たまに母のこと | 保護犬マロンと小山っ子いぶきとまいちゃんの気ままな日記

保護犬マロンと小山っ子いぶきとまいちゃんの気ままな日記

2012年マックが虹の橋へ。捨て犬だったマロンと小山町多頭現場で生き抜いてきたいぶきを2013年GO!保護犬GOさんから迎えました。とても充実した生活をし2022年4月、5月に虹の橋へ。2023年4月13日まいちゃん(元リズ)をスリールさんから迎えました。


ご無沙汰しております。
今日はワンコ記事ではございません。たまに登場の母の介護記事です。

今まで2回少し書いてました。5月30日→★
6月5日→☆

4月24日日曜日夜いなり寿司を口に入れた途端に
呼吸困難となり救急搬送され誤嚥性肺炎の診断。3ヶ月の入院
7月25日退院しました。

回復しての退院でなく、急性期病院での治療は終了
最期は自宅で看取りの意味の退院です。

栄養補給ですが、6月に4度目の経口摂取
試みましたが断念しました。
体の中にポートを作り、そのポートに高カロリー点滴
をして体を維持する方法(中心静脈栄養)を選択しました。
先生によっては延命とも言うんですよね。

入院している間に、点滴の交換の仕方、ポートへの
針の刺し方の訓練を受けました。
急性期病院から療養型病院、いわゆる老人病院への
転院を考えるのが普通なんでしょうが、5箇所病院を見学して、寂しさを覚えたりもしたんです。

ケアマネさんが在宅でみる方法を考えて
下さいました。介護保険制度を使いました。母の要介護度を4から5に上げる申請をして、
使える単位を増やしました。訪問看護師さん、ヘルパーさんが平日昼間面倒をみる。家族が家でやる事は、朝は血糖値測定、インスリン、尿、便チェック、夜も同じくで、点滴交換が加わります。
大変そうだけど、今はレスパイト入院といって、
介護疲れの家族の為に、ショートステイやロングステイで
病院を利用するというサービスがあるんです。退院時病院の看護師さんからは、年末、お正月また戻って来るでしょ、
待ってるからね。と言われにこやかに退院いたしました。

7月25日(月)から在宅介護が始まりました。

母は家に戻ってきて、表情が穏やかになったきがしました。
やっぱり家がいいんですね。

しかし、ポートから点滴を引っこ抜くことが
何度かあり、その度に看護師さんを呼ぶ事が続きました。
触ってしまう理由はあるんです。ポートの出っ張りを固定する為のフィルム、テープが痒いからなんです。夏だから余計に蒸れるしむず痒い、それに認知症ですから、ポートを触ってはいけないとわからないのです。
ポートがこんなに面倒だなんて、思いもしませんでした。
24時間していなくても、夜だけ点滴して昼間外せば、デイサービスにも
行けますよなんて言われていたから、ホックの着脱
なのだと簡単に思ってました。
高カロリー輸液を選択したこと、後悔しました。
かといって胃瘻はできませんでした。
母は逆流性食道炎も持っていたためです。
だからしかたないんですよね。

両手はミトンをしました
寝たきりでミトンをしなければいけない。
おまけに左目は既に糖尿病性網膜症で失明しており、
右目も弱視。
母親の状態を想像して息苦しくなりました。
生活の質を高めるために在宅にしたのに、
家に戻っても、拘束されて、これでいいのだろうか。。。。
なんて思いました。

でも目が見えにくくても、お家から聞こえてくる音や声、
匂いで安心しますよ、
環境が家に変わったというだけでも母の気持ちは
全然違いますよとケアマネさんに励まされました。

8月に入り
「(体を)上げて、上げて」
「喉が渇いた、お水ちょうだい」
「ご飯食べたい」
と手足バタバタさせることが続きました。
ベッドの柵にぶつけて青あざもできました。
こんなこといつまで続くんだろうと思いました。

往診の先生は毎週土曜8時に来て下さいました。往診の先生探しも苦労しました。今まで、母は糖尿病外来、消化器外来、に通院しており
往診をしてくれる病院ではないのです。医師会のホームページを見て在宅医療にチェック入っている病院を探します。意外と少ないです。寝たきりになってから新規で往診受付てくれる先生はあまりいないです。以前から通院していて本人が寝たきりになり往診してくれるという
のに持ち込む為には普段から通院すればいいのだけど
見極めが難しい。
それに往診時間、だいたいが平日の午前診療と
午後診療の間の1時から3時。
私は会社を休む事できないので、土曜日に往診してくれる先生
を探さなければいけませんでした。

ケアマネさんの情報収集のおかげで、
なんとか往診の先生を見つけることができました。
末期癌などの緩和ケアにも力を入れている先生で
本当にいい先生にめぐり合えました。

母は食べたい欲求が強く、
ミトンを噛んだり、布団を噛んだり、点滴の管を噛んだりすることが
多くなりました。
お楽しみ程度に口から食べるということを往診の先生交えて
お話しましょうと看護師さんから提案がありました。
お盆休みなんかもはいるので、相談日を8月18日木曜日に
決めました。
それまで、母の口の筋肉を鍛えようなんて思い、
口を動かす練習をしました。
ただの「いー」「うー」、「えー」だと本人は動かさないので
おかあさんが食べたいものは何?と聞き
「大福」「あんぱん」「りんご」この言葉がでたので、
この言葉を言う練習をしました。
食べれればいいなーとわくわくしました。

8月8日 月曜日あたりから
血糖値が 高め たぶん500以上が続きました。

8月11日(木)山の日
 先生の往診日でした。

 高血糖が続いているので相談しました。

「 低血糖では死ぬけど高血糖では死なないよ。
 高カロリー点滴は直に体内に糖が入るので高血糖に
なりやすい、
点滴外せばすぐに低血糖になってしまうのでそれは絶対恐い。
病院で医療看護体制しっかりしてる中ならコントロール
できるけど、
家にいるのだからおおざっぱに見た方がいいよ」

との先生のお言葉。

あまり数値にとらわれてもしょうがないのね。

それでもなんだか最近頭振ったり呼吸が苦しそうなので
どうにかならないのでしょうか?と聞くと。

先生、顔が厳しい顔つきに変わり、
「それなら病院に連れて行く?
 娘さんは楽になるよ。
 
 おかあさん、あとどれくらい生きれると思います?
 そろそろ覚悟をして下さい。
 もう体がぼろぼろなので、そんなに長くは生きれない。
 半年も持たない、数ヶ月。

 家族がおかあさんの苦しんでいるのを見ているのが
 辛いのであれば、病院で手厚い看護で生き長らえる事は
できる。病院だから。
でもおかあさん本人の苦しいのは変わらない。
家族は苦しいのを見なくなるので楽にはなるけど、
病院に行ったらもうおかあさんとは最後。
一緒には居れない。
本人の苦しみを家で一緒に共有してあげれるかどうか
家族で考えてください

お母さんは子供の頃にいろんなことを教えてくれましたね。
お箸の持ち方とか、いろんなこと。
亡くなる時 母が子に伝える最後の教えありますよ。
きっとおかあさんが教えてくれますよ。」




8月12日 金曜日
 食べないから口を動かさないから口腔内は乾燥、
赤くただれてました。
目も充血してました。

8月13日 土曜日
 ハアハアハアハア呼吸が荒く、
傍に寄ると何か話そうとしてますます
 呼吸が苦しくなるので、
近寄らないほうがいいのだと思いました。
 でも、後で看護婦さんに伝えたら、手を握ったり足をさすったりそばに
 いてあげてくださいといわれました。
 
 夜は肺全体で息をしていました。

8月14日 日曜日
 朝から体温38.2度でしたので、わきの下を冷やしました。
 尿も少なく、通常半日で500ml尿パックに溜まるところ、10分の1の60しか
 出てませんでした。

 尿が少ないってことは、良くない事は知っていました。

 14時頃、看護師さんから様子どうですか?と電話がありました。
 もう何がいいのか悪いのかってかんじでしたが、
 私の不安を感じ取ってくださって
 日曜日なのに、来てくださいました。

 口腔清掃中に 黒色物を吐きました。
 気持ち悪かったのを吐いてしまい、すっきりしたのか
 呼吸が楽になりました。

 「わかならいけど、18日の相談日まで持つかどうかなー
 もしかしたら今晩急変するかもしれないし、わからない。」
 との看護師さんの看立て。


もし今晩急変したらどうするか、
救急車を呼んで病院に連れて行くか、
それとも家で看取るか、
早急に家族で決めておいて下さい
と言われました。
実は急性期病院から在宅にするという事で
家には帰ってきたのですが、家族の中で考えにギャップがありました。
病院にまた戻せば回復するんじゃないかとまた
勘違いしている家族がいたのです。恥ずかしながら、私も少しあったか藻。病院でもう治療終わったから退院してきたわけで、
その辺りがまだ家族の中で意識合わせが弱かった。

 介護休暇ってとれないですか?
 と看護師さんに言われました。
 小さい会社ですので取得しずらし、いつまで続くかわからない
休暇を取るのに 躊躇いがありました。
 夕方家族で話し合い、というか私が説得し、病院には行かない、
最後は家でを貫き通す事に決着しました。
9時頃、赤い吐物、さらに黒い物を吐き、シーツ、パジャマが汚れてしまったので取り替えました。すっきりしたのでしょうか。
夜9時12分息を引き取りました。

呼んでも反応有りませんでした。訪問看護師さんに来て頂きやはり息をしてないとの事。さらに往診の先生に来て頂き、永遠の眠りとなりました。

最期というのは突然にやってくるものですね。
突然すぎます。


1週間経ちますが涙出てません。
お葬式、事務手続き、お墓の事などやる事いろいろあるからかな。

ポツポツといろんな思いが出てきます。
苦しそうな間、手を握ってあげればよかった。同じ家に居て、なにやってんだろう、私。

往診の先生にお支払いもあり挨拶に伺いました。

先生にお礼を述べましたら、

「とんでもないです、私見てのとり、何もやってない。
全部看護師さんがやってくれたでしょ。
医者ってね役に立たないんですよ、
一生懸命やってくれるのは看護師さんなんですよ。」
医者でこんなセリフ言えるなんてね、
せっかくいい先生に巡り会えたんだもの、
もっとお世話になりたかったなー。
母にぴったしの優しい先生なんだから。

往診の先生、訪問看護師さん、ヘルパーさん、ケアマネさん、
急性期病院の看護師さん、
このような方々のおかげで、母は住み慣れた家で家族に
見守られながら最期を迎えることができました。
母一人ぼっちでなく、最期を迎えることができました。
ありがとうございました。

そういえば、母はいつも「ありがとう、ありがとう」
ってデイや病院で言ってたなあ。

病院でなく自宅で看る、

選択してよかったです。
欲を言うなら、もっと早く退院させて、家でより長く過ごさせてあげれば
よかったとも思う。

在宅、覚悟して決めた事なのだから
もっと母に生きて欲しかったなー。

いやいや、「水ー、水ー、お水頂戴」、「(体を)上げて、上げて」
「ごはん、食べたい」と訴えられたけどあげることができない辛さ、
上半身全体ではーはー息をする、
点滴の管を外さないように手にミトンする。
こんなんで生きていていいのだろうか。。。
なんて思ったり、

それほど苦しい母をみていたから
もう苦しまなくてよくなったから、よかったんだよね。

まだまだいろんなこと思ったりもするけど

とりあえず、母のこと 経験談でした。




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母の柩の周りで 落ち着かない マロンといぶき。


マロンといぶきの命の恩人は個人ボランティアGO!保護犬GOさん
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