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⭐︎かほの日記⭐︎

 
20代のとき、50代である母親が若年性認知症に。
大好きな母のために介護をしたい、
仕事を続けたい、
自分の家族をつくりたい、
という "どうしましょうライフ" の日記です。

介護日記 / 仕事日記 / 生活日記

今子ども関係の仕事を

しているのですが、

以前私には

苦手な保護者がいました。

 

気さくな人で、
送迎の際に
よく会話をしていたのですが、
ある時から急に
無視をされるように
なりました。
 

挨拶をしても、
目も合わせてくれません。
 

理由が思い当たらず、
悲しくて、
あの言葉が悪かったのか、
それともあの時の対応が
失礼だったのではないか、
と一人悶々としていましたが、
これ以上関係が壊れると
大変なことになると思い、
意を決して
上司に相談しました。
 

すると上司から
「先日、
ある職員が
不注意で女の子に
ケガをさせそうになった。
それが登園の時間帯で
側にいたお母さんが
咄嗟に動いたから
無傷で済んだのだけれど、
お母さんは相当怒って
不信感から
職員達に全く挨拶を
しなくなってしまった。
今は役職が上の人としか
話をしない」
と聞かされました。
 

女の子がケガを
しそうになったことは
全職員に
伝えられていましたが、
お母さんが
激怒したことは
知りませんでした。
 
 
子どもの安全を
第一に考えることが
必要な場所なので
怒って当然のことですが、
挨拶する度、
無視をされ続けた
職員達は困惑。
 

正直私も
毎度傷ついていましたが、
自分に
「それはそれ、
女の子には関係ない」
と言い聞かせ、
出来るだけ
その子に誠実に接して
お母さんには
内心緊張しながら
挨拶をし続けることに
しました。
 
 
それから一年ほど
経過した頃
また突然、
無視ではなく
挨拶を返され始め、
お母さんの方から
話かけてくるように。
 

不思議に思っていると
ある時お母さんが
「この子が家でずっと、
あなたのことを
好き好き、って言っている」と。
 

運が良かっただけかも
しれませんが、
誠意は伝わることがあるのだ
と感動しました。
 

また、
自身は職員達を全く
信頼していなかったにも関わらず
我が子の言葉を否定せずに
耳を傾けていた
お母さんの姿勢を知り、
大人たちが、
どんな立場であれ、
子ども一人ひとりの存在と心に
常に目を向けて、
行動し続けることが
何よりも大事なんだな、
と改めて感じました。
 
 
 
 
 
 
 

 

今日は、

母の胃瘻のPEG交換前の

家族診のため、

母を連れず、

私だけで

病院に行ってきました。

 


普段は行っていない

大きな病院なので、

お医者さんに

伝えることや

質問したいことを

いつも

箇条書きにして行くのですが、

今日の担当の女医さんは

私が口を開く前に、

母の状況や要望を

的確に質問してきて、

あっという間に、

家族診が終わりました。

 


PEG交換当日の注意事項を

伝えるスタッフさんの説明も

丁寧で分かりやすく、

短時間で済みました。

 

 

大きな病院に行くと

母がいくつもの病気を

患っており、

複数のお医者さんの意見が

あるからか、

時々、

話が噛み合わないことが

あります。

 


「仕方ないことだ」

と思い、

始めから

期待していないことが

常なので、

こんなにスムーズに行く日も

あるんだなぁ、

と嬉しくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

* 胃瘻;チューブで直接栄養・

水分を送り込むために、

     手術によって胃に造設された

導管のことです。






今日は、

朝晩それぞれの、

母と私の日常の様子を

表してみようと思います。

 

母は認知症が進行して
言葉をほとんど話しませんが、
表情は豊かですので
ぜひその情景を
ご想像ください。
 
 
 
時間:食事前
  (食事は胃瘻からの注入)
 
 
 
お月様 まずは、夜から お月様
 
 
  私「そろそろ、
    夜ご飯の時間だね。
    お母さん、
    チューブは
    触らなくていいよ、
    用意しているからね。
    どうして、
    そんな顔をしているの。
    あ、私の足が
    お母さんの足に
    当たってたのか。
    ごめんね、
    痛かったよね。
    わざとじゃないよ。
    はい、
    じゃあ手を合わせて、
    『いただきます』」
 
 
 
晴れ そして、
こちらが朝(出勤前)晴れ
 
 
  私「ギャー、
    もうこんな時間っ。
    お母さん、
    チューブ触らないでっ。
    え、何。
    あ、私の足か。
    ごめんっ。
    え、痛かったって。
    わざとじゃ
    ないってばっっっ。
  
    (合掌無し)」
 
 
 
 
 
 

母の認知症初期の頃、

母は私と
二人暮らしでした。

 


他の家族はというと、
海外や他県におり、
すぐに帰ってこれない
状況だったので、
通話で
母の様子を伝えていました。
 
 
その後、
父親が単身赴任から
家に戻ってきました。
 
 
それから数ヶ月後、
私は母の異変に
気がつきました。
 
 
あれ
なんだか少し
横に
巨大化してないか
 
 
毎日見ていたので、
変化に疎かったのでしょう。
明らかに
数ヶ月前の母とは違います。
 

食事の用意は
一緒にするか
私が行っていたので
食事量は変わっていないはず、
ということは運動量か、
それとも筋肉量か、
こんなに急に太って
他の病気を併発したら
どうしよう、
と頭を悩ませていましたが、
数日後
犯人が見つかりました。
 
 
父はある島の出身で、
何でも分け合う習慣が
あります。
 

食事と食事の間に
自分が口寂しくなると
 
 
パンを半分こ
 
煎餅を半分こ
 
どら焼きを半分こ
 
 
全て半分にして
母に食べさせていたのです。
 

母は低身長のため、
父と同じ量を食べれば、
あとは横に伸びるだけです。
 

私はカンカンになって
父に詰め寄りましたが、
父は
「お父さんだけが
食べることはできないよ。
一人で食べてしまったら
お母さんがかわいそうだ」と。
 
 
その後も懲りずに
「隠れて半分こ」は続き、
現在、
認知症が進んで嚥下が上手く
できなくなった母は胃瘻生活を
していますが、
一日一回父は私に
「 次お医者さんに会う時、
お母さんが
また食べれるようにならないか
聞いてきてくれないか」
と頼みます。
 

おそらく父の理想は
また以前のように
家族でテーブルを囲んで
母と一緒に食事すること、
そして
「楽しい半分こ」
なのでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

仕事のモチベーションを

維持するための方法は

人それぞれ違う

と思いますが、

私はどうやら一つ、
ハッキリしていることが
あるようです。
 
 
それは
子どもと関わること。
 
 
食事の介助でも
オムツ替えでも
何気ない会話でも
何でもいいので
子どもと関わることです。
 
 
ですので、
今、
私の仕事のモチベーションが
ピンチです。
 
 
コロナ予防のため、
職場では
常に消毒をしています。
 

床を消毒。
テーブルを消毒。
おもちゃを消毒。
子どもが触ったもの
及び触りそうなものを
全て消毒。
 

消毒。
消毒。
消毒。
消毒。
 

普段より
子どもたちと関わる時間が減り、
精神的に辛い毎日でした。
 
 
しかし、
自分がどうして
この仕事に転職したのかを
思い返して決意。
 
今日は、
子どもと関わる時間を
たっぷりとって、
消毒作業は自分の残業に。
 

上司には
怒られるかもしれませんが、
心は晴れました