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パラレル

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横浜美術館で開催中の「横浜美術館リニューアルオープン記念展 いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」でこれは、と思う作品

《同時性70-26》の主観レビューをお届けします。

本作は、幾何学的抽象が際立ち、画面中央付近に、直線を基調とした四角形が配置されています。

これらは重なり合い、浮遊しているようにも、空間に溶け込んでいるようにも見えます。

派手は色は抑えられ、ベージュ、グレー、白といった中間色が多様されています。

 

タイトルにある「同時性」とは、複数の要素が主従なく、どれもが対等に、同じ時間の中で存在している状態を意味しているように思えます。

つまり、中心がなく、視線の出発点がない為に、時間的にも空間的にも「ヒエラルキーのない状態」となっています。

 

そして、本作は感情の発露やイメージの表現をしたものとは思えません。

むしろ、一つひとつの行為が、同時に成立し、同時に過去になる、という考え方に基づいているのではないでしょうか。

画面全体で、「同時に在る」状態が《同時性》なのです。

 

これは、未来的な作風と、支持体が和紙のように皺が目立つ関係にも言えることです。

この時間感覚のズレそのものが、すでに「同時性」です。

未来と過去が一つの画面に優劣なく並存しています。

 

しかし、「美しく調和している」わけではありません。

それでも、どちらかが排除されることなく、同じ画面に居続ける。

「和解」ではなく、「未解決のままの共存」なのです。

未来的な構造と、和紙のように皺のある支持体が一つの作品の中で優劣なく並ぶこと自体が、本作の核心的な意味なのではないでしょうか。

徐承元(1970)《同時性70-26》個人蔵

 

横浜美術館で開催中の「横浜美術館リニューアルオープン記念展 いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」でこれは、と思う作品、李禹煥(1968/2015)《風景(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)》個人蔵(群馬県立近代美術館寄託) の主観レビューをお届けします。


本作は、蛍光色のピンクやオレンジの塗料をキャンバスにスプレーで吹き付けた3点組の連作です(本展では2点のみ展示)。

1968年に発表されましたが、後に再制作・修復等を経て、現在は「1968/2015」という表記で群馬県立近代美術館に寄託されています。

 

タイトルに「風景」とありますが、山・空・地平線といった具体的な風景を描いているわけではありません。

李禹煥がここで提示している「風景」とは、外界の風景ではなく、「見るという行為そのものが立ち上げる知覚の場」なのです。

 

そして、鑑賞距離によって体験が大きく変化します。

遠くから見ると、単色の大きな色面として立ち現れ、絵画というより、色の気配に包まれる感覚を抱きます。

しかし、近づいて見ると、スプレーによる色の粒子のムラに気付き、均一に見えた色が、実は不安定で呼吸しているように見えます。

 

本作は、私たちの感情や、空間の条件によって、毎回違う「風景」が立ち上がります。

つまり、鑑賞のたびに成立し直す作品なのです。

 

これは、対人関係に置き換えることもできるのではないでしょうか。

感情を語らず、反応が曖昧な相手。

それでも、その人の「存在感」は確かにあります。

 

そして、近付くと、些細な違和感やズレが気になります。

適切な距離を取ると、相手の全体像が見えるようになります。

関係の質は、距離で変わるのです。

 

相手の態度を「冷たい」「明るい」と感じるのは、実は自分の状態の反映であることが多いです。

見えている関係は、常に主観的と言えるでしょう。

 

つまり、分かり合えなさを含んだまま成り立つ関係、というかなり成熟した対人関係となります。

本作でも、理解し尽くすことを求めているようには思えません。

言葉ではなく、体験として示す作品なのではないでしょうか。

横浜美術館で開催中の「横浜美術館リニューアルオープン記念展 いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」へ行って来ました。

横浜美術館と韓国の国立現代美術館の共同企画で、日韓国交正常化60年の節目に開かれ、同館のリニューアルオープンの際に示された「多文化共生、多様性尊重」という理念に基づいています。

本展は、1945年以降の日本と韓国の美術関係史をアートの視点で紐解いています。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

Chapter1 はざまにー在日コリアンの視点

Chapter2 ナムジュン・パイクと日本のアーティスト

Chapter3 ひろがった道ー日韓国交正常化以後

Chapter4 あたらしい世代、あたらしい関係

Chapter5 ともに生きる

 

Chapter1では、日韓国交正常化以前の1945〜60年代前半に焦点を当て、植民地支配の記憶、引き揚げ、分断、在日コリアンの存在といった、戦後の混乱の中で生まれた個人の体験が中心に据えられています。

 

在日コリアンによる作品が多く、「国家」ではなく、「生活者」の視点が強調されています。

戦争が終わっても終わらない「不安定な日常」が静かな表現で示されます。

 

Chapter2では、国境やジャンルを超えて活動した作家、ナムジュン・パイクと日本の美術界との交流が紹介されています。

日本の前衛集団「ハイ・レッド・センター」との交流は、国境を超えた遊び心とエネルギーに満ちており、「どちらの国の作家か」という問いそのものが揺さぶられます。

 

1965年、日本は韓国と国交を正式に樹立しました。

以後、日本では同時代の韓国のアートを紹介する展覧会が、規模の大小を問わず数多く開催されるようになり、韓国でも同様の動きが起こっていきます。

Chapter3では、両国の同時代美術がどのように相手国に紹介されたのかをみることで、日韓のアート界がいかに刺激を与えあっていたのかを探っています。

李東焜(1974)《状況A》国立現代美術館

高松次郎(1968)《波の柱》国立国際美術館

 

1999年当時、多くの韓国人留学生が日本へ渡ってきましたが、その反対はほとんどありませんでした。

そうした状況に風穴を開けたのが、仲村政人です。

Chapter4では、中村政人と村上隆による伝説的な2人展「中村と村上展」を起点に、同時代のソウルで活動を始めていたイ・ブルの作品を紹介しています。

 

Chapter5では、1980年代から現在までの日韓アーティストの取り組みに焦点を当てています。

韓国で長く続いた軍事独裁政権終焉後、民主化に連帯する動きが広がり、アートと社会の問題が分かち難く結びついた作品が生まれます。

本展最終章では、グローバル化とポスト・ナショナルな時代を背景に、個人のアイデンティティ、ジェンダー、記憶の継承などを扱っています。

 

リニューアル後の横浜美術館は「多文化共生」を掲げていますが、本展はその理念が単なる言葉ではないことを証明しています。

タイトルの「いつもとなりにいるから」という言葉には、「地理的な近さ」だけでなく、「自分の中にある他者性」や、「見落としてきた隣人の存在」への気づきが込められているように思えます。

 

 

 

 

会期:2025年12月6日(土)〜2026年3月22日(日)

会場:横浜美術館

       〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1

開館時間:10時〜18時

       ※入館は閉館の30分前まで

休館日:木曜日、2025年12月29日(月)〜2026年1月3日(土)

主催:横浜美術館、国立現代美術館

協賛: 李熙健韓日交流財団

助成:公益財団法人森村豊明会、公益財団法人野村財団、公益財団法人カメイ社会教育振興財団(仙台市)

特別協力:国立美術館

協力:みなとみらい線

後援:駐日韓国大使館 韓国文化院、駐横浜大韓民国総領事館