しかも、英語も中国語も、ものにするためには相当な時間とエネルギーが必要なものです。


両方やろうとしたら、パワーが分散してどちらも中途半端で終わってしまいます。二つならず、三十分つ、四つとあれこれ手を出したら、そんなことをするくらいなら、たった一つの自分の強みを見つけ、そこに集中したほうがよい。

孫子の兵法にこうあります。


『心を攻めるは上策。城を攻めるは下策。』
調略の醍醐味を表す言葉です。

血を流さずに城を落とす。


戦国時代にあってもっともうまかったのが豊臣秀吉でしょう。


毛利元就や武田信玄も調略を多様しました。みんな『謀略家』とよばれる武将です

戦国時代でも大軍同士がぶつかるというのは、そうあることではありません。戦わずして勝利するには、『謀略』が必要なのです。

『五分の勝ちを持って上となし。七分の勝ちを持って中となし、十分の勝ちを下となす。』

名将、武田信玄の言葉です。


戦いは引き分けか少し勝てばよい、ということです。十分の勝ちは、味方の被害が大きくなるからです。

戦いを優位に進めるには情報収集が大切ということでしょう。



平日休みでしたので午前は娘と本願寺へ行きました。
娘は2歳ですが本願寺の本堂では静かにいます。

ちゃんと手を合わせますし。

参拝客も少なかったです。
龍虎殿奥の庭で静かに過ごしました。
娘は座りながら、

「アリさん。どこに行くの?」

と言ってました。

マツボックリが、ぶどうに見えるようです☘️。

本郷和人氏の『失敗の日本史』を読んでいます。


鎌倉時代から戦国にかけて、活躍した武将の失敗について書かれていて面白いです。


わたしは『武田勝頼の失敗』から読み始めました。


以前書いたブログ記事にもアクセスがありました。関心ある方はご覧ください。




毛利輝元が大阪の陣の時に、家臣で従兄弟の佐野元可を城に入れていた話を紹介されています。保険をかけて万一、豊臣方が勝利したときに毛利も味方を派遣したことを主張しようとしたためです。結果佐野は生き残り、口封じのために謀殺されます。事情を知りすぎていたためです。佐野の息子達まで殺害されます。




本郷和人氏の他の著書です。


徳川家康の記事とつながりますが、『関ヶ原の戦い』について書いています。