こんにちは!くり子です。

 

ブログのタイトル

『Journey me』

のことを、ちょっとだけ。

いつかの茨城あたり。自分で撮ったけど胸打たれちゃう1枚です。

 

タイトルを決めた理由は2つあります。

 

 

ひとつ目・・・

サブタイトル~わたしを旅しよう!について。

 

 

 

人生を旅する

 

 

って、ときどき見かけるけれど

ちょっとだけシックリこなくて。

 

 

なんていうか、

自分の足元から続く道

過去や未来や、

前後左右上下…かな

常にルートを選んだり導かれたり

 

 

卵なら卵殻膜より外側かな

それが、人生を『旅』するの

イメージです。

 

 

それは異議なし。だけど、

 

 

だけど、もうひとつ

わたしは私の内側だとか、

内側と外側が交じり合う国境線

もしかしたら銀河系のはざまくらい曖昧

そんな場所も大いに『旅』したい。

 

 

外側から流れ込んだものが、

わたしの中を巡り、ときにくすぶる

それに触れて満喫する、旅。

 

 

なぜなら、

たくさんの方々と巡り合うなかで

堪らなく美しさを感じる瞬間があって、

それは「わたしを旅すること」を

堪能している人、瞬間、だと気づいたのです。

愉しそうでもツラそうでも。

 

 

これはキャンセルできない旅

ならば色も景色も匂い風も味わいたい。

 

 

巡り合う人々にも、

美しい変容をお伝えしたい

 

 

わたしは、わたしを、旅したい

そんな想いに至りました。

 

 

 

もう一つは・・・つづく

10年前、様々な問題が一段落したら、まともなことが書けなくちゃった!どうやら、「荷下ろしうつ」というもので、今も…という続きです。

 

適切な治療やカウセリグを受けなかったせいか、この状況が長々と尾を引いている自覚があります。

 

 

何年経っても、お手紙とか『伝える』ものは書けず。散漫。付箋に一筆書いて添付するだけで、下手すると書き直しで付箋半分使っちゃう。下書きという発想も出ないのです。
 

 

ましてやTwitterやブログなんて。

キャッチ―?ムリ。要点を逃す。回りくどい。読みにくい。本質的に「伝える」ができない💦

 

 

ブログは、書けそう!って書きはじめると、脳がギュッと縮んで石化するような感覚になっちゃう。そして睡魔にさらわれるのです。

ある時、10年以上前に書いたTwitterやブログ、日記を読み返すとまるで別人でした。バカなんだけど、文章をグイッグイ、だけど簡潔に語っているんです。

 

 

虚しかった。

 

 

世はSNS総ライター時代なのに。逆行している。狂いそうでした。もともと、端っこの端だけど、編集者だったしライターだったんだもの。

 

 

だけど、その間も「書きなさい」「どんな時も書き続けなさい」と先輩方に声を掛けていただいたり、知人は状況を承知でライターの仕事を振ろうとしてくれたり…。

 

 

そして、Aさんや知人からの「ブログを書いて」という声。

 

 

きっとわたし、結局何かを書きたいのです。

だから、そんな『経験』ばかり記憶にピン止めしている。正確には「書きたい」ではなく、やっぱり仲介でありたいのだけれど。

 

 

長くなっちゃったけど、

「ブログを書く」はわたしには、

高い高いハードルなんです。

 

 

だけど、書きたい。

 

 

それがね、いま、何となく書き始められる気がしたのです。

本当にここ最近。

 

 

そして今、自分なりに継続してアップできている。

うん。今までとは少し違うと思う。

周囲の状況も何か整うことがあって。

 

 

うん、今までとは少し違う。

 できるかな?は考えないで、
 

 

縛らず、縛られず、書きたいと思います。

 

 

くり子です! 

子どものいじめ問題や色んなことを済ませて、お引越ししたら…の続きです。

ところで皆さんは、

「荷下ろしうつ病」

という言葉をご存じですか?大きなプロジェクトや困難が一段落して、ホッとしたとき発症するのだそう。これに近いのだろうなぁと。

 

--

 

10年前、お引越しをして心機一転。

新しい環境は不安だし、

息子の精神的後遺症も重かったけれど、

少なくともリアルな事実は一段落。

 

 

中学受験は落ちたけれど、

地元の公立中学は素晴らしい学校でした。

 

 

ほぅー💭

久しぶりに新しい呼吸をしたみたい。

 

 

だけど・・・

あ、あれれ?

 

 

突然、文章が書けなくなっちゃった。

文章、メモ程度のことも。

正確には、考えが広がらないし、まとまらない。集中力が続かない。散漫としている。言葉が本当に、言葉がでない、でない…。

 

 

例えば、朝の置手紙

「おはよう!ごはんちょっと出かけるから置いてくね。冷蔵庫のサラダとか。気をつけていってきてねー」みたいな感じ。

 

 

通知表の保護者通信欄だとかメッセージカードひとつ、まともな文章を組み立てられないのです。

 

 

読書もイヤ。内容はすべって入ってこない。絵本一冊読み終えない。この頃は家事も約束も、何をやっても段取りや手際が悪くなりました。

 

 

あとね、あんなに長年働きたかったのに、何もする気が起きないのです。ぐーたらOK。あんなに働きたくて苦悶していたのに。

 

 

 

のちに知人の心療内科医から、「抑うつ症状だったね」と言われました。

 

 

どうやらこれが

「荷下ろしうつ病」

…わたしの場合は「病」ではなく「症状」とのこと。

 

 

これがね、いまも深く尾を引いているみたいで・・・

 

 

つづく

 

こんにちは、キャリアコンサルタントのくり子です!

 

オレ、ブログとかTwitterとか言ってるけど

ある出来事から「文章が書けない」に陥ったんだよね、というお話しです。
 

▶ 原因はたぶん、いじめ 

ちょうど10年前。

私たち家族はいまの住まいに引っ越してきました。

理由は、息子が小学校で遭った壮絶な「いじめ」です。

引越しは卒業式の翌日でした。

 

 

環境の悪い学校だったけれど、6年生では校長と学年主任がイジメを牽引。人権のかけらもありませんでした。(このお話しはいずれ…)

 

 

議員さんにお願いしたり日々戦い。他方、息子の疾患や中学受験、わたしの手術なども重なりました。

 

 

毎日、各方面に言葉を繰り出し、イジメに関する事実のメモや文章を書き続ける。見たくもない、書きたくないことを綴るばかりの日々。

 

 

最後の最後まで戦い続け、今の場所に引っ越してきました。

ほーっ!落ち着いたら仕事戻りたいなーってね。

だけど・・・

 

 

つづく

 

こんにちは、キャリアコンサルタントのくり子です。

初対面の人見知りはないのだけど、『ほんの少しだけ知った仲』にめっぽう人見知りするのが課題です。感じ悪くなっちゃうの…わかるかなぁ。

さて!

ブログを波に乗せるために🌊自分の整理投稿中です。

 

 

わたしのなかで

17歳のころからずっと動かない

キャリア概念の奥にあるもの。

 

 

それは・・・

 

 

若い女性がひとりでも、

「きょうも生き抜ける」ために

「何か」と出会う。

その、仲介役になること。

 

 

いまは少し違いますね。

若い女性---だけではない。

自分が年齢と経験を重ねて、

女性、が加わりました。

 

 

 

何となく触れたものが、

心を、命を、つなぐことがある。

 

 

 

例えば、たまたま目にしたCMのキャッチフレーズに泣き崩れてラクになっちゃうような瞬間とか。

 

 

「人に話す」なんてできないとき、

ふっと出会った何かが、一方通行のはずなのに、すべてを包んでくれることがある。

 

 

17歳のころ、

誰かに想いを話す気などなかった自分が、

そうやって「偶然」に救われたように。

 

 

 

あの頃からわたしの職業テーマは、

『仲介役』

揺るがない。揺るいでくれない。

数年前、そのことに気づいたのです。

 

 

 

若いころは編集者として、

良質な思いや言葉を見つけてばら撒いて、

必要とする誰かの目に触れれば…

と仕事をしていました。

 

 

 

いまは『キャリアコンサルタント』

という目線、視座からアプローチして

「仲介役」になれる。そう考えています。

 

 

 

誰かと社会

誰かと何か

誰かとその過去現在未来

誰かとその人自身。

 

 

 

『キャリアコンサルタント』

という肩書のなかでは

かなり端っこモノなんですけどね💦

 

 

 

ま、いっか!なのです。


つづく。。。