ちょっといじめられているというか、強い言葉でけなされていたというか。わたしには分からないんですよ、言葉が分からないから。でも軽く暴力みたいな「なにすんだよお前!」みたいな感じでやっていたと思うんですよね。パシッてやられたのが衝撃的で、わたしはその男の子の顔にパンチしたんですよ

 

(まり)アハハハ!



 

 



 

(なつえ)そしたら、親はやっぱり呼ばれますよね。その男の子が泣いちゃって。女の子のことををパシッてやった!って言ったら、それでも殴っちゃいけないと言われて(笑)

 

(まり)正義感が強いんですかね

 

(なつえ)たぶん衝撃だったんですよね。ペルーの学校に男の子がいなかったので、わたしの周りの男の子って、お兄ちゃんと従兄弟たちで、絶対に女性に手をあげちゃいけないというところから来ていますから、反動でそんなことはありました

 

(まり)おもしろいー!

 

(なつえ)たぶん、言葉は分からなくても楽しくやってましたよ

 

(まり)言葉は、日本に来て?

 

(なつえ)日本に来る前に半年くらいペルーでは、日本語の基礎みたいなのをプライベートの先生のところに、お兄ちゃんと通わされて、ひらがなとカタカナと簡単な挨拶は覚えてきたんですけど。いま思えば、英会話教室とかもそうなんですけど、無意味なことを教えますよね。「はじめまして、わたしの名前はなんとかです」って、絶対に使わないやつ(笑)

 

(まり)使わないやつね(笑) ほんとだよね

 

(なつえ)そういうのは覚えてきたんです。でも普通に学校に通って半年くらいで日本語は吸収して話してましたね

 

(まり)スペイン語と日本語と英語が話せるんですか?

 

(なつえ)英語は、専門学校時代の3年のうち1年間、ワシントン州のシアトルに留学して。それで英語は一応問題なく話せるようにはなったんですけど

 

(まり)愛弓さんもいまスペインに住んでいるから、同じ言語で話せますね

 

(なつえ)愛弓はね、言語能力にすごく長けているから、ちょっとあの人は変態ですね(笑)

 

(まり)自分でも言ってた(笑)

 

(なつえ)すぐ言語を習得する能力が彼女にはあるので

 

(まり)これからやってみたいこととか、こんな想いを形にしたいとか、なにかありますか?

 

(なつえ)いっぱいあるんですけど。レストランと別の活動で「日本ピスコ協会」というのをやっているんですよ

 

(まり)なんですかそれは

 

(なつえ)ピスコっていうのはペルーのお酒で、葡萄の蒸留酒なんですけど、ペルーの代表的なお酒なんですね。日本ではまだまだ知られていないので、ペルー関係の仲間とかレストランの仲間6人で立ち上げたんです。社団法人作って、一応わたしが会長なんですよ

 

(まり)やっぱり、パワフルだ‼︎

 

(なつえ)ソムリエ試験で勉強して、ワインの知識は少しあるのと、同じ葡萄繋がりなので、ピスコを広めたいんです。発足したのは1年半前くらいで、まだ2年経ってないんですけど、その1年半の間でピスコの知名度が上がったという感触はたしかにあるので。ペルーとは全然関係ないところで広めるのが目的で、どのバーにもウォッカ、テキーラ、ラムがあるように、そこにピスコを並べたいですね



 

 



 

(まり)どんな活動をするんですか?

 

(なつえ)地道にバーに行って、普通に飲んで「ピスコって知ってますか?」って(笑)

 

(まり)へぇ‼︎

 

(なつえ)ピスコってのは、バーテンダーさんとか、プロの人だとだいたい知っているんですよ。知っているけど、まだ流通網が確立されてなくて、入手方法が分からないのと、やっぱり一般のお客様の需要がなくてなかなか売れないからというので、全然普及しないんですよね。なんで流通網が確立しないかというと、いままでペルー関係の食材を輸入している人たちが、ついでにピスコも入れとくかっていう感じで、ペルー料理関係のところにしか出てないというのがいまの現状で、輸入会社さんもピスコを売るためにっていう営業活動を一切しないんですよ。なので、代わりに営業しています

 

(まり)面白い(笑) 話を聴いていて、志の人だなっていうか、営業の人もピスコにそんなに思い入れがないから力が入らないだけですよね

 

(なつえ)たくさん商品があるなかでのピスコを置いているだけで、それがそんなにね

 

(まり)でも、夏江さんにとっては、ピスコなんでしょ?

 

(なつえ)ピスコは、だって知ると歴史もすごいロマンありますし

 

(まり)それ教えてほしい

 

(なつえ)ピスコの話しちゃうと止まんない(笑) 一番分かりやすいところでいうとアメリカ大陸における葡萄作りとワイン作りはペルーから始まっているんですよ。ペルーの港は玄関口だったので、スペインの入植者は、みんなそこから出入りしてましたし、もともとペルーのインカ帝国が築かれた金とか銀のためにスペインの入植が多かったんですね。鉱山ですごく取れるし、資源がすごく豊富なので、金とか全部持ってかれっちゃったんですけど。そういう理由もあって、葡萄作りって、いまチリワイン、アルゼンチンワインが世界に出てるんですけど、みんな知らないのは、ペルーの方が歴史が古いと。なんでかというとペルー人は商売がすごく下手なんですよ。目の前のお金とかに弱いので(笑) なのでチリワインもペルーで栽培された葡萄畑をチリの企業が牛耳って、ペルーで作った葡萄をチリワインとして売ってたりとか

 

(まり)へぇー!そうなんだ‼︎

 

(なつえ)お手頃な日常のデイリーワイン、チリワインがいっぱい出てますけど、ペルーの葡萄の可能性もあります。昔はペルーのワインの出来が良すぎてパナマに輸出され始めたんです、16世紀くらいに。それを、スペインのワインが売れなくなるとスペイン王が恐れ、、ペルーにワイン造りを禁じたんですよ

 

(まり)えーーーー‼︎

 

(なつえ)ワイン造り禁止令が出て、ワイン作っちゃいけないけど、葡萄畑がいっぱいあるし、実際に葡萄ができているのにどうするんだっていうことで、ピスコの蒸留が盛んになったんですよね

 

(まり)知らなかった‼︎ そんな歴史があったんですね

 

(なつえ)グラッパとか聞くじゃないですか、グラッパはイタリアのお酒なんですけど。あれは葡萄を潰したあとの絞りカスで作る蒸留酒なんです。葡萄由来なので、ピスコもちょっと似ているんですが、ピスコは、絞りカスじゃなくて、葡萄の果汁、葡萄の実を全部使って、それでワインを醸造してワインの状態から蒸留しているので、グラッパに比べるとすごく深みというかまるみがあって、まろやかなんですね

 

(まり)飲んでみたい、アルコール度数は?

 

(なつえ)度数的には、スピリッツなので40度前後あるんですけど。42、3度くらいのピスコと42、3度くらいのグラッパを飲むとぜんぜん違います。非常に香りが豊かなので、香水みたいに楽しいながらチビチビ飲む

 

(まり)そのまま飲むんですか?

 

(なつえ)ストレートで飲むのが、わたしは好きですけど。ピスコサワーというのが、ペルーでは一番有名なんですよ。ピスコサワーは、ピスコとライム果汁とお砂糖、シロップと卵白が入ります。それをシェイクしたカクテルが、ペルーの代表的な。ピスコサワー自体は、世界では結構有名になってきてて、日本でもホテルのラウンジやバーだとあるんですけど。それもね、ピスコサワー・パトロールというのが活動のひとつでして、ちょっとこれ違うぞって(笑)

 

(まり)アハハハ!

 

(なつえ)ペルーのピスコサワーを飲んだことないのに、適当なインターネットのレシピを見て作っちゃってるところもあるので、ライムじゃないといけないのにレモンに変えたりとか、ちょっとそういうパトロール活動もしながら

 

(まり)面白ーい! お店もペルーの本物の料理を知ってほしいというところから始まって、ピスコも本当の美味しさを知ってほしいし、適当に扱わずにね

 

(なつえ)そう、適当に扱わずに。まず広めることなんですけどそういう活動をしています

 

(まり)それは別に1円にもならないよね

 

(なつえ)ならない(笑) ほんとにボランティアというか

 

(まり)想いだよね



 

 



 

(なつえ)そんなことやってどう儲かってるの?とよく聞かれるんですよ。ほんと儲かるためじゃなくて、逆に出費がかさんでる(笑)

 

(まり)だよね。飲みに行って、お金使って

 

(なつえ)いずれピスコを輸入したりはするかもしれないけど、でも別にそれが目的じゃないというか

 

(まり)それよりも喜びの方なんですね

 

(なつえ)そうですね。たまに怖くなります。お酒の世界ってウンチクに強い人とオタクが集まるんですよ

 

(まり)うんうん、なんか分かる

 

(なつえ)日本全国において、たぶんピスコの種類を一番置いてるは、うちの店なんですよ。ピスコだけで70種類くらいあるんですけど

 

(まり)えー、凄い‼︎

 

(なつえ)ピスコ協会の会長が、本当にピスコについての知識があるのかって言ったら、自分ではまだまだだと思っていて。でも日本全国民を見た時、ピスコについて一番知識があるのは誰か?と言ったら、こんなにピスコのことを思って、現地の情報をスペイン語で読みあさっている人は他にいないだろうな、やっぱり自分なのかな、と思うとちょっと怖くなります。

 

(まり)それはどういう怖さですか?

 

(なつえ)使命感に駆られるというか、これだけ知ってるって、一応勉強したんだから、ちゃんと広めないとダメでしょみたいな

 

(まり)感動するわー

 

(なつえ)基本わたしは楽観主義なんですよ。ほんと楽しければいいんですけど。そういうことで自分を追い込まないと成果に繋がらないんで

 

(まり)感動する。それも別に結果を出したくて始めたわけではなくて、好きでそれに対する想いがあって、知ってほしいところから始まったら、いま日本でピスコを一番知っている人に気づいたらなってたってことですもんね

 

(なつえ)ほんとにそうかは分からないんですけど、でもまあ、考えたらそうかなって。ほんとに知られてないので。お酒もチリとペルーの論争があるんですよ。チリとペルーはいろんな論争があって、政治的なことも絡んでくるんですけどね。チリにもピスコというお酒があって(笑) チリ人とか、よく知らないペルー人は、同じものだと思っているですけど、掘り下げて見ていくと、使っている葡萄も蒸留方法も製造法、全部違うんですよ。だから出来たものは違うものなのに、同じ名前でやっているから、ピスコはチリのものなのか、ペルーのものなのかという論争に取っている人がいるんです。実際は全然違うものなんですね。残念ながら日本にはチリのピスコがペルーのピスコよりも浸透していて、チリワインがすごく流通しているので。ペルーのピスコよりも何年もそっちがちゃんと営業しているので、バーをまわって「ピスコありますよ、うち」というお店があっても、必ずチリのピスコなんです。でも、それはピスコじゃないよって喧嘩を売ることはしたくなくて、違うものだっていうのを分かった上で、両方楽しんでくれたらいいかなと思ってます

 

(まり)すごい地道な活動

 

(なつえ)地道ですよ(笑)

 

(まり)でもなんか楽しいね

 

(なつえ)わたし、代々木に住んでるんですけど。自分の行きつけのバー何ヶ所かにはピスコが入ってたりするんです。だから代々木近辺は、ピスコ率が高いです

 

(まり)アハハハ! わたしも行きたいです



 

 



 

(なつえ)ぜひ! ピスコサワー、わたしが作りますよ

 

(まり)お店に食べに行きたいです

 

(なつえ)ピスコもそうですし、お店に関しては、コロナのことで大変ですけど、コロナ乗り越えて、みんなうちで働いている子たち、解雇することなくいられているので、幸せだなと思いました

 

(まり)営業は何時からなんですか?

 

(なつえ)17時からです。これもちょっと面白いんですけど。昼間はお店の名前を変えて、ペルーのサンドイッチ屋さんをやってます。夜の名前は『ベポカ』というレストランで、昼は『サングチェリアクチ』。サンドイッチ屋という意味で、昼間は夜のメニューは一切なくて、豚バラがいっぱい入ったサンドイッチが看板メニューになってます

 

(まり)それも食べてみたい

 

(なつえ)二毛作店ていうんですか

 

(まり)素晴らしい‼︎ 次にご紹介してくださる方のお名前と、どんなユニークさを持つ方なのかを教えてもらえますか?

 

(なつえ)常盤美央子(ときわみおこ)さんです。未央ちゃんは、またまたピースボートつながりです。2005年のピースボート48回クルーズでスペイン語のボランティア通訳として一緒に地球を旅した仲間です。頭も心もキャパが大きくて、ネガティブな波動を全然感じないなぁーってのが昔からの印象。仕事もちろんできるし、楽器が弾けたり、歌がうまかったり、踊れたり、お酒も飲めたり(笑) とにかく器用で、なんでもできちゃうんです。未央ちゃんは南米のチリに留学していたことがあり、私の生まれ故郷のペルーにも住んでいたことがあります。一緒にピースボートで旅したのち、彼女はピースボートのスタッフとなって、船が着港する前の現地のツアーをコーディネートする仕事を長年してきて、もう地球何周もしているし、語れるストーリーが沢山あると思います。一緒にピスコ飲みがなら語れる尊敬している友人です

 

(まり)次回は東京在住の常盤未央子さんです。

 

なかんだかりなつえさん、どうもありがとうございました。

 

ペルー料理 bepocah (ベポカ)

http://www.bepocah.com/en/index.html

 

Japan Pisco Association

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