奈良美智:The Beginning Place ここから | パラレル

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青森県立美術館で開催中の「奈良美智:The Beginning Place ここから」展へ行って来ました。


奈良美智は1959年、青森県弘前市に生まれました。

愛知県立芸術大学で本格的に絵画を学び1987年に同大学大学院修士課程を修了すると、翌年にはドイツに渡り、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで学びながら制作を続けます。

2000年に帰国してからは、国際的な評価へとつながる大規模な個展の数々を、国内はもとより欧米やアジア各地で開催しています。

約40年に及ぶその歩みから生み出された、孤独に佇む鋭い眼差しの子どもの絵画やどこか哀しげな犬の立体作品は、国や世代を超えて多くの人々の心を捉えてきました。

 

タイトルの「The Beginning Place」とは、奈良の創造の「はじまりの場所」としての「故郷」を示唆すると同時に、奈良の作品との出会いが生み出す「はじまりの場所」を意味します。

本展は、過去と現在を行き来するように旧作と近作が織りなす展示空間から、美術館の外に続く作家の郷里の風景へと、この展覧会を通じた体験が、訪れる人にとって、希望をはらんだ何かしらの「はじまりの場所」となることを意図したものです。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

1 家

2 積層の時空

3 旅

4 No War

5 ロック喫茶「33 1/3」と小さな共同体

 

シンプルな背景の中に一人たたずむ子どもの絵で知られる奈良ですが、初期作品の多くには、地平線や空など戸外の風景を思わせる描写が見られます。

そこにはあるモチーフが一貫して現れます。

それは地平線の上に建つ三角屋根の一軒家です。

奈良は自伝的エッセイで次のように語っています。

 

五〇年代の終わり、僕は北国の地方都市に生まれた。

保育園に通う頃に、両親は丘の上に小さな平屋の一軒家を建てた。

そこは家並みが途切れて草原が広がり始めるようなところで、僕の記憶はそこから始まる。

 

初期作品に現れる開けた大地にぽつんと建つ家は、奈良が幼い頃を過ごしたこの一軒家のイメージと重なります。

童話に出てくるような小さな赤い三角屋根の家屋として描かれることの多いそれらの家は、あたたかい絆で結ばれた家族の暮らす憩いと安らぎの場を想わせます。

一方で、それらは時に傾いていたり、かすんでいたり、噴煙や炎らしきものを吹き出していたり、どこか不穏な空気を漂わせています。

 

《カッチョのある風景》は、奈良が1979年から約2年間在学した武蔵野美術大学で学生生活を送っていた頃に描かれた油彩画で、印刷物の中に見つけた津軽地方の集落を撮った一枚の写真がもとになっています。

質素な家屋が立ち並ぶ閑散とした村の一本道に、ひとり佇む割烹着姿の女性が描かれています。

画面右側にそそり立つ木製の暴風柵は「カッチョ」と呼ばれ、日本海からの強風にさらされる津軽地方特有のものです。

 

本作は、現存する数少ない奈良の数少ない最初期の油彩画の一点で、安定した画面構成や人物画、抒情性に富んだ色彩表現に、確かな力量を感じさせると同時に、故郷の風景や「家」のモチーフへの関心をうかがわせる意義深い作品です。


奈良美智《カッチョのある風景》(1979年)作家蔵


奈良美智《Fire》(2000年)川崎祐一コレクション

 

奈良の絵画には、家や動物。、女の子などいくつかの対象が繰り返し描かれてきましたが、その表現方法は約40年に及ぶ画歴の中で少しずつ変化しています。

価値観や創作の姿勢に大きな影響を及ぼした東日本大震災の後は特に、それまでにはない傾向が作品に見られます。

 

少女の半身像は以前から画家が好んで描くモチーフでしたが、作品は次第に大型化し、構図は証明写真のように切り詰められたものとなっています。

西洋絵画の伝統において、しばしば「神の似姿」を表すために用いられてきた厳格な正面観をとる巨大な少女の姿は、その一見愛らしくもある印象には不釣り合いな、威圧的な力で観る者に迫ってくるようです。

 

《Midnight Tears》は最も新しい絵画作品の一つです。

熱を帯びたような背景の暗闇、衣服や髪に散りばめられた様々な色の斑点は、下層に塗り重ねられた複雑な絵具層の存在を感じさせます。

深い奥行きをもつこの背景の中から生まれた者の前に立ち、虹色の光をたたえた瞳を見つめ、そこからこぼれ落ちようとしている涙の滴を受けとめるなら、彼女は内に秘めた多くの思いを語りかけてくることでしょう。


奈良美智《Midnight Tears》(2023年)作家蔵


奈良美智《Slight Fever》(2021年)作家蔵

 

奈良の人生を特徴づけるものに旅があります。

ある時は美術の刺激を求めて、ある時は展覧会に招かれて、多くの旅をしてきた奈良ですが、東日本大震災以降の旅の中には、それまでに無い目的意識を見出すことができます。

それは、「自分の時間軸に一本の幹を見つけたい」という意欲に根ざした、過去あるいは歴史への関心に発するものです。

 

2014年8月下旬、奈良はサハリン島を旅しています。

津軽の農夫だった亡き祖父が、同地の炭鉱に出稼ぎに行っていた話を母から聞いたことがきっかけでした。

祖父が目にしていた風景を求めて、10日間をかけて島の各地を訪ね歩いたこの時の旅から、写真シリーズ「SAKHALIN」は生まれました。

透明な光と静けさに満ちたそれらの写真からは複雑な歴史を持つ土地の風景が語りかけてくるものに、じっと耳をすます奈良の姿が見えてくるようです。

 

「日本の中心から離れれば離れるほど、なぜか自分の故郷に近づいている気がする」と奈良は語っています。

自身の「はじまりの場所」を探す旅をしながら、訪れる土地に心と身体を解き放つことで新しい表現が生まれています。


奈良美智《アフンルパルー二つの顔》(2018年)作家蔵


奈良美智《Ennui Head》(2022年)作家蔵

 

奈良の作品の中にしばしば見られる「No War」というスローガンやそのシンボルであるピースマーク。

そこには、奈良の人生に決定的な役割を果たしてきた音楽の影響を指摘することができます。

 

小学生の頃、自作の鉱石ラジオから流れる米軍人向けラジオ放送(FEN)を通じて、音楽の楽しみを知った奈良は、中学校に入るとアメリカのロックやフォークを貪るように聞き始めます。

そして、ボブ・ディランやニール・ヤングなど、ベトナム戦争が激しさを増す最中、「爆弾や大砲の音に、ロックの轟音や心に響く歌詞で対抗するミュージシャンたち」から、暴力に対抗する手段としての音楽の大きな可能性を教えられています。

 

音楽を通じて奈良の内面に早くから芽生えていた政治的な問題意識の中から生まれた一枚のドローイング《No Nukes》(1998年)は、震災後の激動の時代の中で特別な意味を帯びることになりました。

2012年、原発の再稼働に反対するデモの参加者たちの間で、その画像は奈良の公認のもと複製されてプラカードとして用いられています。

また同年の大規模な反原発集会では、ステージに掲げられる大きなバナーのために、奈良は絵画作品《春少女》(2012年)のイメージを提供しています。

このように震災後の奈良は、自作が複製という形で社会に開かれていくことに対してより積極的になっています。


奈良美智《春少女》のバナー 作家蔵

 

2001年に横浜美術館で開催された個展「I DON’T MIND,IF YOU FORGET ME.」に出品された《I Don't Mind,If You Forget Me.》は、1999年に立ち上がったウェブ上の奈良のファンサイトを訪れる人々たちの大規模なプロジェクト「ヨコハマプロジェクト」がもとになっています。

このプロジェクトは、自分の作品をモチーフにした人形を募集し、それらに手を加えて作品にするという奈良のアイデアに発したものです。

本作では、それらの人形が展覧会タイトルでもある「君が僕を忘れても、かまわないよ。」という意味の英文をかたどるアクリルケースの中に詰め込まれています。

個々の人形に作り手の思いが込められたこの作品には、大衆を動かす奈良作品の力が反映されています。


奈良美智《I Don't Mind,If You Forget Me.》(2001年)作家蔵

 

奈良が生まれた弘前市にある弘南鉄道大鰐線の駅「西弘前駅」(現弘前学院大学前駅)の近くに、1977年9月29日、「JAIL HOUSE 33 1/3」という名の一軒家のロック喫茶が開店しました。

「サーティースリー」と呼ばれたこの店は、当時の弘前では珍しいロック音楽を聴ける喫茶店でした。

 

幼少期から洋楽に触れ、高校生の時には既に地元のライブハウスに出入りしていた奈良は、高校三年生の時、シンガーソングライターの佐藤正樹(通称BOSS)と出会い、佐藤が構想をあたためていた「33 1/3」の店舗作りに加わるよう誘われます。

アパートのガレージ部分を改造するその作業は、D.I.Y.精神に基づき、外装、内装からテーブルや椅子まで、すべて手作りで行われ、ものづくりの得意な奈良はその中心的な役割を担うことになりました。

 

近年奈良は、地方の小さな共同体の中に加わり、展覧会やイベントに積極的に関わっています。

大きなシステムに頼らず、顔の見える仲間たちとの親密な世界を充実させる喜びの原体験、「はじまりの場所」は、この高校時代のロック喫茶にありました。

 

「33 1/3」は、1980年代半ばには既に閉店し、現在新しいビルが建つその場所に、当時の面影はほとんど残っていません。

この店をよく知る人たちの証言や資料、そして奈良の記憶をもとに「33 1/3」を再現しています。


展示風景より


展示風景より

 

本展を通じての体験が、何かしらの「はじまりの場所」となるかもしれません。

探しに出かけませんか。

奈良美智《あおもり犬》(2005年)青森県立美術館

 

 

 

 

 

 

 

 

会期:2023年10月14日(土)-2024年2月25日(日)

会場:青森県立美術館

   〒038-0021 青森県青森市安田字近野185

休館日:10月23日(月)、11月13日(月)、27日(月)、12月11日(月)、25日(月)-2024年1月1日(月・元日)、9日(火)、22日(月)、2月13日(火)

開館時間:9:30-17:00(入館は16:30まで)

主催:奈良美智展2023実行委員会(青森県立美術館、東奥日報社、青森放送、青森テレビ、青森朝日放送、青森県観光国際交流機構)

企画協力:一般財団法人奈良美智財団

学術協力:蔵屋美香(横浜美術館館長)