「儺の國の星」に記された豊姫の社は、二つ。

肥前佐賀は與止日女神社。

もう一つは宗像三神が降臨した地であった。

 

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★目次

☆1 豊姫の赤司八幡宮

☆2 四柱

☆3 宗像三神と八幡大神

☆4 「儺の國の星」の豊姫と宗像神

 

 

  豊姫の赤司八幡宮

 

有明海には”とよみぼし”或いは”よとみぼし”の別名があり、延喜式神明帳の頃には、豊姫或いは、淀姫が筑紫三原と肥前佐嘉(佐賀)に祀られている。

(「儺の國の星」10、夜渡星より)

 

肥前佐賀の社は、前回の與止日女神社。

筑紫三原の社とは、赤司八幡宮。

 

輿止(よど)咩命と止譽(とよ)比咩命が祀られており、「儺の國の星」にあった豊姫、淀姫(以降、こちらで記述)になる。

 

 

赤司八幡宮

福岡県久留米市北野町赤司1765

 

 

長い参道を通って中へ。

 

 

 

 

 

福岡神社誌に見つけられなかったので。

頂いた由緒書の紙から引用。

 

***

御井郡宗廟  赤司八幡宮

 

御祭神(祭神 三座・相殿  十一神)

左    輿止咩命(よどひめのみこと) 高良神

中 道主貴(みちぬしのむち)

·       止譽比咩命(とよひめのみこと)八幡大神

右     息長足姫尊  住吉大神

 

御神德  鎮護国家(日本の国を守る大神様)

 

由緒

創祀は天照大神様の神勅「汝三神、宜しく道中に降居(くだりまして)天孫(あめみま)を助け奉り天孫に祭(いつ)かれよ」を受けて、筑紫の道中(筑紫平野の中心部)、御井郡河北の地に天降りした。天照大神様の御子神・道主貴(三女神)を祀る水沼君等と言う。

「御井惣廟を称し延喜式内神大社豊比神社の本跡」を伝える当社は、高良社の源所とも思われ、この地は古代より筑後国の統治の中心地であり、邪馬台国御井郡説の最有力地でもある。

 

道主貴(みちぬしのむち)神は、宗像三神。

宗像大社に祀られている。

 

上記の「汝三神~祭かれよ」の文は、日本書紀や先代旧事本記にもある。

 

筑紫の道中(筑紫平野の中心部)、御井郡河北の地に天降りした。

 

彼女らが降臨した地がここだという。

そのような場所は一つではない。

 

神話の「天降りした場所」には、幾つかの意味があった。

1)実際に存在した彼らが、住まわれた地。

2)子孫が移動し、祀った地。

3)子孫が居ついた土地の近くにある存在感のある山。

 

このお社の場合は、1)(少し)と2)が当てはまりそうだ。

 

神が天から降ってきた。

何となく受け止められているようだが、本当に神様があちこちに降ったわけではない。

 

 

賽銭箱の前にある由緒書と考察。

2時間、極寒の中ここで読んだ。

 

一言で表すと、「宗像神が降臨したのはこの地であり、高良神の源所はここである。」と主張していた。

果たしてそうであろうか。

 

祭神を解く。

(今までのと重なりますが、確認してみてください)

 

 

  四柱

 

祭神の、豊姫と神功皇后。

高良神と住吉神。


彼らは高良大社で繋がる。

 

「高良玉垂宮神秘書」には、高良神の后は神功皇后とある。

彼は、住吉神、鹿島神、志賀神、春日神とも同神。

また武内宿禰。

 

 

ゆえに、神話では彼女の前に住吉神が現れるのだ。

 

しかし、大社の本殿に合祀されているのは、豊姫。

神功皇后の妹とされるが、后を差し置いて違う者を共に祀らないから、同神となる。

 

神は人が祀る。

人の常識で失礼なことは、尚更、神に対して出来ないのである。

 

よって、豊姫=神功皇后

 

さて、住吉神は神代の神。

では、彼女もまた「神代」の者になる。

 

残るは宗像三神と、八幡大神。

 

 

  宗像三神と八幡大神

☆宗像三神は、一柱の神である。

神話の女神天照が、一柱の剣を三つに折り、砕いて吐いた息から現れたとは、同神を意味している。

 

天照=宗像神。

 

☆女神天照の別名、撞賢木厳御霊天疎向津姫の厳御霊は、厳島神社の神、市杵島姫命を示唆。

 

女神天照は、市杵島姫命=宗像神。

 

☆市杵島姫命は籠神社より、祭神の豊受大神。

天火明命と豊受大神が、絵馬では市杵島姫命と饒速日命となる。

 

絵馬の神は祭神を意味する。

これも違うのならば、失礼ということだ。

 

豊受大神=市杵島姫命

 

☆大神神社の摂社の御炊社の神は御膳津神(みけつかみ)。

豊受大神と宇迦之御霊と同神とされる。

 

御炊屋姫とは饒速日命の后であり、その名は、豊受大神を意味していた。

 

 

さて、市杵島姫命は弁財天と習合。

御炊屋姫の社は、弁天様と呼称、土地の名も弁財天。

 

天河弁財天は、内宮の女神を勧請している。

弁財天=女神天照

 

よって、御炊屋姫=女神天照=豊受大神=弁財天=市杵島姫命となる。

 

では、赤司八幡宮の宗像神とは、饒速日命の后の御炊屋姫。

  


 

もう一柱の八幡神。

気比神社でツヌガアラシトと名を変えている。

同神を示唆し、ツヌガアラシトは筑紫の伝承から、高良神とヒメコソ神社の饒速日命に繋がっている。

 

 

ツヌガアラシトはヒメコソ神を追って日本へ。

   ↓

ヒメコソ(七夕)社には饒速日命と栲幡千千媛(棚機神)。

☆親子で棚機の伝承は成立しないので、夫婦。

(親子で夫婦ではない。念の為)

   ↓

ここには、もう一つのヒメコソ社と同神と示唆する伝承。

栲幡千千媛=織女=市杵島姫命

饒速日命=高良神  

    

☆市杵島姫命は御炊屋姫であった。

彼女は饒速日命の后。

 

高良神は饒速日命であり、その后の神功皇后は御炊屋姫となる。

 

 

ツヌガアラシトが祀られる現人神社の側に香春岳がある。

ここは「神秘書」の高良峰で、高良神が異類を退治したとある地。

彼は、神功皇后と共に退治していた。

 

ゆえにその周辺に祀られるのは彼ら。

退治した者が祀られるのだ。

 

よって、香春岳の麓、香春神社の辛国息長大姫大自命は息長垂姫である神功皇后となる。

その社は、宇佐神宮の元宮ともされている。

 

宇佐神宮の姫神は宗像神であり、共に神功皇后が祀られていた。

宇佐の神とは、彼女なのだ。

 

高良峰の祓いの神*関係図

(下の記事は概要)

 

高良神は、住吉神であり、神代の神。

彼は饒速日命。

 

彼の后は神功皇后。

彼女は御炊屋姫であり、宗像神、豊受大神。

豊姫の名は、おそらくそこからであろう。

彼女もまた、神代の神。

 

ここに祀られるのは、二柱の彼らとなる。

 

彼らは高良大社に住んだと推測される。

神に深く関与する場所を、子孫が守ることがあるからだ。

 

彼が高良神であるならば、そこにおられたと考えるのが自然であろう。

 

その地は天然の要害となる。

高い場所程、守りも攻めも都合がいい。

山城がある理由と同じ。

 

では、赤司八幡宮の地に「宗像神が降臨した」という伝承は、子孫が祀ったとみるのが妥当であろう。

(後に「先代旧事本記」による関連記事を書く)
 

境内の御神木

 

  「儺の國の星」の豊姫と宗像神

 

かの書の記述からは、豊姫(と淀姫)を祀る代表となる社の一つとれる。

少なくとも、真鍋氏はそのつもりで書かれているように思える。

 

しかしここは「宗像三神」が天降ったという土地。

 

同神ゆえのことであった。

 

彼女が神功皇后。

夫は高良神(武内宿禰)、住吉神。

 

彼らが御炊屋姫であり、饒速日命。

二柱の天照なのだ。

 

天孫(あめみま)を助け奉り天孫に祭(いつ)かれよ

 

彼らがこの国の最高神、皇祖神であるゆえの文言であった。

 

真鍋氏は、豊姫が宗像神であったことはご存知であったのかもしれない。

 

 

ここには摂社合祀社の中に大三輪神社がある。

彼、高良神が饒速日命であり、大神神社の神であるゆえになる。

 

社に配祀の神は、彼らになる。


また、ここは八幡宮。

主祭神の宗像神が、彼らであるからこその呼称なのである。



(つづく  )

 

 

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