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パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

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神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で開催中の「福田尚代 あわいのほとり」展でこれは、と思う作品、福田尚代(1992)《不忍、蜘蛛の糸》東京都現代美術館蔵 の主観レビューをお届けします。

本作は、遠くから見ると帯状の淡い色彩が混ざり合っているように見えますが、近くから見ると無数の「蓮」という字が書き込まれ、水平の連なり=線として機能しています。

しかし、同時に「蓮」は仏教的象徴を強く帯びた語です。

さらに、タイトルに含まれる「蜘蛛の糸」は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を想起させ、そこでは極楽(天上)と地獄が垂直方向で結ばれます。

ここから、蓮と蜘蛛の糸という構図は、「天上世界」を連想させます。

 

そして、水平線は一般に、安定・静けさ・地平/彼岸、を連想させます。

画面が無数の「蓮」という文字で水平に満たされていることから、文字が意味を超えて場(空間)になる、という状態を生みます。

その結果、鑑賞者は「読む」のではなく、「浸る」体験へ導かれます。

 

さらに、本作の色彩は淡く、「受け入れてくれる印象」を受けます。

これは、攻撃的な超越ではなく、静かな浄土のイメージに近い。

つまり、言葉が溶け、境界がほどける場所としての天上、という読みができそうです。

神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で開催中の「福田尚代 あわいのほとり」展へ行って来ました。

福田尚代は、「世界は言葉でできている」という独自の思索を、言葉と美術によって探求してきました。

福田は、言葉を小さな「粒子」として捉え、ひとつひとつの言葉を分解し、並び替えることで未知の世界に触れる手がかりを見いだします。

本展は、初期から現在に至る主要な作品によって福田の創作を紹介するとともに、会場の空間を取り込んだインスタレーションによって構成する画期的な個展となります。

 

展示のキーワードは”あわい”。

《翼あるもの/岬》(2003-25)では、文庫本のページを折りたたんで、それ自体が鳥の翼のような存在感を放つと同時に、隣り合う作品と静かな対話を生み出しています。

ここでは、言葉が意味を失うのではなく、意味の手前に立ち戻るような感覚が生まれます。

読めない、しかし確かに存在するーーその曖昧な状態こそが”あわい”の実践です。

 

展示空間も単なる作品の並びではなく、点と点が”あわい”で結ばれるような構成になっています。

作品と作品の間を歩きながら鑑賞することで、ひとつの世界を立ち上げていきます。

 

鎌倉という土地性と呼応するように作成された《漂着物/波打ち際》(2002-26)では、砂浜や波打ち際を思わせるインスタレーションが展開されます。

粒子状に配された素材は、まるで漂着物のように見えます。

波打ち際は、常に変化し続ける境界線であり、固定されることのない場所です。

ここでは、”あわい”が空間そのものとして体験されます。

 

福田は回文の作者としても知られています。

会場では書き下ろしの回文が投影されており、文字を追う私たちの視線は右へ左へと往復を繰り返します。

言葉が意味を解体され、音の「粒子」として空間に漂う感覚。

《あわいのほとり》(2025-26)では、言葉の「揺らぎ」が強調されています。

 

本展は、強いメッセージを提示する展覧会ではありません。

むしろ、境界に立ち続ける感覚を差し出します。

鑑賞後、日常の中にある”あわい”にふと意識が向くようになる。

本展は、その感覚の種をそっと手渡してくれる構成になっています。

 

 

 

 

会期:2026年2月21日(土)〜5月17日(日)

会場:神奈川県立近代美術館 鎌倉別館

   〒248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-8-1

開館時間:9:30〜17:00

休館日:月曜日(2月23日、5月4日を除く)

主催:神奈川県立近代美術館

お問い合わせ:0467-22-5000

 

 

泉屋博古館東京で開催中の「鹿子木孟朗 不倒の油画道」展でこれはと思う作品、鹿子木孟朗(1924)《大正12年9月1日》東京都現代美術館蔵 の主観レビューをお届けします。

題名の「大正12年9月1日」は、関東大震災が発生した日付そのものを指します。

本作は、震災発生直後の焼け野原となった東京の光景と、そこに生きる人々の姿を克明に描いています。

 

画面下部には、荷物を持ってゆっくり歩いて避難する人々が描かれています。

これは、人々が形成する動きが急激な対角線ではなく、比較的緩やかな斜線になっていることからも分かります。

つまり、単なる避難ではなく、「生き延びるための持続的な移動」とも読めます。

斜線が急角度であれば、緊迫や混乱を強調しますが、緩やかであることは、混乱の後の“持続する時間“を感じさせます。

 

上部の街には電柱などの垂直線が目立ちます。

水平線は文明の痕跡であるとともに、秩序を象徴します。

天気はどんよりと曇っていて、前途多難が予想されますが、震災の中でもゆっくりとだが、復興に向けた動きが始まっていること、希望が全く無いわけではないことを暗示しています。

 

つまり、本作は破壊の記録であると同時に、再生の起点の記録と解釈することができます。