パラレル -16ページ目

パラレル

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泉屋博古館東京で開催中の「鹿子木孟朗 不倒の油画道」展でこれはと思う作品、鹿子木孟朗(1919)《奈良の秋》岡山県立美術館蔵 の主観レビューをお届けします。

画面は横長の構図で、前景に開けた草地、その奥に鬱蒼とした森が広がっています。

秋の柔らかな光が森の奥から差し込み、緑を基調としながらも、黄や赤がほのかに混じる色調が季節感を醸し出しています。

 

光が当たった場所には鹿がいます。

奈良は単なる風景ではなく、春日信仰と深く結びついた土地です。

そのため、奈良の鹿は神聖性を帯びた存在として文化的に共有されています。

したがって、鹿が光の当たる場所にいるという構図は、偶然以上の意味を読み取る余地があります。

 

西洋絵画において、光はしばしば神の顕現、啓示、超越的存在を象徴します。

鹿子木孟朗はフランスで学んだ洋画家ですから、光の象徴性を意識していた可能性も否定できません。

 

さらに、鹿の頭上は紅葉しています。

奈良の秋というタイトルと合わせると、「自然の循環の中に神性を見る」という日本的宗教観とも響き合います。

 

そして、視線は森の奥へと導かれます。

道は暗く、深く、未知へと続きます。

鹿も奥へと配置されることで、鹿=導き手、森の奥=神域、という読みも可能です。

 

泉屋博古館東京で開催中の「鹿子木孟朗 不倒の油画道」展示でこれは、と思う作品、鹿子木孟朗(1909)《新夫人》京都市美術館蔵 の主観レビューをお届けします。

女性がソファに座っています。

モデルは三井室町家第10代当主・三井高保の次女で、鴻池新十郎に嫁いだが、使用人と駆け落ちした夫人・幸子と伝えられています。

 

女性は逆S字型の不安定な状態となっています。

これは、静止よりも“動きの予兆“を感じさせる構図です。

 

一方で、ソファは水平・垂直のラインが基調であり、直線的で安定しています。

この対比が、人物を視覚的に強調しています。

 

また、女性の表情が大きく笑っていませんが、視線がやや横を向き、本を持ちながら指を挟んでいます。

この”途中性”は、静止よりも生活感や時間の流れを感じさせます。

つまり、「完全に静止した理想化された婦人像」ではなく、「今まさに生きている女性像」と解釈できます。

 

まとめると、安定した室内空間に対し、身体の曲線が動きを生み、静止した肖像というよりも内面に活力を秘めた女性像として表現されている、と言えるでしょう。

 

泉屋博古館東京で開催中の「鹿子木孟朗 不倒の油画道」展でこれは、と思う作品、《ノルマンディーの浜》の主観レビューをお届けします。

画面中央には籠を抱える女性、その左に座って網や籠を整える男性、右側には二人の幼い子どもが配されています。

背後には海と浜辺、そして引き上げられた船体が大きく構図を支えています。

 

人物の立ち姿や船体の側面による垂直線、地平線や浜辺の影による水平線が画面に静的な秩序を与えています。

さらに人物の三角形構図が画面を安定させ、動きよりも「落ち着き」を強調しています。

 

網をつくろう漁師の姿は、激しい労働の最中ではなく、内向きで静かな動作です。

また、子どもたちは騒がず、母親のそばに静かに立っています。

 

このことから、「一時的な休息」「静かな合間」を示唆していると考えられます。

これは、漁師たちのちょっとした休息なのではないでしょうか。

鹿子木孟朗(1907)《ノルマンディーの浜》泉屋博古館東京