ムード歌謡 続!
ムード歌謡を語る上で忘れてならないのが中川博之(1937年 - 2014年)です。昭和の歌謡界において「ムード歌謡の巨匠」として一世を風靡した伝説的な作曲家です。都会の夜の華やかさと切なさを、洗練された甘く都会的なメロディ(中川メロディ)で表現し、2,000曲以上もの楽曲を世に送り出しました。彼の存在なしに日本のムード歌謡の歴史は語れません。中川博之のデビュー作にして、ムード歌謡初のミリオンセラーとなった不朽の名作に「ラブユー東京」(黒沢明とロス・プリモス / 1966年)があります。作曲家デビュー作にして、オリコンチャートの初代1位を獲得したムード歌謡の記念碑的楽曲。そのほか、美川憲一の代名詞となったメガヒット曲「さそり座の女」。情熱的で妖艶な中川メロディの真骨頂です。コーラス・グループの黄金期を支えた、切ない女心を歌った名曲。 「わたし祈ってます」(敏いとうとハッピー&ブルー / 1974年)スティール・ギターの音色と甘いボーカルがマッチした、ムード歌謡を代表する傑作。 「足手まとい」(森雄二とサザンクロス / 1977年)「新潟ブルース」「たそがれの銀座」「夜の銀狐」などのご当地ソングや都会の夜をテーマにしたヒット曲を連発しました。「中川メロディ」には3つの特徴があると言われています。洗練された都会的センス当時の最先端だったラテン音楽やジャズの要素を巧みに取り入れ、泥臭さを排除した「オシャレな都会の夜」を音楽で演出しました。男性コーラス・グループが「女性の言葉(~なの、~ます)」で歌う、切なくも自立した女性の情愛を描くメロディが多くの共感を呼びました。プロになる前は広告代理店のプロデューサー(後に推理作家となる内田康夫氏)と組み、数多くのCMソングを手がけていました。そのため、一度聴いたら耳から離れないキャッチーなフレーズ作りに長けていました。昭和のナイトクラブや盛り場の喧騒、そして大人の恋愛模様をロマンチックに彩った中川博之のムード歌謡は、今なお日本の歌謡史に色褪せることなく愛され続けています!