昭和生まれのチャレンジ日記 -15ページ目

マニュアル免許の改悪について

4月1日からMT免許の取得方法が改悪されました。AT車での教習が基本となりまずAT免許を取得してから追加でMT免許の講習を受けMT限定解除審査に合格して初めてMT免許取得ができます。しかもMTの講習は4時間だけでしかも教習所内だけ、路上教習もなく5速、6速も使わないで終わるような講習では意味がないと思います。MT免許の改悪で日本のマニュアル車もモータースポーツも滅亡してしまいます。この改悪の責任者は誰なのか今色々調べていますが具体的な個人名まではたどり着けません。とりあえず国家公安委員長の落選運動でもするだけです。

 

1970年の思い出 学内ボート大会

昨日和船を漕いだことを書きましたが大学ではなぜか船に縁がありますね。我が大学では運動部、文化部、一般学生とエントリーすれば誰でも参加できるボート大会がありました。戸田公園のボートコースでボート部から指導を受けて練習して本番に臨みます。競技は真剣勝負、ナックルフォアといってコックスの声に合わせみんなで一つになってオールを漕ぎます。練習ではいろいろな用語を覚えながら実際に漕いで行きます。ストロークサイド・ロウ、バウサイド・ロウとコックスが指示してコースに出てゆきます。一つ一つ覚えながら漕ぐボートはとっても快適で楽しい、両舷船止めてとかバック・ロウとかボートが思うように操れたら爽快感はたまりません。失敗も沢山しますが椅子がレールから外れ「ハラキリ」状態になったらもうお終いなのでみんな真剣です。練習でもレースでもみんなのオールが揃うと同じボートかと思うくらいスピードが出ます。体力的には厳しいのですがそれを上回る爽快感、本当に学生時代にしか経験できないスポーツの楽しさがありました。最後はコックスを水の中に投げ込んでフィナーレです。最高!

 

1970年の思い出 沼津遊泳場

スポーツの愛好会で年2回は合宿をしたのが沼津遊泳場、水泳はもちろん砂浜でのランニングや広場でのウエイトトレーニングや持久走と体力つくりには絶好の場所でした。最盛期には文化部、運動部合わせて120人くらいが滞在していました。夏は大盛況ですが冬休みは人員が激減して寂しい限り、当時は周りにはなにもなくあるのは小さな居酒屋があるぐらいでホントに田舎の合宿所でした。居酒屋では地元の漁師さんと力自慢の学生が腕相撲をしますが全く歯が立ちません。負けた学生は他のクラブの力持ちを呼んできてなんとかリベンジしようとしますがことごとく惨敗、海の男の腕力に逆らっても無駄でしたね。夏は遊泳場にある和船に乗るのが楽しみ、船を出したりしまったりするのには大人数が必要ですが、そこはみんなで協力します。沖に出て魚釣りしたり泳いだりしますが離岸流で潮の流れが早いところがあったので要注意でした。船から2,3メートルのところで泳いでいた後輩がなかなか上がってこないので早くしろと呼びますが一向に近づく気配なし、するとあっという間に300メートルぐらい流されました。和船を回して救出しましたが小型ボートではとても無理でしょう。よく飽きもせず同じ合宿所で過ごしたと思うと不思議ですが何と言っても宿泊費の安さが決めてでした。