カーテンコールの挨拶で、
豊永阿紀は、初日よりもゆっくり、そしてしっかり、その右足を引いて、颯爽とその頭を下げました。
やはり、その彼女の所作はその時の彼女の心理を表していたのではないでしょうか。
私にはそう感じられました。
そしてこの舞台のラストシーン。
マリリン・モンローとなった彼女が舞台の中央でひとり、フラッシュライトを浴びる。
彼女は台詞を使わず、客席に「ブロードウェイの明日」を告げた。
オッケーじゃない?
やり切ったんじゃない?
少なくとも、私は拍手を送ります。
よくやった、と思います。
彼女の声が良い。
歌唱力決定戦と変わらぬ、少し鼻に抜けて僅かにノイズの混ざる豊永阿紀の声。
埋もれない。
良い意味で、異彩を放つ。
他の鍛えられた女優さんたちに比べたら、訓練度ではまだまだです。
でも、その技術力を感じさせない彼女の声が、演技ではない「生の声」に聞こえる。
アイオワから、ただひたすらに、ポケットに「女優になりたい」という夢だけを突っ込んでニューヨーク行きのバスに飛び乗ったノーマ・ジーン。
何も分からずに都会に出てきたその少女はこんな声なんだな、と観客を納得させる。
千秋楽の舞台は、
オープニングのイブが、初日よりも柔らかくエモーショナルな笑顔を見せて、
練度が上がり、よりコントラストの効いた舞台になっていることを予感させる。
豊永のノーマは、この2時間20分の舞台の中で2回、そのキャラクターを変える。
1回目は、舞台に現れてすぐ。
「行こう! ブロードウェイ!」
今までよりも高音域で歌うその歌詞から、
彼女はアイオワの少女からブロードウェイを目指す駆け出しの女優になる。
そして、ラストシーン。
「マリリン、 ・・・マリリン・モンロー。」
スタンに向かってそう名乗る彼女。
彼女は、「女優を目指す少女」から「ブロードウェイで生きる女優」になる。
ノーマ・ジーンという役、
そしてそれを演じる豊永阿紀が、
この舞台に溶け込んでいたか、この舞台を支えていたか、というと、
なんだかそれは違う、という印象でした。
それは、彼女がノーマ・ジーンであり、そして彼女がマリリン・モンローになる、という、
ストーリー上では主役とは一切絡まない、
「未来」の役だから。
ブロードウェイが、マーゴ・コリンズからイブ・ハリントンへと流れを変えた「今」。
そして新たに現れるマリリン・モンローという「明日」。
まるで次回作の予告編を見るような、マリリン・モンローの登場。
彼女は「未来」という変革をもたらす役であるからこそ、この舞台では異質な存在として異彩を放つ。
豊永阿紀は、そんな役を上手く演じたと思います。
初日、そして千秋楽。
初日は恐る恐る手探りだった豊永阿紀は、
この千秋楽、彼女なりのノーマ・ジーン、彼女なりのマリリン・モンロー、をつかんだ様子です。
号外を手に、階段の上でセリフなしに佇むシーンでは、初日と千秋楽では全く異なる芝居を見せました。
千秋楽では、初日にはなかったノーマの心の動き、というものがあったのでしょう。
他のキャストの仕上がりも最高。
マーゴが階段の上で、イブが舞台の中央で、お互い同じ歌詞に違う感情を込めて歌い合う場面は、
デュエットではなく、バトル。
客席に座っていたならば、拍手をする以外にはありません。
そんな中、田舎から出てきた少女の役の豊永阿紀は、細かいところで豊永ならではのオーバーアクションを見せ、
ミュージカルの舞台という場所での彼女の輝きを作り出します。
私は「ああ、豊永っぽいな」と感じたのですが、AKBを知らず彼女がHKT48であることを知らない多くの観客は、あの演技、あの歌唱を見せられてどう感じたのでしょうか。
なんだか若手の舞台俳優とはちょっと感じが違う、
でも声は出る、表情も出せる、歌も歌える。
なんだか不思議な感じの子だな、と感じたかもしれません。
もちろん、もう少し舞台ならではの身体の動かし方とか、間の取り方、声の出し方、というものは身に付けた方が、より「舞台女優」っぽくはなるでしょう。
そういう部分が欲しいな、と感じさせる場面も確かにある。
だけど、良い意味でちょっと違う彼女は、このストーリーのメインの流れではない、
次の物語、ブロードウェイの未来、を見せる役として良かったんじゃないかと私は思います。
規制退場となり、ホワイエでの談笑を控えるようアナウンスもされ、観客の観劇後の感想に聞き耳を立てることはできませんでしたが、
この舞台で彼女を始めて見た、
他のキャストがお目当てで来た観客の中には
「あのノーマの子、ちょっと面白い感じだったよね?」
という感想を持ってくれた人がいたのではないでしょうか。
きっと。
いや、多分、 必ず。







