1969年の思い出 京都の先輩
大阪の先輩宅に滞在中には京都の先輩のところへも遊びに行きました。実家は京都で旅館を経営しており住まいは山科の静かなところ天智天皇陵にほど近く江戸時代からある大きな門があり、お金持ちの象徴の茶室もありました。物腰の柔らかな京都の人でした。食事にも連れて行ってもらいましたが薄味で下町っ子には似合わない感じだったのは覚えています。京都にはもう一人先輩がいたのですが帰省していなかったので会えず、この先輩は学生のくせに赤坂のマンション住まいで財布にはいつも万札がぎっしり入っていていつも奢ってくれました。何年かは忘れましたが2月26日東京に雪が沢山積もったときは帰れなくなりマンションに泊めてもらいました。1969年当時の京都はとにかく暑かった、そして女の子は大阪に比べて地味な娘が多かった記憶があります。
1969年の思い出 十三のお姉さん
1969年夏休みに友達と二人大阪の先輩の家に1ヶ月ほどお世話になりました。家は十三で近くに怖い中川組などもあったのですが1ヶ月大阪を満喫しました。十三には当時「アルサロ」がありお姉さんが大勢いましたね、関西の文化でしょうか「昼サロ」というのもあり学生には刺激が強かったです。先輩の親父さんは松下の協力工場を経営していたのでかなり裕福な家庭、先輩は学生の時はスプリンターに乗っていて良く借りてドライブもしました。大阪ではベレットGTも持っていて夜になると服部緑地公園で運転練習させてくれました。六甲の遊園地に行く時はダッジのオープンカーに乗せていってくれましたし、北で飲ませてくれたり京都に行ったり毎日全力でおもてなしいただき感激でした。大学に入って初めて知った大阪人の良さにすっかり虜になりました。今でも大阪弁が時々でてしまうのはそのせいです。新世界のずぼらや、かに道楽などでも食べ歩きさせてくれたので今でも忘れられない思い出です。





