感じて味わう日本画ー音・香り・ぬくもり・・・ | パラレル

パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

ご連絡はこちらまで⇨
yojiohara21@gmail.com

高崎市タワー美術館で開催中の「感じで味わう日本画ー音・香り・ぬくもり・・・」展へ行って来ました。


流れる水の音が聞こえてくるかのような風景画、花の香りや鳥の声までも想像させる花鳥画など、作品は作者の鋭い感性と観察眼を通して情緒豊かに描かれています。

こうした表現は、私たちの視覚だけではなく、あらゆる感覚を刺激し、想像力をかきたてます。

 

本展は、作品から伝わってくる音や香りなどをテーマに、高崎市タワー美術館所蔵の日本画作品を紹介するものです。

 

会場では、音を感じる作品の展示から始まります。

山口華楊《爽晨》(1983年 高崎市タワー美術館)では、鮮やかな緑の野を白い馬が颯爽と駆け抜けています。

たなびく尾やたてがみ、軽やかな足さばきが動きに躍動感を与えており、風を切り疾走する馬の蹄の音や息づかいを感じます。

馬の筋肉質な体躯が柔らかな墨色と胡粉の濃度で捉えられ、描写に説得力を持たせています。

動き回る動物を、あらゆる角度から徹底的に写生し、対象と心が通い合うまで描き出すという、華楊の真摯な姿勢が作品からも伝わります。

 

川合玉堂《踏車》(1937年 高崎市タワー美術館)からは、農夫が水車の羽根板を足で踏み下げる、小気味の良い音や、水田に引き入れる水の音が聞こえてきそうです。

踏車は、主に水田の灌漑に用いられた日本独特の人力水揚機で、回転する羽根車で水を揚げます。

苗やあぜ、草木の緑色が微妙に異なり、あぜ道や土手にはたらし込みの技法が使われています。

玉堂は、若い頃から奥多摩の風景が気に入り、そこを舞台に人間的で生活感のある叙情的風景画を描きました。

 

そして、ぬくもりを感じる作品です。

福田平八郎《春》(制作年不明 高崎市タワー美術館)は、芽吹いた蕨とモンシロチョウが描かれ、春の穏やかな空気が漂っています。

蕨は春になると日当たりの良い場所に新芽が生え、やがてほどけるように葉が開き、大きなものでは1メートルに成長します。

モンシロチョウは気温との相関があり、春が早いほど羽化も早く、春の季語とされています。

平面的な描写の中にも伸びやかさが感じられ、余白を空間の広がりとしてだけではなく、白い面として構成的に捉えていた平八郎の美意識がうかがえます。

 

奥村土牛《兎・秋》(1942年 高崎市タワー美術館)は、余白を活かした画面に、前脚をあげた兎が描かれ、上下に野葡萄と犬蓼が配されます。

胡粉の混ざった絵具が重なり合うことで、深みのある、えもいわれぬ温かみのある色彩になっています。

土牛は1936年にアンゴラ兎を描いており、その際には兎の長毛を細い線で繊細に描写していますが、次第に本作のように毛並みを大きく捉えるような表現へと変化していきました。

 

次は味わいを感じる作品の紹介です。

杉山寧《桃》(制作年不明 高崎市タワー美術館)は、桃の重さや触感までも想像できるほどの存在感があり、皿との質感の違いや、映り込みまで丁寧に観察されています。

寧は「実在する以上の生命感をもって訴えかけるものが制作できなかったら、描く行為の意味は空しい」と述べており、対象に真に迫る気概がリアリティを生み出しています。

本作はパステルで描かれていますが、寧の的確な描写力によって、日本画の画材で制作した作品にも引けをとらない密度の濃さがあります。

 

奥村土牛《茄子》(制作年不明 高崎市タワー美術館)は、茄子のヘタのからりと乾いた質感と茄子の実のつややかさが墨の滲んだ風合いと濃淡で表されており、滋味に溢れています。

墨の描写の中で、茄子に施された黄色や獅子唐辛子の緑の爽やかな色彩が鮮やかに映えています。

画面右下に茄子を配し、濃墨と淡彩で仕上げたさりげない作品ですが、余白によって画面に余韻が生まれ、茄子の描写には徹底的な写生を重視した土牛の観察眼が光っています。

 

3階に降りると、香りを感じる作品が展示してあります。

山本真也《庭の秋》(1991年 高崎市タワー美術館)は、作品名から庭に植えた菊を描いたものと考えられます。

秋の菊は9月〜11月頃に見頃を迎えます。

少し茶色味を帯びた葉の風合いがたらし込みの滲みで表現され、満開の季節を迎え不規則にのびのびと開花する花弁の様子が捉えられています。

菊の清らかで濃密な香りが漂ってくるようです。

菊は薬草として中国から渡来し、邪気を祓い長寿をもたらすとされました。

江戸時代に菊の園芸が盛んになり、鑑賞用として多くの品種が作り出されました。

 

高橋秀年《雨後》(1991年 高崎市タワー美術館)では、雨の露に濡れ、穂を垂らすススキが大画面に描かれています。

秋の長雨の時期はススキの穂が出始める頃であることから「すすき梅雨」と呼ばれたりもします。

墨や胡粉を巧みに用い、作品全体の色数は抑えられています。

高橋は線の表現を大切にしてきた作家ですが、本作では穂の繊細な線描が際立っています。

ススキは背景から浮かび上がってくるようで、しっとりとした湿度を帯び、作品からは雨に濡れた植物の香りを感じさせます。

 

最後は、光を感じる作品です。

西野陽一《黒潮》(1998年 高崎市タワー美術館)は、深い海の中を悠々とイルカが泳ぎ、その周囲を小魚の群れが囲む様子を、3面に分割した画面に壮大に描き出しています。

画家と観る者の視点はイルカと同じく水の中にあり、見上げる水面は金色に揺らめいて、静かな水音が聞こえてくるようです。

内外に取材した動物をモチーフとする西野ですが、写生を重視する画家の透徹した眼差しから生み出される作品は優しさに溢れています。

 

鈴木竹柏《雲と雪》(1980年 高崎市タワー美術館)は、雲が幻想的にゆらめき、光を受け白く発光するような雪原が印象的です。

本作の小下図では、うっすらと月が描かれていますが、本画では空や雲の光や色彩に焦点が当てられています。

竹柏は、三浦半島近辺の山林や、奈良の大和路を題材とすることが多いのですが、本作は佐渡に取材しています。

自然が内包する不可視の存在感を描くことに関心を寄せた竹柏は、本作の他にも流動する空や雲を主題とした作品を描いています。

 

本展は、音や香りなどから日本画を鑑賞するという面白い切り口の展覧会です。

感覚を研ぎ澄ませ、風景から感じる音や、花や草むらの香り、生命のぬくもりなど、作品に表現された世界をじっくりと味わってみてはいかがですか。

 

 

 

 

 

 

会期:2024年1月5日(金)-2月4日(日)

会場:高崎市タワー美術館

   〒370-0841 群馬県高崎市栄町3-23

休館日:月曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)

   ※会期中の休館日/1月9日・15日・22日・29日

主催:高崎市タワー美術館