社会に余裕がないとアーティストの存在は否定されがちである。

それでも今日のように、年末年始のイベントなんかで音楽やダンス系は盛り上がりを見せるから、どんな環境でも音楽やダンスはまあ求められる存在かと思う。

余裕のない社会の下層階の絵描きは無能力者、非生産者と呼ばれ続ける。

 

30年近く前、フランスやスペインの洞窟壁画を見て廻った。

学者見解では原始宗教と結びつける傾向が伺われた。

「なんか違うんじゃないか。」と、それ以来一貫した空想を私はいだく。

 

絵を描く行為は、人類の本能だ。

子供にクレヨンを持たせばどこにでも書き殴る。

 

社会に有益な年齢になると、社会的に有意義な行為を強要されてようやく気付く人がいる。ああ自分は無能だったんだと。

クロマニオン時代にもそう感じた人がいただろう。

無能な集団が洞窟に篭って自分達には狩ることのできない動物を描く。

そういう悲しい物語があの壁画に示されている気がしてならない。

 

隣人が花火を打ち上げた。

 

年が明けたんだ。

年内の投稿に間に合わなくって年を跨いでしまった。

 

明けましておめでとう。

 

 
7月30日水曜曇り気温摂氏18℃(午前9時現在)
 
ここまで来るのに数年かかった。
 
他人の子供の自慢話を聞かされても、と言うか、生まれたばかりの子供の写真を自慢げに見せられ幸福の共有を迫られる時がままある。
 
その心理と全く同じなのかも。

 

 植えた当時はほんのりと青みががった花弁であった。
 紫陽花(アジサイ)用の土に植えなくてはいけないという指示を無視して植えた。
 ピンク色になった。
 紫陽花(アジサイ)の花がピンク色になってしまうのは土壌がアルカリ性だからだそうだ。
 これも良いかなと土の入れ替えもせず20年以上も放ってある。

 雨が降っている。一日中降り続いている。

 

 そうとう土が乾燥していたから、作物にとっては恵みだろうとは思う。

 

 しかし困惑である。だって、数日前まで38℃の猛暑だったのに、現在15℃。

 もう使わないと思って、その内洗おうとまとめて置いた毛糸類衣服の中から比較的汚れの少ないものを引っ張り出してまた羽織っている。
 着るのは久しぶりなんでなんだか埃っぽいし湿っぽい。

 
 灼熱の太陽。
 
 大袈裟ではなく正直な感想である。
 連日、日中は30℃を超えている。
 今日七月一日13時現在、室内の窓際に設置されている温度計は33〜34℃を示している。一応日陰だ。
 
「33〜34℃くらいでガタガタ言うな!」と日本にお住まいの方々はおっしゃられるかもしれませんが、エアコンもないし結構暑い。
 
 苦労自慢を競いたいわけではなくて、ただ田舎の空気が澄んでいるせいか晴天のもと太陽の直射は厳しい。とてもじゃないが外で農作業なんか出来ない。
 
 じゃあ今日は避暑日にしようとか決めて暗がりに引きこもって居る
 ここは、身体を動かさずじっとしていれば何とか過ごせるだけの涼しさはある。
 
 体感的には25〜26℃。今外は37℃らしい。
 

どのみち使えない兵器を莫大な費用をかけて開発する意味が分からない。

 
そして、これは私見だけど、どの国でも庶民の大多数は戦争なんて望んでないのに、国家レベルになると防衛費何パー増大とか戦争前提で話が進んでいく意味も分からない。
 
そんだけのお金が有れば世界中のかなりの問題が解決するとさえ思うんだけど。