松山智一展 雪月花のとき | パラレル

パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

ご連絡はこちらまで⇨
yojiohara21@gmail.com

弘前れんが倉庫美術館で開催中の「松山智一展 雪月花のとき」へ行って来ました。


松山は、ニューヨークを拠点に活動し、鮮やかな色彩と精緻な描線による絵画や、大規模なパブリック・アートとしての彫刻など、大胆さと繊細さを併せ持った作品を発表しています。

 

その作品に描かれるのは、日本や中国、ヨーロッパなどの伝統的な絵画からの引用や、ファッション誌の切り抜き、実在する消費社会の生産物や日常生活で慣れ親しんだ商品やロゴなど、様々なイメージのサンプリングです。

一見しただけでは引用先が判別不可能なほど、複雑に組み合わされた大量のイメージ群は、現代社会に生きる私たち自身を取り巻くものであり、いつかどこかで見ていたかもしれないものでありながら、普段は繋げて考えることの少ない、私たち一人一人の身体の奥底に蓄積された記憶の束が、形を持って現れたようでもあります。

 

本展は、松山がコロナ禍を前後する時期に制作した近作と本展で初めて発表される新作を中心に、アーティストとしての進化と深化の過程を紹介するものです。

 

「Fictional Landscape(雪月花のとき)」と松山が呼ぶこのシリーズの作品には、異なる時代、異なる文化背景から選び取られた様々な要素が集約されています。


松山智一《Wanderlust Innocence(誠意ある放浪癖)》(2019)Yuichi kawasaki氏蔵

 

それらは大量消費される商品から、歴史的に重要な絵画の中に描かれているモチーフまで多岐に渡ります。

例えば、ニューヨークのニュース・スタンドで売られているファッション誌やインテリア雑誌に掲載された人物のイメージ、それと、中国や日本の伝統絵画から引用した美しい動植物、アメリカで1950年代に生まれた抽象表現主義による身体性のある表現などです。

松山はそれらを再構築し、新しい画面構成が出来るまで様々な情報を描き込んでいきます。

それらの異なる要素を自然に並置させることにより、時間と文脈、地域性といったものから開放されたいという意図があります。


松山智一《Hello Open Arms(両腕に掲げられ、両手を上げろ)》(2023)個人蔵

 

《We Met Thru Match.com(出会い系サイトで知り合った)》は、松山がスタジオで制作したカンヴァスに描いた作品の中で最大のもので、横幅は6mに及びます。

敬愛する画家アンリ・ルソーが描く作品は、力強さと繊細な素朴さを持ち合わせており、彼の作品にとても影響を受けています。

松山と同様に、彼が独学で絵画を会得したアーティストであることも、その理由の一つかもしれません。

アンリ・ルソーのエッセンスに、私たち日本人の持つアジア的な感性を融合させて、全く新しい、誰も見たことのないような作品が作れないかと考え、挑戦した作品です。


松山智一《We Met Thru Match.com(出会い系サイトで知り合った)》(2016)ナンシー・シャトリット氏蔵


松山智一《People With People(心の連鎖反応)》(2021)株式会社セーニャ蔵

 

2020年夏、東京からニューヨークに戻った直後、新型コロナウィルスによるロックダウンは依然として継続しており、更に到着前日にNYを襲ったハリケーンによってNYの街は大きなダメージを受けていました。

路上には多くの街路樹が重なり合うようになぎ倒されていました。

地面に横たわっている木々からは、涅槃仏や伝統的な神々の彫像や絵画のことが思い浮かべられます。

私たちを取り巻く世界や地球環境は、自然災害など私たちに無限の試練を課しています。

こうした考えは、私たちが環境に適応しながら生きるための術であり、生命の進化、輪廻と転生、無常や悟り、涅槃など、世界中の様々な文化が類似した考え方をそれぞれの方法で表現しているように思われます。


松山智一《Nirvana Tropicana(ニルヴァーナ・トロピカーナ)》(2020)IM JIHYUK氏蔵

 

松山は、ヨーロッパに由来する美術の概念に挑戦することを、作品のテーマのひとつにしています。

《たとえばこんな感じ》に登場する女性は、ニューヨークの路上のニューススタンドで売っているファッション誌の中で見つけた人物がモデルです。

大都市で大量に消費されていく、ありがちな情報でしかないモデルのポーズのうちに、何百年、もしくは数千年の歴史を持つ日本をはじめとするアジアの造形的要素や表現様式を重ね合わせて、両者の間に歴史的な普遍性を見出そうとしています。

そうすることで、ヨーロッパ由来の美的概念の範疇を超えた、歴史の連続性の上にある現代的な表現とは何なのかを問いたいと試みています。


松山智一《This is What It Feels LIke(たとえばこんな感じ)》(2023)K.T氏蔵


松山智一《Private Drawing Dogma(プライベート・ドローイング・ドグマ)》(2022)

 

ニューヨークの新型コロナウィルスによる最初のロックダウンは約2ヶ月間に及び、松山とスタジオのスタッフはその間、スタジオに行くことができませんでした。

スタッフの多くは日本出身でニューヨーク在住の若者たちで、彼らはニューヨークの様々なエリアに住んでいました。

 

そこで、松山はスタッフそれぞれの自宅に絵の具とカンヴァスを送ると、「寝室スタジオ」でみんなが異なる場所にいながらも同じ時間軸でともに絵を描き続けることができるようにしました。

こうして、ニューヨーク派の抽象画と、希望や鎮魂の象徴として贈られる千羽鶴にインスパイアされた、新たな抽象画シリーズが誕生することになったのです。


松山智一《Cluster2020(クラスター2020)》(2020) 個人蔵


松山智一《Keep Fishin' For Twilight(夕暮れを待ちわびる)》(2017)K.T氏蔵

 

騎馬像は、それぞれが所属する文化や、その国の政治的背景というものを、端的に象徴するテーマです。

ジャック・ルイ・ダヴィッドのナポレオン像や、日本の騎馬武者像など、過去の芸術家たちが描いてきた騎馬像を、現代アートのグローバルな言語で捉え直し、騎馬像が歴史的に帯びてきたプロパガンダ的な文脈から開放しようと試みています。


松山智一《Spiracles No Surprises(噴気孔と日常)》(2021)KOTARO NUKAGA蔵


松山智一《Hanabi He Said I Said(花火にみな語りかける)》(2019)

 

松山は、作品の構図をあらかじめ決めてから描き始めるのではなく、描き進めながら様々な要素を組み込んでいくスタイルで制作します。

新型コロナウィルスの蔓延により、ニューヨークがロックダウンになった時期は、そういった制作をしばらく進めることができなくなりました。

ロックダウンが明けて、再び筆をとり、完成した作品群は、結果的にとても時代を捉えたものになっています。


松山智一《Broken Train Pick Me(ブロークン・トレイン・ピック・ミー)》(2020)

 

松山の作品には、西洋美術史における「名作」や「歴史的な作品」に対する敬意とその文脈への挑戦が同居しています。

洋の東西など対立する価値観をグラデーションで繋ぐことで、コミュニティの中でアイデンティティがどのように形成されるのかという問題に強い関心を示し、歴史をコンテクスト化してきました。

 

ポストパンデミックの現在、「個とコミュニティ」に対する私たちのあり方は大きな変化を迫られています。

重要なのは、私たちは人種や国籍、言語といったことに定義されるアイデンティティではなく、それぞれが、それぞれのカラーを持つということです。

それぞれのカラーを探してみませんか。

奈良美智《A to Z Memorial Dog》(2007)弘前れんが倉庫美術館


 

 

 

 

 

 

 

会期:2023年10月27日(金)〜2024年3月17日(日)

会場:弘前れんが倉庫美術館

   〒036-8188 青森県弘前市吉野町2-1

休館日:火曜日、年末年始(2023年12月25日(月)〜2024年1月1日(月))

   ※ただし、2024年1月2日(火)、1月3日(水)は開館

開館時間:9:00-17:00(入館は閉館の30分前まで)

主催:弘前れんが倉庫美術館

特別協力:KOTARO NUKAGA、MATSUYAMA STUDIO

特別協賛:株式会社大林組、株式会社NTTファシリティーズ、株式会社メルコグループ

後援:東奥日報社、デーリー東北新聞社、陸奥新報社、青森放送、青森テレビ、青森朝日放送、エフエム青森、FMアップルウェーブ、弘前市教育委員会