前回の物語
物語の続きが始まります✨✨✨
【テヒョンの生い立ち】
「ジョングク様!大丈夫でございます。キム公爵は大丈夫でございますよ!」
ジョングクはテヒョンの上で泣きじゃくったまま離れようとしなかった。
収拾がつかない状況に、ハンスは従僕を呼ぶと、
「すぐにキム公爵家へ向かい、スミス様にお越し頂くようにお願いするのだ。」
と使いを出させた。
しばらくするとスミスがチョン伯爵家に到着した。テヒョンの主治医のロバート医師が同行して来ていた。
「スミス様!お待ちしておりました。」
「何があったのですか?テヒョン様はどちらです?」
テヒョンはしがみつくジョングクから離され、ソファの上に寝かされていた。
ジョングク自身はその足元でうなだれていた。ロバート医師は早速テヒョンを診察する。
「ジョングク様・・・」
スミスは憔悴しきったジョングクに驚き、話し掛けるのもはばかれる雰囲気に唖然とした。
「スミス様、、、実は先程、、」
ハンスがスミスに事態の説明をした。
「なんと・・・テヒョン様が倒れられたというのは、、そういうことでしたか、、」
スミスはロバート医師を見て頷いた。
「殿下には触発反応が診られます。最初の融触ですので、これから発熱が現れると思われますが大事には至らないでしょう。」
ロバート医師は一通り診察を終えた。テヒョンは震える事もなくなり、穏やかな表情で眠っている。
「スミス様、もうじきにセオドラ卿が大公殿下とご一緒に戻られると思います。」
「そうですか、では戻られたらお二人にお任せ致しましょう。 」
スミスはそう言うと眠っているテヒョンのそばに行き様子を見守った。
「ジョングク様、しっかりなさって下さいませ。」
ハンスが放心状態で体を動かせないままでいるジョングクに話し掛ける。
「ハンス・・・」
「はい。」
「テヒョン様はご無事なのか・・・?」
「はい。大丈夫でございますよ。」
ジョングクは目だけを動かしてハンスを見ると、
「、、、テヒョン様は私の血を口に含まれたのだぞ、、本当に大丈夫なのか?」
と訊いた。
「・・・私も、、、それが知りたい、、、」
テヒョンが目を覚まし、目の前にいるスミスに訊いた。
「もうじき大公殿下がいらっしゃいます。どうかそれまでお待ちになって下さいませ。」
スミスはテヒョンの手を両手で包みこんだ。
セオドラ卿が大公と共に屋敷に戻ってきた。スミスとハンスが出迎えに向かう。
「ジョングク・・・」
テヒョンが声を掛けた。ジョングクは我に返ってテヒョンの元に這いずるようにしてそばに寄った。
「手を握ってくれ・・・僕が臆病者にならないように、、、君の力を貸して欲しいのだ、、」
「テヒョン様、、、」
ジョングクにはテヒョンが何か覚悟を決めているように見えた。しかし、瞳の奥を見ると、不安に震えるもう一人のテヒョンが見える。
ジョングクは胸が締め付けられた。きっと瞳の奥に見える方が、本来の正直な姿なのだろうと思えたからだ。何に怯えているのか想像がつかなくて、どうしたら力になれるのか思いあぐねた。
食堂に大公とセオドラ卿が入ってくる。更にその後ろからソレンティーノ伯爵も入ってきた。
「お帰りなさいませ。大公殿下、父上、、、これは伯父上!お久しぶりです。」
ジョングクが立ち上がり挨拶をする。
「しばらくだなジョングク。立派な青年になった。」
テヒョンも起きて立ち上がろうとするが力が入らない。
「そのままでいなさい。」
大公がソファの所まで歩み寄り抱きしめる。
「体は辛くないか?大丈夫か?」
テヒョンの体を擦りながら訊いた。
テヒョンは大公の肩に、小さい子どものように体を預けて目を閉じた。
「父上、、、もう話して下さるのでしょうか?・・・私が何者であるのか。」
大公はその言葉を聞くと、ゆっくりと体を離して、息子の目を見据えた。
「お前に大事な話をする前に、紹介しておきたい人がいる。」
大公は後ろを振り返ると、ソレンティーノ伯爵に目配せをした。伯爵はテヒョンの前まで来ると、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「伯父上?」
ジョングクが話し掛けようとした所で、セオドラ卿が止める。
「こちらはナポリのランベルト・ディ・ソレンティーノ伯爵だ。テヒョン、お前の伯父上だ。」
大公の言葉に、ジョングクの方が驚いてセオドラ卿を見ると、それに応えて深く頷いた。
「初めましてと言った方が良いのかもしれませんな。私がテヒョン様にお目にかかったのは、ご誕生されて間もなくでしたから。」
ソレンティーノ伯爵はにこやかに話すが、テヒョンは会釈だけで応え、不安を煽られるように心拍数は徐々に上がっていった。
「テヒョン、よく聞いて欲しい。」
テヒョンの顔は何かを察して涙顔に変わっていく。
「・・・お前の体には半分ヴァンティーダ族の血が流れている。」
テヒョンは表情を変えることなく、大公をずっと見つめた。
大公自身は声が震えていた。
ジョングクやセオドラ卿、スミスやハンスそしてソレンティーノ伯爵が固唾をのんで見守る中、大公は意を決して口を開いた。
「テヒョン、お前は私の兄であるベリスフォード王太子の御子なのだ。」
表情がピクリと反応すると、テヒョンの頬に初めて涙が伝い落ちる。
「そして、、、産みの母はソレンティーノ伯爵の妹であり、ジョングクの母の姉であるステファニアという女性だ。」
テヒョンの目から涙が次から次へと溢れ落ちる。
ずっとそばで聞いていたジョングクも、まるでテヒョンの心に呼応するように、涙が溢れ出していた。
しばらく沈黙が続いた。
誰からともなく静かに食堂を後にしていく。今は大公とテヒョンの親子二人だけにした方がよいと思ったのだ。
最後にジョングクが食堂を出る。テヒョンを心配そうに見つめながらそっと扉を閉めた。
「父上、、、私はテヒョン様に対して責任を感じます。」
ジョングクは自分の不注意から発展した事態に罪悪感を感じていた。
「お前の気持ちはわかるが、いずれ分かる事だったのだ。それが今日になってしまっただけに過ぎぬ。殿下にとっては試練になるかもしれぬが、こういう時にこそ、側近のお前がしっかり守って差し上げねばならないのではないか?」
「はい、そうですね、、、」
ジョングクは《事実》を知ったテヒョンの、計り知れない心情を思うとまた涙が溢れた。
「しかし父上、テヒョン様はどういう経緯で大公殿下のお子様として育てられたのでしょうか?」
「それはな・・・」
ーーテヒョン誕生秘話ーー
大公とテヒョンはソファに並んで座っていた。
「お前は《望まれて》生まれてきた。これだけは信じて欲しい。」
「父上・・・」
縋るような眼差しで父親を見る息子の姿が、小さく消え入りそうで大公は胸を鷲掴みされるような苦しさを感じた。
「全て話しても、、いいんだな?」
「・・・はい。全て知りたいと思います。経緯や背景も全て・・・」
テヒョンは真剣な眼差しで大公に願った。
大公はどこから、どう話したらいいか迷ったが徐ろに話し始めた。
「兄上はステファニア殿と宮廷で出会い、ヴァンティーダ族であると知りながら恋に堕ちた。そして、彼女を生涯の伴侶にと望まれたが、ヴァンティーダ族には同じ種族でないと結婚が出来ない掟がある。」
テヒョンは大公の話に聞き入る。
「兄上は随分悩まれていた。王太子であるからな。次期国王として国民に対しても責任がある。それを分かっていたステファニア殿は自ら身を引こうとしたのだ。しかし、兄上は王位継承権を放棄すると決め、彼女との人生を選ばれた。」
テヒョンが秘めた伝説として知っていた先の王太子の話が、まさか自分に繋がるなど想像もつかなかったことだ。
「ですが、、、リスクの多い中で私はどうやって生まれたのですか、、?」
大公はテヒョンの手を強く握った。
「兄上はステファニア殿との《愛の証》を残したいと切望された。・・・だがそれはお前も想像出来る通り、命懸けのものだ。二人が一緒に居ることはかろうじて許されたのだが、子どもを儲ける事には、王室もステファニア殿の実家も大反対だった。」
死に至らせる程の劇症が強い血液を持つ人間と、体の契りを結び更に子を持つなど前代未聞だった。
「だが兄上は諦めなかった。万が一血液に触れれば命を落とす事は避けられない。それでもステファニア殿との子どもを持つことで、家族としての未来が欲しいと願ったのだ。」
ベリスフォード王太子は、子どもが出来た後で万が一、自分の身に大事が起きても、ステファニアに罪が課せられないよう、遺言状をしたためていた。
王族とヴァンティーダ族の間に子どもが出来る事自体、前例の記錄がなかったので出生の事実は極秘扱いとされ、全て王室の管理下に置かれることとなった。
「周りを巻き込み、生まれてくる子の人生にも少なからず影響を与えてしまうであろう事は、兄上も充分ご承知であったと思う。だが、そうまでしても子どもにこだわった兄上の思いが、私には痛いほどよく分かる。」
大公はソファから降りると、テヒョンの前に座り込んで両手を掴んだ。
「テヒョン。お前は兄上夫婦の希望だった。親のエゴだと思うかもしれないが、種族の壁を破り当たり前に愛し合う家族でありたかった。それだけが望みであったのだ。」
「父上・・・私はそれより何よりも父上の本当の子ではなかった、、、その事が今1番辛いです、、、」
テヒョンは声を上げて泣き出した。
「それを言わないでくれ!・・言うな、、、!」
大公はテヒョンを強く抱きしめた。
「お前は私の息子だ!誰がなんと言おうと、、、私の大事な息子だ、、、」
テヒョンが大公にしがみついて嗚咽する。
大公は出来ることなら、この出生の事実をずっと知らせずにいたかった。テヒョンには大公の息子という認識のままでいてほしかったのだ。
力強くしがみついて泣いていたテヒョ
ンの力が抜けてぐったりと崩れた。
「テヒョン、どうした?」
顔に触れると高い熱を感じる。
「誰かおらぬか!」
大公の叫び声に、ロバート医師が食堂に入ってきてテヒョンを診た。
「更に触発反応が起きております。これから数日、熱が上がったり下がったりなさると思います。本日はこのままこちらで安静にして頂いた方がようございます。明日以降、落ち着かれたらお屋敷にお戻り頂いても差し支えございません。」
扉で話を伺っていたジョングクが食堂に入ってきた。
「私にテヒョン様のお世話をさせて下さい。落ち着かれた頃無事にお送り致します。」
「・・・お前自身は大丈夫なのか?」
「はい、何があってもテヒョン様をお守りするのが私の使命でございます。」
「そうか、、、分かった。では頼むぞジョングク。」
大公はやっと少しだけ笑みを浮かべ、テヒョンをジョングクに託した。
「くれぐれも、よろしく頼む。」
大公は公爵家から来た迎えの馬車で後ろ髪を引かれるように帰って行った。
「ジョングク様、私もご一緒にテヒョン様をお世話させて頂きますよ。」
スミスがチョン伯爵家に残ってくれることになった。
「ありがとうスミス殿。心強いです。」
二人は眠っているテヒョンを見ていた。
「まさかこんな大事になるなんて・・・・」
「テヒョン様は、だいぶ前から少し何かしら気付かれておられたようです。ご聡明な方でいらっしゃいますからね。」
「これから、何かが変わってしまうのでしょうか、、、」
スミスはジョングクの不安気な横顔を見た。
「変わるとしたら、きっと良い方へ向かわれると私は思っておりますよ。」
ジョングクは顔を上げた。スミスが笑顔で応える。
「大公殿下の愛情もテヒョン様の愛情も、本物の親子の愛ではありませんか。出生の違いだけで愛情に差が出るなど有り得ません。それに、あのお二人の絆はどんな親子でも敵わないほど深く、尊い結びつきがございます。」
ジョングクは頷いた。確かにいつもとても仲睦まじい親子だったし、血の繋がりなど懸念するものなど考えつかない二人だった。
しかし、まさかテヒョンがヴァンティーダ族の血を引いているなどと、考えたこともなかった。それも自分と従兄弟同士だったとは驚きでしかない。何もかもが奇跡にしか思えないことばかりだ。
だからこそ、今回起きた事が運命に導かれている事の証に思えた。
【それぞれの思い】
静かな夜だった。
ジョングクの誕生日が色んな意味で人生の転機を思わせるような出来事ばかりだった。色々思い巡らせてしまうと、胸が痛くて涙が出てしまう。
すると包み込むように、しっかりと抱きしめてくれる腕に守られている事に気付く。涙で濡れる頬を優しく拭ってくれるその人影は、何も言わずただそばにずっと付いていてくれた。
テヒョンはジョングクのベッドで寝ていたのだ。
熱のせいで意識はもうろうとしていたが、愛しい人の香りに包まれていることだけは認識出来た。それが更に深い眠りに誘うのだった。
次に目を覚ました時は、テヒョンは自分のベッドの中にいた。
いつの間にか宮殿に戻っていた。
「お目覚めでございますか、殿下。おかげんは如何でしょうか?」
ロバート医師が診察に来ていた。
「だいぶ楽になりましたよ。」
「お体が慣れて来ていらっしゃるようですので、もう触発反応は起きないでしょう。」
「そうですか、、、」
「殿下、いくつか殿下のお体についてお話しをさせて頂きたいのですが、大丈夫でございますか?」
「・・・・はい。出生について知った以上、理解する必要がありますよね。お願いします。」
「ではお話致します。まず、今回チョン伯爵の血液に触れ、体内で融触した為に触発反応を発症されました。それにより次またヴァンティーダの血液に触れましても触発反応が出る事はございません。耐性がついたという事になります。」
「なるほど、分かりました。他には?」
「殿下の場合、生母様からの授乳がございませんのでヴァンティーダとしての《覚醒》はしていらっしゃいません。」
「それはどう解釈したらいいのでしょう?」
「今まで通りの体質でいらっしゃるということです。ヴァンティーダ族は生後母親からの母乳で《覚醒》致します。それも生母からでないと効力はありません。乳母の母乳で育てられたヴァンティーダ族の子どもは、例えその《族血》を受け継いでいたとしても《覚醒》しないのです。」
「では私は耐性がついただけということですか?」
「はい。ですから殿下の血液が一般の人々に影響を与える事はございませんし、ご結婚相手に制約もございません。」
ロバート医師の説明を受けて、テヒョンは生みの両親はそのことを理解した上で、自分を産んだのだと思った。
一見、無謀だと思えるベリスフォード王太子の行動だが、命を懸けても《家族》を作りたいという、純粋に愛を育もうとする想いがあるような気がした。
「殿下は今まで通りの生活をなさって下さいませ。」
ロバート医師はそう言って診察を終えた。スミスがロバート医師を見送る為、テヒョンの部屋を出て行った。
しばらくベッドの中でまどろんでいると、扉を叩く音がする。
「入ってよいぞ。」
扉が開くとデイビスが食事を持ってやって来た。
「殿下、お昼のお食事をお持ち致しました。お召し上がりになれますか?」
「うん。凄くお腹が空いている。ずっと食べていないような気がするのだが、いつから食べていないのだろう?」
「2日にお戻りになって以来、2日ぶりになります。」
「え?私は2日間も何も食べずに眠っていたのか?」
「そうでございますよ。」
スミスが戻ってきて会話に加わった。
「ということは今日はもう4日になるのか。」
「熱が上がったり、下がったりなさっておいででしたから、かなり体力が消耗されていたみたいですね。先生が栄養剤の注射をして下さっていました。」
耐性を得るために、体はずっとエネルギーを消費していたのだろう。
「お食事の準備が整いましたので、私はこれで。スミス様、後は宜しくお願い致します。」
デイビスはそう言うと部屋を後にした。
「デイビスは最近忙しそうだな。」
「今ちょうど出納管理の研修をさせております。その為テヒョン様のお世話は、私もフォローさせて頂いております。」
「主力スタッフになるにつれ、徐々に仕事が増えていくのだな。」
「スミス、、、」
テヒョンは食事の手を止めた。
「はい。」
「私がこの家に来ることになった経緯を教えてくれるか?・・あの日父上から聞きそびれてしまった。」
「私から話してもよいのでしょうか、、、」
「かまわない。全て知っておきたい。」
スミスはカップに注いだ紅茶をテヒョンの前に置くと、静かに話し始めた。
「実は、テヒョン様にはお兄様がいらっしゃいました。」
「兄が?」
「大公妃殿下とステファニア様は同時期にご懐妊されていらしたのですよ。テヒョン様がお生まれになる3ヶ月前に妃殿下がご出産されました、、、」
スミスは言葉に詰まった。
「なんだ、どうしたのだ?」
「・・・お生まれになったお子様は、、死産でございました。」
「死産?」
「そして、その3ヶ月後にテヒョン様がお生まれになったのでございます。
しかしながら、既に体調を崩されていらした王太子殿下が、テヒョン様ご誕生後一月も経たないうちに、お亡くなりになってしまわれました。」
なんということだろうか、、、。
こんなにも狭い親族間の中で、更に近しい者同士で、様々な不幸が重なってしまう事があるのだろうか、、、。
テヒョンはこの世の残酷さを思い知った。
「認知されていない婚姻間とはいえ、親王様のご誕生には変わりませんので、王族間で色々な議論がなされたようです。しかし、大公ご夫妻が強くテヒョン様のご養育を望まれましたので、それが受け入れられご養子として迎えられたのです。」
テヒョンは実の両親と育ての両親の想いに圧倒されていた。
「妃殿下はご懐妊された時、ご自身の御乳で育てたいと、乳母の採用を断っていらっしゃいました。ですからテヒョン様も妃殿下自ら授乳をされたのですよ。
先のお子様を亡くされても、御乳が張ると仰られ、随分お辛かったようですが、テヒョン様がいらしてからは、毎日元気に沢山飲まれたようで、授乳のお時間は妃殿下にとって1番幸せな一時だったと伺っております。
大公殿下も授乳のお時間には一緒にいらしゃいました。それは、それはお幸せそうでございました。」
テヒョンは大公から聞いていた、自分の幼少の頃の話を思い出した。
「しかし、妃殿下はテヒョン様の生みの母であるステファニア様も、今頃は御乳が張って辛い時間をお過ごしなのでしょうね、と涙を流された事がおありだったと、私は後で知りました。
そのステファニア様も大公ご夫妻には多大な御恩を感じていらっしゃったと、ハンス殿から伝え聞いた事もございました。」
テヒョンはずっと黙ったままスミスの話を聞いていた。
「テヒョン様はとにかくよくお泣きでした。妃殿下はよく泣くのは元気な証拠と仰って、にこにことあやしておいででございましたが、私どもはハラハラしてロバート医師を何度も呼びました。」
テヒョンはクスクス笑い出した。
「御乳もよく飲まれ、よくお泣きになっていらっしゃいましたが、、、眠っておられるテヒョン様はとても可愛らしく、天使のようでございましたから、妃殿下はずっと寝顔をご覧になっておいででした。大公殿下もご公務の間にお時間が出来ると、必ずご家族と過ごされていたのですよ。」
「こうして話を聞いているだけでも、私の両親がどれだけ子煩悩な方々かよく分かるな。」
「大公ご夫妻は元々仲の宜しい御夫婦でいらっしゃいましたが、テヒョン様がいらしてから益々ご家族の絆が深くなられたと、そばにいた者達は誰もが言っておりました。」
スミスはそう言うとテヒョンの前まで来てひざまずいて手を取った。
「最初のお子様を亡くされた時の大公ご夫妻の地獄のような日々を救って下さったのは、、、テヒョン様、貴方様なのですよ。貴方様が初めてご夫妻の懐に抱かれた時から既に、あの《お二人のお子様》でいらっしゃいました。」
テヒョンは大公が《お前は私の息子だ・・・》と言って強く抱きしめてくれた3日前の事を思い出した。
「ご夫妻だけではございません。私も含め周りの者達がどれほど心を救われたか、、、どれだけ毎日が明るく幸福感に包まれていたか、、それに、王室とヴァンティーダ族双方を激震させた末に、皆でお守りしようとした、王太子殿下が命を掛けて望まれた大切な、大切なお子様でございます。貴方様に向けられる皆の思いは、強い《愛情》しかこざいません。」
スミスは泣いていた。
両親以上に世話を焼いてくれたのはスミスだったはずだ。本気で叱ってもくれた。そして片時も離れずそばにいてくれたのもスミスだった。
「私には親が4人もいる。その上、主従の立場を越えて沢山の愛情を向けてくれる者達がおる。世の中にこんな贅沢なことはあるまい。」
テヒョンは心からそう思った。
「テヒョン様、大公殿下はこの2日間は毎晩絵画の間の妃殿下の肖像画を前に、ずっとお酒を飲まれておいででした。」
「そうか・・・」
テヒョンは肖像画の前でグラスを傾けている《父親》の背中を想像した。
「父上はご在宅か?」
「はい。今日はお部屋にいらっしゃいます。お取次を致しますか?」
「いや、親子だから必要ない。今すぐお会いする。」
「はい、かしこまりました。」
スミスは笑顔で応え深々とお辞儀をした。
テヒョンは多少ふらつきながら廊下を歩いていた。父の部屋に行く度に歩いた場所だ。扉を開けるといつも笑顔で迎えてくれる。
思い巡らせながら歩いていると、その扉の前に着いた。テヒョンは2度扉を叩いた。『はい。』と大公の声がして扉が開いた。
「テヒョン様、、、」
オルブライトが立っていて、いきなりテヒョンを抱きしめた。
「・・・お体は?もう大丈夫でございますか?」
普段あまり感情的になることがないオルブライトの、この行動にテヒョンは驚いていた。
「熱も下がったし、食事も採ってきたよ。」
「そうでございますか、、、ようございました。」
オルブライトは涙目でテヒョンの顔をまじまじと見ていた。
「オルブライト、いい加減テヒョンを解放しろ。」
大公はいつもの調子で笑って言った。
「失礼致しました。」
「心配してくれてありがとう、オルブライト。」
オルブライトはなんとも言えない笑顔で返すと、大公の方へと促した。
テヒョンは大公の前まで来ると、
「ご心配おかけ致しました。」
と言って頭を下げた。
大公は何も言わず、椅子から立ち上がるとそのままテヒョンを抱きしめた。
「父上、、、」
「そうだ。私はお前の父だ。」
オルブライトは二人の姿を見ていたが、そっと部屋から出ていった。
「顔を見せてくれ。・・・もう具合は本当にいいのか?」
大公はテヒョンの頬に触れ、慈しみの表情で笑った。
「もう大丈夫でございます。」
「そうか、よかった。そこに座りなさい。」
大公はテヒョンを座らせると、机に戻り引き出しから封筒を取り出した。
「これを開ける時が来たな。」
テヒョンに差し出した。
「父上。」
手渡されたのは、以前にテヒョンが大公に返したあの《洗礼証明書》だった。
金庫にしまってあったのをテヒョンが真実を知ったあの日、引き出しに移し変えていた。
「開けて中を見てみなさい。」
大公に促されテヒョンは封印を剥がし、中の書類を取り出した。
そこには【洗礼証明書】と共にテヒョンの名前と実の父親、母親の名前が記されていた。
「洗礼式には既に体が弱っていた兄上も参列された。お前の生後初めての晴れの儀式だからな、無理を承知で参列されたのだ。」
テヒョンは封筒の中にまだ何かが入っている事に気付いた。取り出してみると、王室専用の押し型がされた封筒があった。封には王太子の蝋印がされていて、表に返すとそこには《Taehyung》と文字が書かれていた。
「この封書一式はな、兄上が亡くなる前に私に託されたのだ。もう長くはないと悟られたのだと思う。
自分が亡き後、お前は王室に取り上げられてしまう。兄上はハッキリ口には出されなかったが、私にお前を託されたのだ。勿論、私は万が一の時にはそうするつもりでおった。」
テヒョンは話を書きながら、封筒に書かれた自分の名前をそっとなぞった。
「それは一人になった時に、読んで差し上げなさい。」
大公は静かに言った。
「父上、この洗礼証明書だけは父上がお持ちになって下さい。」
テヒョンは書類を封筒に戻して、大公に返した。
「分かった、預かろう。」
テヒョンは椅子から立ち上がると大公に抱きついた。
「私の父と呼べる人は、、、父上ただ一人です。」
大公は何も言わず力強くテヒョンを抱きしめ返した。
「そうだジョングクによく礼を言ってやれ。お前のそばにずっと付いて、この宮殿まで運んでくれたのだからな。・・・それに、可哀想に随分自分を責めていた。」
「はい。」
もうろうとする意識の中で、ジョングクの泣き声が聞こえていた事を思い出した。
「来週まで休暇を与えられているはずだぞ。」
大公は笑って言った。
「ありがとうございます、父上。」
テヒョンは元気よく大公の部屋を出ると、スミスとデイビスを呼んだ。
テヒョンが部屋に戻ると、呼ばれた二人が揃ってやって来た。
「厩舎に行って馬の用意をさせてくれ。アーサーでなくても、直ぐに騎乗出来る馬で良い。」
「あの、、テヒョン様、今からお出掛けでございますか?」
「うん!ジョングクの所に参る。さあ、私の外出着の用意だ。」
「お体がまだ慣れてはおりませんのでは?」
「もう大丈夫だ。ほら、早くしてくれ。」
「あ、、では、私が厩舎へ参ります。」
デイビスが早々に部屋を出た。
テヒョンに急かされて、あれよあれよという間に、馬は宮殿の玄関口に準備され、テヒョンの着替えも整った。
「テヒョン様、お付きの者は?」
「いらぬ。」
軽々と馬に乗ると、帽子を被り馬丁から手綱を受け取って、
「では行ってくるぞ。」
と言い残し、あっという間に庭園を駆け抜けて行ってしまった。
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