出光美術館で開催中の「生誕300年記念 池大雅ー陽光の山水」展へ行って来ました。
伊藤若冲や円山応挙ら、日本美術を変革する個性的な画家たちが輩出され、百花繚乱の様相を呈した江戸時代中期の京都画壇。
その中でもひときわ多くの人々に愛された画家に、池大雅がいます。
幼い頃から神童としてその名を知られた大雅は、当時中国より新たに紹介された文人文化に深い憧れを抱き、かの地の画家を典範とした作品を数多く描きました。
一方で自然の光の中で描くことで培った抜群の色彩感覚と大らかな筆致、そして彼がこよなく愛した旅で得た経験によって、本場中国とは異なる日本人の感性に合致した独自の文人画を創り上げたのです。
本展では、大雅が描いた作品の中から、山水画を中心とする代表作をピックアップして展示しています。
特に大雅が憧れた瀟湘八景、西湖といった中国の名勝と、自身がそのあしで訪れた日本の名所とを比較しながら、その類稀なる画業の変遷を追っています。
展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 光との戯れー色と墨の競演
第2章 大雅のユートピアー憧れの中国へ
第3章 行道千里ー日本の風光に学ぶ
第4章 四季と八景の庭園ー大雅芸術の頂点
池大雅は京都銀座の下級役人の家に生まれました。
幼い時から抜きん出た書の才能を発揮した大雅は、中国からもたらされたばかりの「文人画」という新しい絵画と出会い、自身の画業を展開していきます。
その画風の特徴は、なんといってもその色づかいにあります。
晴れた日には画室を飛び出して絵を描いたとう逸話の通り、大雅の手にかかると、着色はもとより水墨であっても、きらめく光と開放的な空気をたっぷり含んだ、爽やかな絵画に生まれ変わります。
池大雅/画、高芙蓉/賛《竹裏館図》(江戸時代 18世紀 出光美術館)は、「竹里館」を詠じた詩を主題とする作品です。
中国・唐時代の文人・王維は、長安の郊外に「輞川壮」と名付けた広大な別荘を結び、悠々たる文雅の生活を送りました。
この中でも、勝景とされた二十景は、大雅自身によって詩に詠まれ、後世の文人の憧れとなりました。
画中には、王維と思しき文人が香を焚き、ひとり琴を弾きます。
賛詩は王維の親友・高芙蓉が書したものです。
大意は「一人ひっそりとした竹林の中に座り、琴を弾いたり声を長く引いて詩を吟じたりしている。この奥深い林の中の趣きは世間の人は誰も知らないけれども、天上の明月だけはやって来て、私を照らしてくれる」といったものです。
池大雅《嵐峡泛渣図屏風》(江戸時代 18世紀 出光美術館)は、淡墨を主体とした柔やかな筆づかいで、保津川下りの様子を描いた作品です。
点描であらわされる木々の葉は、赤、緑、黄に色づき、秋たけなわの嵐山の様子が表現されています。
また川のまわりには銀泥が散らされ、急流の水しぶきがあらわされています。
大雅にとって、文人画の本場である中国は、見果てぬ夢の地でありました。
中国屈指の景勝と名高い西湖、大文人の蘇軾も遊んだ赤壁、そして洞庭湖を擁する湿潤な瀟湘の地。
こうした名勝を、大雅は親友から借りた中国絵画や版画をもとに描き出しました。
そして、少しでも実景に近づきたいと、洞庭湖を描くのに琵琶湖に何度も足を運んで水の動きを観察するなど、中国の名勝地に生命力を吹き込みました。
池大雅《西湖勝覧図屏風》(宝暦37年 1759 東京黎明アートルーム)は、西湖を描いた作品です。
画面は、水墨を基調とした落ち着いた表現でありつつ、全体に金泥が刷彼、憧れの地としての西湖が荘厳されているかのようです。
第六扇の款記には、「范寛夏珪参合作之」とあり、中国北宋時代の画家・范寛と、南宋時代の宮廷画家・夏珪の画風を混ぜ合わせて描いたとされます。
想像の中で憧れの中国に遊んだ大雅は、現実においても旅をこよなく愛しました。
20代半ばで江戸に下向したのを皮切りに、その生涯で東は奥州、西は出雲に至るまで、日本全国をまわっています。
とりわけ登山を好んだ大雅は、富士山、立山、白山の三霊山を踏破して「三岳道者」とも名乗りました。
そうした旅で実際に訪れ、眼にした日本各地の絶景を、大雅は絵に描いていったのです。
池大雅《富士白糸瀧図》(宝暦12年 1762 出光美術館)は、水墨とわずかな淡彩を用いて、富士山とその麓の白糸瀧の情景を描いています。
輪郭線の使用は最小限に抑え、点描を主に使用することにより、独特の質感的な表現がなされています。
大雅は本作を描く前の宝暦10年(1760)、11年と2年続けて富士山を登っており、この時の実感が本作に反映されていると見なすこともできます。
池大雅《那智濺瀑図》(江戸時代 18世紀 東京国立博物館)は、水気を多く含んだ墨と淡彩を主体に、那智瀧の威容を描いています。
輪郭線は極力廃し、柔らかなグラデーションと木々の葉に用いられた点描によって、那智瀧周辺の空気感まで見事に表現しています。
うつり行く昼夜。
めぐり行く四季。
時間の流れと、それに伴う気象の変化は、およそ絵画には定着させづらい要素です。
大雅はそれを、持ち前の大らかな筆づかいと、繊細な感性によって見事に表現しました。
名勝の四季の情景を風情豊かに描き出す瀟湘八景や、四季折々のいろどりをあらわした山水図は、旅に生きた大雅の真骨頂といえるかもしれません。
池大雅・与謝蕪村《十便十宜図》(昭和8年 1771 公益財団法人川端康成記念館)は、大雅と与謝蕪村による、唯一の競作です。
明末清初の文人・李漁が詠んだ「十便十宜詩」を主題として、大雅が「十便図」を、蕪村が「十宜図」を描きました。
蕪村が描く「十宜図」では、大雅の「十便図」とは対照的に、水墨の多彩な筆致で勝負しています。
かすれた筆をこすりつけて、晴れた山の空気感を描き出した「宜晴」や反対に、水墨の階調によってひんやりとした湿った空気を肌に感じさせる「宜陰」など、バリエーションをつけています。
池大雅《東山清音帖》(江戸時代 18世紀 出光美術館)は、大雅最晩年の制作と考えられる作品であり、彼が十代より描き続けた扇画面の集大成であり、そして数多くの名品を生み出した瀟湘八景の到達点ともいうべき一作です。
八面ある扇面には瀟湘八景が一図ずつ描かれ、さらに各図に対応するように、中国の文人の詩が八面描かれます。
各景の画は水墨のみのモノクロームの世界で、筆数は決して多くないものの、豊かな墨の文化と、詩情あふれる画面表現により、ごく限定された画面に驚くほどの空間の広がりを感じ取ることができます。
大雅の作品の前に立つと、煌めきに満ちた光や爽快な空気に包まれ、遠い中国の地でありながら、その風光の中に立っているかのような錯覚すら感じさせてくれます。
厳選された名品を通して、「陽光の山水」と呼ぶにふさわしい大雅芸術の真骨頂を楽しんでみませんか。
会期:2024年2月10日(土)〜3月24日(日)
会場:出光美術館
〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階(出光専用エレベーター9階)
開館時間:午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:毎週月曜日(ただし2月12日は開館)、2月13日(火)
主催:出光美術館