特別展 北宋書画精華 | パラレル

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根津美術館で開催中の「特別展 北宋書画精華」へ行って来ました。


宋時代は中国書画史における頂点であり、その作品は後世、「古典」とされました。

日本でも南宋時代の作品が中世以来の唐物愛好の中で賞翫されたことはよく知られますが、その前の北宋時代の文物も同時代にあたる平安時代後半に早くも将来されています。

さらに近代の実業家が、清朝崩壊に伴い流出した作品をアジアにとどめるべく蒐集に努めたため、より多くの重要作が伝わることになりました。

 

そのひとつ、北宋を代表する画家・李公麟の幻の真作《五馬図巻》が2018年、約80年ぶりに姿を現しました。

本展は、これを好機として、日本に伝存する北宋時代の書画の優品を一堂に集めるものです。

 

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

山水・花鳥

道釈・仏典

李公麟

書跡

船載唐紙

 

唐時代が道釈・人物画の時代とすれば、北宋時代は山水・花鳥画の時代です。

数多の山水・花鳥画家が輩出され、後の時代の「典型」を作りました。

北宋時代にはまた「院体(宮廷)」様式が生まれ、徽宗の指導のもとで完成しましたが、それが次の南宋の画院画家全盛時代を導くことになります。

 

会場入ってすぐに優品に出会えます。

燕文貴《江山楼観図巻》(中国・北宋時代 10〜11世紀 大阪市立美術館)は、水辺の景色から山々へと移り変わる山水風景に、木々の枝をなびかせ、さらに画面のあちらこちらに風雨の中での人々の営みを精緻な筆づかいで表しています。

燕文貴は北宋時代の画院画家です。

その作品は、大観的な山水に人事モチーフを細やかに描きこむものであったと伝わります。

 

董源、范寛とともに「北宋三代家」と数えられる山水画家・李成の《喬松平遠図》(中国・五代〜北宋時代 10世紀 三重・澄懐堂美術館)も展示されています。

本作は、前方左に2株の大きな松を配し、後方に荒涼とした平原を描いています。

モチーフの大小比の強調と、精緻な淡墨技法により、劇的な空間の深まりが生まれます。

雲のような岩や蟹の爪のような枝を持つ樹木も含め、李成の画風を最もよく伝える作品です。

 

珍しい団扇形の作品で目を引くのが、《竹塘宿雁図》(中国・北宋時代 12世紀 東京国立博物館)です。

その上半分には古木と竹、下半分には枯れた芦の向こうに水辺が広がり、雁の群が遊んでいます。

北宋時代、このように山水と花鳥が結びついた作品は「小景」と呼ばれましたが、本作では小景で重視された詩情より写生的な感覚が際立ち、放射状の竹は意匠性も備えています。

写実と装飾が調和して臨場感を湛える南宋の院体花鳥画に近づいています。

 

日本には仏典をはじめ多くの北宋の仏教文物が遺っています。

北宋時代には道釈画においても山水画の発展にともなって三次元空間を意識した表現が進展しました。

また、南宋・元時代には膨大な量の墨蹟が生み出されるようになりますが、その淵源は北宋に遡るといわれます。

 

《霊山変相図》(中国・北宋時代 10世紀 京都・清涼寺)は、像内納入品の一つで、画面上方に釈迦の霊鷲山における説法と聖衆、下方には湧出した多宝如来の七宝塔を描いています。

破綻の無い群像構成や、絶妙な奥行きの感覚、そして面貌表現の巧みさなどから、高い技量を持った宮廷画院画家により原図が制作されていたものとみられます。

 

現存する唯一の北宋時代の羅漢図が、《十六羅漢像(第十四尊者伐那婆斯・第十五尊者阿氏多)で、16幅伝わるうちの2幅です。

両尊者僧とも、頭部や肉身部などの繊細な細部表現と、線に肥瘦を効かせた勢いのある衣文表現とが強い対比を見せます。

モチーフ数が少なく、野外の岩場に坐す姿であるのは古様を示しますが、その制作は両宋交代期の12世紀初頭とみられます。

 

次は本展のハイライト、李公麟です。

ながらく行方不明ながら李公麟の傑作として知られていた《五馬図巻》(中国・北宋時代 11世紀 東京国立博物館)が約八十年ぶりに再び私たちの眼前に姿を現しました。

人馬の描写の的確さはモノクロタイプ版でも知られていましたが、実物は筆線のみの白描画のイメージと異なり、精緻な筆使い、繊細な色彩を見せます。

一方の《孝経図巻》(中国・北宋時代 元豊8年(1085)頃 アメリカ・メトロポリタン美術館)は明時代末の大文人、董其昌が真蹟と鑑定して以来、白描画を得意にしたという、歴史的に作られた李公麟像をよく示すものとして、世界的に知られています。

 

その《五馬図巻》は、西域諸国から北宋に献じられた5頭の名馬を描いています。

馬と、それを引く人物の肉身と衣文は、濃度の異なる墨の細線を使い分けて描かれ、かつ繊細な彩色を施し、写実的に表現されています。

「神品」と評価された作品です。

 

もう一方の《孝経図巻》は、儒教の聖典である十三経の一つ、『孝経』(今文)の内容を章ごとに画に描き、本文を書しています。

画は肥瘦を抑えた古拙な趣の墨線による典型的な白描画ですが、所々で隅取など面的な表現も用いています。

 

北宋時代は文治主義の時代、士大夫たちが中心的な存在として文化的な営為を展開しました。

彼らは自由な新しい書様式である行書・草書において妙を競いました。

 

黄庭堅《草書李太白憶旧遊詩巻》(中国・北宋時代 紹聖元年(1094)以降 京都・藤井斉成会有鄰館)は、黄庭堅が唐の李白の詩を草書で揮毫した長巻です。

極端なくずしで連綿も用いるこうした草書を狂草体と呼びます。

巻頭部分を欠失し、落款もありませんが、元時代に真蹟と認められて以来、黄庭堅の晩年期の草書の優作として世に喧伝され、清朝の乾隆帝や宣統帝らに珍重されました。

 

日本では平安時代の十一世紀半ば頃から、北宋からもたらされた文様の入った「唐紙」の使用が流行し、さらに十二世紀に入ると和製の「唐紙」を自ら製作、盛んに使用するようになったのはよく知られています。

 

《倭漢朗詠抄巻下残巻(太田切)》(日本・平安時代 11世紀 東京・静嘉堂文庫美術館)は、『和漢朗詠集』の断簡です。

巻下の巻頭から8紙分と巻末から7紙分が掛川藩主の太田家に伝来したため「太田切」と呼ばれます。

北宋から船載された各種の唐紙にわが国で金銀泥の下絵を加えました。

漢詩句と和歌を集めた『和漢朗詠集』を書写するにふさわしい料紙です。

 

仮名序を含む『古今和歌集』の写本で、当初は21巻セットで調製された《古今和歌集序(巻子本)》(日本・平安時代 11〜12世紀 東京・大倉集古館)も近くに展示されています。

この仮名序は1巻を完存するため、色とりどりの船載唐紙を継いだ当初の豪華さを今に伝えています。

三蹟に数えられる藤原行成の曾孫にあたる能書・藤原定実を筆者に宛てるのが定説となっています。

 

本展は、このように日本所在の北宋時代の書・画を一堂に集めた、貴重な機会です。

北宋の書画芸術の真髄に迫る日本で初めての展覧会は、そのコピー通り、きっと伝説になるはずです。

 

 

 

 

 

会期:2023年11月3日(金・祝)〜12月3日(日)

会場:根津美術館 展示室1・2

   〒107-0062 東京都港区南青山6-5-1

開館時間:午前10時〜午後5時

   入館は午後4時30分まで

休館日:毎週月曜日

 

   ※オンライン日時指定予約制