「国際連合(国連)」と呼ばれる組織「United Nations」は、正確に訳すと「連合国」である。UNは大東亜戦争において我が日本国と交戦した、アメリカを盟主とする反枢軸軍事同盟そのものである。
1942年1月1日アメリカにおいて、枢軸国に対する軍事同盟として正式発足した「連合国」が、1943年10月のモスクワ会談、1944年8月のダンバートンオークス会議、1945年2月のヤルタ会談等の協議を経て、彼等に都合の良い世界秩序を維持する為、1945年6月26日、連合国憲章に署名し戦後、解散することなく組織化され今日に至っている。
日本は昭和31(1956)年、国連に加盟を許された。そして表向きには安保理非常任理事国も経験し、一応は「大国」として「復権」したが、ドイツと共に長らく「旧敵国」として、『国連憲章』上では「差別」の対象とされてきた。
日本の所謂「護憲平和主義者」達は、「国連」を「世界連邦をめざし恒久平和をもたらす」という理想的なイメージで捉えているが、それは「国連」の生い立ちを知らないことから生まれる幻想でしかない。
「連合国」の本部は、アメリカ・ニューヨークにあり、連合国安全保障理事会常任理事国は、戦勝5ヶ国(アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、共産支那)であり、連合国憲章は枢軸国を標的とする敵国条項(第53、107条)を定めている。
国連憲章第107条を指して、一般に「旧敵国条項」と呼んでいる。その内容は、第二次世界大戦の際、枢軸国であった日本・ドイツ・ルーマニア・ブルガリア・ハンガリー・フィンランドを対象(注;イタリアは途中で枢軸国から脱退し、連合国側に立って日独に宣戦したので除外)として、これら諸国が国連憲章等に違反した軍事行動(侵略等)を起こした際には、旧連合国(アメリカ等)が国連決議等の拘束力に優先して軍事制裁を課す事が出来るとした差別条項である。
しかし、日・独等が国連の中でも重要な地位を占める現状においては、条項として不適合である。当然のことながら時勢に合わない等の理由から、20年ほど前1995年の国連総会に於いて、同条項の国連憲章からの削除を求める決議が圧倒的多数で採択された。
ただし、安全保障理事会改組問題の難航で、国連憲章の改正に支障を来しており、同条項の削除自体は未だ実現していない。
また「安保理改革」にて、安保理常任理事国の枠を現在の5ヶ国から拡大しようとの声があがり、日本・ドイツ・インドなどが意欲を示している。
しかし、現常任理事国5ヶ国の持つ「拒否権」は与えないという。要は経済大国で UN への分担金を多く拠出している国に、「大国」としてのステータスとして「常任理事国」のポストは与えるが、「拒否権」と言う「特権」は決して渡さないと言うのが、戦勝5ヶ国大国の「本音」なのである。
つまるところ、現在の「国連」はで、真の「安保理改革」等出来る訳がない。経済が破綻しつつあるロシアは元より、分担金を滞納している米国や、どさくさで常任理帰国を手にした支那でさえも、「常任理事国」という既得権益のポストを絶対に手放さないのである。
また、日本国内の「護憲平和主義者」が良く口にする国連幻想だが、一国平和主義は通用しないことは国連憲章43条にて明確に通用しない。
連合国憲章43条「国際の平和及び安全の維持に貢献するため、すべての国際連合国加盟国は、安全保障理事会の要請に基き、且つ一又は二以上の特別協定に従って、国際の平和及び安全の維持に必要な兵力、援助及び便益を安全保障理事会に利用させることを約束する。この便益には、通過の権利を含まれる。」
また現憲法98条2項「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」という条項に違反することにもなる。
これにより我が日本国政府は、連合軍に兵力を提供し戦争を行わなければならない。これこそ「集団的自衛権」そのものであり、これをも否定するならば国連を脱退するしかない。
「護憲平和主義者」は「日本の国連脱退」を主張すべきであり、憲法9条を掲げた「国連中心平和主義」など、戦後教育によりお花畑の戯言でしかないのである。






