イタリア旅行記 34:ヴィテルボの市民博物館と教会 | 旅中毒

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2019/1/2

 

次に向かいましたのが、市民博物館。ここも野本さんが「元は修道院だから建物自体がようめさん好み」とお薦めしてくれましてね。つくづく個人ガイドの有難さを思い知りますよ。一般的な見どころを紹介してくれるだけでなく、私が何に興味を示し、何を喜ぶかをよく観察してくれていて、私個人に特化した見どころを教えてくれる。

 

ほら~、12世紀の修道院よ~。14世紀に改修されていますけどね。博物館の開設は1955年だそうです。それまで修道院は現役だったのかな?

 

こういうのも薔薇窓っていうんですかね? 専門用語を知らないんだ。

 

内側から見る。

 

なんという豊かな空間であろうか…

 

 

 

 

長い衣に身を包んだトンスラの修道士が現れても驚かない…。

 

2階と3階が中世・近世のフロアだそうですけど、上がり方がわからなかった。聞けば良かったよな。

 

もっとも、紀元前8世紀~紀元3世紀にわたるエトルリアやローマの展示品を見ているだけで時間がいくらあっても足りなかった。

 

ヴィテルボ近郊の遺跡から出土した石棺などが展示されております。

 

上の写真の奥側の女性。この人がこの博物館の展示品の説明の語り部である。(英語あり)

 

大人用の石棺を8歳の少女に使うために改造した痕跡があるとか、判事の石棺には判事がチャリオットに乗って死出の旅に赴く様子が描かれているとか、面白い解説がいっぱい。お墓は家族単位で作られるので、大家族が入れるようにと作った大きなお墓だと、それを作った人と最後に埋葬された人との間に200年くらい隔たりがあったりするそうな。

 

神話の生き物の彫刻もあるとのこと。これはそういうものであろう…。

 

ここで見られるようなエトルリアの石棺は紀元前6世紀頃にギリシアから文化移入されたものなんだって。遺体を収める棺の箱の上に、人の彫刻を乗せた蓋をかぶせるの。紀元前3~4世紀頃に富裕層の中に広まっていたと。碑文を添えることもあったそうです。もちろん当時は鮮やかに色も付けてあった。彫刻は本人に似せているわけではなく、「老人・男性デザイン」とかの決まったパターンがいくつかあり、一番近いものが適用されていたらしい。

 

彫刻は、初めの頃は亡くなった人が横たわっている姿だったけど、後になると宴会でカウチにもたれている姿に変わっていった。バンディタッチャのネクロポリスにもあったように、ここでも女性が宴会に参加している様子が伺われる。石棺がギリシアからの輸入文化と言っても、そこにはエトルリアの価値観が反映されているのだ。非常に重要な社会活動であった宴会において、女性も重要な役割を担っていた。

 

ここに展示されているのはムサルナ、ノルチア、チポッラレッタなどからの出土品。語り部の女性はノルチアに埋葬されていたらしい。

 

ノルチアのネクロポリスは、グーグルにも1600枚も写真が上がっている。行ってみたいなあ。ガイド役の石棺の女性も言ってるけど、そびえ立つ崖に掘られたお墓は壮観です。ムサルナは力のある一族が統治していてたけど、チポッラレッタは政略結婚により権力が分散したり、近隣のタルクイーニアなどからの勢力が入ってきたりしていて、その社会構造の変化がお墓にも見られるらしい。

 

この博物館、「市民博物館」じゃなくて「考古学博物館」に名前を変えちゃえばいいのに。そしたらもっと、考古学ファンがそうと気づいて訪れるようになるでしょうに。そりゃ絵画も展示してはいるけど、2011年からはこの博物館、「市民博物館:ルイージ・ロッシ・ダニエッリ」って名前になっているそうだよ。ルイージサントは、ヴィテルボ出身の考古学者ですって。
 

さて、博物館のお隣にはサンタ・マリア・デッラ・ヴェリタ 教会があります。時間がなくなってきたのでサッと見ただけに終わってしまいました。

 

この教会は戦争で壊されちゃってますが、なんとか被害をまぬがれたフレスコ画も。

 

床にあるお墓。昔、身分が高い人は死後にお墓を教会の床に作り、人々に踏まれることで死後にも徳を積むようにしていたと聞き及びますが、人の形をしているとなんか踏みづらくないです…? 踏むにしても足の方を選んでしまうわ。顔は踏めない、さすがに。

 

 

ところで、何で外観を撮らなかったんだろうと思ってストビューで見てみたら、なるほど。つまらなかったからだったわ、思い出した。ほら、爆撃で吹っ飛ばされて作り直したからさー。右が教会で、左のピンクののっぺりした建物が博物館(修道院)ね。その間の、低くなって旗が出ているのが博物館の入り口。

 

外観だけで言えば、お向かいにあるヴェリタ門の方がかっこいいよね。

 

 

ヴェリタ門の前に大きな道路が走っているので、教会と博物館のある側との間に、トンネルが作られています。そのトンネルの壁には、ヴィテルボの昔の姿を映した写真が飾られていました。

 

 

プロッフェルロだ。