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パラレル

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三菱一号館美術館で開催中の「トワイライト、新版画ー小林清親から川瀬巴水まで」でこれは、と思う作品、《大川岸一之橋遠景》の主観レビューをお届けします。

本作は、夕暮れから夜に移る時間帯の川辺の情景が描かれています。

 

人力車の前で綱を引く男性は斜めになっており、前に進んでいます。

一方、川の水などによる水平線が目立ち、静けさを強調しています。

それは、水面に灯火が長く伸びるなど、穏やかな川の流れからも分かります。

 

水平に広がる川面、遠景の街並みの水平線、月とその周囲の静かな光は「静止」「持続」「時間の緩やかさ」を感じさせます。

 

この対比から、「静寂な空間の中を、人間の営みが一瞬の動きとして横切る」という読みを導くことができます。

つまり、世界は静かに広がっているが、その中で人間だけが急いでいる、という感覚が生まれます。

 

この解釈をさらに深めると、以下のようにも言えます。

水面のゆるやかな反射は、時間の持続性・自然のリズムを、人力車の疾走は、近代化・人間の加速を表します。

つまり、自然の静けさと近代のスピードという対比にも読み替えることができます。

小林清親(1880)《大川岸一之橋遠景》スミソニアン国立アジア美術館

 

三菱一号館美術館で開催中の「トワイライト、新版画ー小林清親から川瀬巴水まで」へ行って来ました。

最後の浮世絵師のひとりと呼ばれる小林清親。

清親は、黄昏時の表情や闇にきらめく光の様相を描き、「光線画」として明治期の風景版画へ大きな変革をもたらしました。

 

江戸時代に高い人気を誇った浮世絵版画は、明治期以降、写真や新聞、雑誌といった新しい技術やメディアの勃興により徐々に衰退し、「黄昏(トワイライト)」の時代を迎えることになります。

こうした時代の移り変わりを受けて、大正から昭和初期には、伝統的な木版画の技術の復興を目指した版元・渡邊床三郎の働きにより、川瀬巴水や吉田博らの絵師たちを中心に「新版画」の作品が盛んにつくられるようになります。

 

本展では、新版画に魅せられた米国のコレクター、ロバート・オットー・ミュラーが築いた新版画を中心とする日本近代の版画コレクションを紹介しています。

スミソニアン国立アジア美術館に遺贈されたこれらの作品を中心に、三菱一号館美術館所蔵の版画を加えて、風景版画の流れ、写真との影響関係を展観します。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

第1部 小林清親と浮世絵

 第1章 開化絵

 第2章 小林清親

 第3章 井上安治と小倉柳村

 第4章 写真

第2部 風景版画の展開

 第5章 チャールズ・ウィリアム・バートレット

 第6章 高橋松亭(弘明)

 第7章 伊東深水

 第8章 吉田博

 第9章 川瀬巴水

 

明治政府は近代化を推し進めるため、西洋文明の急速な流入を図りました。

西洋化の波は、日常生活の細部から建築や政治制度、さらには文化や生活様式、社会全体の仕組みに至るまであらゆるものに及びました。

第1部では、こうした急激な変化を描いた浮世絵、開化絵が紹介されています。

 

ペリー来航は、日本の生活のほどんど全ての側面に根本的な変革をもたらす発端となり、美術制作も例外ではありませんでした。

写真を含む新たな視覚表現様式や技術の到来により、芸術家たちは革新的な方法を模索しました。

急速な近代化の時代に新たな生計の道を求めた清親は、劇的に光と陰影を強調することによって空間と対象を捉える手法、「光線画」を推進します。

本展では、清親に影響を受けた井上安治、小倉柳村の作品も紹介されています。

小林清親(1880)《大川岸一之橋遠景》スミソニアン国立アジア美術館

 

日露戦争は、浮世絵の衰退を決定的なものとしました。

これまで浮世絵が担っていた報道の役割が写真に取って代わられたのです。

浮世絵技術の衰退や、質の劣った浮よせの横行といった状況を憂い、良質の複製や新しい版画を作り出そうと考えたのが、版元の渡邊床三郎でした。

床三郎は、清親を「新版画」の先駆者として評価し、外国人画家、日本画家、洋画家などに働きかけ、「新版画」を推進していきます。

井上安治(1882)《銀座商店夜景》スミソニアン国立アジア美術館

 

美人画で人気を博した伊東深水も、新版画を代表する絵師です。

紹介されている『近江八景』は風景版画ですが、これを観た川瀬巴水が自分も版画をやってみようと思うきっかけとなったと言われています。

 

吉田博は、床三郎が下絵を依頼したことが新版画制作のきっかけとなりました。

渡米時、粗悪な浮世絵が高値で取引されているのを見て、日本人として恥ずかしくない版画の制作を志すようになり、自らが制作の監修者となるべく床三郎のもとを離れ、職人を組織して木版画を制作するようになりました。

 

最後に川瀬巴水が紹介されています。

深水の『近江八景』に感銘を受け、塩原の風景を取材した塩原三部作を発表。

これらの制作にあたっては現地に足を運び、自らスケッチして名所の伝統的な定型に依らずに作画する姿勢が貫かれています。

 

本展は、「新版画」というジャンルを単体で見せるのではなく、近代日本における”光の感じ方の変化”を横断的に体験させることにあります。

「浮世絵の続き」としてではなく、「近代のはじまりの風景」を見る展覧会です。

また、レンガ造りの三菱一号館美術館というクラシックな空間が、展示の雰囲気を引き立ててくれます。

 

 

 

 

 

会期:2026年2月19日(木)〜5月24日(日)

会場:三菱一号館美術館

   〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2

開館時間:10:00〜18:00

   (祝日除く金曜日、第2水曜日、会期最終週平日は20時まで)

   ※入館は閉館時間の30分前まで

休館日:祝日・振休を除く月曜日

   ただし、開館記念日の4/6、トークフリーデー[2/23、3/30、4/27]、5/18は開館

主催:三菱一号館美術館、スミソニアン国立アジア美術館、朝日新聞社

後援:米国大使館

特別協賛:三菱商事

協賛:DNP大日本印刷、TOKYO MX

 

 

東京国立近代美術館で開催中の「下村観山展」でこれは、と思う作品、《静清(西行詣白峯)》の主観レビューをお届けします。

僧侶で歌人の西行法師が崇徳院の白峯御陵を訪れたという事績をもとに描かれた作品。

 

西行は左幅中ほどに座っており、右幅右端からの距離があります。

何か後ろめたさや罪の意識があるのではないでしょうか。

この配置は単なる構図ではなく、中央から離れた位置にいる、広大な余白から距離を取っていることから、場に完全には属していない存在として読めます。

 

西行は、もともと武士から出家した人物で、世俗と宗教の間にいる存在です。

さらに、白峯陵は怨霊としても語られる崇徳院の地。

そこに赴く行為自体が、どこか畏れ・負い目・緊張を伴う行為だと考えれば、「後ろめたさ・罪の意識」的な距離感は解釈可能です。

 

背景の霞む様子も、彼の心の中を表したもののように思えます。

つまり、明確に見えない未来、定まらない信仰、過去への思い、といった西行の内面を反映していると言えるでしょう。

 

また、木々の垂直線が目立ち、それでも生きているという状態を示しています。

通常、垂直線は持続・緊張・存在の確かさを象徴します。

ただし、本作では葉は少なく、周囲は霧、地面は静まり返っていることから、完全な生命力ではなく、「かろうじて立っている生」にも見えます。

下村観山(1911)《静清(西行詣白峯)》個人蔵