この両親の間に生まれて・・・
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ノイローゼ?!

エミは小さい頃から落ち着きがなく、少しの時間も黙って座っている事が出来ないコだった。要は『言う事をきかないコ』だったのだ。なので、少しでも両親が目を離せば『迷子』は当たり前。その上エミの過剰なまでの好奇心・社交性が物を言い、知らないオバさんに話し掛けたり、家へ勝手に上がりこんだりと好き放題。近所のコを泣かすのも1つの趣味となっていた。ある日、そんなエミを拘束するかのように、お母さんは家の庭の狭い隙間に「有刺鉄線」を貼り、エミが外に出れないようにしてしまったのだ。エミが、いつもその場所から外へ行っていたのをお母さんは知ってようだ。困ったエミは、有刺鉄線などお構い無しに、そのまますり抜けて外へ出ていった。勿論『血だらけ』である。今で言う『大仁田あつし』の試合後のような感じ。でも、気にせずそのまま遊びに出掛けた。
当たり前のように夕方帰ったエミに、お母さんは大激怒!!いつも説教されて居た部屋へ連れていかれ大きなソファーに足首をロープで巻き付けられ動けないようにされてしまった。素手で散々叩かれたあと、お母さんは自分の手が痛くなったらしく掃除機の棒を出してきた。しばらく叩かれ続けたのを覚えてる。これは、、、現代で言う所の『虐待』ですよね(苦笑)お父さんが落ち着いてる時に限って、エミがこんな悪ガキだったのでお母さんは当然疲れてしまう。そんなお母さんはノイローゼ気味になり円形脱毛症になった。何も理解出来ていないエミは「どうして髪の毛ないの?」と聞いてしまった。「エミのせいでしょ!」と怒鳴られた。。。これが、ちょうど4歳~5歳くらいの時の出来事。この時点でエミは、顔面2ケ所を縫う大怪我をしているのだった。

背後からの風景

お婆ちゃちに避難してから1週間後、お父さんが少し穏やかになってきたのでエミ達3人は家へ帰る事にした。
数日間は極々平凡な日々を送っていた。
お父さんが急に「おばあちゃんちに行こう」と言い出した。

お父さんの言うがままに4人で車に乗り込み、お婆ちゃんちへ向かった。
もうすぐ着く、という所でお父さんの様子が少しおかしくなってきた。
エミは後部座席に弟と二人で座っていて、お父さんが運転し助手席にお母さんが座っていた。
お母さんが急に「危ない」といって、お父さんが運転しているハンドルを動かした。
幻覚症状が出ていたらしく、電信柱に猛突進していたのだ。

免許を持っていないお母さんは、運転を変わる事も出来ず、なんとか落ち着かせて無事にお婆ちゃんちに着いた。
しかし、車から全員が降りた時またしてもお父さんが変貌。

エミの目の前で、小柄なお母さんを担ぎ上げ道路にたたき落としたのだ。
ビックリしたエミは、お母さんを助ける前にお婆ちゃんちのドアを物凄い勢いで叩いて助けを求めた。
目の前の道路に倒れているお母さんをみて、玄関を開けたお爺ちゃんは事の事態を把握出来ずにいた。。。
お父さんは、道路に横たわるお母さんの姿をみて我に帰りその場に立っていた。

お爺ちゃんは、全員を家の中へ入れてから事の一部始終を聞いた。
お父さんがいつまた変貌してもおかしくない状況にあると判断したお爺ちゃんは、お父さんの組の人でもあり義理の息子でもある人を呼び、二度と覚醒剤に手を出さない様注意してもらった。

エミは、そんなやりとりを子供ながらにして遠めで悲しい気持ちを押さえながら見ていた

写真

エミと弟を連れてお母さんはお婆ちゃんの家へ少しの間、避難する事になった。
お母さんは忙しそうに、1週間分くらいの着替えをまとめている。
エミは、そんなお母さんの後ろで小さいポシェットにらくがき帳や色えんぴつを詰め、ふと自分の近くに置いてあったアルバムを発見した。
そのアルバムの中には、覚醒剤に侵されていない笑顔のお父さんの写真があった。
何故かエミは、その写真を1枚抜き取りポシェットに入れた。

支度を終え、3人でタクシーに乗り込みお婆ちゃんちへと向かった。

お婆ちゃんちに着いて、しばらくお母さんとお婆ちゃんはお父さんの事について話をしていた。
エミは2階に上がり、家から持ってきたポシェットの中身を全部出した。
お母さんが2階へ上がってきた時、ちょうどポシェットの中からお父さんの写真が出てきた。

お母さんは笑いながら「お父さん連れてきたの?」と言っていた。

夜になって、お母さんがお婆ちゃんに「エミが写真を持ってきてた、どんな事をしてても
やっぱりエミにとっては、たった「一人の父親なんだね」と言っていたのを今でも覚えている。。。

ドンドンドン

弟が生まれて少ししてから、少しずつ覚醒剤の引き起こす幻覚やら幻聴で周りの人達に危害を加えるようになったお父さん。
お母さんは危険を感じ、小さいエミと弟を連れて少し離れた所にあるお母さんの兄妹の家へ避難した。そこの家は母子家庭でお母さんの妹とその人の子供二人が1部屋の借家に住んでいた。

脳が覚醒してるせいで睡眠を忘れているお父さんは、時間構わずお母さんの居場所を見つけだした。夜中だというのに、ドアを蹴ったり殴ったりしながら「開けろー」「いるのは分かってるんだぞ!」と大声で叫びまくった。
ドアには鍵とチェーンがかかっているものの、大柄なお父さんなので、いつドアを破壊してもおかしくない状況だった。エミや他の子供達は皆怖くて押し入れに隠れていた。

どれくらいの時間だったか分からないけど、しばらくしてお父さんは諦めどこかへ立ち去っていった。

数時間経って、ドアを見てみると外側がボコボコにへこんでいた。

兄弟

エミが4歳になる年、お母さんは妊娠し出産1週間前くらいから産婦人科へ入院する事になった。
お母さんが留守をしている1週間は、慣れない手付きでお父さんが家事をこなしていた。
活発だったエミは、お父さんが朝洗濯物を干す為エミに背中を向けてる隙を狙って、エミは三輪車に乗ってお母さんの入院する病院へ遊びに行っていた。
突然居なくなったエミの存在に気付くと、お父さんは慌ててお母さんのいる病院へやって来る。
そこでエミの姿を見つけ、少し安心した顔をみせる。。。退院するまでの間、そういう毎日が続いた。

無事に弟が生まれた、当時流行していたモンチッチのぬいぐるみみたいだった。

そんな事がありつつも、エミの推測だとお父さんは時折覚醒剤を打っていた。

目の前の覚醒剤

エミが3歳か4歳の頃の話し。。。
お父さん子だったエミは、いつもお父さんに連れられて色んな場所へお出掛けしてました。この時も、いつも通りお出掛けしていたんだと思う。
小さい頃って、衝撃的な場面だけを記憶としてインプットしてあるからその前後の事はあんまり記憶してないんだけど・・・

自宅じゃないどこかの室内、目の前にお父さんがいた。
手には粉らしきモノが入ったセロファン製の小さい包み、そしてスプーンとライター、テーブルには注射器が置いてあった。
まだ小さかったエミは、その包みに入っている粉はお砂糖だと思っていた。小学校高学年になるまで気付く事もなかった。
お父さんは、その包みの中の粉をスプーンの上に乗せ、下からライターで炙り液状にして注射器に入れ、それを腕に打っていた。

注射器を見て、エミは子供なりに『風邪なの?』『病気なの?』とお父さんに聞いていたと思う。


この時はまだ『覚醒剤』の本当の怖さを目にする事はなかった。
エミ自身が覚醒剤中毒者の怖さを知ったのは、弟が生まれた後だった。。。

誕生

大柄で片腕に入れ墨の入ったお父さんと、小柄で目の大きな当時水商売をしていたお母さんの間に、今から27年前、私(エミ)は長女として誕生した。
本当はお兄ちゃんがいるはずだったことを物心ついてから知る事になる。
お母さんが小柄だったから、お兄ちゃんを妊娠した時出産する為の体力がなく母体の安全が保証されなかったようだ。
そんな訳で、実質的に私が第一子となる。

その為、両親にはとても可愛がられた。
それは、今も実感している。

ご挨拶。。。

世界には、たくさんの人がいる。
その人の数だけ様々なドラマさながらの人生があるだろう。。。
私もそのドラマのような人生を体験している一人だと思う。

今年『手相』を見てもらうまでは自分では普通の人生を歩んでるつもりだった。
占い師に手を見せた瞬間「随分波乱万丈な人生」を歩んできてるね。
そう言われて、初めて自覚した(笑)

極道と呼ばれる親の元に生を受けて様々なトラブルに巻き込まれたり、
それが理由でイジメをうけたりと。。。辛い学生時代を過ごしてきました。

長くなりましたが、そんな日々を少しずつ回想し書いていきます。

あっ。あくまでも『実話』ですから!(笑)