明王は泣き虫ね
男の子は泣いちゃだめよ。ね?
昔、母親に言われた言葉を思い出して不動は溜息をついた。
「―今さら幸せだったころの記憶なんてな」
必要ねえよ。
強さを求めてた時は、狂った母親のことしか思い出せなかったのに
聞こえるか聞こえないかの声で呟いたつもりだったがそれは隣に座っていた鬼道に聞こえたようだった
「不動?なんの話だ?」
「ただの独り言ー。気にすんな」
「そういうことならスルーが礼儀だな」
そうそう。とうなずいて鬼道を見ると手を差し伸べられた
まるで女性をエスコートするかのようなその優しさに、恥ずかしかったが鼻の奥がツンとした
「立って抱き締めてもいいか?」
「いちいち許可とってんじゃねえよ」
そんなことを言いながらも手を取って歩み寄っているんだから自分もそうとうなものだろう。
抱き締められた温もりが
優しくてもどかしかった
「…不動?泣いてるのか?」
「うっせ…泣いてねぇよ、ふざけんな」
「不動は泣き虫だな。」
そう笑った鬼道が
幸せだったころの母の姿とかぶり
これいじょう鬼道に笑われないように背中にまわしている手に力を込めた
「今は幸せじゃないのか?」
ぽつんと鬼道がこぼした言葉は、恋人としての質問かチームメイトとしての質問か、まあどっちでも答えは変わらないんだろうが
「スルーが礼儀なんじゃねえのかよ」
「細かいことを言うな、これ以上ハゲたら髪がなくなるぞ」
「てっめ、これはハゲじゃねえ殴んぞ」
「で、質問の答えは」
「天才の鬼道有人はそんなことも分からないんですか、そうですか」
「いくら天才と言われても恋人の気持ちはきちんと聞きたいものですよ、不動明王くん」
幸せかどうかなんて
抱き締めた体から伝わっていそうなものなのに
絶対に分かっているはずなのに
だから
口で正直に言うのは癪だから
「俺の家がまだ幸せな一般家庭だった頃にさあ、母親に言われたことがあんだよ
明王は泣き虫ね
男の子は泣いちゃだめよ。ね?
てね
さっき鬼道くんに同じようなこと言われちまったな」
そう言って頬にキスでもしてやれば質問の答えには十分だろう
なあ、鬼道ちゃん?