1970年代のアルバイト
1970年代アルバイトもよくやりました。先輩が日本橋のデパートに内定してからはほとんどはそこの百貨店関係で働きました。デパートで働くのは初めてなので店内の配置を覚えたり、お店の符牒を覚えたりしてから仕事を教えてもらいます。はじめは地下1階フロアの野菜売り場、主に品出し陳列ですが北海道物産展があるときは会場で客注の品を揃えて仕分けします。仲間内では「買い物ゲーム」と言ってみんなやりたがります。閉店間際になると地下鉄に近い出口で野菜の見切り売りもやりました。レジはないのでお金は小型の手提げ金庫に入れてお釣りもそこから出します。時間がなくなってくると値段も自分たちで下げて売るのでなかなか楽しかったです。時給の記憶がないのですが350円くらいではなかったかと思います。次の時は越中島の倉庫で野菜の運搬、台車で地下から1階の駐車場のトラックのところまで人力で運んでいました。これが一番ハードでしたね、当時はフォークリフトもエレベーターもない倉庫なので全て人力、北海男爵や北見玉ねぎなど1箱10キロくらいはあったと思いますが毎日積んだり運んだりで体力はつきました。配送センターでも働きましたがコンベアもエレベータもあったので楽でした。配送センターは人数も多いしお客さんと接することもないので気楽でいい仕事でした。一番楽しかったのは特招会の来店景品のお渡し、特別招待会の会員さんに景品を渡すだけ、しかも忙しくなく女子大生と二人での担当です。1日中女子大生と話をしている仕事はとても楽しく夢のような仕事でした。流石にお付き合いまでは行きませんでしたが良い思い出です。

1970年の思い出 何故か80日間世界一周
70年安保の年は学生運動は学校では下火になり、よど号ハイジャック事件や三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で割腹自殺した事件など学校とは無縁の事件で学生運動そのものは徐々に共感をされなくなって行った。赤軍派以外は目立たず一般学生はノンポリ化、過激派は超暴力化と二極分化された。
そんな中で憧れの彼女とのデートにこぎつけ見に行った映画が「80日間世界一周」、今調べると古い映画のはずだったのでリバイバル上映だったと思う。映画の内容は全く覚えていないが彼女のことは今でもたまに思い出す。お家は田園調布、独文科のお嬢様で3歳のときからヴァイオリンを習っていた。なぜか新体操愛好会にも所属していて部室が近いので知り合いになった縁でした。結局は片思いで終わりましたが彼女はその後ドイツ人チェリストと一緒になったと風の知らせで聞きました。良き思い出は心の宝。





