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ポエムで暮らそうブログ

サラリーマン、高校英語教師、建設業経営者など常に前向きに生き、喜寿を迎え田舎暮らしを楽しむ知人。その時々を詩に託し、30年作り貯めた3000編、現在も毎日一編作り続けている作品をご紹介させていただきます。ご笑覧宜しくお願い致します。

見込み客が関西に転勤している
大銀行 それなりのポジションらしい
暫く営業ごあしさつ欠かしている
埼玉から思い切って訪問した

土曜日の昼過ぎ ピンポーン
中から”どちら様ですか?”
奥様のお声 在宅! 良かった
驚かれた奥様 奥から
ご主人”どうしたの”と現れ
私の姿 捕え びっくり

” いや 一寸 ご挨拶に伺いました
失礼しました どうぞよろしく
お願い致します ”
深々と感謝の礼を申し上げ失礼した

お二人共 あっけに取られ
唖然とされ 言葉が出ない
たった数分で去る営業男 多分
お二人に複雑な思いも投げつけたまま

直帰予定だったが ふっと
柳生街道の文字に捕まった
直ちに向かい しっかりと
歩き通した 十兵衛物語りは
深く心に刻まれていた そうか
この街道を踏みしめつつ日々
ご精勤されておられたのか ・ ・ ・
一歩一歩 思いを込め踏破した

数年後 新居建設ご用命頂いた
突然ご訪問申し上げた失礼
幸いな事に 効を奏したようだ
” あれから どうされたの? ”
” はい柳生街道で学びました ”
数十年経た今でも 時折り訪問する
共通する想いが 息づいている
ふっと気付くと 手紙を書いている
机の前に大きな字で
「「押売り停止」」と書いてある
うーん そうか 今のこの手紙
どっちなのだろう ・ ・

求められているから書くのか ・ ・
求められていないのに押し込み書きか ・ ・
手は止まる 残念だが どうやら
押売り ・ ・ 押付け ・ ・ だなー
残念だが 破り捨てる

手紙大好きじいさん
もちろん 頂くのは最高の嬉しさ
直筆封筒の表・裏 何度も見る
そうか ・ ・ 書いて下さった
姿が ・ ・ 指先が ・ ・ お気持が
手に取るように伝わり 心は温められる

お忙しい中 わざわざ時間さき 私に
語り掛けて下さったのだ
ジーンとした思いで本文拝読
伝わる 簡潔な文 いかにも彼らしい
伝わる 季節の匂い いかにも彼女

ありがとうと 押し頂き
ファイルへお泊り頂く
求められる気持は実に幸せである
あなたの気持に触れたい ・ ・ ああ
何と言う至福

年々 文際は狭まってゆく
年々 手書き文は消えてゆく
若い人達は 時代に乗って生きる生命
老いた人達 時代から下車しても
いいのではないか なるべく
自らの身体を動かし ・ ・ 生きたいものだ
痛み震える指先は お互い様さ



対人関係 実に
按配・塩梅・の良い友がいる
言い過ぎても 按配上手に反応する
言い足りない でもそれなり反応する
角が無い 鋭い針先がない
何時でも 柔らくほどほどの
気持温度で対応してくれる

その都度 深い教えをもらえるが
何故か 教えは心に染みず
何故か 再び加減音痴をぶつけてしまう
冷たい気持からでは無い
相手への想い込みオーバーなのだ
きっと やり過ぎ
きっと 言い過ぎ
きっと 善意の押しつけだ
きっと 世話の焼き過ぎなのだ

あきれ果て交友を断つ 友がいる
淋しく悲しいが 当然の事だ
数十年の交友 今迄 よくぞ
耐えてくれた ありがとう

あきれる気持を押え 変らず
交友関係を与え続けてくれる友がいる
すまないと思いつつ甘えている
きっと 我慢に我慢重ね
耐えてくれている ありがとう

顔 姿型 互いに異なる
知性 情感 互いの差は巨きい しかし
身体の持つ体温差は殆んどない しかし
気持の持つ温度差は大きいかも知れない
思い込み 深く激しければ
気持温度は上昇してしまう
分かっているが調整は難しい
生きてる間に加減音痴 良い按配化
望んだが どうやら高望みで終るだろう
八十年近く生きている
夜間とは言え大学を出
万の書を読み 自分生きなら
この社会 何の怖れも
この社会 何の不安も 感じないが

二○十四年 今 憲法解釈で
日本社会が揺れている
自民党党首 安倍総理 力説続ける
 国民を守る為に
 同盟国との絆強めの為に されど
 世界平和に尽力する ・ ・ と

テレビ有識者と言われる人々
解釈変更 賛成
解釈変更 反対で 揺れている
街行く人々の間でも
賛成 反対がはっきり別れ
判断しかねる人々もいる

国会周辺では
解釈反対のデモが行われている
知人の中 デモ参加は当然と
参加する者がいる
心決めかね だんまり決めこむ
優柔不断な私がいる

小学生の頃 おじに赤紙がきた
玄関前で旗を振り見送った
暫くすると戦死通知がきた
集まり悲しみの涙が流された

あれから七十年
世界のどこかで人が人を殺している
今 領土領有権を実力行使する
アジアの巨大国が不安感を醸している
明確に心決め出来ぬ イクジナシの私
情けない 切ない


小学生の頃 私だけクラスの中で
尻上りが出来なかった
体操の時間 それはそれは怖しかった
毎回 尻上りなんて
やらなくてもいいのに 先生は
必ず 尻上りをやらせた 私の順になり
みごとに 失敗する
ヤンヤヤンヤと 皆大笑い喜んでいた

とび箱も怖かった 私だけ
とび切れず真中で馬乗りになり
バーカ と はやし立てられていた
何をやっても グズ
身体は小さく細い 母の手一つの
暮らしは貧しく 悲しかった

中学終え 小さな仕事につき
母へお金、全て手渡せ嬉しかった
やがて 定時制高校
やがて 夜間大学卒業と同時に
秘かな夢 ついに手に入れた
”英語で食う男になる” この
ささやかな夢実現は 対人劣等感を
消してくれた
県立高校英語教師職は気分良かった
英語新聞 英文小説十分楽しめ
外国旅行も困らなかった
北京語会話も一人旅支えてくれた

尻上り トビ箱 コツを得クリアー
水泳クロール三千メートル」も軽い
教え人の頭の固さが全て原因だった
何時の間にか”ガンバリ屋”と
ひやかされ 馬鹿にされ続けた
今や 八十代間近 人間 人間社会
何も怖い者いない どうやら
阿呆ガンバリ夢みつつ往く事になる
単純、バカ、それも悪くないんだぜ