だれかに話したくなる日常の仏教語より今回は「律儀」


約束の時間をきちんと守る人、挨拶やお礼を欠かさない人ーこのような人たちに対して、私たちは「律儀」という印象を抱きます。




真面目で誠実な人柄を表す一方、自身が律儀であることにこだわりすぎると、他人にも同じ態度を期待してしまうことも。


この「律儀」という言葉、仏教が由来とされます。仏教において「律儀」は「りつぎ」と読み、出家した修行者が、修行者の集団(僧

団)の中で守るべき罰則付きのルール(律)を意味しました。時代とともに、一規律正しい」という意味が注目され、礼儀にかなった誠実な人を指すようになったとされます。


律は元々、自分自身の悪い習慣や行いを遠ざけ、生活を整えるための指標でした。古代インドの僧団では、定期的に行われる会議の場で自身の過ちを他の修行者の前で告白し、時には他者の違反を指摘することもありました。


一見すると、他人のルール違反を見過ごさない厳しい姿のように見えますが、そこには、修行をともにする仲間が悪を離れ、修行に専念できるよう、互いに導き合うという意味がありました。


現代の私たちが「律儀」でありたいと願う時も、その視線は、まず自分自身に向けられるべきなのでしょう。


時間を守る、挨拶をする、感謝を伝える。それは相手を責めるための基準ではなく、自分の暮らしを丁寧に整えるための心がけです。


もし、律儀さに苦しさを感じたときには、少し立ち止まり、それが自分の心と暮らしを整えるための心がけであったことを思い起こしてみてはいかがでしょうか。