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多発性骨髄腫を患う私の母について書いております
初めてお越し下さった方、下に今までの関連記事をまとめておりますので、よろしかったら御覧下さいませ
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主治医の最初の言葉は
『かなり貧血の状態が厳しいですね』でした
確か・・・
3月から徐々にヘモグロビンの数値が低くなり
Mタンパクの数値は上がり
とどめは血中にガン細胞が出てきてるということでした
この先貧血が更に進み心臓に負担がかかれば
今度は心不全になりやすくなると・・・
あと1ヶ月くらいではないかと・・
1ヶ月❓️
1ヶ月とは母の残された時間がたった1ヶ月ってことなわけ❓️
理不尽過ぎる❗️❗️
私はその時そう思いました
主治医とこれからどうしていくのか話をしました
在宅で診察してもらうのか、ホスピスに入るのか
ホスピスに入ると輸血が出来なくなるということを聞きました
『輸血をするということの意味にもかかわりますが・・』
と主治医は言っていました
なんでかな❓️
輸血は積極的な治療行為というくくりになるんですかね(この時の私は、主治医にその質問をする意図すら思い浮かべませんでした)
ただ延命になるからですかね
母はQOLの為に輸血をしていると私は考えていたからです
時間が経って今これを書きながら、違和感が沸き上がりました
話を戻します
とにかく早急に決めなくてはならないことが増えました
主治医は
ソーシャルワーカーさんと相談出来るように緩和医療相談を教えてくれました
私は診察室を出て1階まで降りると、無縁だと思っていた緩和ケアと書かれたフロアの入り口をくぐりました
患者が一人もいないフロアを見渡しました
頭がボーっとしていました
母の主治医から連絡を受けていたとみられる看護師さんが、私の姿を見て近付いてきました
自己紹介をされましたが
名前が入ってきません
ただ色々しなければならない
ボーっとしながら
今お世話になっているケアマネさんやヘルパーさんに状況が代わったことを連絡しなきゃ・・
とか
その前に弟に連絡しなきゃとか
頭の中で箇条書きのように、漠然と考えていました
とにかく
6月1日に話し合いをする予約を入れました
私は緩和ケア相談のフロアを出ると、血液内科のフロアに戻りました
母の輸血はまだ終わっていませんでした
間に合ったことに私は安心しました
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今朝目が覚めて
昨日の事が夢じゃないことを思い出しました
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