ループします。
携帯のメモリには番号とメールアドレスが それぞれほぼ同じ数だけ入っている。
中にはメモリを登録しておけば、いつまでも何処までも人と繋がっていられるなんて考えている奴のメモリも入っている、かもしれない。
少し考えれば分かることだが、そんな考えは具の骨頂。
番号を変えたのに知らせてくれず、久しぶりに連絡をと電話すると無機質なアナウンスが流れ、裏切りを感じるかもしれない。考えただけで切なくなる。
携帯で人と繋がることなんて出来やしない。会わなければ。
かといって会っていない時間はどうすればいいか?
信じて待つしかない…。
信じて待つのには凄く体力がいる。
待っている間、疑うこともある。
疑って疑って一皮剥けて、それを繰り返して、それでも信じることが出来るなら、信じることにしている。
でもまた疑う。
いつか止まることを信じて。
中にはメモリを登録しておけば、いつまでも何処までも人と繋がっていられるなんて考えている奴のメモリも入っている、かもしれない。
少し考えれば分かることだが、そんな考えは具の骨頂。
番号を変えたのに知らせてくれず、久しぶりに連絡をと電話すると無機質なアナウンスが流れ、裏切りを感じるかもしれない。考えただけで切なくなる。
携帯で人と繋がることなんて出来やしない。会わなければ。
かといって会っていない時間はどうすればいいか?
信じて待つしかない…。
信じて待つのには凄く体力がいる。
待っている間、疑うこともある。
疑って疑って一皮剥けて、それを繰り返して、それでも信じることが出来るなら、信じることにしている。
でもまた疑う。
いつか止まることを信じて。
就活おひとつどうですか?
僕は社会という枠組みの中では多分ヤバイ方の人間だ。
学歴も自慢できるようなものじゃないし、一浪だってしてる。
人見知りが激しいく、コミュニケーション能力も低い。ちょっとした対人恐怖症も持っている。でもほんの少しマシになった。
マシに なって、付き合う人の層が増えてきて気付いた。
それは常識がない事かもしれない。特に地域情報。言ってみればその人達との共通言語を知らない。だから話が長く続かない。
ヤバイね。確かにヤバイ。ヤバイが僕はヤバイとは思ってない。
これまでの努力は少しの努力しかしていない。時間もまだまだある。
しかもヤバイ人間じゃないと見れないものを沢山見てきた。
ごめんなさい社会という世界。勝つのは僕一人だ。
学歴も自慢できるようなものじゃないし、一浪だってしてる。
人見知りが激しいく、コミュニケーション能力も低い。ちょっとした対人恐怖症も持っている。でもほんの少しマシになった。
マシに なって、付き合う人の層が増えてきて気付いた。
それは常識がない事かもしれない。特に地域情報。言ってみればその人達との共通言語を知らない。だから話が長く続かない。
ヤバイね。確かにヤバイ。ヤバイが僕はヤバイとは思ってない。
これまでの努力は少しの努力しかしていない。時間もまだまだある。
しかもヤバイ人間じゃないと見れないものを沢山見てきた。
ごめんなさい社会という世界。勝つのは僕一人だ。
プレイメイトオブザイヤー
進学し間もなくゼブラヘッドのコピーバンドをしようということになった。その頃の俺はただバンドを組んでいるといった勲章とまではいかないが、その事実がほしかった。
当時好きな女だったり、あまり面識のない友達、出会いの盛んな時期でもあったので初対面の相手に自分はバンドを組んでいるといったただそれだけのステータスを相手にひけらかしたかっただけであった。
それは一重に俺が超A級の自意識過剰人間であったからなのかもしれない。
年月をかけて音楽のことを考えてみて出てきた答えがある。人によって音楽との距離が違うということである。
昔の俺は音楽との距離が遠かった。それは言い換えると音楽をする自分が好きということかもしれない。しかし距離が遠いから悪いということではない。俺の事例は低レベル過ぎて悪く思えるが。
音楽概念とはその人の分身なのでは?というのが現時点での自分の答えであり疑問でもある。
話は逸れるが、ある好きなバンドのライブを見に小さなライブハウスに行くと、お目当てのバンド以外に4バンドほどの初心者~インディーズからCDを出している中級者のライブを前座として見ることになっていることがよくある。
やはりいいライブをするバンドに共通して言えることは、音やファッションや照明の使い方もそうだったりするのだが、結局の所楽しんで音楽しているバンドが凄く良く見える。俺は。面白くないバンドにはメンバーにどこか羞恥心を感じる。
音楽概念と演奏音楽、自分との距離と他人との距離、これらはまた違うのものだろうけれども。
当時好きな女だったり、あまり面識のない友達、出会いの盛んな時期でもあったので初対面の相手に自分はバンドを組んでいるといったただそれだけのステータスを相手にひけらかしたかっただけであった。
それは一重に俺が超A級の自意識過剰人間であったからなのかもしれない。
年月をかけて音楽のことを考えてみて出てきた答えがある。人によって音楽との距離が違うということである。
昔の俺は音楽との距離が遠かった。それは言い換えると音楽をする自分が好きということかもしれない。しかし距離が遠いから悪いということではない。俺の事例は低レベル過ぎて悪く思えるが。
音楽概念とはその人の分身なのでは?というのが現時点での自分の答えであり疑問でもある。
話は逸れるが、ある好きなバンドのライブを見に小さなライブハウスに行くと、お目当てのバンド以外に4バンドほどの初心者~インディーズからCDを出している中級者のライブを前座として見ることになっていることがよくある。
やはりいいライブをするバンドに共通して言えることは、音やファッションや照明の使い方もそうだったりするのだが、結局の所楽しんで音楽しているバンドが凄く良く見える。俺は。面白くないバンドにはメンバーにどこか羞恥心を感じる。
音楽概念と演奏音楽、自分との距離と他人との距離、これらはまた違うのものだろうけれども。